【那古野県/人地市 雑木林】
「ふ~。よっこらせっと。この程度で息が上がるとは我ながら情けないわ」
南蛮武葬兵が大きく息を吐き、椅子に座った。
杖は突いているが、この杖はいつもの杖ではなく、登山用の杖を2本使っている。
膝の悪い老人なので仕方ないが、もしこのまま戦闘となったら、この登山用の杖で無双の如く戦うだろう。
これで80代の老人だというのだから驚愕だ。
「それで、今回の舞台はここかね? 場所だけ見ると、加害者側がかなり不利に見えるが? そもそも加藤君は戦えるのかね?」
南蛮武も加藤の事は知っている。
とても闘争に向いていないと評している。
怒りで戦う事はできても、今回は怒りを買った側だ。
裁判記録を見る限り、生への執着心も無いので戦う理由も無い。
「そうです。南蛮武先生。そこが一番苦労した所でした。加藤さンの対戦相手、今井さンは剣術の達人です。例え目隠し耳栓をしても楽勝で加藤さンを両断するでしょう。普通の道場とかの平面で障害物も無ければ」
「ほう。それ程か。だからココか。ワシが若ければ手合わせ願いたかったのう」
ここは
全ての植物が自由奔放に生きている場所だ。
同じ字でややっこしいが、樹木として価値をつくりだしたのが、
「ハンデバランスを考えると、この斜面や太い樹木、好き放題伸びている枝やツタ、整地されていない地面。有利不利は作戦次第です」
「成程。しかし戦闘意欲の無い加藤君をどう戦わせるのだ?」
「取り合えず、この半年間、徹底的に鍛え上げました。乱蛇琉大将直々にです」
「はッ! 徹底的に情け容赦なく鍛えました!」
「……あの方式でか」
「そうです。あの方式です」
闇の部隊直々の訓練方法だ。
ミリタリーケイデンスの歌で有名な(?)アメリカ海軍式訓練も天国な内容だ。
とは言っても、隊員の身体能力に配慮し、全員が同じ訓練メニューをこなす訳ではない。
何と優しい事に個々の身体能力に見合った、過労死するギリギリのラインを攻める、個別訓練という名の拷問だ。
勿論毎日やっていたら体が壊れるので、月一回のノルマで許され、通常メニューは
だが、加藤には時間をかけられない。
故に、通常の隊員が月一回のノルマの所を、週一回に増やした。
現役隊員が、ソレを聞いて膝から崩れ落ちる者多数の中、何と加藤は今日の決戦当日まで、深刻なケガをする事なくやり切った。
普通の一般人が、この訓練をやり遂げた事から、乱蛇琉大将は隊員の訓練増加を検討したが、他の隊員から涙ながらに拒否され、廃案になったのは余談である。
「それで体が出来上がったとして、精神はどうしたのだね?」
「それは、この高山さンに頼みました」
「ご無沙汰しています。南蛮武先生」
「高山……? 高山!?
当時の核テロ事件は、南蛮武らが動いた闇の部隊の仕事。
事件が解決すれば完全な他人となる。
本当は接触も禁じられるが、今回は関係者でもあるので、高山もここにやってきた訳である。
「はい。訓練の合間のメンタルケアとして、色々と補佐させて頂きました。掻い摘んで言えば、生きて償うのも贖罪であると。勝って苦しむのも贖罪です、と。実際の宗教にも、断食から、自身への
「君の能力を駆使すれば、相手の心は丸裸だのう。その能力は確かに凄いし『
核テロの時には任務に集中して考えが及ばなかったが、この高山賂媚子と朱瀞夢銃理には嘘が通じない。
彼女ら2人は、能力のコントロールが効かない事も分かった。
臭いも感情も勝手に伝わってしまうのだ。
子供の頃は、意味も分からず受け入れていたが、大人になって受け入れがたい感情も覗け暴いてしまえる様になった。
朱瀞夢が男勝りのボディビルダー同然の肉体改良をしたのは、自分の肉体に対する下衆な臭いに耐えられなくなり、女の魅力を全力で捨てた結果だ。
お陰で下衆い臭いは激減したが、それでも根強い臭いを放つ猛者がいるのは余談である。
「まぁ……男性の欲望には参りましたが、もう慣れました。これは種としての特性と本能だとも理解しました。そりゃ不倫は無くなりませんよね。フフフ」
「あぁ、そうじゃな。君に嘘はつけんから言ってしまうが、ワシも普段は口にはしない、行動こそ起こさないが、良い女をみれば80のジジイでも心が動いてしまう。男はそんな生き物で、理性次第の生き物でもある」
人間とて所詮は動物。
だが、人間だけが、本能を適切に抑え込まねばならない生物でもある。
出来なければ、世間から弾き出されるだけだ。
「そう言う意味ではワシの孫は人としては失格じゃったが、野生動物としては正しい。だが人の形をした野生動物ではこの世界を生きる資格は無い。だから死んだ。それだけじゃ」
弾き出されるだけならまだしも、生きる資格の剥奪もあるのが人間界。
斎藤詐利は、14歳で獣の真理に辿り着き、人間を辞めた。
だから駆除された。
「私も行動を起こしたかが問題だと思っています。考えるのは自由ですしね。ただ、私の様に思考が読める人間の為に、何も考えるなと言うのも無茶な話。私が受け入れるしかありません。『そういう生き物』だと」
「理解してくれて嬉しいぞ。……だから……その……ワシから感じる感情はどうか許してほしい……!」
ひさしぶりに見た賂媚子に、見惚れてしまったのは失態だが、本能故に仕方ない上に、隠し通せる相手でもない。
もう謝るしか無いのだった。
「フフフ。良いですよ。私がこの能力を持って生まれたのには何か意味があるのでしょう。こうやって協力出来たのも、能力の使い所としては満足です。ただ……」
「ただ?」
賂媚子への感情を、欲望より敬愛が上回る事で、何とか悟られない様に工夫する北南崎が聞いた。
「洗脳しているようで罪悪感がありましたよ? だって、理由はどうあれ、殺し合いをさせる為に導いたのですから?」
他人の嘘は暴けるが、自分の嘘や苦痛は伝わらない。
必死にケアをして立ち直らせても、これから90%の確率で死ぬ戦いに駆り出される。
空しくなる気持ちを抑えて、加藤に寄り添ってきたのだから、親近感もある。
悲しみも苦しみも全て見抜いた。
そんな人物が、これから高確率で死ぬ。
複雑な気持ちは隠せず、文句の一つぐらいは叩きつけねばと思っていた。
「そ、その件は後日改めて謝罪します! ただ、生きて償うのも贖罪であるのは間違いではありませン。後悔して死ぬまで生きる姿も、国民にとっては犯罪抑止になるでしょう!」
北南崎が謝罪する。
現大統領が一般人に頭を下げる異様な光景に、機動隊員が驚くが、会場設営は滞りなく進んでいた。
「賂媚子様も来たのね……。会話の内容は大体予想できるけど」
紫白眼副大統領が離れた場所での、北南崎の情けない姿を横目に見つつ、機動隊員の報告を聞く。
「副大統領閣下。設営準備終わりました」
「ご苦労様。それじゃ、配置についてちょうだい」
「はッ!」
防弾ガラスで仕切られた区画を回って、北南崎の元に向かう紫白眼。
「大統領、南蛮武先生、そして賂媚子様、お話し中申し訳ありませんが、準備が整いました」
「そ、そうですか! じゃあ、さっそくいきますか」
北南崎はマイクを受け取ると、声を発した。
「あーあーマイクテスト、マイクテスト。うむ。感度良好ですね――」
秋の心地よい日差しの雑木林。
虫も控えめで、散策には丁度良いが、今のこの区域は立ち入り禁止区域。
空を飛ぶ鳥も、森を迂回する異様な空気が漂っていた――