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第63話 闇の部隊 乱蛇琉胡蝶陸軍大将

【大坂都/大統領官邸】


乱蛇琉胡蝶らんだるこちょう大将、入ります!」


「うむ。入りたまえ」


 乱蛇琉が入室を宣言し、北南崎が許可を出した。


「……何回やっても、旧知の仲でこの挨拶はムズ痒いですねぇ」


「……えぇ。まぁ、気持ちは理解できますが、公私混同は褒められたモノではありませんしね」


 乱蛇琉は信長真理教時代からの仲間である。

 共に、教祖の高橋海鷂魚逸えいいちを武術で警護し、裏切った仲間だ。


「して、今日はどう言ったご用件でしょう?」


「死刑囚を一人、一人前の戦士に育ててほしいのです」


「死刑囚……。加藤さんですか」


「そうです」


 一応、事前通知として、内容は把握していた。

 だが、それでも口頭で確認したい位には信じられなかった。

 加藤刑素毛の起こした殺人事件。


「加藤さんには、かつて被害者として武器の取り扱いを教えましたが、今度は死刑囚として教える訳ですか」


 仇討ち法第一号の遺族として加藤は90%の勝率を確保するべく、武器の取り扱い指導を受けた。

 第一回と言う事もあり、北南崎、紫白眼、乱蛇琉、菅愚漣、朱瀞夢らが総出で指導に当たる、超VIP待遇であった。

 その甲斐空しく、加藤は振るった刀を壁に激突させ折ってしまったが、それでも何とか勝利した。


「そうです」


「試合の会場や武器の選定では埋め難い実力差があるのですか?」


「あります。今度の遺族にして仇討ち人の今井さンは剣術の達人です」


「剣道ではなく剣術ですか? それは厄介ですね」


「厄介です。巻き藁10本同時斬りをも達成したそうですし、何より発せられる気配が、我々と遜色ない」


「10本!? それ程ですか! なら人間の両断など訳無いですね。今井さんが勝ったらスカウトしましょう!」


「そうですねぇ。闇の部隊に匹敵する実力だと思いますよ」


 闇の部隊――

 正式名称は無い。

 存在してはならない部隊だからだ。


 これは織田信長が考案し、歴代皇帝と大統領、そしてその指揮官しか知らない事実。

 乱蛇琉はその指揮官として陸軍大将の地位にいる。

 ではその組織は何をするかと言うと、他国のスパイを葬り、目に余る犯罪組織や裁けない悪人を秘密裏に処分する、法を無視するまさに闇の部隊。

 その当代指揮官が乱蛇琉大将であり、責任者が北南崎となる。


 ちなみに、南蛮武らも闇の部隊出身者だ。

 核テロに動員されたのは、そんな経緯があった。


 また、この部隊の給料は莫大だが、失敗した場合、国は何も保証しない。

 人質になっても無視される。

 存在しない者として扱われるので、隊員には自害薬を常時持たせている。


「あ、そう言う事ですか。10%の勝率を保証出来ないから鍛える、と」


「えぇ。加藤さンは『重機関銃が無いと勝てない』と仰ってましたが、重機関銃を持たせても、戦える場所が軍の基地、しかも公開できない場所ぐらいしかない。重火器では防弾ガラスも意味が無い。だから加藤さンを鍛え底上げし、尚且つ現実的な強力な武器を与えてようやく10%でしょう」


「ではルーレットの内訳は?」


「今井さン側には刀剣類です。一番のハズレを木刀にしようと思っていますが、それでも現状なら余裕で勝つでしょう」


 座り姿を見ただけ、刀を抜く所作だけで尋常ではない技量を感じた今井の剣技。

 何なら、その辺に落ちている曲がった木の枝でも勝つだろう。


「加藤さんは?」


 こちらの肥満体は改善されたが、それは運動というよりは精神的疲弊によるやつれ萎んだ肉体。

 唯一、殺人の経験を公式の場と、非公式の場で2回クリアしたのが今井に勝っている点だが、今井の圧倒的技量の前では吹き飛んでしまう程に頼りない。


「正直悩ンでます。被害者として挑ンだ戦いでは刀を折るヘマを犯した。近接武器の才能は無さそうです。そうなると遠距離武器に自然と絞られてしまいますねぇ」


 被害者が加害者として再度仇討ちに関わる事は想定した。(時期は想定より早かったが) 

 被害者が圧倒的に強い場合も想定しているが、ここまで極端に差があると、正拳中断突き一撃で農上を殺した北南崎の様な事になりかねない。


「ならば銃……ですか」


 近接武器がダメなら遠距離武器しかない。


「そうです。しかし、仮に今のままでは、サブマシンガンを持たせても絶対勝てないでしょう」


「フフフ。今井さんが刀で銃弾を弾きますか?」


「ハハハ。そンなアニメじゃあるまいし。……。やるかも知れませんねぇ。いや……多分できるンじゃないでしょうかねぇ?」


 その戦いの場を想像し『あり得ない』とは思いつつ『やりかねない』とも思う北南崎であった。

 それ程までに挨拶時のインパクトが凄かったのだ。


「ま、まぁ、ともかく、鍛えるのは承知しました。ただ加減はどうしましょう? 90%勝たせる方なら徹底的に鍛えるだけですが、10%に留めるってのは、中々の難易度ですよ?」


 程よく中途半端。

 人を鍛えるのに、こんな難しい注文は無いだろう。

 手を抜くか、徹底的かだ。

 だが手を抜けば、そんな事は当事者なら簡単に察するだろう。


「構いませン。90%のつもりで鍛えてください。その方が武器や会場選定での調整が楽になりますので」


「あぁ。確かにそうですね」


 差がありすぎるので困っているのであって、差が縮まれば、武器や会場で勝率をコントロールできる。

 少し時間は掛かるだろうが、幸い(?)相手は死刑囚だ。

 徹底的にやるなら遠慮も配慮も要らない。

 死なない程度に鍛えればよいのだから。


「ただ、他にも問題があります。当の加藤さンに勝つ気が無いのですよ。きっと無抵抗で殺されるつもりです」


「罪悪感ですか?」


「それもあるのですが、彼はもう人生に疲れています。それは困る。勝つにしろ負けるにしろ、戦ってこその仇討ち法なのですからね」


 格闘技の試合とは違い、世界一醜い争いが仇討ち法だ。

 犯罪者には、みっともなく生にしがみ付き、情けない姿を晒してもらわねば困る。

 視聴者にはそんな犯罪者を見せつけ、犯罪抑止を狙っているのだ。


 その意味では、第二回仇討ちの時の、丹羽斗刺嫌としや、林世死飽よしあき、斎藤詐利さとしは最高だった。

 特に斎藤は北南崎の期待通り、情けない姿を晒し死んでいく満点の敗北だった。


 だが、今の加藤にはそれを望めない。


「何とか勝利に対する欲を引き出すため、何か手を打ちます。その上で乱蛇琉さンには加藤さンの育成を任せます。それに多分ですが、今の加藤さンには厳しく手を抜かず徹底的に肉体を虐め抜くのが一番心休まるンじゃないですかねぇ」


「そうですね。考える暇も無い程厳しくいけば、悩む暇も無いでしょう」


 今の加藤は、会話こそ成立するが、肉体よりも精神が死にかけだ。

 それを治療(?)する為に、過酷極まる訓練を施すのであった。


 そうして数か月――

 人権の概念が無くなった特訓の果てに――

 ついに決戦の日がやってきた――

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