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第62話 陸軍移送 加藤刑素毛

【某所/死刑囚収容所】


「どうも。大統領の北南崎桜太郎です……と、初対面の方にはそう挨拶しているのですが……。お久しぶりです。加藤さん」


 北南崎がアクリル板越しに、加藤と再会した。

 本当ならば、恨みを晴らし、夫婦ともに官邸にでも来て、礼の言葉でも貰えれば。政治家冥利に尽きる所だったが、現実は最低最悪の場での再会だった。


「……。えぇ。お久しぶりです。成程、こうやって死刑囚と面談をするのですね」


 自虐する加藤。

 皮肉を込めているのではなく、もう自虐でなければ言葉を発せない精神であった。


「そうです。加藤さんは稀有な事に、被害者として私と面談し、今度は加害者として面談する。いつかはこんな場面もあるかも知れないとは思っていましたが、こうも早く実現するとは思っていませんでした」


「人を呪わば穴二つって言いますしね。山下さんを呪った私は、二つ目の穴に入る。ことわざって面白いですねぇ」


 加藤は本当に面白いと思っているのか、苦笑が実にサマになっていた。


「山下さんは凄い。私の未来を完璧に言い当てたのだから」


『クックック! 俺のこの……姿は未来の貴様だ……。ようこそ殺人者ッ! ようこそ底辺へ……ッ!』


 この悪魔の断末魔の如くだった山下の最後の言葉。

 言霊級の魔力が籠っていたとしか思えない、呪いの言葉だった。


「……」


「……」


 沈黙が流れた。


「……笑った方が良かったでしょうか?」


 いつもは余裕を崩さない北南崎も、正解の対応が分からず聞き返した。


「笑って欲しかった様ですよ?」


 現れたのは高山賂媚子るみこだった。


「る……高山さん。どうぞこちらへ」


 つい『賂媚子様』と呼びそうになり、公共の場でのあいさつに急いで切り替えた。

 いつもはこんなミスはしないが、特殊すぎる環境が北南崎の精神を揺さぶったのだ。


「貴女は……信長教の高山教祖! あっ!? 北南崎大統領と昔馴染みの仲と仰っていましたが、本当だったのですね!?」


 加藤が驚いていた。

 信長教での相談で、一緒に直訴に行く約束をした高山と加藤。

 結局加藤が事件を起こしてしまい、その約束は果たされなかった、と思いきや、この死刑囚収容所に現れたのだ。


「えぇ、そうです。本来この場では貴方と私、あるいは副大統領が対応するのが原則で、他人は入れないのです。確かに昔馴染みの仲ではありますが、それ以上に、高山さんからはどう言った事があったのか先に聞きました。加藤さんも随分高山さんを信頼なさっていた様ですし、貴方の精神を考慮し、信頼した高山さんの同席が必要と判断しました」


 北南崎が経緯を説明した。

 確かに精神を考慮した判断だが、もうひとつ、賂媚子の特殊能力に期待した判断だ。


「お久しぶりです。こんな事になってしまって残念ですが、私と直訴に向かう約束を待てなかったのですね。私も裁判は報道で見ましたが、要約すれば『ついカッとなって』との事。……どうやら奥様は加藤さんが怪しい占い師に騙されていると思ったのですね」


「ッ!!」


 加藤は驚いた。

 妻の無理解にカッとなって殴ったが、裁判では殴った理由に、占いにハマった経緯は言っていない。

 単なる日常的なDVの延長で済ませた。

 もう、精神が擦り切れていた加藤は『あーだこーだ』と、言い訳するのも疲れていた。

 真実を語った所で、それをまたイチから説明するのも面倒だ。


(早く、早く死刑にしてくれ……。楽にしてくれ……!)


 罪の意識から裁判では心象が悪くなる事も積極的に行った。

 狙いは、かつて己も利用した仇討ち法。

 コレなら普通の死刑より、断然早く死ねる。

 死刑囚として何十年も収監される人もいる中、もうこの世に未練が無いので死ぬ事に抵抗は無い。


「信長教の寺院でも話しましたが、起きてしまった事は覆りません。今日ここに来たのは、せめて貴方の心に刺さった小骨を取り除く事。本来大統領官邸で訴えたかった事を話してから仇討ち法に臨みませんか?」


「高山さん……ッ!!」


 突如、感情が復活したのか、滂沱ぼうだの涙を流し始める加藤。

 後悔なのか、理解者がいる事の幸せなのか?

 理由は色々あるだろう。

 何せ人を殺した殺人鬼。

 サイコパスなら単純な動機だろうが、一般人ともなれば、殺人は一世一代の大仕事にも匹敵する行為なのだ。


「すみません、取り乱しました。……ええと、でも何と申しましょうか……」


 せっかくの機会にして最後の機会。

 だが、言葉が出なかった。

 いや伝える事はあるが、これを言えば『子供か!』と言われるのは明白だ――そう悩み口を閉ざしてきたのだ、と思ったら――


「何でもっと積極的にフォローしてくれない? そうですね?」


 言い淀む加藤の心を、賂媚子が代弁した。

 北南崎もソレを期待して呼んだのだが、ズバリ的中した。


「ッ!?」


 一方、加藤は驚きで固まった。

 言いたくても絶対言えない言葉。

 これは責任を他人に擦り付ける言葉だ。

 自分の意志で殺人の権利を実行して、仇討ちを果たし、今度は事故とは言え殺人を犯してしまった身。


『アンタ方政府が、もっと被害者をフォローしてくれれば、こんな事故は起きなかったんだ!』


 裁判でも喉まで出かかった言葉。

 だが飲み込んだ。

 仇討ちは権利だが、殺人は殺人。


 自ら望んだのに、政府も病院から意見の窓口まで用意したのに、それ以上フォローしろとは身勝手が過ぎる、と加藤は思い、最後の最後まで残った小さなプライドでその言葉だけは言わなかったのに、あっさりと賂媚子が暴いて見せた。


「そ、そうです……。こんなに的確に読まれるなんて……。自分から行動せずに世話をされるのを期待するなんて、恥ずかしくて言えたものじゃない。でも本心は、毎日でも訪問して欲しいと馬鹿な事を思っていました……」


 この加藤の思いを馬鹿にできる人が世の中に一体何人いるだろうか?

 みんな、口には出せない『ヘルプ』を抱え、助けを求めているのでは無いだろうか?


 今回で言えば、政府が窓口を用意するのではなく、積極的に絡んでほしかった。

 そうすれば止められないDVや、信長教以外の怪しい占い師に献金する事もなかった。


「なるほど。馬鹿な事とは思いませんよ。むしろ我々の想定が甘かった。そういった要望を直通アドレスで伝えて欲しかったのですが、その行動には、精神的な障壁が立ちはだかったのですね」


「そう……だと思います」


 だと思います、も何も、まさにその通りだった。

 人間とは、本心を暴かれたくないし、認めたくないし、格好つけたい生き物なのだ。

 些細な事でさえ丸裸にされるのを嫌がってこそ人間なのだ。


「わかりました。貴方の意見を参考にし、仇討法の勝者には、当面の間、様子を見に行かせる事にします」


「大統領。助けて欲しいのに、遠慮する方もいると思いますよ? この加藤さんの様に」


「そうですね。毎日とは行きませんが、朱瀞夢君にも協力をたのみますか」


 朱瀞夢銃理は、匂いで感情を判別する。

 賂媚子と違い、科学的な超能力で、感情から発する体臭を、何故か嗅ぎ分けられるのだ。

 格テロを防ぐ活躍をした朱瀞夢が軍曹の地位に甘んじているのは、こんな場合に想定して動きやすい身分にしているのだ。


「銃理ちゃんですか。いい考えだと思います。……相手が驚かなければ良いですけど」


 銃理は男ボティビルダーに匹敵する肉体だ。

 単純な戦闘力も、能力抜きにしても、そこらの男より強い。

 能力を駆使すれば、軍では上から数えた方が早い程に強い。

 それ程の猛者が現れたら、訪問宅では大騒ぎになるだろう。


「大丈夫ですよ。この加藤さんも、金鉄銅さんも、木下さんも朱瀞夢軍曹と共に武器術を習ったのですから顔見知りです」


「そうですか。なら大丈夫ですね。フフフ」


 賂媚子が笑うと加藤も含めて全員が笑った。


「っと、大切な事を忘れていました。加藤さん。義理の父である今井さんが剣術の達人であるのは知っていましたか?」


 急にまじめな話に切り替わり、加藤は慌てたが、もう心の内を晒されてしまったので、スッキリしたのか饒舌にしゃべった。

 当初よりは、という注釈がつくが。


「知っています。結婚のご挨拶の時、実に上機嫌でして、巻き藁斬りを見せて下さいました。……そうか。あの剣が私に向けられるのですね。楽に死ねそうだ」


 加藤は面談最初の頃に比べ、顔色も良い。

 間違いなく殺してくれる相手だ。


「一応、政府としては10%の保証をしなければならないのですがね?」


「あの義父に勝つ? ハハハ! 私に重機関銃でも持たせてくれなきゃ勝てませんよ。あの義父は巻き藁10本同時斬りを成功させたのですから!」


 己を殺しに来る今井を、加藤は自慢げに語った。


「10本!?」


 北南崎が驚愕の声をあげた。

 巻き藁とは、竹に藁や敷物の御座を巻き付けた物で、竹が骨、巻いた藁が肉で、腕や足を想定している。


 そんな巻き藁を10本一気に斬ったとなれば、尋常ではない腕前である。

 あのてのひらも納得だ。

 達人だとは思っていたが、そこまでの達人だとは想定外だった。


 それが事実なら今井は、手足は当然、体中どこでも一刀両断にできる技能がある。

 頭蓋骨だろうが、腰骨だろうが、豆腐の如く斬るだろう。


「加藤さん。政府としては、意地でも10%の勝率を保証します。……覚悟してくださいね?」


「えっ。どういう意味です?」


「鍛えると言う事です。では」


 北南崎が席を立った。

 このままでは、勝率に不備があったと野党に追及されかねない。

 それは困るので、北南崎は死刑囚の加藤を鍛える、いつもとは逆の方針を取る事にしたのだ。


「えッ!?」


「応援して……良いのかどうかわかりませんが、加藤さん、頑張ってくださいね」


 賂媚子は死刑囚を応援するのが正しいか困ったが、とりあえず、激励の言葉を送っておいた。

 北南崎の思考を読んで、酷い事になると確信したからだ。


 こうして、加藤は死刑囚である事を忘れる位の陸軍訓練に放り込まれる事になったのだった――

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