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第60話 DV殺人 加藤刑素毛

【最高裁判所】


「主文 被告人 加藤刑素毛けいすけを死刑とする」


 裁判長の白州御拷鬼しらすおごうきは複雑な表情で宣告した。

 白州御は大統領から、高山賂媚子るみこ絡みの件と事前に聞いていた。

 しかもしかもだ。

 加藤は仇討ち法適用第一号の被害者の父親にして、当事者にして、命を懸けて戦い勝利を勝ち取った者。

 それが、今度は加害者としてこの場に立っている。


 その瞬間と言うより、入廷以降焦点の合っていない曇った目で加藤はその判決を聞いた。

 聞いたが、何の反応も示さない。


「被告の事情は汲むべきではあるが、だからと言って妻の瀬津羅さんを年間に渡るDVの上、殺して良い理由にはなりません。もう一つ、瀬津羅さんには新しい命も宿っていた。つまり2人殺した事になります」


 加藤の子供は一人っ子だった為、全てをやり直すべく、新しい命を設けていた。


「更に被告は、仇討ち法適用者第一号にして勝者。殺人の是非を誰よりも身に染みて知っている身。『人を殺せばこうなる』それを証明した被告が、さらに証明しては意味がない。法を侮辱し、国民を震撼させた罪は重い。事情を考慮しても、死刑のラインを軽々と越えてしまっています」


 そう白州御は宣告しながら、あの決闘のあの場で、山下頌痔しょうじの最後の言葉が鮮明に思い出される。


『クックック! 俺のこの……姿は未来の貴様だ……。ようこそ殺人者ッ! ようこそ底辺へ……ッ!』


(『予言の自己成就』と言う奴だろうか?)


 予言の自己成就――


 全く根拠のない不吉な予言。

 それを防ごうと色々気を付けるのに、何故か導かれる様に予言に引きずり込まれる。

 やる事なす事、何故か不吉な予言に近づいていってしまい、惨劇に自ら近寄ってしまう。

 回避するつもりが、吸い寄せられる謎の現象、『予言の自己成就』。


(山下の怨念のなせる業なのだろうか?)


 仇討ち第一号の加害者である山下。

 加藤はその予言通りに限りなく近くなり、殺人者という最底辺に堕ちた。


 加藤の妻殺害に至る経緯はこうだ。


 息子の仇を討ったは良いが、その遠因は自分の息子にあった事。

 己の息子は、友達を底辺国民と蔑み始めていたのだ。

 その憎しみが、偶然生まれた殺害チャンスに、ついつい手が出てしまい、山下の子を殺した。

 これらの行動は当然問題であるが、さらなる問題があった。


 己の子が、殺人を偽装したのだ。


 バレたとしても、被害を最小限にする為に、虐められていた事にする。

 ただ、殺人をしてしまった精神状態では、偽装日記の正確性までは気が回らず、杜撰な日記となった訳だが、決闘当日、偶然にもその日記を見つけてしまった。


 問題はその日記だ。

 瀬津羅は、わざと見つかりやすい様に日記を置いた。

 置いたと言うよりは、本棚から少しはみ出す程度の、いかにも『見つけてくれ』と言わんばかりの状態だったから、思惑通り見つかった訳だ。


 実は瀬津羅は子が殺された裁判なのに、証人喚問以外の出席はしていない。

 傍聴席にも行かなかった。

 加藤は、妻のその行動を『裁判による追及で、息子が殺される残酷な証言に耐えられない』と慮った。


 だが本当は違った。


 もう既に、息子の嘘を見抜いていたのだ。

 むしろ、山下に謝罪しなければならないのは、こちら側と知っていたのだ。


 だが、その勇気もでなかった。

 今更、裁判で『真実は違う』と異議を申し立てる勇気が出なかった。

 故に、夫には日記を見つけさせ『この日記、知っていたか?』と導かせたかった。

 その時、日記の矛盾を伝え、この裁判は根本が違うと訴えようとしたが、夫は怒り心頭で家を飛び出してしまい、加藤瀬津羅の計画は脆くも崩れ去った。


 あとはあの決闘と、その後の大統領による調査と、病室での真実の露呈だ。


 加藤が狂ったのは子供の歪な感情が発端だが、目に見えて狂ったのはこの日記の真実を妻が知っていた事だった。


 夫の加藤は人が変わってしまった。

 殺人をクリアした身でもある。

 そこから地獄のDVが始まり、半ば無理やり次の子供も作らされた。

 夫婦間レイプと言われる問題である。


 その後、加藤は精神が壊れたのか、怪しいスピリチュアルに傾倒し、どんどん財産をつぎ込み、ついには預言者と噂の『信長教』にまで遠い山梨県まで時間をかけて行く始末。


 瀬津羅も己の罪の自覚はある。

 だが、夫が変なモノにハマっていくのは見ていて、見ていられなかった。


 夫が、山梨県から帰宅した時、瀬津羅は文字通り命を懸けて訴えた。


『貴方! 私はどんなに暴力を受けても耐えて見せるわ! それ程の罪を犯した! でもこれから生まれてくる子供の為の財産を失ってまで、怪しい占いに頼るのは辞めて!!』


『ッ!?』


 一方、大統領との面会まで取り付けてきた加藤にとっては、寝耳に水所ではない話。

 歪んだ夫婦関係も自覚しており、DVを繰り返しては反省し、改善しなければと、あの手この手で取っ掛かりを探し、ついに信長教までたどり着いたのだ。


 それを全否定されたと感じた加藤は、無意識で渾身の拳を瀬津羅に叩きつけた。

 殺人をクリアした者の、殺意が乗った完璧なパンチだった。

 一撃で瀬津羅の意識を刈り取り、後頭部が台所の角に激突した。

 即死だった。


 瀬津羅は命懸けの説得をして満足したのか、その顔は血だらけなのに笑顔だった。

 加藤は自分の行いに、やっと目を覚まし、自首し、今に至り死刑判決を受けた。


(後は、この後の判断によるのか……)


 白州御裁判長は、遺族代表の今井に尋ねた。


「以上の様に、裁判として死刑を決定しましたが、異論はありますか?」


「あります」


 瀬津羅の父である今井被賂鬼ひろきは静かに断言した。

 怒りはあるが、娘の行動にも問題はあったと一定の理解はした。

 夫婦間トラブルに気が付けなかった負い目もある。


 だが――


 それを補って余りある、娘婿に対する憎しみ。

 落ち度はあったかもしれないが、一人で全て抱えDVを受けて殺される理由にはならない。


「刑素毛君。正直言って君の気持も多少は理解しているつもりだ。だが人間そう簡単に割り切れん。私にとって娘は掛け替えのない存在だったのだ。だから戦い勝つ。あの世で謝罪しろ!」


(やはりか。私だけで4例目を担当するとは、信長真理教に関わった定めか?)


 白州御はそうなる予感をしていたが、やはり的中した。

 ある意味、予言の自己成就だ。


「分かりました。遺族により異論が出ましたので死刑を棄却し、新法『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』の適用を認めます!」


 白州御はそう宣言し、裁判は終結した。

 あとは北南崎大統領の仕事だ。


(被害者が仇討ち法で勝ち、今度は仇討ち法で負ける。いや、まだ結果は決まった分けでは無いが、10%の勝率しか無い勝負に引っ張り出される。両方の立場を経験する加藤の言葉を聞いてみたいモノだ)


 だが、加藤は仇討ち法の宣言を聞いても、感情揺らぐ事無く、一礼して法廷を後にした――

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