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第58話 始動 50代大統領 北南崎桜太郎

【山梨県/織田市 本部】


 山梨県織田市にある旧信長真理教跡地。

 敷地の大部分を売却し、売られた子供を救出する資金として提供した。

 その中に、ほんの少しの一角に寺が建立された。

 信長教として信長真理教とは決別し、高山賂媚子がほぼ一人で運営している寺である。

 寺といっても仏教ではないが、分かりやすく仏教形式の建物だ。


「お久しぶりです東西、いえ北南崎大統領閣下」


「お、おやめください賂媚子様!」


 北南崎は、牢黴蠱改め賂媚子に対し慌てて懇願した。


「大統領。今この日本で貴方より偉い人は居ないのですよ?」


「ウッ……。クセと言うか、そう呼ばないと収まりが悪いと言うか……申し訳ありません……」


 長年教団の表も裏も見て、牢黴蠱時代の賂媚子の世話もしてきた。

 もう、今更言葉を改めるのも不可能だ。

 公式の場ではともかく、プライベートでは『様』と呼びたい北南崎であった。


「フフフ。お互い歳を取りましたね。今日はアレから20年ですか」


 賂媚子の言う『アレ』とは高橋海鷂魚逸えいいちが起こした核テロの事だ。


「皆さん歳をとられましたね。紫白眼魎狐副大統領も乱蛇琉胡蝶陸軍大将立派で美しく成長しましたね」


「それを言うなら賂媚子様もですよ。直接会うのは10年ぶりでしょうか? びっくりしましたよ!」


 紫白眼が賂媚子の変貌ぶりを驚く。

 美しくなったのは当然だが、神秘性をも感じるのだ。


「フフフ。嘘の感情がありませんね。ありがとうございます」


 賂媚子は相変わらず人の感情を何故か感知できる。

 その能力にも磨きがかかり、信長教は人気相談所として繁盛しており、その売り上げを、かつての被害者救済の為に寄付している。


「所でそちらは?」


 賂媚子は見慣れぬゴリラの如き女性の素性を訪ねた。

 仕立てた特注スーツが、はち切れんばかりの体格だ。


「えっ!? 酷いっス!?」


 一方、尋ねられた女性は驚いて抗議する。


「ジュリですよ!? 今は朱瀞夢銃理と名乗ってますが!!」


「えっ」


「えっ」


 2人は同時に驚き、北南崎らは『だろうなぁ』と笑顔で見ていた。


「嘘を感じません! 本物ですか!? 懐かしいけど……面影が……」


「嘘の匂いがしない! 酷い!」


「ご、ごめんなさい!」


 お互いの特殊能力を駆使して本人確認をする賂媚子と銃理。


「……賂媚子様。私をゴリラと思いましたか?」


 銃理が尋問する。

 絶対に逃げられない地獄の質問だ。


「ぐッ……! 貴女相手に嘘を付けないのでしたね! 嘘を付けないのがこんなに苦しいとは思いませんでしたよ!? はい! YESです!! ゴリラだと思いましたよ!?」


 他人の嘘は見抜けても、自分の嘘を見抜かれる経験が無い賂媚子は観念して自白した。

 賂媚子が苦渋の表情で自白する姿を見て、一同は腹を抱えて笑うのだった。

 南蛮武大統領と共に、売却された子供を救い出す超極秘任務に携わった地獄の10年間。


 こんなに笑ったのは本当に10年ぶり過ぎて、皆、自然と涙が溢れてきた。

 南蛮武大統領任期中と、辞任後の2年間の計10年間。

 北南崎らはずっと救出任務にあたっていた。

 またジュリは任務に同行し捕らえた買い手の心を暴き、ジュリが見破れない悪人を賂媚子が暴いてきた。


 精神が崩壊した子を救出した。

 北南崎が現れたら、虚ろな目で服を脱ぎ始めた子も救出した。

 鉱山で、やせ細って背中は鞭の傷跡で皮膚が無い子も救出した。

 骨と皮だけで、内臓が無い状態で救出した子もいた。

 腕だけが溶け残った子も救出した。

 人とは思えない肉塊に変えられて、なお生きている子を救出した。


 比較的大切に扱われていた子も居たが、そんなのは超幸運なだけだ。

 大多数の子は生きていれば幸運。

 五体満足でもまだ幸運。

 もう二度と元に戻らない怪我や、精神の崩壊した子も生きているだけまだマシ。


 8割は死んでいた。

 その死体も、綺麗な遺体など無かった。

 地獄の責め苦を受けて死んだと、一目でわかる遺体を救出した。


 そんなかつての仲間達を探し回った10年間だった。

 これでも全員救出できた訳ではない。

 海外や、上手く逃げている者もいた。


 北南崎達の精神は削りに削られた。

 ここに集まった全員が苦しんでいた。

 同じ教団出身で、普通に生きている事が申し訳ないと思った。

 何度も自殺を計画したが、その度に思いとどまった。


『ここで死ねる程、売られた仲間は楽をしていない!』


 そう思い根性で耐えてきた。

 そんな10年間を思い出し、涙が溢れた。

 こんな冗談を言える自分達が、どんなに幸運だったのか嚙み締めたのだ。


「南蛮武大統領は残念でしたね……」


 一頻り笑って泣いて、賂媚子がようやく話題を変えた。


「南蛮武大統領はやるべき事をやっていたのですけどね……」


 普段の政治は勿論だが、信長真理教の犯した人身売買で売られた子供の救出を極秘任務として指揮し、救える子供は救ってきた。

 南蛮武失脚後も、決して世間に明かせない任務を、政治結果を罵倒されながら人知れず孤独に前向きに任務に向き合ってきた。

 絶対に評価されない歴史の闇に葬られる任務なのにだ。


「核テロを防いだ英雄があんな寂しい退場とは残念です。世間に公表できないのも悔しかったですね……」


 信長真理教は、南蛮武の政策で孤児の世話と管理は政府の一元管理となったので、その役割を終えたとして賂媚子主導で縮小し消滅した、と言うのは表向きの話。

 本来は核テロを起こした団体としての処罰も兼ねているが、核テロを公表できないので、この様な形となり信長教としてヒッソリ残った。


 南蛮武の功績は、本来は異次元の領域で結果を残しているが、それは公表されてない以上、目に見えるモノが全てだ。


「仕方がありません。……では済ますつもりはありません。南蛮武大統領には本当にお世話になりました。私はその志を継ぎたい。悪を滅したい。その為に、今度議会に新法案『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』を提出し承認させます」


「仇討ち、と言う事ですか。そうですね……。私達は何処までも醜く汚く、底が見えない悪意と向き合ってきました。しかし世間は知らない。悪い事をすればこうなる、と見せしめるのですね?」


「そうです。我々が関わった事件は私が引き継ぎますが、他の事件は当事者で解決したい人もいるでしょう。少なくとも、生きて救出してきた方の大多数はそう思っています。実はここに来る前に南蛮武先生に会ってきました」


「南蛮武先生! お元気でしたか?」


「えぇ。車いすではありますが、自分に出来る事があれば相談してほしいと仰っておられました」


「そうですか。ありがたい事です。何を話されたので?」


「仇討ち法の良し悪しと、20年間を振り返って参りました――」


 売られて救出されるまで数年から20年と期間はバラバラだが、生き残って精神が回復してきた者の憎悪は、戦場と同等の救出作戦に随伴してきた北南崎をして、後ずさりを強いられる殺気だった。

 そこまで殺気を放出できるまで回復できたのを喜ぶべきか迷うが、売られた子達の怒りと憎悪の発散場所が無い。

 何故なら買い手は全員抹殺してきたからだ。


『この子達は、恨みを晴らして、初めて人間に戻れるのだ。我々はその機会を奪ってしまったのか!?』


 南蛮武や北南崎らは後悔したが、まさか殺人をさせる訳にもいかない。

 それこそ、そんな事をやらせたら、完全に精神崩壊しそうで危険な状態な子もいたのだ。


 故に北南崎が大統領に当選した時、南蛮武を訪ねた。

 仇討ち法をどうするか悩んだのだ。



【大坂都内/南蛮武家】


『南蛮武先生。もしあの子らが、直接恨みを晴らしたら、多少でも心は晴れるでしょうか?』


『……難しい質問だな。YESとNO、どちらもありえる。二度と顔も見たくない子も居れば、直接恨みを晴らしたい子もいるだろうな』


 車いすの南蛮武は右膝を擦りながら言った。

 救出任務での怪我が原因である。


『……先生。私は最初の議会で新法案『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』を提出したいと思っています』


『ッ!! 仕組みは?』


 その強烈な新法の言葉に驚くも、一定の理解を示してしまう南蛮武。

 痛い程に、その気持ちが理解できる期間を共に過ごしてきたのだから当然だ。


『試験段階中は、最高裁判所で死刑が出た場合、遺族に仇討ちをするかどうかを確認します』


『成程な……。良い悪いはワシも分からん。君達と行動を共にした20年間。ワシも善悪の感覚が狂って来ておるのを感じるのじゃよ。常軌を逸する狂人の狂気に冒されたのかもしれん』


『それは私も同じ思いです。故に国民を試したい。憎悪の行き先をどうすべきか?』


『やってみるといい。世紀の良法となるか、最悪の悪法となるかは歴史が決めるじゃろう。君はこの国をどうとでも導ける立場になったのじゃ』


『悪法と罵られても構いません。南蛮武先生の受けた仕打ちに比べれば安いモノです』


『ありがとう。そう言ってくれるだけで救われるよ』


『では、我々は、これから賂媚子様に会って報告してきます』


『うむ。よろしく伝えておいてくれ。じじぃに出来る事があれば相談にも乗ると伝えてくれ』



【山梨県/織田市 本部】


「――と言う訳です」


「そうでしたか。先生がお元気なのは何よりです。それよりもその法案は、まるで国民に喧嘩を売る様な法案ですよね?」


「嘘は通じないから申しますが……そうです。もう我々は簡単に人を信じられない。犯罪被害者にどう向き合えば良いのか分からない。国民の感情が理解できない。私達の20年が正しかったのか知りたいのです」


「何も知れないかもしれませんね?」


「それならそれで構いません」


「ならば、私は応援するのみです。政策の成功を祈っていますわ。北南崎大統領閣下」


「はい! それでは、今度会う時は、ある程度答えを持って参ります」


 そう言って北南崎一行は去って行った。


「……如何なる犯罪者も全員死刑で良いと思いますわ」


 賂媚子が呟いたが、その声は空気に溶けていった――

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