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第56話 終わりの始まり

【山梨県織田市/信長真理教本部】


「全て終わりました」


 白洲御、目冥木、馬琉麒、菅愚漣が、捕らえて口と動きを封じた信者を、ロッカーに偽装した檻に放り込んだ。

 全部で15個の、もはや棺桶同然のロッカーだ。

 南蛮武達は備品買取業者の制服を着ていた。

 ロッカーを引き取り、正面から堂々と出て行く為だ。


「うむ。幹部の欠席も無し。全員逮捕。外部にも漏れた形跡も無し。完璧だ。牢黴蠱さん、じゅりさん、よく頑張ったね。君たちのお陰で助かったよ」


 南蛮武少将が、幼いながらにも完璧な仕事をした2人を労った。


「この後は当面の間、信長真理教の表の顔を全うしてもらいたい」


「南蛮武閣下の大統領当選が確定するまでですね?」


 牢黴蠱がからかう様に言った。

 完璧な仕事をやり終えたからか、幼いながら人としての成長が感じられる言葉遣いだった。


「閣下……少将だから閣下か。むず痒いが、これから大統領を目指すのだから、イチイチ怯んでおれんな」


 南蛮武も慣れない敬称に戸惑うが、まだこの作戦は完遂していない。

 まずは大統領選挙に立候補。

 そして、その選挙に勝つ。


「信長真理教是正の御礼として、投票先は南蛮武少将へと通達しておきます」


「おっと、ありがたい申し出だが、それはイカンぞ?」


「え?」


 牢黴蠱はまだ5歳だ。

 選挙のシステムなど知らないのも仕方ない。


「まだ選挙のルールを知らぬだろうから説明するが、例え組織の命令であろうと、投票先を強制させる事は出来ん。国民にはどの候補者でも投票しても良い権利がある。組織票は厳罰の対象となるのだ」


 正直、組織票なのかどうか見破るのは難しいのが現実であるが、一応、そう言う事になっている。


「牢黴蠱様。この国は北海道、東北、北陸甲信越、関東、東海、近畿、中国、四国、九州、沖縄、そして前大統領の11ポイントの過半数を取った者が大統領になれるのです」


 東西岬が軽く説明した。


「例えば、近畿で1位の投票を得たら1ポイント?」


「そうです」


「前大統領の1票が凄く重いですね? 1人で1ポイントになるのですか?」


 地方全域で1ポイントと前大統領1人で1ポイント。

 一票の格差が激しすぎる。


「そうです。初代の信長公以降、二代目信忠公と暫くは指名制でしたが、第二次世界大戦を契機に、指名+投票制が導入されました。そこから、国家元首の敬称が皇帝から大統領に変わったのですが、初代皇帝からの伝統も継承し、大統領の一票は重いのです」


 国民の意見を取り入れつつ、独裁の要素を残しつつ、は発展してきた。


「その代わり大統領の投票した候補がポンコツだったら前大統領はもう大バッシングですね。ですから、前大統領は、1人で格差の激しい票の責任を背負う分、責任重大なのです。歴史に汚名を残さない為に」


 白洲御がやさしく説明した。


「しめい&とうひょう……? 全部で11票でも、例えば引き分け、4対4対3だった場合は?」


「まず3の者は脱落。ソレはいいですね? 問題は4同士です。どちらかに大統領の票が入っていたら、入っていた者の勝ちです。大統領が3の者に入れていた場合、4を得た者が大統領による厳しい面談の末に決められる。まぁ、歴史上そうなった事は無いですけどね」


「君主制と民主主義のハイブリッドという事ですか?」


「ッ!? これは驚いた! 難しい事を知っているね!?」


 5歳児とは思えぬ指摘に南蛮武は当然、東西岬も白洲御大佐も驚いた。 


「世界には様々な政治形態があります。完全民主主義、共産主義、君主制などなです。どの形態が優れ劣るかは断言できぬ中、日本は君主制と民主主義のハイブリッドを選びました」


「どうしてです?」


「君主制は、君主が暗愚だと一瞬で国が終わります。共産主義は平等を謳いますが、平等な国を見た事がありません。民主主義は衆愚、つまり民衆が愚かだった場合が最悪です。他にも共和制や完全独裁などありますが、その辺は東西岬君に聞いて下さい」


「えっ……は、はい!」


 突然話を振られた東西岬が動揺するが、とりあえず返事をした。

 共和制はともかく、完全独裁はまさに信長真理教の真の姿だったのだから、説明は楽であり、父を断罪する行為故に説明を任せた。

 牢黴蠱は思った以上に大人で、精神の成熟も早そうだ、との判断だ。

 そもそも、生まれて意思を持った時から人の嘘を見抜き続けて来たのだから、幸か不幸か、そこらの大人より大人である。


「我が国は信長公以降、先帝、前大統領に認められてこそが基本で、現在はそこに国民の投票も混ぜた形態。これが良いのか悪いのかは歴史が判断するだろう」


 南蛮武少将が話を引き継いだ。


「さて、これからだ。まず私の大統領当選。ここで躓いたら全部水泡だが、政府の政策として孤児の完全救済を議会に提出する。いかなる孤児も孤児院も政府直轄とし、今まで信長真理教の様に民間で世話をしていた者はそのまま雇用する。その際、必ず政府職員を送り込み、今回の様な身売り行為が無いか内偵する」


 信長真理教だけが黒、などと思い込まない判断故だ。

 大なり小なり、人知れず何らかの被害を受けている孤児がいると思わねば、為政者失格だ。

 国民に知らせられる程度の犯罪であれば、公衆の面前で断罪するが、信長真理教の様に大規模な人身売買マーケットだった場合は、闇に葬らねばならない。


「東西岬君は、私の部隊と共に、売られた孤児の救出だ。表の記録に残らぬ、国の暗部として処理する事になるが、関係者である君の協力が必要だ」


「承知しました!」


 東西岬は考える間もなく即座に了承した。

 それが償いになると信じて。

 だが、ここで問題が起こった。


「あ、あの南蛮武少将、私もその任務に同行させてもらえませんか?」


「わ、私も!」


 今まで無言を貫いていた整陀流せいだる真城岩ましろがんが、その任務に立候補した。


「えっ」


 南蛮武や東西岬ら大人連中が全員間抜けな返事をしてしまった。


「子供が居た方がカムフラージュに最適ではないでしょうか!?」


 整陀流は15歳。

 真城岩は8歳。

 確かに囮や孤児としての潜入には最適かもしれない。


「それならば、私も」


「アタシも!」


 牢黴蠱は5歳。

 じゅりは4歳。

 この2人は孤児として年齢的には完璧な上、両者とも天然のウソ発見器だ。

 ただ、整陀流はこの国で大人判定だが、他の者は10歳にも満たない子供。


「……ッ!! 困ったな。申し出は嬉しいが……!」


 嬉しい所の話ではない。

 作戦として考えるなら全員大歓迎だ。

 だが、暗部中の暗部の任務に子供を巻き込んで良い物か迷うが、確かに囮や偽装、嘘発見の役割には最適だ。


「……分かった。とは言え、全員一度に連れてはいけん。それに、そもそも君たちは、まずは勉学と成長と人生経験が最優先の年齢なのだ。それを忘れてはいかん」


 南蛮武がありがたいと思いつつ諭した。


「任務もとても良い人生経験では?」


「ッ!! ……きっと牢黴蠱君なら、そう言うんじゃないかと思っていたよ」


 南蛮武は舌を巻くしかなかった。

 牢黴蠱もそうだが、他の者の使命感は大人のソレに負けていない。

 仲間が人知れず売られた事に怒りを覚えているのは間違いないだろうが、尋常ではない使命感だ。


「分かった。ではこうしよう。まず牢黴蠱君は信長真理教の顔だ。それが任務の為に一時的にも行方不明になるのはマズイ。お世話係のじゅり君もだ。そこで、我々がグレーと思しき人間を君達の下に送る。我が部隊の者を常駐させるから、その都度判定して欲しい」


「仕方ないですね。わかりました。信長真理教が終わるまでは、その任務に徹します」


「うむ。整陀流君と真城岩君は姉妹の孤児とする。潜入だ。だが、その前に確認だ。菅愚漣曹長」


「ハッ!」


「まずは……真城岩君と握手をしてくれんか?」


「へ? は、ハッ!」


 突拍子もない命令に戸惑う菅愚漣は、手汗を作業着で拭うと真城岩の手を握った瞬間、菅愚漣は宙を舞った。


「ごへッ!?」


「やはり合気道か! その立ち振る舞い。もしやと思っておったが天才だ!」


 南蛮武も各種武道を修めているが、8歳でコレは天才以外の何者でもない。


「次は整陀流君だが、足運びから中国拳法かな? 流派までは特定できんが……」


「八極拳をベースに色々アレンジしております。……見ただけで拳法と当てられたのは初めてです」


 整陀流も驚いていた。

 足運びのクセはあったかもしれないが、それを拳法に結びつけられたのは初めてだ。


「よし。では真城岩君同様テストだ。この距離で私に膝を突かせてみたまえ。そうすれば合格として任務を与えよう」


 不意打ちだった菅愚漣は仕方ないにしても、武道を修め、これから攻撃を加えられる覚悟をしている南蛮武相手に膝を突かせるのは、滅茶苦茶な難易度だ。


「『膝をつかせる』? それぐらい厳しい現場に行く、と言う事ですね?」


「可能性だがな」


 2人の距離はおよそ30cm。

 腕や足を伸ばしての突き蹴りは不可能だ。

 肘、膝、フック、頭突き、工夫すれば上段蹴りが可能だが『膝を突かせる』と言うのがネックだ。

 KOでも、ダウンでもない。

 膝を突かせる限定だと、工夫と威力の調整が必要だ。


「金的はアリですか?」


「アリだが……フフフ。流石にソレは痛すぎるし怖いから、そう来る場合は防御させてもらおう」


「フフフ。そうですね、分かりま――フンッ!」


「ゴふッ!!!!」


 南蛮武は3歩よろめいて膝を突いた。

 肘を畳んで右手で掌底を叩き込んだ整陀流が南蛮武を見下ろす。

 その光景に南蛮武の部下達が驚く。

 打たせたとは言え、こんな光景は見た事がない。


「ぜ、全身の脱力と回転による発勁か! 合格だ……!」


 一口に発勁と言っても様々な方法がある。

 その一つで、難易度の高い近距離での爆発力は、やはり天才の所業だった。

 後は会話の途中、南蛮武の呼吸を読んで、息を吐いた瞬間一撃だった。


「よし……! 君たちの協力のお陰で様々に動ける可能性が見えてきた! まずは私の大統領当選を待っていてくれ。当選後、また会おう」


 こうして備品買い取り業者の化けた南蛮武少将達は、(一部よろめきつつも)荷物を台車で運び、中身の処分場に運ぶのであった。


 無事、終わりの始まりが迎えられる事を願って――

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