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第55話 仕分け

【山梨県織田市/信長真理教本部 定例集会】


 毎週日曜日。

 高橋弾正忠海鷂魚逸えいいちより、ありがたい言葉が賜れるのが定例となっていたが、今日は、初っ端から予想外の光景が現れた。


 壇上中央に牢黴蠱るみこ、左に東西岬、右にじゅりの布陣である。

 会場は当然、通信中継されている各支部にも動揺が走る。


「静粛に。驚かれるのは理解しております。理由を説明しますのでまずはお聞き下さい」

 東西岬が旅にでた失踪後逮捕高橋海鷂魚逸えいいちの、指令と遺命を読み上げた。


「――そう言う訳でして、高橋弾正忠様は決意を持って旅立たれました。もう教団には戻らぬ覚悟で世界を巡るとあります。後継者はこの牢黴蠱るみこ様をご指名され、お世話役にじゅりを、補佐役にこの東西岬が申し付かりました。急な体制変更で戸惑いもあるでしょうが、やる事は変わりませン。孤児を助け、織田信長公の御意思を尊重し、悩める者を救うのが信長真理教の使命です。頑張って行きましょう。では牢黴蠱様から一言お願いします」


「この度、教祖弾正忠の位についた牢黴蠱である。こんな幼子に何が出来ようと思う者も居るだろう。実際、きっと出来ぬ事もある。いかぬであろう。だが不幸な子、悩めし者が1人でもいる限り、妾は共に考え、解決の道を探る。どうか皆の力を貸して欲しい」


 牢黴蠱が幼児らしからぬ威厳と言葉遣いで所信表明をする。

 その言葉に反応し、一般信者が今後の信長真理教の発展を確信し、歓声をあげた。


 この演説は中継カメラを通じて、地方の信長真理教にも同時中継されている。

 高橋の永遠の旅には皆驚いたが、織田信長らしいといえばらしい行動力だ。

 きっと、世界規模で不幸な者を救いに行ったのだろう――


 そう、高橋海鷂魚逸の行動を称賛しているのは一般信者。

 しかし、教団の裏を知り、高橋の金稼ぎに協力していた幹部は動揺を隠せない。


(なんだこの茶番は!? 東西岬のクーデターか!?)


 幹部の中には、人身売買はおろか、核による国家乗っ取りまで把握している者もいた。

 その計画が頓挫したならしたで、連絡があっても良さそうだが、失踪では連絡もつけられない。


(人身売買の契約が済んでいる者もいるのだぞ!? 出荷準備まで出来ているのにどうするのだ!? 本当に旅に出たなら、東西岬が全て管理するのか!?)


 まだ5歳の牢黴蠱では、暗黒の取引には信用も無ければ侮られる。

 お世話役のじゅりも4歳では役に立たない。

 ただ、東西岬だけは別だ。

 陸軍主催の格闘大会優勝の実績は、取引に十分で、体格も威圧感バッリチだ。


(何も指示無しは困るが……これは接触して確認するしか無いなのか?)


 暗部を知る者は、判断に迷う。

 だが、更にそれを解決する言葉が、東西岬の口から飛び出した。


「最後に所連絡ですが、教団の中には、さきの弾正忠様を手伝っていた幹部の方も居られましょう」


「!」


 含みを持たせた東西岬の言い回しに幹部が反応した。


(これか! 引継ぎ事項があるのだな!? 弾正忠様は旅ではなく、何かトラブルか、命に関わるご病気と言う事か?)


 こんな悪事を中途半端に放り出して旅に出るなど、絶対に考えられない。

 世直しの旅などする人ではない。

 クーデターでなければ、命に直結する不都合が起きたのだ。

 その上での、東西岬の含みを持たした説明は、通じる者にはしっかり通じた。


『不測の事態があったのだ』と――


「各支部でさきの弾正忠様の手伝いをしていた方は、1週間後10時に本部へ集まって頂けますか? 前弾正忠様からの指令を預かっておりますので、その場でお伝えします。これは通信を使った連絡が出来ない故の処置です。どうか御理解して頂きたい」


(確かに。危険すぎるし、言うに言えない。どこで傍受されるか分らんしな。説明も1回で済ませば危険も少ない。東西岬か。信頼はできそうだな)


「なので1週間後までお待ち下さい。その間、手伝いは全て一旦中止です。いいですね? 中止です。トラブルになった先方には丁寧に謝罪しておいてくださいね」


 東西岬が意味深な事を言って中継は終わった。



【弾正忠執務室】


『よくもまぁ、あれだけスラスラと言葉がでるのう? 感心して聞き入ってしまったわ。ハッハッハ』


 南蛮武大佐改め、南蛮武少将が東西岬を褒めたたえた。


『武術の腕も立つなら弁も立つか。どうだ? 全てが終わったら政治家を目指さんか?』


「お戯れを。暗部を知って核にも手を出してしまった私です。全ての関係者を粛正したら、最後は己を処刑します」


 東西岬はとんでもない事を言い出した。

 己を処刑とは自殺だ。

 南蛮武としてもそれは困る。


『待て待て!? キミのお陰で未曽有のテロが防がれたのだ。君のお陰で一体何人が救われたかわかっておらんのか!?』


「それは……でも、教団が腐っているからであって……」


「今君が抱えているのは、高橋の悪意を見抜けなかった罪悪感だろう? 君は何も悪くなければ、日本を救った英雄なのだ。『早まるな!』と言わせないで欲しいな』


 正直な想いである。

 何なら、総理大臣補佐として雇用したいぐらいに、東西岬の事を認めていた。


「……。私が教団の為にと孤児を世話し指導し、独り立ちしていく事には喜びを感じていました。その中の私が直接見送りできなかった何十人かは、秘密裏に出荷されていた。私がコレが悔しくて身が引き裂かれそうです……ッ! 私が育て知識を与え鍛えたのは、顧客の為では無いのです! 本人の幸せを願っての行動だったのです!」


 先の会見の場では、一切焦りも不審な動きも見せなかった東西岬の、張り裂けんばかりの心情が爆発する。


『……分かった。ではこうしよう。まず、来週、教団の暗部は一掃する。全員闇に葬って処分する。これは決定事項。北狄毘ほくてきび閣下にも許可を貰ってある』


「はい……」


『それでだ。私が大統領になったら、君はまず軍に入りなさい。そこで特殊任務として、売られた子供の追跡調査をして救い出すのだ。陸軍の仕業とバレてはならんから、足が付かない様に装備は犯罪者から没収した軍とは関係ないモノになるが、私の部下も付けよう。部下も、あの非道な証拠の数々を見て義憤に駆られ救出を願い出ておる。何なら私もな! 大統領権限をすべて使って、最低でも日本に居る子供は全員救い出す。……遺体であってもな』


「ありがとうございます」


『よし。では来週の確認だ。牢黴蠱君とじゅり君は天然のウソ発見器。書類で黒が判明している者もいるが、グレーな者も来週は来るだろう。無実の者は帰ってもらい、黒の者は別室に通して、その都度、意識を奪って拘束する。部屋の手配を頼むぞ?』


「分かりました」



【次の週】


 各地の幹部がぞろぞろと集まってきた。

 そこに現れる東西岬と牢黴蠱とじゅり。


「牢黴蠱様!? えぇと、東西岬君だったね? 君は以前から高橋弾正忠様のお世話を?」


「はい。身の回りから孤児の指導まで、に渡りです。細部が何かはここでは言いませンが、よろしいですね?」


「あ、あぁ、十分だ」


(牢黴蠱様とじゅりは幼子過ぎて話した所で意味不明だろうが、念には念をいれた言葉遣いよな)


「では牢黴蠱様、それにじゅり殿、お願いします。」


「うむ。札幌支部の者、5名であるな?」


 牢黴蠱が幼いながらに威厳たっぷりに声を放つ。


「はっ! さきの弾正忠様と変わらぬ忠誠を誓う所存です!」


「うむ。ではコレを見てもらいたい」


 コレとは、名前とアルファベットが書かれた書類である。

 意味を知る者しか理解できない、振るい分けに実に便利な書類だ。


「ッ!!」


「? なんでしょう? コレは?」


 東西岬でさえ見抜ける動揺を出した幹部もいれば、全く分からない者もいた。


「と、東西岬君!? こ、これはマズいよ!? 牢黴蠱様もご存じなので!?」


 自白同然の声を上げた者もいた。


「ご存じです。全て分かっております。ただ困った事に、前弾正忠様が直々に指示を与えた人の把握が我々も出来ないままになっており、今後の運営に困っていたのです。そう。困っているのです。理由はわかると思います」


「そ、そう言う事か。確かにソレは困るな……」


 幹部は呼び出された理由に納得した様であった。

 そして、もう自白したも同然の応対であった。


 そんな様子を、牢黴蠱とじゅりはしっかりと見定めていた。


「うむ。では君と君は別命を与えるので、今日は山梨でも観光して帰りなさい」


 牢黴蠱とじゅりは相談し、白と断定した者を別命と称し帰した。


「残りの3人はそちらの部屋へ。父の命令の遂行具合を確認する」


 牢黴蠱の幼く邪悪な気配が、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出す。


「は、はい! (子供だから? 善悪が分らぬとは恐ろしい事だな。私に言う資格もないが……)」


 幹部は勘違いした。

 牢黴蠱もじゅりも善悪は把握している。

 何なら、子供らしい純粋な正義感で動いている。 


 確かに子供だからこそ残酷だ。

 遠慮などない。

 だから悪に手を染めた幹部は、『子供は善悪が分からない』と侮った。


 だが、牢黴蠱もじゅりは、別室送りが人としての人生の決別と知って、容赦なく放り込んだ。


 別室には南蛮武率いる部隊がパーテーションや壇上の陰に潜んでおり、東西岬の操作で、部屋の電気が消されると共に、短い悲鳴が3回聞こえ静まり返った。

 フラッシュグレーネードの中でも問題なく動けるのだから、彼らにとって暗闇など太陽の下と変わらない。


 こうして次々と処理がつつがなく、悪事に手を染めた幹部の、人としての人生が終わったのだった――

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