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第54話 絶望の記号

【陸軍/南蛮武大佐執務室】


「大丈夫かね? 中学生でコレでは小学生以下には見せられんな」


 どれだけ現代技術で、精巧なCGの事故現場を再現したとしても、画像の荒い『本物』の足元にも及ばない。

 写真1枚、映像1分、たったそれだけの事故の証拠が、整陀流の心を搔き乱した。


「げっ……ごっ……そうした方が……良いです……!」


 瀕死の整陀流せいだるが、真城岩ましろがん牢黴蠱るみこ、じゅりの閲覧は無理だと判断した。


「これは純然たる事故映像。誰も間違っていないし、悪意も無い。核兵器は武器だが使うのは人だ。核兵器が危険極まりないのは事実だが、制御できれば強力な切り札になる。逆に使えば人類が滅ぶまで永遠の汚名を被る。だが核とて現に別に兵器じゃなくても、エネルギーだって賄えている。この蛍光灯だって核の力だ」


 南蛮武が天井を指さした。


「よ、要は人って事ですか?」


「そうだ。人の作り出した物は全て人次第。ボールペンだって使う人次第で、勉強にも使えるし、凶器にも使えるのだ。あの核事故で唯一良い事があったとすれば、この資料は、核保有国は当然、国連参加不参加に限らず、配られておる。『気をつけろ。人類史上最悪の汚名を背負うぞ』との脅しとしてな」


 この歴史では核爆弾は事故と実験以外、攻撃の意思を持って使われていない(とされる)。


「それで、信長真理教の暗部だが、私の権限で見せても良い。ただ映像や写真は無理だが、字の資料は見せられる。どうするかね整陀流君? 東西岬君は反対かね?」


「見せても意味が分からないので、説明しなければなりません」


「そうだな。名前はともかくアルファベットはな」


「名前? アルファベット?」


「そうだ。名前の説明は必要ないだろう。問題はアルファベットだ。SやらEやらが名前の横には書かれている」


「教えてください!」


「わかった。東西岬君、説明を耳打ちしてくれ」


 各種アルファベットはとある意味の頭文字。


(SはSex or Slave、意味は『性奴隷か奴隷』です。EはExperiment、意味は『実験』です。VはViolence、意味は『暴力』。MはMurder、意味は『殺人』です。DはDanger、意味は『危険』です)


(き、危険って何ですか?)


 他は容易に想像できるが『危険』だけは今イチ、実態が掴みにくい。


(恐らく危険な作業に従事させるのでしょう。危険物質の取り扱い、崩落の危機にある鉱山での作業従事が考えられます)


 東西岬はそう手短に説明した。

 聞かされた整陀流はしばらく考えた。


(縁組、独立が出来ず、教団にも必要性を認められず、最終処遇として売られた? 誰に? 実験? 何の? 縁組独立も不成立で教壇に不要……資金源!?)


 散々な夜だった、

 そんな中で教えられた言葉から、希望的観測の発想は出てこない。


(教団のお布施は1000円あれば上等の優良宗教……。ッ!? それであの施設と孤児を維持していける訳がない!? 人身売買の利益!?)


 保護されている孤児は一切、教団の暗部に触れられない様に、徹底的に管理されている。

 何なら普通の児童施設より良い待遇だ。

 東西岬や整陀流ら、特に有用な者は個室も与えられている。

 腹一杯ご飯も食べられるし、好きなだけ拳法の稽古もできる。

 必要と思った物は何でも与えられる。


 アタシは恵まれていた――

 誰かの犠牲の上で――


 整陀流は膝を折って、ペタリと尻を床に付けた。

 資料を良く見たら、仲が良かった子の名前もあったが、その横には『E』の文字が記されていた。


「事細かに分類されているのは、教団も需要の統計を取っているからだ。一応、救出の可能性がある境遇の子もいるだろう。だが……」


 南蛮武が補足するが、言葉は途切れた。


 Sは奴隷か性処理だけなら救出は可能だ。

 しかし、劣悪な環境で働かされていると、既に死んでいる可能性もある。

 希望的観測だが、逞しく健康状態はともかく、生きている可能性はある。


 だが、EやMとなると、生存の可能性は極めて低い。

 見つかっても、人の形を保っているかも怪しい。

 臓器目当て、新薬実験、或いは猟奇的コレクターかもしれない。


 卸先が日本とも限らない。

 この場合は独裁国家や、国家を裏で支配する金持ちかもしれない。

 そうなると、手が出せない。


「そして、これは報道で流せない。高橋は秘密裏に処理されるか、一生を独房で名も無き囚人となるだろう」


 この国は独裁国家。

 この程度の処理は当然の行為。

 だが、国民は不自由を強いられていないが、それを履き違えた犯罪者も後を絶たないが。


「牢黴蠱様はどうなりますか?」


「責任を問う対象ではない。この子も被害者なのだ」


 実子の牢黴蠱も、後継者として不要なら、同様な処分となっていただろう。

 高橋は妾にも不自由していない証拠もあった。

 だが、実子として認められたのは牢黴蠱だけだった。

 特殊な感覚察知能力を買われ、後継者に選ばれた。

 だが、もっと優れた子が生まれたら、密かに消えていたはずだ。

 他の実子同様、名前の横にアルファベットが刻まれるだろう。


「どうしたら、人間はこんなに邪悪になれるのでしょうか……」


「その手の研究は進んでおる、とは言い難い。育った環境なのか、ある種の才能なのか。猟奇殺人期は、幼少時代に虐待されていた例が多いとされているが、社会的地位のある人間が殺人鬼だった例もある。或いは歪で邪悪な教育の賜物かもしれん。良い例、と言って良いのか迷うが少年兵など幼少期から殺人の技術しか教えられていない。ともかく、そういう邪悪の解明の意味では高橋は絶好の観察対象となるかもな」


「……」


 全員が押し黙った。

 直接真実を知った訳ではない真城岩、牢黴蠱、じゅりも、この異様な雰囲気に色々察してしまった。

 特にじゅりと牢黴蠱は、特殊な嗅覚と感覚で、緊迫感と真実と犯罪の匂いを嗅ぎ取っていた。


「信長真理教は秘密裏に捜査され、この件に関わった者は逮捕され闇に葬られるだろう。だが信長真理教が急に無くなっては世間も怪しむ。だから牢黴蠱君が教祖の立場になり、君たちが補佐する形になるだろう。そこで機を見て信長真理教は解体する。そうだな。政府が孤児の引受政策をする事にしよう。私が大統領になってな」


「!!」


 独裁国家でも大統領選はある。

 国民に選ばれた大統領が、好き勝手にできる権利を持つが、だからと言って本当に好き勝手を行えば大統領がそのツケを支払う場合もある。


「次期選挙への立候補を現大統領には既に伝えてある。ちなみに現大統領の北狄毘ほくてきび閣下も、この部屋をモニタリングしている。閣下、聞こえておりますか?」


 すると、電子音が即座に反応し、大佐の執務室に響いた。


『あぁ。聞こえているよ。私はこんな前代未聞の犯罪を許してしまった責任を取らねばならん。だが、国民に真実を伝える事もできぬ。南蛮武大佐、いや南蛮武少将。君の立候補を支援しよう』


「はっ! ありがたき幸せ」


 南蛮武は天井の壁角に向かって敬礼した。

 何も見えないが、そこにカメラがあるのだろう。


 こうして、45代大統領南蛮武葬兵が誕生する事になる。

 未曽有の犯罪を処理したものとして、断固たる犯罪撲滅の意思を固めて。


「君らは教団解体後、証人保障プログラムで、名を変え別人として生きてもらう事になるだろう。必要なら顔も変えねばならんが、そうだな。大人の年齢になったら、その都度私の秘書官として採用しよう」


 東西岬が、北南崎桜太郎として後の大統領に。

 整陀流が、乱蛇琉胡蝶として後の陸軍大将に。

 真城岩が、紫白眼魎狐として後の副大統領に。

 じゅりが、朱瀞夢銃理として後の陸軍軍曹に。

 高橋牢黴蠱は、高山賂媚子として――


 それぞれ新しい名前を手に入れるのは未来の話である。


「当然、本作戦に関わった白洲御中佐以下の人物にも政界に関わってもらう。近い将来の備えとして心に留め置く様に」


「はッ!」


『はッ!』


 室内とは別に、無線機からも声が返る。


「さて、もう眠いだろうから教団まで送ろう。その瞬間から牢黴蠱君が教祖で東西岬君が補佐役だ。高橋教祖は遺言を残して失踪したことにする。併せて我が部隊からも人員を割いて信者には化けて護衛に入る。暗部を知っている幹部は当然困惑して何らかのアクションを起こすだろう。そいつらは真実を知るものとしてその都度逮捕する」


「明日から忙しいですね」


「あぁ。その為にも、一応睡眠剤導入剤を渡しておこう。それでも眠れないかもしれないが、帰ったら無理にでも目を閉じていなさい。幾らかは体力回復になるだろう」


 こうして信長真理教は、真夜中に体制が一新され、新生される事になった。

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