【山梨県織田市4丁目織田ビル】
「こんばんは」
「申し訳ありませンねぇ」
南蛮武大佐がにこやかに挨拶し、東西岬が邪悪に謝罪する。
「お、お前!? 捕まってきたんじゃないのか!?」
「えぇ。無事捕まってきましたよ? この南蛮武大佐に」
「大佐!? 軍!? 警察は!?」
軍の追跡はあくまで高橋の予測であって、確定事項では無かった。
警察に通報したのだから、捕まるにしても警察の予定だった。
「警察は軍と連携していますよ。それくらい当り前じゃないですか。何せ核爆弾なンですからねぇ」
あまりにも余裕綽綽な佇まいの東西岬が雄弁に物語っている。
裏切りを――
「ッ!? その余裕と佇まい! 貴様まさか!? 最初から、入信前から軍と繋がっていたのか!?」
腹心とも言える東西岬に裏切られ、高橋は怒り心頭だ。
「まさか。最初からな訳がありませン。絶望の底にあった私の心を救ってくれたのは、高橋弾正忠様、間違いなく貴方なのですから」
東西岬は真剣な顔つきで語る。
親を殺され孤児になり、織田真理教に引き取られた東西岬。
そこで頭角を現し、役割を与えられ幸福を味わっていた。
核の組み立てを命じられる前までは。
この時、初めて信長真理教の暗部を知った。
うすうす、何かおかしいとは思っていたが、教団外の常識を知らぬが故の判断で仕方ない話。
だが、いくら何でも『核』は確定的だった。
その後、秘密裏に調査すれば出るわ出るわの、核もそうだが、数々の悍ましい暗黒の所業の数々を。
(アレもその一端だったのか!!)
【過去の某日 『アレ』】
「――じゃあ頼むぞ? やり方は任せる」
「は、はい……!」
東西岬は、ある日頼み事をされた。
(私は……信頼されたと言う事か!? こンな暗部を晒すに足る人物として!? 弾正忠様の為なら手を汚す人物だと!?)
教団内の常識で育った東西岬は、徒手空拳の腕を見込まれ側近となれた。
小さい頃は、確かに救われた。
だが、大人になるにつれ、指示が少しだけ黒くなり始めた。
これは教団による見極めだ。
今回もその見極めの一部だ。
それは何の事はない、孤児で成長して、反抗期も重なって手が付けられない中学生の躾。
これを、拷問器具を使って従順にさせるのが任務。
つまり、躾と同時に、東西岬の忠誠心も試されているのだ。
『
中学生に向かって冷酷に告げた。
ある種の覚悟が、壮絶な雰囲気を醸し出す。
『ご、拷問!? な、何を……!』
何をと言いながら横の作業台を見る邊部田。
近くの台の上には、様々な工具が並んでいるが、絶対に今ここで使うべきでは無いのは見て理解てきた。
『何を? そりゃあ、こンな事をします。……行きますよ!』
東西岬はペンチを持つと、勢いよく爪を剥がす。
『グッ!!』
『ひっ……!』
東西岬は勢いそのままに
次に、見せつける様に、小指、薬指と自分で自分の指を折った。
『痛いですねぇ……!』
脂汗と苦悶の表情で邊部田に左手を突き付ける。
血だらけの歪な形になってしまった左手を。
『こンな事をしますよぉ!?』
『ヒィッ! ま、待って! 東西岬さんはアタシも尊敬しているんです! そんな事しないで下さい! 言う事は聞きますから!!』
その異常な光景に驚愕した邊部田は、すっかり臆して大人しくなった。
その斬新な手法は教団に対する忠誠心の表れとして、邊部田を傷つけまいと東西岬苦肉の策だった拷問は、満点となり合格してしまったのだ。
教団も本当は、拷問などしたくはない。
それは慈悲の心ではなく、商品価値が下がるからだ。
それを、東西岬は見事に商品価値を下げずに、対象を屈服させた。
同時に、教団の信頼を勝ち取ってしまった。
故にどこからか手に入れた、核爆弾の組み立てを命じられた。
どこの組織にも暗部はあるにしたって、極端過ぎる堕落ぶりだ。
『コレ、組み立てを頼む。慎重にな。説明書はあるが、雑に扱えば死ぬぞ』
『死ぬ!? い、一体何ですかコレは!?』
包帯だらけの左手が疼く。
『核爆弾だよ。国が核武装をするのは当たり前。ならば我らも核武装はしなければな』
『に、日本から独立でもするのですか……?』
『ハハハ! まさか』
高橋は『何をバカな事を』と一笑に付した。
『そ、そうですよね』
『私が国の頂点に立つのだよ』
『ッ!!』
これは忠臣東西岬であっても、心が離れるに十分な理由すぎた。
東西岬は、日本を守る為に何ができるか懸命に考えた。
その時に閃いたのが、近日開催予定の陸軍の格闘大会だった。
流派不問、経歴不問、飛び入り歓迎、強ければ良し。
『これだ!』
反則技も殆ど無い。
目突きと金的以外は何でもあり。
素手である事が条件の一応格闘技大会の体裁を整えた、日本一過激な陸軍主催の大会だ。
『弾正忠様、お願いがあるのですが』
『ん? 何だ?』
『陸軍主催の格闘大会。信長真理教を代表して出場したいのです』
『……何故だ? お前、今まで頑なに他流派試合を拒んできたではないか』
東西岬は、強さをひけらかすのを好まず、側近に徹してきた。
この心変わりは、何か裏があるのかと警戒する高橋。
『弾正忠様の目的を知った以上、陸軍でも私を倒せないと証明したいと思います。左手を負傷していようと倒せないと。あと……例の物を作成するのに緊張が強すぎて、少しだけ息抜きが欲しいのです! もうあと少々で完成するので、どうか我儘をお許しください!』
『……フッ。ハッハッハ! 成程な!』
東西岬の必死の懇願と拍子抜けする言葉に、高橋は笑ってしまった。
『お前の強さは凄いが、やはり人の子よな! 確かに必要な休息であるし、良い宣伝かもしれん! 良かろう! だが教団の名前で出場するからには必ず優勝を命ずる!』
こうして東西岬は、軍隊格闘術から、空手、柔道、キックボクシング、総合格闘技の猛者を薙ぎ倒した。
圧倒的な強さで。
負傷している左手も容赦なく酷使する、正に鬼気迫る試合だった。
表向きは信長真理教の強さと宣伝。
裏向きは、高橋の核攻撃の危機を秘かに伝える為に。
その表彰式の場――
『キミ! 東西岬君だったね? その左手で今日の結果! 見事としか言えぬ! 我が軍にこないかね!? ……?』
南蛮武が興奮した様子で東西岬の右手を握り称賛する。
そこに、東西岬は全ての証拠を収めたデータチップを握り渡した。
南蛮武が東西岬の目を見ると真剣そのものだ。
何かを訴えかけてくるのが即座に理解できる、強烈なアイコンタクト。
『……。織田真理教出身だったね? 教団も安泰だな。ハッハッハ!』
南蛮武は色々と察し、東西岬の何かしらの意図を理解した。
こんな手段での情報伝達だ。
何か裏があるのは理解できる。
内容を開いて一同驚愕するのは、この日の夜であった――