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第51話 閑静な織田市4丁目ビル

【山梨県織田市4丁目織田ビル】


「こんばんは」


「申し訳ありませンねぇ」


 南蛮武大佐がにこやかに挨拶し、東西岬が邪悪に謝罪する。


「お、お前!? 捕まってきたんじゃないのか!?」


「えぇ。無事捕まってきましたよ? この南蛮武大佐に」


「大佐!? 軍!? 警察は!?」


 軍の追跡はあくまで高橋の予測であって、確定事項では無かった。


 警察に通報したのだから、捕まるにしても警察の予定だった。


「警察は軍と連携していますよ。それくらい当り前じゃないですか。何せ核爆弾なンですからねぇ」


 あまりにも余裕綽綽な佇まいの東西岬が雄弁に物語っている。


 裏切りを――


「ッ!? その余裕と佇まい! 貴様まさか!? 最初から、入信前から軍と繋がっていたのか!?」


 腹心とも言える東西岬に裏切られ、高橋は怒り心頭だ。


「まさか。最初からな訳がありませン。絶望の底にあった私の心を救ってくれたのは、高橋弾正忠様、間違いなく貴方なのですから」


 東西岬は真剣な顔つきで語る。

 親を殺され孤児になり、織田真理教に引き取られた東西岬。

 そこで頭角を現し、役割を与えられ幸福を味わっていた。

 核の組み立てを命じられる前までは。

 この時、初めて信長真理教の暗部を知った。


 うすうす、何かおかしいとは思っていたが、教団外の常識を知らぬが故の判断で仕方ない話。

 だが、いくら何でも『核』は確定的だった。

 その後、秘密裏に調査すれば出るわ出るわの、核もそうだが、数々の悍ましい暗黒の所業の数々を。


(アレもその一端だったのか!!)



【過去の某日 『アレ』】


「――じゃあ頼むぞ? やり方は任せる」


「は、はい……!」


 東西岬は、ある日頼み事をされた。


(私は……信頼されたと言う事か!? こンな暗部を晒すに足る人物として!? 弾正忠様の為なら手を汚す人物だと!?)


 教団内の常識で育った東西岬は、徒手空拳の腕を見込まれ側近となれた。

 小さい頃は、確かに救われた。


 だが、大人になるにつれ、指示が少しだけ黒くなり始めた。

 これは教団による見極めだ。


 今回もその見極めの一部だ。

 それは何の事はない、孤児で成長して、反抗期も重なって手が付けられない中学生の躾。

 これを、拷問器具を使って従順にさせるのが任務。


 つまり、躾と同時に、東西岬の忠誠心も試されているのだ。


邊部田なべぶた君。今から君に拷問をしなければなりませン』


 中学生に向かって冷酷に告げた。

 ある種の覚悟が、壮絶な雰囲気を醸し出す。


『ご、拷問!? な、何を……!』


 何をと言いながら横の作業台を見る邊部田。

 近くの台の上には、様々な工具が並んでいるが、絶対に今ここで使うべきでは無いのは見て理解てきた。


『何を? そりゃあ、こンな事をします。……行きますよ!』


 東西岬はペンチを持つと、勢いよく爪を剥がす。


『グッ!!』


『ひっ……!』


 東西岬は勢いそのままに左手の爪を全部剥がした。

 次に、見せつける様に、小指、薬指と自分で自分の指を折った。


『痛いですねぇ……!』


 脂汗と苦悶の表情で邊部田に左手を突き付ける。

 血だらけの歪な形になってしまった左手を。


『こンな事をしますよぉ!?』


『ヒィッ! ま、待って! 東西岬さんはアタシも尊敬しているんです! そんな事しないで下さい! 言う事は聞きますから!!』


 その異常な光景に驚愕した邊部田は、すっかり臆して大人しくなった。


 その斬新な手法は教団に対する忠誠心の表れとして、邊部田を傷つけまいと東西岬苦肉の策だった拷問は、満点となり合格してしまったのだ。


 教団も本当は、拷問などしたくはない。

 それは慈悲の心ではなく、商品価値が下がるからだ。

 それを、東西岬は見事に商品価値を下げずに、対象を屈服させた。


 同時に、教団の信頼を勝ち取ってしまった。


 故にどこからか手に入れた、核爆弾の組み立てを命じられた。

 どこの組織にも暗部はあるにしたって、極端過ぎる堕落ぶりだ。


『コレ、組み立てを頼む。慎重にな。説明書はあるが、雑に扱えば死ぬぞ』


『死ぬ!? い、一体何ですかコレは!?』


 包帯だらけの左手が疼く。


『核爆弾だよ。国が核武装をするのは当たり前。ならば我らも核武装はしなければな』


『に、日本から独立でもするのですか……?』


『ハハハ! まさか』


 高橋は『何をバカな事を』と一笑に付した。


『そ、そうですよね』


『私が国の頂点に立つのだよ』


『ッ!!』


 これは忠臣東西岬であっても、心が離れるに十分な理由すぎた。


 東西岬は、日本を守る為に何ができるか懸命に考えた。

 その時に閃いたのが、近日開催予定の陸軍の格闘大会だった。

 流派不問、経歴不問、飛び入り歓迎、強ければ良し。


『これだ!』


 反則技も殆ど無い。

 目突きと金的以外は何でもあり。

 素手である事が条件の一応格闘技大会の体裁を整えた、日本一過激な陸軍主催の大会だ。


『弾正忠様、お願いがあるのですが』


『ん? 何だ?』


『陸軍主催の格闘大会。信長真理教を代表して出場したいのです』


『……何故だ? お前、今まで頑なに他流派試合を拒んできたではないか』


 東西岬は、強さをひけらかすのを好まず、側近に徹してきた。

 この心変わりは、何か裏があるのかと警戒する高橋。


『弾正忠様の目的を知った以上、陸軍でも私を倒せないと証明したいと思います。左手を負傷していようと倒せないと。あと……例の物を作成するのに緊張が強すぎて、少しだけ息抜きが欲しいのです! もうあと少々で完成するので、どうか我儘をお許しください!』


『……フッ。ハッハッハ! 成程な!』


 東西岬の必死の懇願と拍子抜けする言葉に、高橋は笑ってしまった。


『お前の強さは凄いが、やはり人の子よな! 確かに必要な休息であるし、良い宣伝かもしれん! 良かろう! だが教団の名前で出場するからには必ず優勝を命ずる!』


 こうして東西岬は、軍隊格闘術から、空手、柔道、キックボクシング、総合格闘技の猛者を薙ぎ倒した。


 圧倒的な強さで。

 負傷している左手も容赦なく酷使する、正に鬼気迫る試合だった。


 表向きは信長真理教の強さと宣伝。

 裏向きは、高橋の核攻撃の危機を秘かに伝える為に。


 その表彰式の場――


『キミ! 東西岬君だったね? その左手で今日の結果! 見事としか言えぬ! 我が軍にこないかね!? ……?』


 南蛮武が興奮した様子で東西岬の右手を握り称賛する。

 そこに、東西岬は全ての証拠を収めたデータチップを握り渡した。

 南蛮武が東西岬の目を見ると真剣そのものだ。

 何かを訴えかけてくるのが即座に理解できる、強烈なアイコンタクト。


『……。織田真理教出身だったね? 教団も安泰だな。ハッハッハ!』


 南蛮武は色々と察し、東西岬の何かしらの意図を理解した。

 こんな手段での情報伝達だ。

 何か裏があるのは理解できる。


 内容を開いて一同驚愕するのは、この日の夜であった――

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