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第52話 爆裂の織田市4丁目ビル

【南蛮武大佐執務室】


『今日の大会の優勝者を、大々的に褒める記事を作ってくれ。信長真理教の文字は入れずにな』


 南蛮武が、真剣な顔つきで秘書に頼んだ。


『はい。大佐のコメントは『に素晴らしいの一言に尽きるわ。次回の出場権とシード権を与え(笑)』ですね』


 普段使わない関西弁でのコメントと信長真理教の文字排除が、東西岬に対する『全て承知した』の暗号サイン。


『罠……の可能性も考慮しませんか?』


 白洲御が念の為の疑問を呈する。


『考慮はしておる。が、考慮してなお動かぬ訳にはいかんな。何せ『核』だからな』


『そうですね。愚問でした』


 東西岬からのデータチップを改めた一同は、驚愕に慄いた。

 データが本当ならもう時間がないが、しかし、避難勧告など出したら日本中がパニックになる。

 これは南蛮武大佐率いる部隊が、完全に隠密に処理しなければならない。

 大統領への報告も内密に行い、今回の件に関する全ての権限を与えられた。

 南蛮武は大統領の信頼厚い陸軍の突然変異的英雄でもある。

 将来の大統領との呼び声も高いのだ。


『それにしても、あの左手は驚きましたしね。使命感のなせる業でしょうか』


 馬琉麒が東西岬のケガの状態での出場と優勝に、感嘆すべきか、狂っているのか、判断に迷いながら言った。


『アレか。ヤツのあの左手。小指と薬指が折れて、爪が全部剥がれていながら、あの激闘を勝ち上がってまで私と接触した使命感は疑いたくないな。普通、戦えんぞ?』


 爪が剝がれているのはともかく、指、特に小指の骨折は、あらゆる格闘技にとって致命的だ。

 読者の皆様も、普通に拳を握るのと、小指を立てた状態で拳を握るのとを、比べて欲しい。

 小指に力の入らないパンチは、何の破壊力も生み出せないのだ。


『罠だったら素晴らしいと褒めてやるわ』


『そうですね。データも資料も証拠として完璧です。これで罠なら、負けを認めるしかありません』


 データチップには今後の連絡方法や、進捗状況を常に伝える回線の用意と、核の組み立てが完成した合図の伝達方法等が記録されていた。

 こうして――


 予定通り核の組み立てが完了した東西岬は、今後の名前を北南崎として軍と接触した。

 そうして期を見計らい連絡をした。


『トントントン ツーツーツー トントントン』


 SOSのモールス信号だ。



【現在】


 一方、南蛮武の部隊はビルまで特定して、しかし部屋まで特定できない状況だった。

 一部屋ずつ確認したら、必ず騒ぎが起こる。


 ここは一発で部屋を当てなければならない。


 その大問題を解決したのは『じゅりちゃん』だった。

 東西岬も知らない高橋の部屋を当てたのは、東西岬が秘密裏に脱出させ、軍にこの時の為に預けた、じゅりちゃんの鼻である。


 後の朱瀞夢銃理の子供時代だ。


『ここから、焦りの匂いが凄いするよ』


 じゅりは感情を匂いとして感知する。

 逃れる手段はない。

 こうして、織田ビルでの玄関で全員が鉢合わせする事になる。



【山梨県織田市4丁目織田ビル】


「動くな!」


 意外にもその言葉を発したのは高橋だった。


(銃口を向けられている状況で、誰かを人質に取っている訳でもない。それでも『動くな』と言うからには、抑止に足る何かがあるのだろう。それは……)


 全員が一字一句違わずそう思ったところで、高橋がポケットから何か取り出した。

 その手を前に突き出し見せつけた。

 手には何やらスイッチを持っている。

 この状況でそのスイッチは、どう考えても核爆弾の起爆スイッチだろう。


「東西岬ィッ!! あれ程目を掛けてやったのに、この裏切り! 万死に値する!」


 まるで、言い伝えの信長の様に、瞬間湯沸かし器の如く激高する高橋。


「弾正忠様……。貴方の言葉に救われたのは事実。……と思っていましたが違いました。私は織田信長公の言葉に救われたのであって、貴方は信長公と私の間に入り込ンだ伝達者に過ぎない。いや? もはや異物です。教団の暗部も証拠も全て軍に渡しました。仮にも教祖を名乗るなら最後ぐらい潔く自首しましょう。それが精一杯の恩返しです」


 逮捕と自首では、明白な違いがあり、裁判で多少の温情と認められる事もある。

 微差かもしれないが、犯罪者にとって量刑が少なくなるなら、判断材料の一つであろう。


「東西岬……。お前『内乱罪』を知らんのか? この罪に対する罰は死刑しかないんだぞ?」


 高橋は馬鹿にした口調で答えた。

 刑法で死刑しか存在しない犯罪に、情状酌量の余地は無いだろう。 

 高橋もクーデターを企んだ身だ。

 その辺の事情はよく把握している。

 している上での今なのだ。


「こうなった以上、無駄な足掻きをさせてもらう!」


 高橋はボタンを押した。


「起爆スイッチが入った。数分以内に爆発が起こるだろう。逃げた方が良いんじゃないか?」


 覚悟が決まった高橋だ。

 人間、こんなに冷徹な顔ができるのか、と感じる豹変ぶりだった。


 だが、南蛮武率いる部隊も負けずに冷静だ。

 こんな任務を何度も潜り抜けてきたのだろう。

 流石に『核』は初めてだが。


「なら、ここに逃げさせてもらおうか。どうせ核シェルター仕様なのだろう?」


 図星であったが、高橋は焦っていない。


「良い読みだな。その通り。だが貴様らと一緒に避難生活を送るのはゴメン被る!」


 高橋は左手に握るスイッチ――の袖の紐を引っ張ると、何かが『ゴトリ』と落ちた。


「グレネード!」


 目冥木が叫んだ、と同時に、強烈な爆裂音と閃光が高橋の部屋に溢れる。


「ガッ!? グハッ!? ギャァッ!?」


 東西岬やじゅりが目と耳をやられうずくまる。

 だれかの悲鳴が爆裂音に負けずに響く。


 悲鳴の主は――高橋であった。


(制圧完了しました)


(ご苦労)


 光が薄れるとそこに現れたのは、目冥木と馬琉麒による、高橋の拘束であった。

 スイッチも奪い取られ、他の武器類も全て武装解除されていた。

 南蛮武部隊の最精鋭は、フラッシュグレネードの閃光と爆裂音の中でも動ける訓練を積んでいる。

 何なら、真っ暗闇でも相手を仕留めるサイレントキリングの使い手だ。


 目が効かない程度、何の不都合もない。

 今も、アイコンタクトと手信号で、全ての伝達ができる。


「東西岬君、じゅりちゃん。大丈夫かね?」


 南蛮武が確認する。

 フラッシュグレネードとは言え、絶対安全ではない。

 思わぬ閃光と爆音に、反射的な防衛行動で、ケガをしないとは限らない。


「???」


「あぁ、耳もやられたか」


 南蛮武は腕の端末を操作すると、『大丈夫か?』とホログラムが浮かび上がった。

 その言葉を見て東西岬は頷いた。


「よし。では高橋。連行する。……聞こえていないか」


 南蛮武が手信号で目冥木と馬琉麒に指示を与えると、装甲車に手錠をかけて放り込んだ。


 あとは、部屋にいた整陀流、真城岩、牢黴蠱が保護され、グレネードの大音響こそビルに鳴り響いた物の、被害ゼロで危機が去ったのであった。


 ところで、核爆弾はどうなったのか?

 何故、全員冷静に退去行動に移っているのか?

 起爆スイッチは確かに押された。

 だが、爆発はしていない。


 これは、高橋に失望した東西岬が、言いつけ通りに核を組み立てるハズも無く、出鱈目な配線で電源ランプだけ入る様に見せかけた、危険じゃない危険物、即ち置物だし、南蛮武の部隊に預けられた時点で即座に念入りに解体されていた。


 こうして、日本史上初の核武装テロは、関係者以外誰にも知られる事なく鎮圧された。

 この事件は、最高ランクの機密情報とされ、ファイル名は『織田真理教の変』であるのは余談である――

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