【山梨県織田市/信長真理教本部】
東西岬がタブレットを見ながら安全なルートを確認する。
もう既に本部施設は脱出し、市街地に紛れ込んでいる。
時間は深夜帯なので人の気配が無いのに、街全体が異様な緊迫感に包まれているのは、本人たちの焦りなのか、南蛮武達の追跡がかなり厳しいのか?
「F-7地区はダメです! 迂回しましょう!」
「くそ! 悉く先手を打って来るな!?」
タブレットには織田市全域の監視カメラの情報が移っている。
そのカメラが次々と破壊されている。
破壊されたからには、そこには追跡人が居るはずなので、近づいてはいけないが、それにしても凄い勢いでカメラが破壊されている。
「何だ!? 警察の機動隊じゃなく、軍隊が派遣されたのか!?」
高橋
但し勘違いしているのは、軍隊は軍隊でも、何千もの兵隊ではなく、50人の小隊だ。
しかも、高橋らを追跡しているのはたった5人。
南蛮武大佐に目冥木大尉、馬琉麒中尉、じゅりちゃん、作戦司令車に白洲御中佐。
他は車に乗りながら市内中の特定のカメラを狙撃している菅愚漣軍曹。
あとの45人は本部の制圧が目的である。
「ダメです! カメラが破壊されました! 先回りされています!」
これは全て菅愚漣が作戦通り狙撃で破壊して回っているからだ。
全ては高橋達の逃走経路を誘導する為に。
カメラ通信が途絶えた個所には、軍が制圧したと勘違いさせる為で全ては誘導の為。
車で社内を走行しながら、拳銃からライフルまで使い分け、車も減速する事なく、すれ違い間際に破壊する。
銃器の達人、菅愚漣。
だが、格闘ランクは南蛮武陣営では最下位の菅愚漣であった。
【織田市内某所】
一方、高橋らは立ち止まって協議していた。
「……これは誘導されているんじゃないか?」
「恐らく」
高橋の疑問に東西岬が同調した。
「このまま走っていけば、待っているのは追手だろう。『ようこそ』と言われる気がするな? よし。……逃走は止めだ」
「それは潜伏する、という意味でしょうか?」
「その通り。私はこの織田市のかなりの場所に隠れ家を持っている。東西岬。貴様はその核を持って誘導され捕まってこい」
「成程。それが弾正忠様を守る一番の手ですね」
ヤクザの世界では良くある、親や兄貴分の犯罪を身代わり出頭する子分の者。
ヤクザの世界は極端だが、この手法はどの組織にも存在し、年齢も関係ない。
会社だってそうだし、政治も当然だし、極端な事を言えば小学生だって、ガキ大将の罪をいじめられっ子が肩代わりするのはよく聞く話。
ましてや精神を拘束するカルト教祖の頼み事だ。
聞かない信者は居ない。
東西岬は即座に察して、キャリーケースを持って走り出した。
「さぁ、
高橋は、あえてカメラの破壊された地区の雑居ビルに入ると、エレベーターを操作して、目的の階に到着した。
そこには一通りの生活用品が整えられており、長期間の潜伏も可能な状態になっている。
高橋は顔が売れているので外には出られないが、
外に用事がある時には彼女らに行かせればいい。
男の欲望が我慢できなくなった時には
(何の不都合もない! ……ワケが無いな。多少の泥は被らねばなるまい)
テレビでも顔が売れている高橋である。
急に消えたら不振に思う人間が多数だろう。
「とりあえずTV局か。コメンテーター役は体調不良としてマネージャーに連絡させよう。次は警察か? 軍に電話するべきなのだろうが、無知のフリをするなら警察か」
軍に電話したら、軍に追跡されている事を知っている事になる。
ここは警察しかない。
一方的な被害者として振舞うのだ。
善良な教祖として、東西岬を警察に売り、仮に自分にも捜査の手が回っても、決定的な証拠は全部東西岬の持っているキャリーケースだ。
「もしもし? 警察ですか?」
110番ではなく、直接所轄の警察署に電話した高橋。
交番に電話しても対応がもたつくだけとの判断だし、交番勤務の巡査に『核』など扱えないし信じても貰えない。
「あ、あの私、信長真理教の弾正忠、というか責任者の高橋と申します」
「あぁ高橋弾正忠様。こんな時間にどうされましたか?」
織田市を支配している訳では無いが、ほぼ支配しているも同然の信長真理教。
警察や市議会、県議会にも伝手は幾らでもある。
「よく聞いてください! これは冗談でも何でもありません! 我が信徒が何を勘違いしたのか、爆発物を持って逃走しております!」
「ば、爆発物!?」
「私が不審なケースについて問い詰めると『一度この世界をやり直す!』と言って信徒が暴走しております!」
「分かりました! 爆発物処理班を回します! その男は信長真理教に立てこもっていますか!?」
「いえ、市内を逃走中です。車は所持していないので、こんな深夜でタクシーがそう簡単に捕まるとも思えませんが……!」
「わかりました! 織田市内を緊急封鎖します! 弾正忠様は逆探知から推測するに4丁目の織田ビルですね?」
「そうです! よろしくお願いします!」
高橋は電話を切って安堵の息を漏らした。
信長真理教の名が一旦は汚れるが、それも、ほとぼりが冷めるまでだ。
自分も世間の口撃にさらされるだろうが、それこそ好機。
(皆、謝罪会見が下手なのだよ。少しでも自分には責任が無い事を匂わせてはダメなのだ! 本当に責任が無くてもだ! 私の場合は弟子の育成失敗を貫き通すのみ! 東西岬! 弁護士は雇ってやるからな!)
「弾正忠様」
「ん、何だね?」
整陀流が不安そうな顔をして高橋を見た。
一方高橋は整陀流の胸部を見ていた。
「流石に『核』を信者1人の責任で、どうこうできると世間は動いてくれるでしょうか?」
「その事か。大丈夫だ。1人でどうこうできる資料をもって東西岬は逃げている」
「それと、信長真理教が『核』を扱った風評被害は大ダメージでは?」
「そうだな。だが、風評被害なぞ一時的。その間私は望むがままに頭を下げ続けよう。毎日矢面に立つ。下手に逃げるとグルと思われるからな」
高橋は、今後の追及のかわし方まで計算に入れていた。
皆被害を軽減しようとして失敗するのを知っている。
むしろ、切腹する勢いで謝罪しなければだめなのだ。
少なくともテレビでは。
高橋はそう心得ていた。
「真城岩、すまんが牢黴蠱を寝かしつけてやってくれ。隣にベッドがある」
「はい」
「整陀流はこっちにきてくれ」
「は、はい……?」
高橋の下品な顔に整陀流が不安を覚えたその時――
《ピンポーン》
チャイムの音が鳴った。
「チッ。警察か。優秀すぎるのも困りモンだな」
せっかくの楽しみを邪魔され、高橋は一気に気分が悪くなった。
「はい。高橋です。警察ですか?」
「警察……はい。保護に参りました」
「ご苦労様です。今扉を開けます」
高橋が扉を開ける。
そこに居たのは南蛮武大佐と目冥木大尉、馬琉麒中尉、そして東西岬であった――
「えっ」
「こんばんは」
南蛮武は『ようこそ』とは言わず『こんばんわ』と、にこやかに挨拶をした。
ハンドガンを見事な姿で構え、背後にはアサルトライフルを持つ目冥木に馬琉麒が周囲に目配せしつつ高橋に対し警戒を怠らない。
「何で……」
「高橋弾正忠様、すみませンねぇ。あっ『ようこそ』と言うべきでしたか? でもシチュエーションが招き入れる方ではなく、尋ねる側でしたので『こンばンは』とさせて頂きます。申し訳ありませンねぇ」
東西岬が、じゅりを肩に乗せ邪悪な笑みで謝罪した――