【大阪都/大統領官邸 】
「井沢さん、今日は何を聞くんですか?」
「……何を聞こう?」
読買新聞の井沢さんが、部下の渡辺の問いに困った顔なのに笑顔で答えた。
「いやまぁ、聞きたい事は山ほどあるんだけどな? 次に『馬鹿な事を聞きますねぇ』なんて言われたら、俺は記者を辞めるかもしれん」
目冥木官房長官も、北南崎大統領も第一回目決闘後の会見で『見たまま聞いたまま』と答えた。
これはもう、マスコミを一刀両断するが如くの返答だった。
まさしくあの時『馬鹿な事を聞きますねぇ』と言われたも同然なのだ。
だから第二回目は同じ轍を踏まない様に、質問は考えに考え抜いた。
それが勝率の正確性についてだった。
今にして思えば、それも馬鹿な質問だったと思う。
生物が戦うのに90%と10%の勝率などキッチリ決められる分けがない。
そこを糾弾しようと思ったが、それを問う前に、戦略の結果が勝率を動かしたと先回りされた。
ルーレットはあくまで目安。
あとは己の才覚で概ねの勝率を上下させるのだ。
記者にとって考えれば理解できる事を聞くのは、正直屈辱だ。
だが、これは記者の宿命でもあるのだが、記者は理解していても、テレビを通して聞く国民は賢い者もいれば、信じがたい愚か者を、信じがたい勢いで上回るバカもいる。
そんな人達の為にも愚かと分かっていても、愚かな質問をしなければならないのがマスコミの辛い所である。
「まぁ今日は、あのバカげた戦闘力について聞くか」
「あぁ。確かにそれは知りたいですね」
「後でコーヒー奢ってやる」
「え? アリシャス!」
渡辺が質問に同意してくれた事が嬉しくて、井沢さんの財布の紐が緩んだのだった。
一方、帝国新聞の青木さんも同じ様に悩んでいた。
「みんな同じ事聞くんだろうなぁ……」
「同じ事?」
「あったり前だろ! お前、大統領達のあの戦いを見て何の興味や疑問を持たなかったのか!?」
「あぁ。その件ですか。興味ありますよ。北南崎大統領の陣営は、軍出身の閣僚が凄く多いですからね。軍の任務を洗えば……いや、秘匿任務でしょうね。でも軍出身じゃない閣僚や関係者もいますが、この人たちの出身も相当に尖ってます。もう大統領、と言うか政治家より別の相応しい仕事が絶対あると思う人たちばかりですね。今調べているので今度結果を提出します。それと、死刑囚たちが意味不明な事を言っていましたよね? ちょっと音声では聞き取りづらかったですが。アレも聞きましょう。」
「お、おぅ……。分かってるならいい」
自分より部下の渡辺の方が事前情報に詳しすぎた青木さんは、今日の仕事が終わった後、
「皆さん、お集まりですね。お待たせしました」
そんな話をしていると北南崎が会見場に現れた。
「早速の定例会見ですが、今回は仇討ち法が行われたのでそちらから説明します。と言っても『ご覧の通り』としか言い様が無いのですが。毎回同じ答えで申し訳ありません。質問があればどうぞ……はい、では井沢さん」
「はい、井沢です。まずは『ご覧の通り』との配慮ありがとうございます。ただ……あの……その……『ご覧の通り』で片づけるには無理がある展開がありましたよね?」
「ッ!?」
いつも北南崎は、会見では圧倒的な慇懃無礼な態度と、それも仕方ないと思わせるオーラで黙らせて来たが、初めてソレが揺らいだ。
記者たちは当然、テレビ越しにもその動揺が伝わる挙動不審ぶりが映像で流れた。
「む、無理がある? あんな重量物を身に着けて動けるはずが無い、と言う事でしたら、それを証明する為に同じ物を用意しました。井沢さん、どうぞこちらへ」
「え? は、はい」
記者とは言え、一般人がSPよりも大統領に近づいて大丈夫なのだろうかと思うが、招かれたなら仕方ないので壇上に登った。
(……奇襲を仕掛けたら、お茶の間に強さを証明できるのか……アホか!)
証明できるかもしれないが、絶対一撃で殺されるだろうし、完全に放送事故にもなるだろうし、未来永劫愚か者として語り継がれると思い、井沢は邪念を捨てた。
「まず私が体重計にのります。98Kg。少し減りましたね。それで、これが決闘時に来ていた私のベストです。これを着て体重計に乗ると……ちょうど300kgとなりました。用意したベストは202Kgだったのでピッタリですね」
ズシン――
大統領が体重計から定例会見の床に足を降ろした時、間違いなくそんな音が響いた。
「井沢さんにもプライバシーがあるので、体重は60kgと仮定しましょう。そこで120kgに設定したベストを用意しました。来てみてください」
「え? あ、あの120Kgなんて持ち上げられないのですが……」
「おっと失礼。では紫白眼副大統領、乱蛇琉防衛大臣、彼にベストを着させてください」
「はい」
女性2人とはいえ、120kgを持ち上げるなど、そんなの無理――と誰しも思ったが、よく見たら、彼女らも決闘時の自分の体重の3倍になるベストを着ていた。
それを着た上でさらに60kgずつ担当してベストを持ち上げている。
驚愕の光景でしか無かった。
当然、井沢さんはベストを腕に通すと同時に地面に潰れた。
「これで証明――」
「いえ、それでは大統領のを着させてください」
帝国新聞の青木の同僚木村が、挙手で要望した。
確かに、今大統領が身に着けている物を確認しなければ意味がない。
何らかの方法で、体重計を操作しているかもしれないのだから。
「成程。それも必要ですね。でも怪我には気を付けてくださいよ」
その結果――
木村は202kgに押しつぶされ、悲鳴をあげていた。
(木村。後でラーメン奢ってやる)
青木さんは部下の雄姿に感動した。
その上で確認した。
「質問です。大統領もそうですが閣僚には軍出身者が多いですよね? 皆、この様な事が出来るのですか?」
「できます」
「ッ!! あ、後、何らかの格闘技を身に着けているのは映像で分かりましたが、それも訓練の賜物だと?」
「訓練……。まぁそうですね。訓練の賜物です。そうしないと生きていけない世界でしたのでね」
この時、一瞬、北南崎らは悲しそうな顔をしたが、映像にも残らない程の一瞬だけであった。
この後は、別件の政治の話や、国連総会での対応をどうするか等の普通の質問が飛び交い無事会見は終了した。
なお、音声で拾えた『天下布武Q』は、ちょくちょく新聞を賑わしているので記者ならだれでも知っており、変わった事と言えば、以前はカルト集団だったが、今回の裁判をもってテロ集団と定められたが、『前右府様』とか『るみ…何とか』については調査するとの答弁で終わった。
帰り道のラーメン屋。
「大統領は陸軍出身だったよな? 想像を絶する訓練なんだろうな」
「
青木さんの問いに木村はラーメンを口に入れながら答えた。
あと左手でスマホを操作していた。
「お前、陸軍入隊レポでも……何見てんだ?」
「重量挙げの世界記録です」
「ほう!? 成程! で、どうなんだ?」
これは気になる情報だ。
トップアスリートの実力と比較してどうなのかは面白い情報だ。
「大統領より重い重量を持ち上げた選手はいます」
「いるのか。人間って凄いなぁ」
それを聞いて青木さんはガッカリした。
だが木村は言葉を続けた。
「それを持ち上げて戦うのは人類に出来るんですかね?」
「……。ベストだから手足は動かせる、で読者は納得するかな? しねぇよな?」
重量挙げの選手が、
みんな死にそうな程に必至だし、何なら肘が重量に負けて折れてしまった選手もいる。
「でも、『ご覧の通り』でしたからね」
「そうだな。調べてみるか……」
その後2人は無言でラーメンを食べて、本社に帰還した――