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第46話 面談 大統領達と木下梅夜

【大統領官邸/大統領執務室】


「梅夜さン。最後、自殺しようとしましたね?」


 北南崎はハッキリと言った。

 試合中、紫白眼と乱蛇琉が『このまま終わると思う?』と密談して賭けたのは、梅夜の自殺だった。

 2人とも『自殺する』に賭け、動ける準備をし、それは北南崎も同じで、全員で肩を掴んだのが最後の場面の真相だ。


「燃料を使った自殺は最悪だと説明したのに。このお茶、結構熱いでしょう? これよりも熱い目に合う直前でしたよ?」


 北南崎が熱いお茶を飲みながら言った。


「はい……」


 梅夜も熱いお茶を飲みながら答えた。


「それ程の罪を犯したのだから、断罪されるべきだと判断しました」


 梅夜は毅然とした態度で、試合中に見せた不安定な精神は一切なかった。


「ふー。確かに勝手な仇討ちは法律違反です。しかし今は違う。政府管理下では合法。それを理解し裁判で仇討ちを申請したのでしょう?」


「分かっております。ですが、これは個人の信条。やはり理由はどうあれ誰であれ、人を殺してはいけないと思い至りました」


「……ふむ」


 北南崎は梅夜を観察した。


「梅夜さん。貴女は本当にお優しい人ですね。子と孫を無関係なのに殺され、怒りが精神を支配している時は仇討ちを希望した。しかし今はその達成感が微塵も無い。それは端的に言えば確かに『罪悪感』です」


「……否定はしません」


「北南崎君。梅夜さんはな、日本人がかつて持っていた精神を携えた人なのじゃよ」


 梅夜の状術の師にして45代大統領の南蛮武が話に割って入った。


「奥ゆかしく、旦那の一歩後ろを歩き、家庭を管理し旦那の帰りを待つ。今、女性にこんな事言ったら炎上確実じゃが、要するにある種の譲れぬ美徳があるのじゃ。状術という武道を介してワシが感じた梅夜さんの芯じゃろうな」


「そう……かも知れません。自分で言うのもなんですが。ただ、どうしても杖で刺し貫いた時の感触、6人の顔面を焼く時の感触。手にこびりついて離れません。許された正義だったのに、子と孫の仇を討ったのに、何故私はこんなに後悔しているのか……!?」


 梅夜は淡々と話すが、さっきから顔色は異常に悪い。

 しかも、直接杖で刺し貫いた湯田に対する手応えはともかく、燃料の放射で殺人の手応えは普通考えにくい――と言う事も無い。


 ドッヂボールで、雪合戦で、枕投げで、或いは、アーチェリーであっても狙撃であっても、遠距離の標的に命中させた手応えは、何故か手に残る。

 標的の受けた衝撃が何故か理解できる。

 誰しも一度ぐらいは、何らかの事で経験した事はあるだろう。


 梅夜は6人分の遠隔での殺人手応えに耐えきれず、焼身自殺しようとしたのだ。

 ただ、その気配は北南崎、紫白眼、乱蛇琉には察知されており、しかも火炎放射器のトリガーに杖を差し込んで放射を継続させたのだから、自殺は明白だった。


「攻撃の感触については理解できますよ。狙い通りに当てた遠距離での攻撃は、何故か、殴る蹴る同様の手応えがあります。米粒同然の遠距離でも、ソレが分かってしまうんですよね」


「? 大統領もそんな経験がおありなのですか?」


 梅夜が、北南崎の妙な言い分に気が付いた。


「ッ!? えぇまぁ……軍出身ですので無いと言えば嘘になります」


 珍しく慌てた北南崎がそれっぽく取り繕う。 


「? そうですか……」


 梅夜の納得と共に、一瞬、北南崎と、この部屋にいる閣僚たちは全員苦い顔をした。

 梅夜は精神的に疲労の極みなので気が付かなかったが、北南崎大統領含め、実は閣僚の殆どは殺人の経験がある。


 しかも仇討ち法の話で、軍務での話でも無い。


 北南崎らの異常な強さは、実戦の賜物であるのだが、その話は濁した。

 ついでに最高裁判間の一人である白州御拷鬼も、殺人経験者なのは余談だ。

 ここに居る全員が、理由はともかく何かしらの殺人を経験してこの場に居る。


「梅夜さん。今日は我々が居たので自殺を未然に防ぎましたが、この部屋を離れれば、自殺を止める術はありません」


 全くもってその通りで、たまたま梅夜が助太刀申請したからこそ助けられただけだ。


「この官邸から出たら自由です。我々も手出し不能。どうしますか?」


 もちろん『どう』とは『自殺するか?』と聞いている。


「……何も断定できません」


 しばらく逡巡して梅夜は何も決められなかった。

 仮説の家には、遺影が飾ってある。


 その時、衝動的に自殺しない保証は無い。


 衝動的な何かは、殺人であっても自殺であっても、食い止めるのは至難の業だ。

 常に気配を察知できる北南崎達が付いている訳にもいかない。

 故に、仇討ちに勝った後の事まで考えて欲しい申請指定法律であり、裁判官は毎回、本当に申請するかどうか聞き直しているのだ。


「……先ほど言ってしまいましたので喋りますが、軍務であっても殺人は精神を蝕みます。私であっても何日も悪夢を見ました。恐らく、第一回、第二回の勝者である加藤さん、金鉄銅君も同じでしょう。丁度良い、と言っては何ですが、金鉄銅君、君の体験談を話してもらえますか? 話せる範囲で構いませんから」


「金鉄銅さん……」


 訓練時からの顔見知りの2人。

 だが、2人は権利を共に執行した特別な間柄だ。


「そう言えば。1人で3人相手にして圧勝でしたし、今もこうして活躍なさっている。お強いのですね」


 木下も金鉄銅の決闘はテレビで見ていた。

 その当時は、まさか次の決闘者が自分になるなど夢にも思わず、一生懸命、被害者の金鉄銅を応援していた。

 その応援が実ったのか、金鉄銅は拳銃があったとは言え、圧倒的な強さで3人を殺した。


 そんな金鉄銅が、勝ち誇るでも、苦渋でもない、何とも言えない顔、あえて言うなら自嘲した様な顔で語った。


「自分の強さは外面だけです。今も精神安定剤と睡眠薬は欠かせません。殺した悪夢もあれば、犯罪被害最中の夢、自分が悪意の渦に飲まれ、体の内側から殺した彼らが生えてくる夢を見ます。だから私の部屋には自殺が物理的に出来ない様に、部屋には自殺に使える様なモノは徹底的に排除しました」


 金鉄銅の部屋は、見る人が見れば『独房かな?』と勘違いしそうな程、必要最低限の物しかない。


「それでもやろうと思えば、このネクタイで首を吊れますし、舌も噛めます。どこかから飛び降りてもいい。でも今私がここに立っているのは怒りをエネルギーとしているからに他なりません」


 都合よく記憶を忘れる事など出来ない。

 ならば、それを糧に怒りで自我を支えているのだ。


「成程。大変なのですね。物理的に自殺できない様にしたのは参考になります。自殺衝動を怒りで沈めているのも理解できます。しかし貴女は若い。一方で、私は老い先短い老人です。怒りを力に変える精神力はとても持ち合わせておりません」


 その言葉に嘘はない。

 だが湯田の言い分に激高したのに、殺した後は怯えてしまっていた。

 老人の精神は弱い――と断定するのは失礼かもしれないが、この手の精神力は年齢も関係あるだろうが、本人の資質による所も大きいだろう。

 北南崎達だって全員、悪夢に苦しみながら意地でも死ねない覚悟を持って、国政に殴りこんだのだから。


「今のは金鉄銅君独自の対処法で、真似を推奨するものでは無い。しても良いがの」


 南蛮武が何かを思いついたのか、話し始めた。


「メンタルクリニックも手段じゃが、例えば宗教にすがっては如何かな? もちろんカルト宗教ではなく、昔ながらの善良な宗教じゃ」


「宗教……」


「尼僧になるのも良かろう。これは別に罪を償えと言うのではない。梅夜さんの子も孫も、巻き添えの原因になった丹羽家、それに今回殺した7人も弔えばよろしい」


「と、弔い!? 娘や孫以外も!?」


「日本には生死に関しては独特の感性がある。『死ねば皆仏』とな。中々外国人には理解してもらえず国家間問題にもなったりするが、まぁこれは脱線話」


 この手の話題で理解しやすいのが靖国神社問題。

 ことわざに『死者に鞭打つ』との言葉があるが、語源はC共和国発祥だ。

 つまり死んでも許さない事を意味する。

 しかし、日本人は『死ねば皆仏』精神が根強い。

 だから分かり合えない。


「話を元に戻すが、犯罪者達は望んで犯罪者になる者もいるだろうが、そこでも覚悟を持って犯罪に手を染める者もいれば、考えなしに悪事を働く者もいる。彼らが何故そうなったのか? 究極的には社会が原因じゃ。社会の悪い部分に汚染された患者に過ぎない」


「……仰る意味は理解できます。しかし……」


「今回の加害者を許せとは言わん。しかし弔うのはまた別の話。次元すら違う話じゃ。その辺りは寺での講釈を聞いてみてはどうかね? ワシも付き添おう。少なくとも今すぐ自殺するよりは、どう生きるかをまず考えてみないかね?」


「……わかりました。それが一番この老骨に相応しい気がします」


 こうして木下梅夜の仇討ちと、己の命の取り扱いに決着がついた。

 真の宗教は辛い時こそ寄り添って、仏の考え方を享受してくれる。

 辛い心を和らげ、希望を与えてくれる。


 しかし、カルト宗教は金品で解決する。

 辛い心に付け込んで、口八丁手八丁、手練手管を駆使し、心の隙間に入り込み束縛する。

 皆様も、辛い時には正しい宗教の教えを頼っては如何だろうか――

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