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第44話 決断 木下梅夜vs湯田苦身子

【大坂都/陸軍敷地内 駐車場】


 木下梅夜の前に、7人が転がっている。

 全員気絶で、冷凍マグロの如く並んでいる。


「こ、この人達は生きているのですか?」


「えぇ。全員気絶させました」


 これは北南崎の大嘘で、完全な気絶で生存は湯田のみ。

 意識不明の重体が、佐野、杉浦だが怪我の都合上、もう間もなく死ぬ。

 完全な死亡が、農上、手島、大泉、沓名であるが、いわゆる『心肺停止』と言われる類の状態。

 つまり、医師の診断がない限り、どう考えても死んでいる見た目でも生死不明。

 故に気絶(の可能性もある)状態である。


「例えば……湯田さン。起きてください」


 例えばも何も、湯田しか反応しないので、北南崎が狙って指定した相手だ。


(私が農上君を撲殺した時、軽蔑の視線を送ったのは忘れていませンよ!?)


(な、何の事でしょう? ちょっとやり過ぎたのは否定しませんが……?)


(そ、そうだぜ北南崎。真剣勝負なんだから事故は付きものさ!)


 最初にウッカリ殺してしまったのは北南崎で、彼女らは北南崎を罵倒したが、その後、彼女らは北南崎より酷い結果を残した。

 両者共に、1人殺害に、1人重体(死亡間近)の惨状だ。

 湯田を締め落とした北南崎が結果的に一番マシな結果を残した。


「もう起きているでしょう? 寝たふりしていても事態は好転しませンよ? 早く起きないとスタンガン浴びせますよ?」


「……起きても動けないんですよ」


 湯田は気絶したフリを止めた。

 一応、最後の瞬間まで隙を伺うつもりではあったが、例え関節を外した所で、それでも今の状態からバンドを破る手段がない。

 出来るのは体を揺するぐらいだ。


「起こして何をさせたいんです? 御覧の通り、身動きできません。殺すならさっさとどうぞ」


「よい覚悟ですね。湯田さンは良しとして、木下さン?」


『動けないから殺せ。でも拘束を解けば殺す』


 湯田の話しぶりから、北南崎はその様に読み取り、『良い覚悟』と言った。

 一方、梅夜はと言うと、話しかけられただけで体をビクンと震えさせた。


「ヒッ! は、ハイ!」


 特撮より映画より、遥かに凄いモノを見せられて、可哀想な事に梅夜は、今自分がいる場所が、夢か現実か判断できなくなっていた。


「どうします? このまま火炎放射器で止めを刺しますか? それとも折角身に着けた状術を試しますか?」


 梅夜は老人ながら、そこそこ戦える位には仕上げた。

 南蛮武が、体力作りも兼ねて、付きっ切りで状術を仕込んだのだ。

 とは言え、若い頃からの達人ならともかく、老人になって初めて身に着けた武術だ。

 やっと身に着けた技術の結果、街のチンピラ程度なら軽くあしらえるが、湯田の様なある種の達人や、殺し合いとなれば話は別。


「全員は無理でも、一人ぐらいは己の手で討ち取ってみませンか? 無理にとは言いませンが、ハンデは改めて作りましょう」


「お、重りですか?」


 梅夜の体重は40kgで3倍にして120kg。

 老人では流石に耐えられない。


「いえ、ハンデは湯田さンに背負ってもらいます。体重の3倍の重りと手首と肘を折ります。これで互角でしょう」


「折る!?」


 重りはともかく、手と肘を折られては、得意の薙刀が扱えない。


「貴女の薙刀は危険です。私に一太刀浴びせたのですから賞賛モノです。万全な状態なら老人一人屠るのに造作も無いでしょう? ハンデあっての仇討ち法なのですから」


 言われてみれば確かにその通り。

 その通りなのだが、骨折させられるのは嫌だ。

 だが、断れば、このまま火炎放射器で生きたまま焼き殺される。

 それに勝てば死刑回避だ。

 湯田に選択肢は無かった。


「……やるわ!」


「だそうです。梅夜さン。如何しますか?」


 湯田がやる気を出しても梅夜が断ればそれまで。

 骨折まで受け入れて、折角やる気を出したのに、断られるのはあんまりだ。

 せっかく生の希望が見えたのだから『勝負だ!』と梅夜に懇願の視線を送る。


 その視線に気が付いた梅夜は、心が動かされた。

 もちろん感動による心の動きではなく、憎悪の動きだ。


「……。私の娘と孫は、懇願する事も許されず殺された! そんなお前が私に懇願をするのか!?」


「ッ!!」


 被害者達に対面するでもなく、容赦なく焼殺してきた湯田達だ。

 梅夜の怒りに無遠慮に触れた。

 逆鱗に触れてしまった。


(しまった! ダメだ! こんなの焼き殺されるに決まってる! なんてミスを!)


 梅夜の憎悪が発する殺気は尋常ではない。

 残りの寿命を擦り減らす怒りと殺意だ。


「戦います!」


「え?」


 思っていた反応と違った湯田は間抜けな声を出してしまった。


「よろしい。機動隊の皆さン。湯田さン用の重りを持ってきてください」


 湯田の体重は51kgなので、102kgのベストが用意された。


「では今から拘束を解きますが、余計な真似をしたら紫白眼君が容赦なく命を奪います。そのつもりで」


「は、はい……」


 その言葉を聞いて紫白眼は拘束を解くと同時に、湯田の右手首と右肘を同時に折った。

 腕ひしぎ十字固めと小手返しの複合技だ。


「ギャッ!?」


 普通なら『折ります』と宣言があっても良さそうだが、拘束を外すついでの流れ作業のまま折った。

 下手な真似をさせない為と抵抗を封じる為だ。

 紫白眼にとっては抵抗された方が、梅夜を戦わせなくて済むのでそうしたかったが、思い通りにはならなかった。


「では湯田さンにベストを着せて……。では湯田さン武器を選ンでいらっしゃい」


「グゥゥ……! 武器? 武器……」


 武器は遥か後方25m先の、最初に自分達が居た場所においてある。

 湯田は左手で右腕を抑えながら、重りと痛みで脂汗を大量に吹き出しながらも、武器置き場にたどり着いた。


(両手武器はもう駄目だ。だが向こうは私が両利きである事を知らない。これは有利に働くはず!)


 湯田は左利きに生まれ、右利きに矯正されたが、全く問題なく左手主体でも生活できるし、こと近接戦闘では両利きは超絶有利な体質だ。

 だがもう気絶しそうな程に腕が痛いのがネック。


(しっかりしろ! 頭を覚醒させろ! ここが正念場なんだ! 全ては天下布武Qとルミコ様の為に!)


 湯田はナイフを口に咥え、刀を選んだ。


「ほう。腕を折られて柔軟な思考ですねぇ。まさか2つ選択するとは。まぁ良いでしょう。この決闘、私たちは手出ししませン。梅夜さン。無念を晴らしてください」


「はい!」


 その言葉と同時に2人は走り出した。

 だが、老人と、腕を折られ3倍の重りを背負った人の走り。

 とてもダッシュとは呼べないランニング程度のスピードだ。

 特に湯田は一歩一歩が、重い上に腕に振動が走り激烈に痛い。

 しかし、その痛みが頭を覚醒させる。


(今ッ!)


 湯田は左手の刀を頭上に放り投げる――皆の視線が上空に移る――湯田が咥えたナイフを左手に持ち――投げつけた――


(ぐううう!)


 一つ一つの動作が骨折に響き目が霞むが、命がけの戦いでそんな事など言っていられない。


 梅夜の視線が刀に誘導されればナイフが喉を貫く――だが梅夜は真っすぐに湯田を捉えて――杖でナイフを弾き落とし――湯田が空中の刀をキャッチし――そのまま斬撃に入る――その刀の内側を梅夜の杖が捉え――蛇の様にうねった――


(杖がッ!? がふっ……! ルミコさ……)


 杖に刀が巻き上げられ――落下する湯田の勢いを利用して――杖で喉を貫いた――


「……!! ハァッ! はぁっ!」


 湯田は喉を貫かれ即死し、梅夜は膝を突いて息を切らす。


「見事! 完璧な南蛮武状術奥義 蛇絡み蛇毒突きだ!」


 未届け人の南蛮武が称賛する完璧な一撃だった。

 梅夜の杖は改造が施されており、先端が何かに触れると鋭く刃が飛び出す仕様になっている。

 梅夜の脳は怒りとは逆に冷静になっており、湯田の動きを少しも見逃さず、完璧に対処して見せたのであった――

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