【大坂都/陸軍敷地内 駐車場】
木下梅夜が湯田苦身子の刺殺に成功した。
年齢差は50近いであろう70後半の老婆が、手品の如く刀を絡め捕り、改造杖で湯田の喉を貫通させた。
小さな噴水が湯田の喉から溢れ、次第に勢いが収まっていく。
心肺停止状態となった。
「やりましたね」
北南崎が木下に声を掛けた。
一応、助太刀人としてこの場にいるので、木下を
北南崎肝いりの政策で、助太刀初申請で、しかも北南崎本人が出場で、そんな惨めな姿を見せたら政権にとって致命的だが、無事木下が勝ち、助太刀人も役目を果たした。
試合運びはともかく、完璧な幕切れであった。
「……はい。私が殺したのですね」
「あー……。言葉は濁しませン。そうです。殺しました。貴女が仇討ち法を望ンだ結果です。法で認められた殺人の権利なので気に病む必要はありませンよ?」
これが善人の良い所であり悪い癖でもある。
何かを守る為にふるった暴力や、無理な権力の行使を後悔してしまう。
例え、兄弟喧嘩でも、子供の他愛ない喧嘩でも一緒だし、当然、大人になっても変わらない。
相手が悪であっても暴力を振るった事実が、心を締め付ける。
究極的に後味の悪い、例えようの無いゾワゾワと脳を蠢く
これが格闘技の試合だったら、そんな感覚は発生しない。
ルール内で殺すつもりで戦っても罪悪感は生まれない。
リング禍はあってはならないが、試合に挑む者として、死を想定しないのは失格だ。
反則技なら話は別だが、ルールの中なら、ブン殴っても、頭を蹴り飛ばしても大丈夫。
その中でも仇討ち法は究極のルールでの試合ならぬ本番のハズなのだが、木下梅夜は、ガタガタと見てわかる位に痙攣していた。
しかし、自分が望んで文句ない結果となったハズなのに震えが止まらない。
泡こそ吹いていないだけで、見ただけで動揺が手に取るように理解できる。
歳のせいなのか、性格のせいなのか?
つい数分前に湯田の態度に激高したのにこのザマだ。
憎悪が簡単に薄まり、自分のやってしまった事に信じられない様子であった。
北南崎ら助太刀人が戦っている時、傍観者でいる時は良かった。
「ひッ!?」
自分の手が急に汚らわしく見える。
タップリと両手に絡んだ、内臓の山に突き刺さった誰かの手。
そんな幻覚を見――パァンッ!
「しっかりしなさい!」
北南崎は衝撃波が発するが如く勢いで、梅夜の眼前で手を叩いた。
「貴女が気に病む必要は無いのですよ? これは正当な殺人の権利。誰に文句を言われる筋合いもありませン。貴女の子と孫含め、大量の人間が焼き殺された! その制裁が今終わったのです! 貴女が被害者の無念を代弁したのです!」
「終わった……? 終わったのですね……?」
梅夜は何が起きているのか理解しているのか?
どうにも不安定な気配がにじみ出る。
「えぇ。あ、いや、終わっていませンね。あの彼女はともかく、他の6人は気絶でしたね」
「気絶? えぇ、そうみたいですね……」
何人かは死んでいるが、心肺停止状態なので、生死不明だが、見た目には寝ているので気絶である。
「ならば、せっかく作って頂いたこの火炎放射器、使わせていただきます」
梅夜には北南崎が言わんとしている事が理解できた。
殺せ。
そう言っているのだ。
「さっき杖で刺し殺した感覚は私には恐怖でしかありません……」
しっかりと手に焼き付いた貫く感覚。
調理用の肉を捌くのとはワケが違う。
もう死ぬまで忘れないだろう。
「そうですね。理解はできますよ」
「……はい。ありがとうございます」
「ならば、顔に向けて発射なさい。吸える酸素が無くなれば窒息死します。燃料を使っての全身が炎に包まれる焼殺は、例えば自殺でも最悪の手段らしいです。しかし顔だけにしておけば、遺体は比較的綺麗に保たれるでしょう」
「そう……ですね」
(このまま終わると思う?)
(終わらない方に賭けるぜ)
(賭けにならないわね。動ける準備をしておきましょう)
紫白眼と乱蛇琉が、小声で話す。
そうこうしている内に、冷凍マグロ状態の6人の頭側に梅夜が車いすを移動させた。
端から順に火炎放射器を頭に浴びせるつもりだ。
もし、意識があった状態の人間がいたら、阿鼻叫喚の地獄の悲鳴が一瞬だけ咆哮として轟くだろう。
現在の肺にある酸素を使って、ありったけの悲鳴を上げて、次に呼吸したときは炎を吸い込むことになる。
しかも、ナパームだ。
口内、食道、肺に至るまで焼き尽くされ、窒息死する。
この方法なら焼殺の部類では、比較的良心的な殺し方だ。
北南崎も言った様に、焼身自殺で一番苦しいのは、灯油やガソリンを浴びての着火自殺だ。
単なる火災に巻き込まれたなら、服が燃えたなら脱げば助かる可能性もあるし、一酸化炭素中毒なら比較的楽に死ねる。
しかし、燃える燃料を直接ぶっかけるのは次元が違う苦しみを伴う。
思い浮かべてほしい。
うっかりラーメンのスープが腕に飛んだだけでも、反射的に『アチッ!?』と言って腕を振るのだ。
ラーメンでそのレベルなら、灯油、ガソリンは比較にもならない。
全身が焼けただれ、酸素を求めては炎を吸い込んで、狂った様に踊って死ぬ。
梅夜がその事を知っているかは不明だが、全身を焼こうとしないだけマシな結果となるだろう。
顔面だけは、ふた目と見れぬ状態になるであろうが。
「では、自分のした事を悔いて、被害者の苦痛を少しでも味わって地獄にいきなさい……!」
梅代は震える足で発射板を踏んだ。
射程2mのナパーム火炎放射器だ。
ジョウロで花壇に水を撒くが如く、満遍なく顔面にナパーム火炎を浴びせていく。
まるでそこが植物の根だとでも言わんばかりに。
また幸運な事に、全員死亡か意識不明の重体だ。
暴れ狂って死ぬ者は居なかった。
お茶の間の国民も興味本位と残酷すぎる光景に、テレビに吸い寄せられる者、チャンネルを変える者が殆どだが、後の視聴率調査で、この瞬間が最低視聴率であった事は余談である。
こうして全員の処刑が終わり、全ての者が油断した瞬間だった。
梅夜がトリガーの隙間に杖を差し込んだ。
当然トリガーは固定されるので、炎は噴出し続ける。
それを確認した梅夜は、フラフラと歩きだし、北南崎、紫白眼、乱蛇琉に肩をガッシリと掴まれた。
「勝負あり!」
北南崎が決着を告げ、仇討ち適用第三号の適用が無事終了する事となった――