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第45話 後始末 木下梅夜

【大坂都/陸軍敷地内 駐車場】


 木下梅夜が湯田苦身子の刺殺に成功した。

 年齢差は50近いであろう70後半の老婆が、手品の如く刀を絡め捕り、改造杖で湯田の喉を貫通させた。

 小さな噴水が湯田の喉から溢れ、次第に勢いが収まっていく。

 心肺停止状態となった。


「やりましたね」


 北南崎が木下に声を掛けた。

 一応、助太刀人としてこの場にいるので、木下をけしかけたは良いが、負けたら助太刀人は生きていても敗北だ。(勝負の結果に関わらず助太刀人にペナルティは無い)

 北南崎肝いりの政策で、助太刀初申請で、しかも北南崎本人が出場で、そんな惨めな姿を見せたら政権にとって致命的だが、無事木下が勝ち、助太刀人も役目を果たした。

 試合運びはともかく、完璧な幕切れであった。


「……はい。私が殺したのですね」


「あー……。言葉は濁しませン。そうです。殺しました。貴女が仇討ち法を望ンだ結果です。法で認められた殺人の権利なので気に病む必要はありませンよ?」


 これが善人の良い所であり悪い癖でもある。

 何かを守る為にふるった暴力や、無理な権力の行使を後悔してしまう。

 例え、兄弟喧嘩でも、子供の他愛ない喧嘩でも一緒だし、当然、大人になっても変わらない。

 相手が悪であっても暴力を振るった事実が、心を締め付ける。

 究極的に後味の悪い、例えようの無いゾワゾワと脳を蠢くおぞましい感覚と後悔。


 これが格闘技の試合だったら、そんな感覚は発生しない。

 ルール内で殺すつもりで戦っても罪悪感は生まれない。

 リング禍はあってはならないが、試合に挑む者として、死を想定しないのは失格だ。

 反則技なら話は別だが、ルールの中なら、ブン殴っても、頭を蹴り飛ばしても大丈夫。


 その中でも仇討ち法は究極のルールでの試合ならぬ本番のハズなのだが、木下梅夜は、ガタガタと見てわかる位に痙攣していた。

 しかし、自分が望んで文句ない結果となったハズなのに震えが止まらない。

 泡こそ吹いていないだけで、見ただけで動揺が手に取るように理解できる。

 歳のせいなのか、性格のせいなのか?


 つい数分前に湯田の態度に激高したのにこのザマだ。

 憎悪が簡単に薄まり、自分のやってしまった事に信じられない様子であった。

 北南崎ら助太刀人が戦っている時、傍観者でいる時は良かった。


「ひッ!?」


 自分の手が急に汚らわしく見える。

 タップリと両手に絡んだ、内臓の山に突き刺さった誰かの手。

 そんな幻覚を見――パァンッ!


「しっかりしなさい!」


 北南崎は衝撃波が発するが如く勢いで、梅夜の眼前で手を叩いた。


「貴女が気に病む必要は無いのですよ? これは正当な殺人の権利。誰に文句を言われる筋合いもありませン。貴女の子と孫含め、大量の人間が焼き殺された! その制裁が今終わったのです! 貴女が被害者の無念を代弁したのです!」


「終わった……? 終わったのですね……?」


 梅夜は何が起きているのか理解しているのか?

 どうにも不安定な気配がにじみ出る。


「えぇ。あ、いや、終わっていませンね。あの彼女はともかく、他の6人は気絶でしたね」


「気絶? えぇ、そうみたいですね……」


 何人かは死んでいるが、心肺停止状態なので、生死不明だが、見た目には寝ているので気絶である。


「ならば、せっかく作って頂いたこの火炎放射器、使わせていただきます」


 梅夜には北南崎が言わんとしている事が理解できた。

 殺せ。

 そう言っているのだ。


「さっき杖で刺し殺した感覚は私には恐怖でしかありません……」


 しっかりと手に焼き付いた貫く感覚。

 調理用の肉を捌くのとはワケが違う。

 もう死ぬまで忘れないだろう。


「そうですね。理解はできますよ」


「……はい。ありがとうございます」


「ならば、顔に向けて発射なさい。吸える酸素が無くなれば窒息死します。燃料を使っての全身が炎に包まれる焼殺は、例えば自殺でも最悪の手段らしいです。しかし顔だけにしておけば、遺体は比較的綺麗に保たれるでしょう」


「そう……ですね」


(このまま終わると思う?)


(終わらない方に賭けるぜ)


(賭けにならないわね。動ける準備をしておきましょう)


 紫白眼と乱蛇琉が、小声で話す。


 そうこうしている内に、冷凍マグロ状態の6人の頭側に梅夜が車いすを移動させた。

 端から順に火炎放射器を頭に浴びせるつもりだ。


 もし、意識があった状態の人間がいたら、阿鼻叫喚の地獄の悲鳴が一瞬だけ咆哮として轟くだろう。

 現在の肺にある酸素を使って、ありったけの悲鳴を上げて、次に呼吸したときは炎を吸い込むことになる。


 しかも、ナパームだ。


 口内、食道、肺に至るまで焼き尽くされ、窒息死する。

 この方法なら焼殺の部類では、比較的良心的な殺し方だ。


 北南崎も言った様に、焼身自殺で一番苦しいのは、灯油やガソリンを浴びての着火自殺だ。

 単なる火災に巻き込まれたなら、服が燃えたなら脱げば助かる可能性もあるし、一酸化炭素中毒なら比較的楽に死ねる。


 しかし、燃える燃料を直接ぶっかけるのは次元が違う苦しみを伴う。

 思い浮かべてほしい。

 うっかりラーメンのスープが腕に飛んだだけでも、反射的に『アチッ!?』と言って腕を振るのだ。


 ラーメンでそのレベルなら、灯油、ガソリンは比較にもならない。

 全身が焼けただれ、酸素を求めては炎を吸い込んで、狂った様に踊って死ぬ。

 梅夜がその事を知っているかは不明だが、全身を焼こうとしないだけマシな結果となるだろう。

 顔面だけは、ふた目と見れぬ状態になるであろうが。


「では、自分のした事を悔いて、被害者の苦痛を少しでも味わって地獄にいきなさい……!」


 梅代は震える足で発射板を踏んだ。

 射程2mのナパーム火炎放射器だ。

 ジョウロで花壇に水を撒くが如く、満遍なく顔面にナパーム火炎を浴びせていく。

 まるでそこが植物の根だとでも言わんばかりに。


 また幸運な事に、全員死亡か意識不明の重体だ。

 暴れ狂って死ぬ者は居なかった。


 お茶の間の国民も興味本位と残酷すぎる光景に、テレビに吸い寄せられる者、チャンネルを変える者が殆どだが、後の視聴率調査で、この瞬間が最低視聴率であった事は余談である。


 こうして全員の処刑が終わり、全ての者が油断した瞬間だった。

 梅夜がトリガーの隙間に杖を差し込んだ。

 当然トリガーは固定されるので、炎は噴出し続ける。

 それを確認した梅夜は、フラフラと歩きだし、北南崎、紫白眼、乱蛇琉に肩をガッシリと掴まれた。


「勝負あり!」


 北南崎が決着を告げ、仇討ち適用第三号の適用が無事終了する事となった――

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