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第40話 北南崎桜太郎vs農上他蚊尋&湯田苦身子

【大坂都/陸軍敷地内 駐車場】


「ブツクサうるせえ! どけ! アンタは最後に――」


 ドギャァッ――


「ごひゅッ……!」


 北南崎の正拳中段突きで、農上の肺から全空気が吐き出された。


「梅夜さンは、出番が来るまでは防御に徹してください!」


「ヒッ……はいぃぃッ!」


「きゃぁッ!?」


 農上が吹き飛ばされ、後を走っていた湯田をも巻き込んで一緒に吹き飛ばされた。

 玉子も割らない湯田の特殊スーツは、殴られ弾丸と化した農上の衝撃を見事に分散するも、湯田の体力を増強する訳では無いので、下敷きになって動けない。


「あっ」


 北南崎が『しまった』と一目で分かる顔をした。


(北南崎さん!? 何してるんですか!?)


(北南崎ィッ!! アホかッ!!)


 紫白眼と乱蛇琉が、目をひん剥いて驚愕した。

 ヤラセを疑われない為に、強すぎる北南崎達は手加減するつもりだったのに、一撃で人間を吹き飛ばすなど、あってはならない光景だ。


 当然であろう。

 北南崎の正拳中段突きは強化アクリル板も貫く特別性。

 右足の親指から生み出したエネルギーが――踵――膝――股関節――腰――背骨――肩――肘――手首――そして拳。


 拳に伝わって1t近いパンチ力を繰り出すが、今回は300kgの体重を上乗せボーナスした特別性のパンチ。

 100kgの体重で1tなら、300kgで3tの衝撃、の様な単純計算になるかどうか不明だが、不幸にも、農上の突撃を利用したお陰で、カウンターになってしまい、もう計測不能の衝撃だった。


 その結果、農上は吹き飛び湯田の上でグッタリしていた。

 SAT防護服も北南崎のパンチは防ぎきれなかった。

 胸骨、肋骨は当然粉砕され、内臓も致命傷を負っているだろう。


 湯田は意識があるも、農上の体重から抜け出せず藻掻いている。


(まずいマズイ不味い!)


 北南崎は己のウッカリに気が付き、猛ダッシュで農上に駆け寄る。

 300kgの人間の動きにしては異様に速いが、そこはそれなりに遅くも見えたのは幸いか。


「ほう。私のパンチを食らって立ち上がるとは中々の根性!」


 北南崎と農上は両手でお互いの手を組み合い、プロレスで言う腕を組み合うロックアップ状態となる。

 農上は最低でも気絶なので、手四つに見せかけた、北南崎の操り人形と化している。


「ほう。この力感の無い立ち方で、互角の腕力と握力! やりますねぇ!」


 北南崎は大きな声で、マイクが声を確実に拾う様に言った。

 なお、湯田は北南崎が踏みつけている。

 体重300kgでは、片足だけでも脱出不能だった。


「だが! これでおしまい! 終わらせてもらいます!」


 北南崎は素早く農上の体を前後反転させ、ヘルメットを剥ぎ取ると同時に、チョークスリーパーホールドを仕掛ける。


「必殺! プレシデント・スリーパー・バックドロップ!」


 北南崎の体は綺麗な弧を描き、湯田の腹部に農上の頭を叩き落した。


「……」


 農上は悲鳴も何も上げない。

 最低気絶、最悪死亡状態だから当然だ。

 だが、下敷きになった湯田はたまったモノではない。


 スーツのお陰でバックドロップの衝撃は霧散し痛くは無いのだ。

 だが、重い。

 ひたすら重い。

 スーツはある程度の衝撃に対して無効化させるが、重さは別だ。

 万力に挟まれたら潰されるだけ。


 湯田はヘルメットの中で胃液を巻き散らし、大変な状態になっていた。


「湯田さン、大丈夫ですか?」


 とりあえず、農上の件を何とか誤魔化した(?)ので、今度は落ち着いて湯田に接する。

 だが、湯田はそれどころではない。

 胃液で窒息しそうになり、何とかヘルメットを外そうと藻掻いているが、パニックで外し方を忘れ、胃液まみれでもがき苦しむ。


「落ち着いて。外してあげましょう」


 大統領は暴れる湯田の後ろに回り、固定具を外した。


「はいどうぞ……っと!」


「げはぁおげぇ……!!」


 とても若い女子が出して良い悲鳴ではないが、何とか胃液地獄から抜け出した湯田は地面に膝を付き咳き込み続ける。


「湯田さン。このままでは10%の保証が成り立ちませン。機動隊の方! 2Lのペットボトルを!」


 北南崎の合図とともにペットボトルが投げ込まれた。


「これで頭を洗いなさい。目も見えていないでしょう? 待っててあげますから。準備ができたらかかってきなさい」


 北南崎は腕を振って湯田に促したが、腕は促すために振ったのではなく、沓名のスリングショットの弾丸を腕で叩き落しただけだ。


「沓名君。良い腕ですねぇ。正確に眼球を狙ってきた。それを戦いの最中に叩き込まれれば、私は失明していたでしょう。おしい!」


 今、北南崎は棒立ちだから狙ったのだ。

 沓名も確かに狙撃は自信があったが、さっきまで激しく動き回り、農上の陰に居た大統領だけを狙撃する自信は無く、今の隙をねらったのだが、無駄に終わった。

 ただし北南崎は本気で褒めている。

 今の隙を見逃さないのは、中々の才能、あるいは天下布武Qで、なにか手ほどきを受けているに違いない。


「おっ。湯田さン準備は宜しいのですか?」


「グッゲッ……! だ、大丈夫です」


 薙刀を杖代わりに湯田は歩み寄ってきた。

 しかし、精神的ダメージは甚大の様だった。


「ヘルメットはどうします? 洗いたいならもう1本水を差し上げても構いませンよ?」


「こ、このままで。ゴホッ! 大丈夫です……!」


 まだむせているが、何とか態勢を立て直した湯田。

 だが、胃液まみれのヘルメットを奇麗にした所で、再装着する気にはなれなかった。


「その油断が命取りですよ? と言いたい所ですが、10%の保証の為に、頭部だけは狙わないでおいてあげましょう」


「……どうもッ!」


 突如湯田が薙刀を北南崎の顔面に突き出された。


「おっと」


 北南崎は屈みながら、薙刀の間合いから退いた。


「沓名! 私の援護をしなさい! 外したとて私の頭部以外なら、痛みは無い! コイツは殺す! ご意思には反するが天下布武Qに不要な人材だ!」


 湯田はそう言いながら突進し、薙刀を振り回す。

 さっきまで、無様に胃液を洗い流していた女とは思えぬ、切れ味鋭い斬撃で北南崎を攻撃する。


「これはッ! 貴女、若いのに達人クラスですね!? いや? 薙刀での殺人の経験がありますね!?」


「答える義務は無い!」


 その答えでは言ったも同然だ。

 今回の犯罪は殺人放火だが、湯田に限らず全員が、天下布武Qの任務で人を殺した事がある。


『武道は人を殺して一人前』


 そう言われる事もあるが、湯田はそちら経由の達人だった。


「ならばっ……と! 狙撃が鬱陶しい!」


 湯田のスーツは衝撃に強い。

 その上でパチンコ玉での狙撃は高相性の組み合わせだった。

 北南崎は狙撃で足元を狙われたので飛んで避けた――その瞬間を湯田は見逃さなかった。


「死ね!」


 湯田は薙刀で袈裟斬りに振り、空中の北南崎の肩を捕らえた。

 そのまま一気に切り裂き、北南崎は血を噴き出して倒れる――のは幻覚だった。

 飛び出したのはタングステンの粒だった。

 タクティカルベストに詰め込んだタングステンが、斬り裂かれた拍子に飛び出したのだ。


「コレを防御に使うつもりは無かったのに、申し訳ありませンねぇ。私に一太刀入れるとは大した腕です」


 北南崎の鎖骨から5センチ程、刃が通過した後がある。

 鎖骨辺りだけが切り裂かれていたが、達人クラスの湯田が全力で斬って、鎖骨も断てないのは異常な耐久力、いや肉体の防御力と言うべきか。


「そのタングステンを忘れていた私の負けです……」


 湯田は潔く諦めた。

 例えタングステンであろうと、粒であれば肉体まで刃は通るはず。

 しかし、鎖骨に跳ね返され大したダメージにはならなかった。

 己の薙刀の腕ではどうにもならないと悟ったのだ。


「ギブアップですか? では仕方ありませンね。絞め落とさせてもらいます。所で『ご意思』とは? 天下布武Qの誰かですか?」


「……」


「言う訳ないですね」


 北南崎は湯田の背後に回り、チョークスリーパーで落としにかかる

 沓名との間に湯田を挟む念の入れ様だ。


「はい。それではお休みなさい」


「ぐっげっ! ……ルミコさ」


 農上のSAT防護服から、バンドを引っぺがし、湯田の手足を結んで無力化した。

 農上は多分一生起きない気がするが、湯田は気が付いても身動き取れない。

 北南崎は2人を担いで梅夜の所に戻る。

 その戻る途中に考える。


(ルミコ? そう言ったか? 偶然か? 聞き間違いか? 喉を抑えて変な声が出たのか?)


 湯田の断末魔っぽい呻き声に何事か思う北南崎であった。

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