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第35話 大統領&副大統領謁見 北南崎桜太郎&紫白眼魎狐と木下梅夜

【大統領官邸内/政府宿泊施設】


 放火で家を失った木下梅夜は、大統領府の施設内の宿泊施設を、仮の住まいとしていた。

 これが、失火や災害なら、公営住宅や仮設住宅が用意されるが、仇討ち法を申請して家が無い、或いは、狙われるなど、家にいると危険な場合は大統領官邸内の施設が貸し与えられる。


 特に今回は『天下布武Q(信長しんちょう公)』というカルト集団の一部が相手だ。

 仇討ち法前に、襲撃を受ける恐れがある。

 ここ以上のセキリュティを誇る日本の土地はそうそう無い。


 その更なる被害を抑える為の処置であるが、梅夜の場合は本当に家を失ったので自動的にこの場所が与えられた。

 その梅夜の住む施設に大統領と副大統領が訪れた。


「こンにちは梅夜さン。不自由はありませンか?」


「お加減は如何ですか?」


 北南崎と紫白眼がにこやかに尋ねた。

 この部屋は、梅夜の住んでいたオンボロアパートに比べれば、何もかも充実している。

 照明は明るいし、隙間風もないし、布団はあり得ないぐらいにフカフカだ。

 毎日の健康診断に、SPによる24時間の警護。

 勿論、対象者がストレスに感じない程度に距離は空けるし、欲しい物があれば何でも手に入る。


「お陰様で、贅沢させてもらっています」


 梅夜は、畳敷きの一角の端も端の座椅子に座って頭を下げた。

 贅沢、と言いつつ、恐らく梅夜は施設の殆どを利用していないのだろう。

 洋室のソファーすら使った形跡がない。 

 風呂、トイレ、布団しか使っていない。

 TVも見ていないのだろう。

 ただ、歴史が好きなのか、『信長Take3』と書かれた小説が、机に置かれていた。

 それを読んで生活しているだけなのだろう。


 少々高級なビジネスホテルよりも良い部屋だが、梅夜は恐れ多くて、あと設備を使いこなせなくて、生きるに必要な物だけを使って生活していた。

 北南崎も紫白眼も、即座に色々と察した。

 SPや医者から色々聞いているが、聞くと見るではやはり違った。


「どうです? 散歩でもしながら話しませンか? 決闘に向けて体力も付けなければなりませンしね」


 北南崎はそう提案した。

 一時は車椅子生活だったが、今は杖さえあれば移動は出来る。

 しかし戦うにはかなり工夫しなければならない。

 この状態でも90%勝たせられる塩梅は設定できるが、体力があるに越した事は無い。


「わかりました」


 梅夜は従った。

 嫌だとしても了承はしただろう。

 日本大統領と副大統領の訪問を無視してはならないと思い込んでいる。

 梅夜は畏まり過ぎて、倒れそうだった。



【大統領官邸府内/庭】


 庭に出た3人。

 ここは高層ビルからも丸見えで狙撃が楽にできるが、庭を狙える狙撃地点は既に政府の手によって抑えられている。

 ノコノコ狙撃犯がそのビルを利用しようモノなら、銃を組み立てる間もなく制圧される。

 公表されていないが、年間、結構な狙撃未遂が発生しており、いかにこの国が荒れているか、大統領達は頭を痛めていた。

 今、庭に出るのも、全ての狙撃箇所に異常無しとの報告を受けたからである。


「梅夜さン。今回の死刑囚と話をして分かったことがあります。彼らは人間に対するブロークンウィンドウ理論を振りかざしています」


「ぶ、ぶろーくん? す、すみません物を知らない愚か者で……」


「知らないのも仕方ありませんよ。これは外国発祥の理論なので。これは――」


 紫白眼は理論を丁寧に説明した。


「――この様に、犯罪抑止と軽減に絶大な効果があるのです」


「では我等は割れ窓として狙われたと!?」


 自分たちが下級国民だと自覚はしているが、世間様に迷惑をかけた覚えも無い。


「存在自体が悪だと!? 底辺がいなくなれば、困るのは上級国民だと彼らは分からないのですか!?」


 落書きや割れた窓の如き扱いをされる言われはない。

 底辺は底辺なりに社会を支えている。

 誰もやらない仕事を、低賃金で梅夜達はやっているのだ。

 存在価値が無いなんて戯言に屈する訳にはいかない。


「彼等の理論で言えばそうなります。しかしコレは断じて許せませン。人は割れ窓ではないし落書きでもない。彼等の理論は、究極的には人類の最後の1人を掃除するまで終わらない」


 エリート集団を作れば、その中でも優劣が必ず作られる。

 全国のスーパーエリートを集めたプロスポーツでも、必ず優劣が発生する。

 しかし、プロスポーツなら劣る者を鍛えて晴れ舞台に送り出すシステムがあるが、天下布武Qの理論は滅びの理論だ。


「彼らはソレを理解しているかは知りませンが、人に対するブロークンウィンドウ理論があるとすれば、格差の是正、減税、教育、支援、働く場所の提供! 法律側で、人間用ブロークンウィンドウ理論を作り直さねばなりませン!」


 大統領の政策は梅夜も期待している。

 確かに一気に待遇改善とは行かないが、良い方向に進んでいる様に感じるが、そこで一つ引っかかった。


「あ、あの仇討ちと助太刀を申請しておいて何ですが、仇討ち法もブロークンウィンドウ理論では?」


 梅夜が矛盾を感じて尋ねた。


「確かにそう言われればそうなのですが、前提が違いますね。我々は更生不可能の犯罪者を法によって裁いているのです。念入りに裁判で審査し、どうにもならないと判断された者を死刑とします。……まぁ、『だから法によるブロークンウィンドウでしょ?』と言われれば、そういった面も否定しませンが、そもそも死刑に相当する犯罪者は日本に必要ありませン」


 どんなに言葉を飾っても、結局ブロークンウィンドウと言えてしまうが、政府と天下布武Qでは、決定的に違う部分がある。


「それに大前提として『私刑』など国は認めていない。裁判で様々な角度から検証して初めて刑が決まる。問題点を洗い出し対策を立てられる。裁判は国を良くする為の場所。それを無視するそンな輩こそ、割れ窓として排除しなければ政治の負けです」


 国民に与えられた権利は様々あるが、与えられてない権利もある。

 私刑もその一つ。

 犯罪で荒れ狂う日本を正す為に、北南崎が公約として掲げた政策でもある。


「梅夜さン。納得して頂けましたか?」


「えぇ。わかりました。仇討ち法を申請して良かったと思います」


「なら、梅夜さん。しっかり体力作りをしましょう。90%の勝ちを得るには、基礎体力は重要です。せめてその杖で、死刑囚を突き殺せる位に」


 紫白眼が笑顔で言った。


「えぇ……えっ!?」


 体を支える杖を武器とする。

 想像ができない光景だった。


「今回の助太刀は、特に人選を厳選します。しかし助太刀人に助けられるだけでは勝てません。勝ちに行く気概と体力が無ければ」


「彼女はそちらのSPである金鉄銅さンを、素人から戦士に育て上げました」


 北南崎が後ろに控えるSPの1人を紹介した。


「あっ、貴女は!」


 梅夜もあの衝撃の決闘はTVで見た。

 モザイクで顔は分からないが、何故か理解した。


「梅夜さん。私も協力します。杖術を学んで1人ぐらいは己の手で恨みを晴らしましょう!」


 金鉄銅がにこやかに言った。


「復讐は何も生まないと言うバカもいますが、復讐こそが心を救うのです! 一方的に食らったマイナスを元に戻すのです! 頑張りましょう!」


 梅夜は、金鉄銅の経験者だからこそ理解できる説得ある言葉に納得した。


「えぇ。お願いします!」


 そう言いながら、梅夜は昔見た映画を思い出した。

 いかなる障害があろうと、損傷しようと、殺害対象者を追い続ける、未来から来た『T-何とか』というサイボーグを。

 あのサイボーグはプログラムだが、あの氷の精神を身に着けるのだ――

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