【某所/死刑囚収容所 農上他蚊尋】
「何故です! 我々は大統領の政策に賛同し、この乱世の浄化をお手伝いしている身! 『褒めろ』とは言いません! しかし、死刑はあんまりです! 感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはありません!」
農上他蚊尋は机を叩いて抗議した。
「大統領選でも、貴方の政策に感銘し同士を集め投票しました! ネット活動、デモ行進、そして町の浄化! 貴方の政策に何ら反しない強力な後押しだったハズ!」
農上の絶叫で唾が飛びでアクリル板が汚れる。
大統領も、いつもは『のらりくらり』と死刑囚を逆撫でして対応する。
これは真意をあぶりだす話術でもあるのだが、この農上相手には、大統領も青筋立てて怒りを隠さなかった。
「投票してくれたのは感謝しましょう。しかし! 貴方達の支援活動は、ハッキリいって迷惑極まりない! 私の政策に反しない!? 馬鹿を言うな!」
北南崎も机を叩いて反論する。
どこの世界にも拡大解釈したり、説明を勝手に飛躍したりと、予測不能、コントロール不能の人間がいる。
特に世情が不安定になると、皆、チョットした事で暴走してしまう。
例えば、災害が起きれば防災用品を買い漁る――のは普通の人。
真の『狂人』はこの程度ではない。
これが『演出的狂人』なら迷惑だがまだマシ。
しかし世の中には、自分を『正常と思い込む狂人』という
ニュースに出てくる者など氷山の一角も一角で、Y○utubeで積極的に不安を煽るのもまだ一角、真の狂人は秘密結社の如く組織を作る。
世情の不安定からか農上らは秘密結社をつくり、同志賛同者を集め決起を起こした。
「何をいうのです!? Y○utubeで散々大統領の政策の意味を愚民共に解説したじゃありませんか!!」
農上らは、Y○utubeでT島とC共和国の紛争を、日本の武力介入での解決を訴え、流行り病をC共和国の陰謀だと喧伝し接種妨害をしたり、前大統領の暗殺を仕掛けたりと、危険な方向に先鋭化していった。
迷惑な事に『これが北南崎大統領閣下の真の御意思だ!』と鬼気迫る迫真の演説をした。
こんな信じる方が難題な動画なのに、驚いた事に再生数はかなりの数に上っていた。
「あぁ。あのC共和国との戦争や、新型インフルエンザワクチンの政府陰謀論ですね? 暗殺も貴方の組織の人間だとか?」
農上の組織は『天下布武Q』と名乗り、恐ろしい事に、一定の賛同者を集め、馬鹿にならない勢力に発展していた。
「そうです! 動かない前大統領を排除して貴方の助けになるように頑張りました!」
「T島とC共和国に武力介入しては、それこそ第三次世界大戦です! それにワクチンについても接種の邪魔をしてくれましたね? あれは君達が襲撃した
頭が痛い――
北南崎は、病気以外で頭痛を発症したのは初めの経験で驚いていた。
「何をどう捉えたらそうなるのです!? ちゃンと国語を学びました!? 馬鹿な陰謀論を振り回してくれましたねぇ!? お陰で『扇動』も死刑判定にすれば良かったと後悔していますよ!」
「馬鹿!? 後悔!? 我らの忠節を疑いで!?」
「忠節!? これ程迷惑な忠節は歴史上に存在しないでしょう! 確かに前大統領とは政治的に対立しましたが、ワクチンも紛争未介入も間違っていない! 私もその路線は継承している! 私が新規に立ち上げた政策は『仇討ち法』による世の中の浄化!」
「だから、それをお手伝いしたのです!!」
「殺人の権利は裁判所が認めるモノであって、勝手に行使する権利は無い!」
「つまり、権利が発生する条件を満たせば良いのでしょう!?」
(だめだ! 話が通じない!)
北南崎はボタンを押した。
押すと、外部の刑務官が入室する仕組みになっている。
「連れて行ってください」
「はッ!」
「だ、大統領! 今こそ日本が世界を……!」
日本人に日本語が通じない貴重な体験をした北南崎は、次の死刑囚を呼んだ。
【死刑囚収容所/沓名夜酢拾、佐野唇耳、杉浦賭藻丈】
北南崎大統領は、沓名夜酢拾、佐野唇耳、杉浦賭藻丈らを順番に読んで、問答をした。
(問答ってなンでしたっけ? 言葉のキャッチボール? 言葉のドッヂボール? こンなに言葉がぶつからないとは! 言葉がすり抜ける! 言葉がもの凄い変化球でどっかに飛ンでいく! 政治家も質問に対して濁した対応をする者が多いですが、これはレベルが違う! YESかNOかの選択でも異次元の答えが返ってくる!)
農上以外の沓名、佐野、杉浦も、程度の差はあれこそ、話が通じなかった。
そこで北南崎は別の話に切り替えた。
農上は最初から話が通じなかったので聞けなかったが、彼らは群れてこそ大きな態度でいられるが、個人に隔離してしまえば、
そこで、3人個別に同じ事を聞いた。
「貴方達が自分達なりに考え、世界を良くしようとしているのは理解しました」
大統領は、彼らに一定の評価をした――のは演技だ。
話している内に気が付いたのだが、主張に対し賛同する方面の回答をすると、話が嚙み合いだす事に。
「山下家、林家、丹羽家を燃やしたのは何か理由があるのですか? 特に今回巻き添え焼死した人々は何の罪も犯していないのです。そういう方々を助けてこその『天下布武Q』の理念ではないのですか?」
北南崎は『天下布武Q』の理念など1mmも理解していないが、なるべく寄り添った形で聞いてみた。
『政府の生活保護費を少しでも削減して、大統領に貢献できればと思いました』
沓名が涙を流し、道半ばで終わってしまったことを謝罪した。
『汚物は焼却処分すべきです。あの周囲一帯を延焼させられなかったのは申し訳ありません』
佐野が涙を流し、まだ焼却していない連中がいる事を詫び、謝罪した。
『ブロークンウィンドウ理論と同じです。その活動が途切れ申し訳ありません』
杉浦が涙を流し、落書きが一掃できていない事を謝罪した。
ブロークンウィンドウ理論――
どこか窓が割れていると、他の窓も割れてしまう理論の総称である。
これを応用し、A合衆国のN州は落書きを一掃し、犯罪率を激減させた。
要するに、整っていない箇所があると、そこから崩れていき、つまり犯罪に繋がるのだ。
彼らは、それを人間に応用したに過ぎないのだ。
それぞれ違う答えが返ってきたが、行きつくところは『人間に対するブロークンウィンドウ理論』だった。
ここで北南崎は天下布武Qなる組織の理念をやっと理解した。
(選民思想か! 仇討ち法をそう解釈しているのか!)
仇討ち法はあくまで、被害者が死刑囚に恨みを晴らす制度。
だが、それ以前の『死刑』の段階で自動的に『選民』は済んでいる。
生きるに値しないという選民が。
北南崎は生い立ちで選民するつもりはない。
過ちのレベルで選民をするのだ。
悪い事をした人間に対する罰の一種。
ただし、いかなる悪人でも、逮捕、取り調べ、裁判、弁護を受ける権利がある。
しかし彼らは、それを短縮し彼らにとって犯罪予備軍を、司法を無視して独自に処刑しだしたのだ。
(山下家、林家、丹羽家で止められたのは運が良かったのでしょうねぇ。……いや、残党はまだまだ居るでしょう。これは困りましたねぇ)
北南崎大統領は机に肘を付き、握った手に顎を乗せ瞑想するのであった――