【最高裁判所】
最高裁判所の裁判官、
今から下す判決は、どれだけ情状酌量の余地を考慮しても死刑しかない。
(あぁ……良かった)
不謹慎にも、白州御は安堵してしまった。
この国は死刑に異議を唱える事の出来る国。
死刑囚の処刑を国に任すのではなく、己の手で行う事の出来る、世界中で絶賛
白州御は運が良いのか悪いのか、法の施行後2例ある『死刑』が『仇討ち法』になってしまった裁判当事者。
勿論『なってしまった』と言っても、白州御には何の判断ミスも無い。
どう考えても死刑相当の罪人であるし、仇討ち法は、被害者側が要求する権利で、最高裁判官である白州御には止める権利も無い。
被害者が要求するなら、粛々と要求を認め、大統領に報告するのが手筈である。
(被害者親族の77歳の車椅子の老婆。いくら何でも、コレでは仇討ちを望むまい。いや、望んだとて、どうやって車椅子の老婆に90%の勝利を約束する? まぁ方法は大統領が考え出すんだろうが、そもそも恨みはともかく、闘争心を抱える老婆には見えない。大丈夫だ。絶対に!)
白州御は自分に言い聞かせた。
これで老婆が仇討ちを望めば3例目を担当する。
3例中3例を引き当てるなど、運が悪いにも程がある確率だ。
(よし! いくぞ!)
「主文 被告人 農上
白州御は、加害者の名前と死刑の宣告をしながら、被害者親族の老婆、木下
「ひ、被告らの事情に汲むべき点は全くなく、放火殺人の残虐非道な犯行と、身勝手な私刑の動機に酌量の余地は無く、しかも何ら関係の無かった無実の一般市民まで焼殺したのは言語道断。一審からの判決を支持し死刑を止むを得ないと判断する」
彼ら7名は、仇討ち法が施行されて以降、加害者の家を放火して回っていた。
山下頌痔が決闘の場として戦った場所は、山下家の焼け跡だった。
丹羽 刺嫌、林世死飽、斎藤詐利が戦っていた場所は南蛮武家所有の竹林で事件現場ではないし、放火できるセキリュティでもないが、そのかわり勝負の決着と同時に丹羽家、林家が放火にあった。
ただし、斎藤家は南蛮武家に連なる家なのでセキュリティが厳しく、犯行が見つかりこうして捕まったのだが、林家は一家心中しているので、人的被害は無いが、丹羽家はオンボロアパートに、丹羽の両親とアパートの住人の計8人が焼死した。
年齢層も子供から大人、老人まで満遍なくだ。
たまたま、病院へ行く為に外出していた木下梅夜だけが運よく生き残ったが、彼女の家族は娘と孫が焼死した。
【過去/木下家】
『お母さんごめんなさい』
『いいのよ。熱が出ちゃったんじゃ仕方ないわ。一人で行くのもいい運動よ』
娘の謝罪に梅夜は笑って答えた。
いつもは、娘が病院への付き添っていたのだが、たまたま孫が熱を出してしまい、これが最後の会話となった。
老婆一人の外出が、運命を変え生き残ってしまった。
苦労して家に戻る頃には、何かキナ臭い、阪神淡路大震災で一生分嗅いだ、悪臭、つまり、何かが焼ける臭い。
それがアパートに近づく程に強くなる。
梅夜は杖を突きながら懸命に歩いた。
向かう方面には火柱が上がっている。
猛烈な嫌な予感が、更なる嫌な予感を呼び寄せる。
現場には到着できなかった。
消防車とやじ馬だらけで、人をかき分ける事は出来なかった。
仮に辿り着いたとしても、燃え盛る業火と消防隊員の活動で近づけなかっただろう。
梅夜は泣いた。
枯れ木の様な老体から、そんなに涙が溢れ出るのかと自分でも驚く位に泣いた。
その後はよく覚えていないが、政府の用意した、避難住宅で暮らす内に、車椅子生活になってしまった。
だが、そこに衝撃のニュースが飛び込んで来た。
放火である事、丹羽家への制裁である事、犯行集団が、北南崎大統領を信奉するカルト過激集団である事――
『失火ではなく殺された!? 丹羽の巻き添えで!?』
丹羽家の悪評はアパートの名物で喧嘩ばかりの親に、半グレ同然の子。
『我が組織による加害者への天誅である!』
『……は? 私たちは無関係でしょう!?』
木下梅代は間違いなく無関係。
殺される言われはない。
だが、リーダーの農上はカメラに向かって言い放った。
『こんな底辺アパートに住む人間なんて浮浪者と同じだッ! この国の癌だッ! 殺してもらった事をありがたいと思うんだな!! ハハハハハッ!!』
ニュースに流れる加害者の居直りに梅夜は驚愕する。
長い人生何度も驚愕してきたが、阪神淡路大震災以上の驚愕をするとは思わなかった。
『……殺してやる!!』
梅夜は被害者家族として、その後の裁判に出席し、この最高裁判所も出席した。
白州御の死刑判決に拳を握るのは当然であった。
また、その拳を見てしまった白州御が驚くのも当然であった。
【現在/最高裁判所】
「……!! (まさか!?)」
白州御は嫌な予感が止まらない。
(何故だ!? 何故拳を握る!? ガッツポーズ!? 死刑判決だから!? それとも……!?)
「い、以上の様に、当裁判として死刑を決定しましたが、異論はありますか?」
白州御は梅夜に尋ねた。
白州御の喉ぼとけが上下する。
「あります!」
梅夜は力強く断言した。
77歳の老人の声とは思えぬ若々しい声。
怒りと憎悪で若返ったとしか思えない声だ。
「ほ、本当に宜しいのですか……? 私が認定したら、もう覆りませんよ? 7人相手に戦うのですか!?」
裁判長は前回、前々回の決闘を現地で見ていた1人。
被害者が希望するなら、認定するのが決まりだが、前回と一緒で、また翻意を促してしまった。
認めれば、老女1人対男女7人の決闘となるのだ。
前々回はの戦いは両者中年とは言え、機転を利かした山下の予想外の攻撃を、加藤が何とか退け負傷しながらも勝った。
前回の戦いは、若い金鉄銅が、凄まじい戦闘能力と才能を開花させ、圧倒的な実力で3人を葬り去った。
しかし、木下梅夜は老婆だ。
77歳の車椅子生活者だ。
どんなハンデが与えられるかは不明だが、今度こそ、被害者が殺される決闘になるだろう。
「構いません!」
梅夜は断言した。
(死なば諸共なのか? 一矢でも報いるつもりなのか? 待てば国が処刑すると言うのに!?)
もう白州御は訳が分からなかった。
「とはいえ、流石に7人相手には出来ませんので『助太刀』を申請します」
(あっ。成程、そうきたか。それならば……)
助太刀――
文字通り一緒に戦う同志で、戦国時代までの習わし。
いわゆる助っ人だ。
戦力に差がありすぎる時に、助太刀が認められていた。
現代に仇討ち法を施行するにあたり、『助太刀』についても制定された。
殺したいが、一人では勝てない戦力差を埋める為の処置である。
この助太刀は、相手の人数に対し、足りない分だけ人を用意できる。
この人選は自由で、親族などの制限は無い。
今回で言えば最大7対7の勝負となる。
ただし、死ぬ可能性のある決闘に6人もの助っ人が来るかどうかは不明だ。
仮に全員揃って7体7になった場合。
(それならば……全員が相討ちなら14人の死者が出る!?)
大惨事の現場となろう。
木下梅夜にはもう親族は居ない。
善意で命を捨ててくれる人を募るしか無いのだ。
「わ、分かりました。被害者より異論が出ましたので死刑を棄却し、『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』及び『助太刀』の適用を認めます!」
白州御はそれだけ言って、精魂尽き果て机に突っ伏した――