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第31話 国連総会 北南崎桜太郎&馬琉麒 麟毘②

【A国N州/国際連合総会ホール】


 大統領の一喝が効いたのか、ホールが無人の如く静まり返った。


「ここ10年で構いません! 犯罪者を捕まえる時、射殺しなかった国はありますか!?」


「北南崎大統領……あの……」


 議長が興奮する北南崎をなだめる。


「死刑は無くとも暗殺しなかった国はありますか!? それなら話は聞きましょう! こんな状況を表すに良い言葉がありますよね? 『罪のない者だけが石を投げよ』でしたっけ?」


 北南崎は議長の言葉をも振り切って全員に尋ねた。

 最後の『でしたっけ?』などは疑問に思う事も無く知っている。


『無いとは言わせない』


 そんな脅しが籠った言葉だった。

 しかも『罪のない者だけが石を投げよ』とは皮肉が効きすぎている。


 これは石打死刑を宣告された女性に群衆が石を投げようとするが、1人の男がこう言った。


『今まで罪を犯した事の無い者だけが石を投げなさい』


 かの有名なイエス・キリストが言った言葉とされ『誰も人を裁く権利を持たない』との意味を持つ。

 とは言え、現在では裁判所の無い世界などあり得ないが、それにしたって、仇討ち法を掲げる日本にこの言葉をいわれては、各国大使も絶句するか、開いた口が塞がらない。


「……ッ!!」


 その言葉に、静まり返っていたホールが更に物音ひとつしなくなる。

 呼吸の音さえ聞こえない。

 皆、呼吸を忘れ、北南崎に飲まれていた。


(そうきたか……!)


(痛い所を突きよるわ!)


(制御の効かない末端の行動はな……)


 北南崎は各国の痛い所をついた。


 例えばA国は、些細な犯罪で、しかも黒人だからという理由で過剰な警戒をして、警官が射殺を繰り返す。

 R国では政治の敵が都合の良い時に、実に不思議な事に偶然死んでいく。

 他にも麻薬工場壊滅作戦では、戦場の如き銃弾が飛び交い、両陣営死者がでる。

 他の国もトリガーは異常に軽い。


 要するに、死刑は無いが、裁判するまでもなく犯罪者や政敵が死んでいくのだ。


「わが国では、犯罪者を現行犯殺害にした事は昔から少ない。そして、私が大統領になってからはゼロです。どんな犯罪者であろうとも裁判にかけた上での死刑です。裁判に掛けずに死なすなど論外の行動!」


 どんな犯罪者でも、大犯罪組織であっても、必ず裁判の場に引きずり出す。

 それこそ北南崎大統領が目指し、実現させた日本の新しい姿。


 裁判をしないなど、全容解明の拒否も同然。

 解明ができないから学べない。

 だから何度でも同じような犯罪が後を絶たない。


「……」


 議会は一斉に黙ってしまった。

 自分の国での思い当たる節があり過ぎたのだ。


「おや? 生命反応が無くなりましたかな? フフフ。議長?」


「は? は、はい!」


 完全に虚を突かれた議長は、声を引っ繰り返しながら答えた。


「私も何がなんでも意見を聞かない訳ではありません。死刑反対? 結構な事です。故に提案があります」


「ど、どう言う事でしょう?」


 さっきと言っている事を逆転させる北南崎の意図が分からない。

 議長は、この新参大統領が、百戦錬磨の論客と認識し、警戒を最大級に高める。


「今、A合衆国・UK国・F国・R連邦・C共和国・そして我が国。これらの国々には強力な拒否権がある。しかし、これらの国が拒否権を放棄するなら、日本は真っ先に放棄します」


 突如、死刑の話から拒否権の話に移り変わり、議長も各国の代表も話についていけない。


「な、何が言いたいのです?」


「せっかくの国連です。死刑を反対するなら地球人類の規則として、定めればよろしい。拒否権が消滅すれば、わが国でも止める術はありません」


「そ、それは議論のすり替えです!」


 死刑についての話が拒否権についての話になっている。

 まごう事なきすり替えだ。


「いいえ! 同じです! こんな拒否権があるから世界は狂う! 第三次世界大戦が間近なのは、ここにいる皆さんは肌で感じているでしょう!?」


 いつもフザケタ態度で、見る人を苛立だせる北南崎が真剣に怒鳴った。

 一喝と言うにはあまりにも強力な、音波兵器の如く戦略的音声だ。


「故に、我が国から提案したい。拒否権を持つ国への拒否権放棄案。これを議題にかけ採決を取りたいのです!」


「そ、それは……! いきなり採決を取る様な乱暴な議会運営はできません! 少なくとも各国で持ち帰り話し合いの場を持たねば!」


 議長も拒否権の弊害は理解している。

 拒否権のお陰で、何度も空しい否決宣言を下してきた。

 だからこそ、慎重にするべきだと考えたのだ。


「わかりました。それも最もです。しかし、それならば今のままでの国連制度で、我が国の法をとやかく言われる筋合いはありません。これは日本国民伝統の『殺人の権利』なのです。とやかく言いたいなら、拒否権を放棄なさい。話はそれからです」


 言いたい事を言うだけ言って北南崎大統領は座った。

 結局大統領の迫力に押され、これ以上の議論は進まなかった。

 他にも、日本の技術が頼みの国も多く、弱みもあり何も言えなかった。

 北南崎は『力』を行使して、初見参にして、存在感を存分に示したのであった。


「日本は本当に邪魔な国なのに必要な国なのが憎たらしい……。しかし北南崎? どこかで見た事があるか?」


 とある大国の全権大使が呟いた――



【A国N州/国際連合本部 外部】


「大統領……!! やってくれましたね!?」


 馬琉麒ばるき 麟毘りんびが、血管を浮き上がらせながら、大統領の脇腹を殴った。


「えぇ。やってやりまし……い、痛いですよ!?」


 大統領の腹筋を貫くパンチに馬琉麒の怒り具合が良く伝わる。


「よりによって拒否権を人質にとるとは!! 今後の私の胃がどうなっても構わないのですか!?」


 馬琉麒は今後の国連で、事ある毎に総攻撃に会うだろう。

 それを思えば、2、3発は殴っておかなければ気が済まない。


「だ、大丈夫ですよ。君ほど肝の据わった知人を私は知りません。存分に国連で存在感をアピールして、拒否権を持つ国に飴と鞭で懐柔し、あるいは脅迫し、脅してスカして、傲慢に、下手に……痛い! と、とにかく! 百面相の貴方にしかできない仕事ですよ」


「クソ! 畜生め! やりゃあ良いんでしょう!? やりゃあ!?」


「そうです。やりゃあ良いのでゲフッ……!」


 馬琉麒が繰り出す渾身の正拳中段突きが北南崎の背中に突き刺さった。


「Oh! Fuckin  Crazy……!!」


 偶然その場を目撃した国連大使は、先ほど議事堂で大演説をブチかました大統領をブン殴る馬琉麒に恐れおののくのであった――

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