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第28話 撤収作業と事件発生

【南蛮武家敷地竹林/決闘場 北南崎桜太郎】


「さ、では撤収作業……の前に、金鉄銅さン」


「え!? は、はい? 何でしょう!?」


 北南崎がマイクを使って呼びかけた。

 驚いた金鉄銅が肩を震わせて反応する。


「これから撤収作業に入りますが、まずは金鉄銅さンに武装解除してもらわなければなりませン」


「ぶそうかい……武装解除……あっ」


 金鉄銅は何かに気が付き、アタフタとしだした。


「落ち着いて。今、貴女は殺人の権利を執行しました。その精神は、正常に見えても乱れ狂っているかもしれませン。我々は興奮のあまり突如、意図しない行動を取ってしまったり、狂ってしまった僚友を何人も見ています。……紫白眼君」


 北南崎が紫白眼にマイクを渡した。


「はい。まずはマガジンを抜いて、チャンバー内の残弾を輩出してくれる?」


 紫白眼が武装解除の手順を説明する。

 勿論、そんな事は何度も訓練でやってきたが、仇討ちを果たした今、興奮と憎悪の残滓が、金鉄銅の精神を乱していた。

 それを和らげ、落ち着かせる為に、絶対に手順を間違えない為に、紫白眼が柔らかな声で指示をする。


「は、はい……!」


 さっき迄、悪魔の戦闘力で戦っていたとは思えない豹変ぶりだった。

 金鉄銅は、今や自分がやった事を思い出し、全身が震えていた。

 うっかり引き金を引いてしまいそうだ。


「次。銃を投げて。ナイフもスタンガンも催涙スプレーも。タクティカルジャケットも脱いで放り投げてくれる?」


「は、はい……!」


 金鉄銅は言われるまま、銃を処理し、奪った武器類も放り投げるが、ベストだけがどうしても脱げなかった。

 手が震えて、上手く動かせないのだ。


「まぁ、ここまで武装解除すれば安全でしょう。朱瀞夢軍曹、手伝ってあげて」


「はッ!」


 朱瀞夢銃理が闘技場に入り、今や全身が痙攣しているのに、妙なバランス感覚で立っている金鉄銅の所に歩み寄ると、抱きしめた。

 落ち着かせるためだ。


「良くやった。見事だったよ!」


「朱瀞夢軍曹!」


 殺気と緊張と混乱の糸が一気にブツリと切れたのか、金鉄銅は目に涙を貯めていた。

 しかし、そんな状態にも気が付いていないだろう。


「ベストを脱がすぞ?」


「は、はい」


 朱瀞夢が手慣れた手順でベストを脱がすと、そこには借りた軍服に身を包んだ一般女性が立っていただけになった。


「では、機動隊の皆さン。撤収作業を!」


 北南崎が号令をかけると、機動隊が一斉に動き出した。


 それを見届けて、大統領の号令の下、竹林に設立された防弾ガラスの囲いが撤去される。

 一方、勝者の金鉄銅銀音の下には、紫白眼魎狐副大統領も歩み寄る。


 慎重に慎重を重ねた対応だった。


 前回の勝者である加藤の場合は、刀は折れていたので危険度は低いが、銃を持った金鉄銅は別だった。

 今回は運悪く最悪の銃を引き当てたが、完璧な整備を行った銃なら、かなりの命中精度を誇り、7mでのペイント弾訓練では、歴戦の機動隊と互角に戦った。

 格闘術もそれなりに習得し、金鉄銅は猛者へと成長していたのだ。


 武装解除を見届け、金鉄銅の所に歩み寄った紫白眼が語り掛けた。


「さて。約束通り合格です」


 紫白眼が、金鉄銅に向けて言った。


「私専属のSPとして採用します」


「ありがとうございます!」


 そう言って、訓練が始まって以来、どんなに辛く苦しくても流さなかった涙が溢れた。

 目に涙が溜まっていたので流れ落ちるのが早いのは当然だが、強姦の被害者として、会社も辞め、裁判で戦い、全て今回の訓練につぎ込んだ上で、本当に殺し合った。

 素質があったのかメキメキ成長する金鉄銅に、紫白眼が提案していたのだ。


『もし決闘に勝ったら、私専属のSPにならない? 女のSPって貴重なのよ』


『是非!』


 被害にあってしまったのは、もう覆らない。

 それよりも未来だ。

 自分の真の才能も知った。

 紫白眼の提案を、断る理由は無かった。



【南蛮武家敷地竹林/決闘場 南蛮武葬兵】


「南蛮武先生。これで良かったですか?」


「良くはない」


 車椅子の南蛮武はピシャリと言った。


「心変わりですか?」


「違うよ。こんな決闘など起きない世であればよかったに、と思っただけじゃ」


 可愛い曾孫が無残にも肉塊に変えられた。

 それに異論は無い。

 それだけの罪を犯したのだから。

 だが、当初は激怒したものの、決闘が終われば虚しさが飛来する。

 自分の発破から発展した絶望の世界だ。


「斎藤君の両親が、遺体を動物の餌にすると言っていましたが……」


「分かっとるよ。いかに罪人でも死ねば仏。ちゃんと火葬して無縁仏として納骨する」


 虚しさを感じ火葬にはするも、決して南蛮武家一族の墓には入れない。

 そこは一定のラインがあった。

 動物の餌にせず、火葬して名前のない遺骨として納骨される。

 上級国民故に自らの一族にはひと際厳しい制約を課していた南蛮武だったが、曾孫との思い出の分だけ慈悲を見せた。


「熊の餌にでもなってしまったら、人里を襲うかもしれしの。病気を呼び込んでも困る」


 慈悲は確かにあったが、本当に極わずか。

 もっと現実的な理由での火葬であり、塵の如き慈悲であった。


「所で北南崎君。金鉄銅君の再就職先は決まっておるか? 我が一族の掛けた迷惑じゃ。せめてそれ位はしてやらねば申し訳がたたぬ」


「安心してください。紫白眼副大統領が、専属のSPとして雇いました」


「成程。それはいい。たった数か月であの戦闘力。女性というのも紫白眼君にとっては親しみやすかろう。他にも便宜が必要なら言ってくれ。一族総出で詫びなければならぬからな」


「ありがとうございます。伝えておきますが、その言葉だけで大丈夫だと思いますよ」


 南蛮武は護衛に車椅子を押され、屋敷に戻っていった。

 防弾ガラスが撤去された竹林は、いまだ血の匂いが漂うが、何れ雨風に流され地面に吸われ竹の養分となるであろう。

 こうして仇討ち法適用第二号の決闘が無事に終わった。



【大統領専用車両/北南崎、紫白眼】


 大坂都の大統領官邸に帰還する途中であった。


《大統領、副大統領、お耳に入れたき事が》


 助手席に座る菅愚漣が、防音ガラスで仕切られた後部座席にスピーカーで話しかけた。


「何でしょう?」


 応答ボタンを押した北南崎が返答する。


《良い報告と悪い報告があります》


「どちらが聞きたい? と言う奴ですか? フフフ。聞くなら悪い方からにしましょうか」


 映画でよくある、パターンのやり取りだ。

 悪い方を先に聞いておけばダメージは少ない――のは錯覚だろうか。


《今回の加害者側の決闘者である、丹羽と林の家が放火に会い全焼しました》


「ッ!?」


「放火……大統領、これは!?」


 紫白眼には放火に心当たりがあった。

 その心当たりから、その可能性を考えた。


「紫白眼君の予想は当たっているでしょうが、続きを聞きましょう」


《林家は一家心中していますので人的被害はありませんが、丹羽家は丹羽の両親と同じアパートの住人6人の合計8人が焼死したとの事です》


 丹羽の家は、絵に書いた様なオンボロアパートだ。

 全ての郵便ポストにチラシと督促状が溢れる、地震一発で倒壊間違いなしのアパート。

 2階建ての4部屋×2の8部屋だが満室ではなく、丹羽家含めた1階の住人が3人、2階に住んでいた5人が焼死した。


「想像以上に悪いですね。……それで良い方は?」


 これが悪い報告では、良い報告は、相当の報告でないと釣り合わない。


《犯人は捕まりました。斎藤家のセキュリティに引っ掛かった模様です。また、どうやら山下家の放火もこの一味が犯人らしいとの事です》


 良い悪いが奇跡的に釣り合った――のだろうか?

 だが山下家に関与していて放火犯を捕らえたなら、不幸中の幸いだ。

 南蛮武一族の斎藤家のセキュリティは完全完璧で、不審者は最新AIで完全解析されるのが幸いした。 


「そうですか。加害者側を狙った犯行ですか。ん? 一味? 複数人って事ですか?」


 紫白眼が『一味』との言葉に引っ掛かり聞き返す。


《はい。まだ全ての事情聴取は終わっていませんが、男女合わせて既に6人が捕まりました》


「6人!?」


《まだ増える可能性がありますが、現時点の情報を端末に送ります》


 菅愚漣の操作で、後部座席のスクリーンに犯人たちが並ぶ。


「いかが致します?」


 紫白眼が一応聞いた。


「いかに我々でも裁判に介入する権利はありませンからね。裁判に対しては何もしませンが、この場合は特殊ですからね。いつものトレーニングの負荷を増しておきましょうか。いずれにしても、最高裁次第です」


「当分先ですね。その前に来月から国際連合総会などもありますね」


「えぇ。金鉄銅君も鍛えておいて下さいね」


「了解しました」


 放火犯については頭が痛い出来事だが、捕まったのならまだいい。

 それよりも問題は国際連合総会だ。

 ここに北南崎大統領は出席予定で、そっちの方が荒れそうな気配を感じさせていた――

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