【大坂都/南蛮武家敷地竹林 丹羽 斗刺嫌、林 世死飽、斎藤 詐利】
斎藤が可能な限り小さい声で叫んで、丹羽と林を呼んだ。
そこは竹の密集地。
隙間はあるが何とか3人体が隠せる余地がある。
「テメェ!? 俺を呼びつけるとはなんだ!?」
「早くしないと殺されるよ!?」
丹羽が仲間のボスらしく憤慨し、林は臆病さ丸出しで、しかし、覚悟は済んでいるのか殺人に躊躇は無かった。
「黙れ! 黙ってオレの言う事を聞け!」
「ッ!?」
2人は斎藤の変貌ぶりに驚いた。
「あの銃は命中率が最悪だ! だからマガジン7本なんて大量の予備弾があるんだ! あのルーレットは、たぶん弾が少ない程精度が良くて、多いほど悪い!」
「な、何でそんな事が言い切れるの!?」
「そ、そうだ! 下らん理由だったらこの場でぶっ殺すぞ!?」
「うるせぇッ! 馬鹿は馬鹿らしく黙って聞け!!」
斎藤が感情むき出しで小さく怒鳴る。
その様子に2人は改めて驚く。
普段の生活では、斎藤は目立たず2人を操って来ただけに、この声と命令は、性格が豹変した様に見える。
「さっき奴は銃口を覗いた! それはつまり、銃に異常を感じたんだ! 何の異常かは知らん! だが、銃口を除くなんて真似は余程の異常事態だ!」
「な、何で、そんな事が分かるんだ!?」
「そ、そうだよ!」
「何度も言わせるな……! いいか? 黙れ! ウチにも同じ銃があるんだよ!!」
「ッ!!」
斎藤家、と言うよりは南蛮武家には銃がある。
斎藤は何度か南蛮武の家で試し撃ちをした事があるのだ。
なお、これは違法ではない。
この国では銃の所持が認められている。
しかし、どんなに不良品であろうとも滅茶苦茶厳しい規制と、強烈高額な税金が掛かる、上級国民の中でも選ばれし超上級国民しか、持つ事も維持も許されない。
法的には、銃にはGPSが常に付けられ、敷地外への持ち出しは、いかなる場合も禁止である。
一歩でも持って外へ出たら、最低懲役20年の上に、超高額罰金と永久銃所持免許剥奪となる。
ちなみに密輸等の違法所持は無期懲役刑である。
税金は、今回の金鉄銅が持つ銃で年間1億円の税金で、弾丸購入代金は税金込みで1発100万円。
なお販売所は政府のみで、登録や記録含め厳重に管理されている。
もちろん、警察やハンターなど仕事で持つ銃は別扱いだが、娯楽で持つ銃は超金持ちしか扱えない。
アサルトライフルやスナイパーライフルなど強力で危険な銃は、文字通り目が飛び出る税金だが、それが税収の助けになる当たり、相当に格差が広がっている世界なのだ。
「もう一度言う! アイツは銃口を覗いた! つまり狙い通りに着弾しなかったんだ! さっきの銃撃はオレ達を狙ったんじゃなくて、ゼロイン確認だ!」
ゼロイン、即ち『ゼローイング』とは、銃に取り付けたスコープの調整の事を言うのだが、斎藤はその間違いを知りつつ、とにかく2人を納得させる為にウソの知識で黙らせる。
先の金鉄同の射撃は、命中精度の確認という意味では、スコープが無くともゼローイングでもそこまで間違った言葉ではない。
とにかく間違っていても、この命を賭けた戦場では、説得力がある言葉を言った者の勝ちだ。
「丹羽! 林! 武器の交換だ! 一番運動神経の良い丹羽がナイフと俺の催涙スプレー! 一番小柄な林がスタンガン! 俺は素手だ、いや、この落ちている竹の棒だ! ちょっとナイフを貸せ!」
「あ、あぁ……」
斎藤は己の武器である催涙スプレーを丹羽に押し付けた。
その代わり引っ手繰ったナイフで竹の先端を削りながら喋った。
完全に上下関係がひっくり返っていた。
「昔本で読んだことがある。竹は銃弾を防ぐ最も簡素な盾だと。この丸みが弾丸を反らす! 竹束ってんだが説明する時間はない! 竹の密集地が左右に幾つか見える! 俺は左側、林はココ、丹羽は右側! 次の合図で散って隠れろ! 全員固まってたら、纏めて倒されるが、散れば生き残る可能性は上がる! あと、折れた竹があったらベルトに差し込め! 無いよりマシだろう!」
斎藤はナイフを丹羽に返した。
「これで一突きぐらいは行けるだろう。 よし……いくぞッ!」
斎藤の合図の下、丹羽と斎藤が同時に左右に散った。
金鉄銅は獲物が左右に散ったお陰で、射撃のチャンスを逃した。
一応、斎藤を狙おうとした様だが、とても当てられる距離では無い為、然程、残念には思っていなかった。
「ツッ!」
斎藤が太ももをさする。
背丈の低い竹に太ももが当たったが抉られなかっただけマシだろう。
穿いていた厚手のジーンズだけが抉れていた。
「……これが獲物の気持ちってか!」
今までは女性を獲物として狙ってきたが、今は立場が逆転している。
全身から冷や汗が出て震えが止まらないが、斎藤は抉れた箇所を手で叩いた。
怪我の確認もあるが、気合と、作戦開始の為の気合入れだ。
「ハハハ!! 金鉄銅ォッ! コレで俺達の勝ちだッ!」
斎藤は叫んだ。
「ッ!?」
斎藤の言葉に金鉄銅は動揺する。
銃の命中精度は悪いが、悪いなら悪いなりの戦い方も教育されている。
まだ90%の勝ちは揺るがない――と思っている。
(斎藤君は本当に悪事には頭の回転が速いですねぇ。南蛮武の血筋でしょうか? 40%ぐらいは勝てそうな状況ですねぇ)
北南崎大統領がそう感じたが、紫白眼も朱瀞夢も、南蛮武さえ同じ思いなのだろう。
金鉄銅が気が付いていない不利を感じ取っていた。
位置関係としては、闘技場の中央に金鉄銅、北に林、西に丹羽、東に斎藤といった位置関係だ。
「さっき俺達は武器を交換した! 誰が何を持っているかはもう分らんだろう!? 対応を誤れば一矢報いる事は出来るぜ!!」
斎藤の言葉に金鉄銅は惑わされる。
確かに斎藤達は武器を交換した。
だが、基本的には全員近接武器。
誰が何を持とうが関係無い――はずだ。
だが、斎藤は大胆な事に、己の武器を丹羽に託し、拾った竹を加工した竹槍を隠し持っている。
武器としては頼りないが、竹槍として1回殺人する分には、十分の中距離武器を手にしていた。
【南蛮武家敷地竹林/北南崎大統領】
(上手いプレッシャーのかけ方ですねぇ。まだ中学生で恐ろしい。金鉄銅君の動揺が手に取る様に、いや、見ただけで動揺が分かりますねぇ。あの構えは頂けません)
(ハイレディポジション!!)
(金鉄銅! その構えはダメだと散々教えただろう!!)
紫白眼と朱瀞夢が心中で叫ぶ。
金鉄銅は銃を両手で持ち、肘を曲げ顔の前で銃を待機させていた。
これを『
ハイとは『上』、レディとは『レディ、ゴー』の掛け声でお馴染みの『準備』の意味。
つまり頭の横の上側に銃が準備し構えているので『ハイレディポジション』だ。
映画やゲームでは主人公の顔の横に銃があると、迫力ある画やポスターができるが、銃で視界を遮ったり、障害物に引っ掛かったり、暴発で自傷したりで良くない構えとされる。
皮肉を込めて『
ただし、重力で銃を自然と下げられるので、負担は少なく持ちやすく、上部の敵に即時対応できるので何が何でもダメな構えでは無いが、やはりお勧めされていない。
逆に、銃を下げ、銃口を下に向けている状態を『
安全性と暴発での事故の少なさから主流の構えである。
そんな銃の構えであるが、金鉄銅は焦りからか銃の構え方を忘れ、ハイレディポジションで突っ立ってしまっていた。
ただし、状況次第な場合もあるので絶対にハイレディがNGな訳では無いが、少なくとも今はNGだと北南崎ら銃に詳しいものは同じ思いで見守っていた。
ハイレディポジションのお陰で、斎藤側の視界が銃で遮られていたのだ。
【南蛮武家敷地竹林/斎藤詐利】
(ハイレディポジション! バカめ! 銃で俺が隠れるいい位置だ! さぁもう少し前進しろ! 俺がこれだけ叫んでんだ! こっちに来るんじゃねえぞ!)
斎藤が作戦が上手く進んでいる事を確信する。
銃の知識を備えておいて心底良かったと安堵する。
こっちに来て欲しくないのは作戦の為の脅しで、大声で叫んで罠を匂わせ、更に丹羽と林を生贄に捧げているのもあるが、これが勝つ為の最上の策だと確信している。
(合図で飛び出し、一番近い林が死ぬ! 次に運動神経の良い丹羽が奴を殺れば良し、スプレーは試した感じ1mは噴霧される。例え撃たれたとしても、一回ぐらいは噴射するだろう。そこで目が潰れた所で、この竹やりで首を突き刺してやる!)
斎藤は勝ち筋を導き出し、邪悪に顔が歪む。
これだけでも勝率はかなりあるが、実は、自分だけが知るもう一つ裏の作戦があった。
(作戦Aに、秘策の作戦B! 勝った! じゃあ行くか……それッ!!)
斎藤は手近にあった石を上空に投げた。
その石が金鉄銅の背後に落下する――と同時に叫んだ。
「今だ! 行けッ!!」
斎藤の号令と共に、丹羽と林は飛び出して襲い掛かった――