【大坂都/南蛮武家敷地竹林 金鉄銅銀音】
北南崎の号令と共に金鉄銅が素早く動いた。
タクティカルベストからマガジンを取り出し、銃のグリップ下部に差し込み、スライドを鷲掴みに引いて初弾を装填し安全装置を解除。
その間、傾斜上の敵3人を、ずっと視界に収めていた。
目隠し楽器演奏者の様な余裕まで感じる所作であった。
だが、それだけでは無かった。
「美しい……見事じゃ!」
車椅子の南蛮武が感嘆の声を洩らした。
余りにも完璧な構えで目標物に向けて構える。
見ているだけで伝わる、無駄な力を感じさせない完璧な構え。
それでも紫白眼の足元には及ばないが、美術のモデルにはなれる位の美しさを感じる構えであった。
(5m程の目標物……!)
金鉄銅は傾斜を見上げて、素早く手頃な目標物を設定し、立て続けに3発発射した。
「伏せろ!!」
丹羽が狙われたと思って叫ぶが、そうでは無かった。
金鉄銅は5m程先の竹を狙ったのだ。
つまり着弾確認で、銃の精度を確認する為の試射である。
「ッ!! (この銃は!!)」
金鉄銅は紫白眼と朱瀞夢の指導を思い出した。
【過去/訓練場】
訓練場で紫白眼による銃の講座が行われていた。
撃つのも訓練だが、座学も叩き込んでこその戦略と勝率なのだ。
『いい? この銃の射程距離は飛ばそうと思えば100mでも飛ぶ。だけど、完璧な命中精度の銃で狙っても有効射程距離は約7m以下よ』
『えっ!? たったソレだけなんですか!? でもさっき10mの的で……!』
ついさっき試し打ちで、10mの的に対して射撃を行った。
確かに10mでは当たらず、己の下手さ加減に絶望を感じたが、紫白眼は『7m』を有効射程と言った。
『えぇ。もちろん動かない的で、こちらもしっかり余裕をもって構えて撃つなら、もっと射程は長いけど、実戦は自分も相手も動くのよ。こっちも相手も走り回って射撃で命中させられる距離が約7m。だけどその7mはプロの距離よ。プロならその範囲内に敵が入るのを嫌がるわ』
『そうだ! だが貴様の場合はもっと短い距離で、しかも銃の性能は本番まで分からん! 5m以下と考えておけ! 近づけば近づく程、命中率と危険度が上がる! 自分の間合いが大切なのだ!』
『はい! ……ちなみに、お2人の射程距離はどれぐらいですか?』
『いいわ。ペイント弾で実戦テストしてみましょう』
テストの結果、朱瀞夢は12mの距離で金鉄銅を仕留め、紫白眼に至っては20mで仕留めてきた。
金鉄銅に至っては5mの距離でも当てられない。
(プロが7m!? ならこの2人は何!? 化け物!?)
『今日は初日だ。落ち込むことは無い! これからミッチリ鍛えてやるさ!』
朱瀞夢がガハハと笑い、金鉄銅の背中をバシバシ叩いた――
【南蛮武家敷地竹林/金鉄銅銀音】
そんな訓練記憶が思い出されて撃った弾丸であるが、5m先の竹に当たらなかった。
プロレスラーの腕の様に太い竹。
金鉄銅は命中精度の良い銃なら5mの距離なら外さない。
そこまで鍛えられたのだ。
しかし撃った弾は、竹の30cm右側地面に一発、竹右側防弾ガラスに一発、竹左側50cmに一発と、まるで適当に乱射したかの様な乱れ具合だ。
丹羽、林、斎藤は一気に3人狙われたと思って伏せたのだが勘違いだ。
(これは命中精度極悪の銃ね!?)
外れるなら外れるで、全部同じ所に外れるなら軌道計算ができる。
だがこの銃はアッチコッチに飛んでいく。
狙って撃てないポンコツ銃だ。
(生き残ったら軍曹に怒られそうだけど仕方ない!!)
金鉄銅は禁を破って銃口を覗いた。
禁とは、チャンバーに弾が入っている状態での、銃口覗き込み行為だ。
暴発したらそれで死ぬ。
だが、確認せずにはいられなかったし、禁を破った甲斐はあった。
(ライフリングが……無い!?)
ライフリングとはバレル内側の斜めに刻まれる溝で、弾はこの溝に従って回転しながら発射される。
この回転がミソで、回転するからこそ、空気を切り裂き安定して真っすぐ飛ぶのだ。
だが、金鉄銅の銃にはライフリングが無かった。
つまりこの銃は、言うなれば、プロ野球の投手が投げるナックルボールだ。
投げた本人ですらどこに飛んでいくか分からないし、コントロールもできない魔球中の魔球。
だが、投げるには色々と恵まれていなければならない部分が多く、使い手も少ない故に、その投手の存在は実に厄介だ。
しかし、それは野球でバッターの空振りを誘うのに有効であって、こと今回の決闘では空振りを狙う為の銃ではない。
当たらなければ意味がない決闘なのだ。
ナックルの様に計算が出来ないでは困る。
(これは特注品ね……! 意地の悪い!)
10丁用意された中でも、最悪の特注品である、ライフリング未処理の銃。
金鉄銅は90%の確率を外し、最悪の銃を当てたのだった。
金鉄銅は射撃訓練だけでは無く、銃の整備から、組み立てはおろか、製造工程まで完璧に叩きこまれている。
銃は構造を把握してこその武器なのだ。
だからライフリングの無い異常性を理解できる。
(大統領!! 意地が悪いにも程がある!! ……だからマガジン5本なのね! 3発で気が付いたのは運が良かったのかしら!? もう! ライフリングを切りたい!!)
大当たりの銃はマガジン1本の7発。
そこで3発の試し打ちをしたら残り4発で3人を倒さなくてはならない。
無論、マガジン1本の銃を当てたなら試し撃ちは1発だけで済ましただろう。
残り32発。
金鉄銅は素早く戦略を考えるのであった。
【南蛮武家敷地竹林/丹羽 斗刺嫌、林 世死飽、斎藤 詐利】
金鉄銅の射撃が止むと斎藤が叫んだ。
「おい! この竹の密集地に集まれ!!」
何かを閃いた様子であった――