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第22話 戦闘教官 朱瀞夢銃理軍曹

【大坂都/首相官邸 屋外訓練場】


 副大統領の紫白眼魎狐ししろがんりょうこと犯罪被害者の金鉄銅銀音かねくろがねどうしろがね、それともう一人の迷彩服姿の軍人が、首相官邸の脇にある訓練場に集まっていた。


「紹介します。こちらは朱瀞夢軍曹よ。今回の勝負に向けて教育を担当してもらうわ」


朱瀞夢銃理しゅとろむじゅり軍曹です。よろしくお願いします」


「か、金鉄銅です。よろしくお願いします……」


 朱瀞夢軍曹は声で女と判別できるが、体格は男のプロレスラーと比較しても、遜色ない良い勝負をしそうな女軍曹だった。

 動物で例えるなら完全にゴリラ、いやモンスターだ。


 朱瀞夢が手を差し出した。

 握手だ。

 恐る恐る金鉄銅がその手を握り返すと、真っ先に思い浮かんだのは『巨大な岩』だった。


「貴女も感じた? 凄いでしょう? ちなみに彼女は徒手空拳の格闘術では、軍の中でも女性最強よ」


「は、はい! (でしょうね! 本当に人間!?)」


「あと、軍の中でも強さは五指に入るわ。男女混合でね」


「はい……えッ!? 男女合わせてですか!?」


「お褒めに頂き光栄です。副大統領閣下」


 一分の隙も無い敬礼で朱瀞夢が応えた。


「私も倒すべき目標なのだけど、この牙城は高いわねぇ……。19歳って若さも羨ましいわ……」


「……ッ!! (19歳!? 年下!?)」


 金鉄銅は辛うじて言葉を飲み込んだ。


「いえ! 副大統領に勝てるのは徒手空拳だけです。銃器や武器を使っては私も勝てません!」


「えっ……」


 紫白眼が見せた、先程の射撃訓練は驚愕の連続だった。

 どんなに精度の悪い銃でも、一回試射すれば誤差を修正してド真ん中に命中させる驚異の腕の持ち主だ。

 だが、素手はともかく、武器ありなら、この眼前のモンスターに勝てるとは、想像外だった。


「あ、あの、副大統領の銃の腕前と強さは分かりましたが、じゃあ大統領はどうなんですか?」


 率直な疑問だった。

 大統領は見た目からして羆同然の肉体だ。

 どうみても弱くは見えない。

 そんな思いを肯定する紫白眼の答えが返ってきた。


「軍最強よ」


「私は触れる事すら叶いませんでした」


 2人はアッサリと言い切った。

 まるで当然であるが如く。


「……ッ!? えっ? じ、じゃあ、副大統領の強さは?」


「総合力なら4位ね」


 このランキングは当然男女混合で、そこで総合力4位は女性最強の意味でもある。

 金鉄銅は、この国が改革途中なのは身をもって知る最中であるが、政治家の資質に強さが必要なのかと勘違いした。


「私も公務があるので、付きっ切りで教える事はできない。その代わり彼女が私の不在時には訓練してくれるわ。今日は初日だから合同で見るけど、決戦日までは交代で徹底的に鍛えます」


「楽しみですね」


「フフフ。そうね」


 不気味に笑う紫白眼と朱瀞夢を見て、金鉄銅は不安になる。


「じゃあ軍曹、トレーニングを任せます」


「ハッ! では始めましょう……。気を付けぃッ!!!!」


「ッ!?? はいぃッ!?」


 突如雷鳴の如く命令が叩きつけられ、金鉄銅は反射的に背筋を伸ばした。

 二重人格かと錯覚する豹変ぶりだが、これは二重人格と言うよりは軍人モードに切り替わったと言うべきだろう。


「ようし! 休め!」


「は、はい!」


 金鉄銅は学生の時以来の後ろ手に手を組んで、足を肩幅に広げた。


「口ごもるな! 『はい!』は切れ味良く! 言葉でチ○コを切り落とすつもりで返事をしろ!」


「えっ……チ○……あ、はいッ!」


「今のは見逃すが、これからは返事は『はい』のみだ! 良いか!」


「はいッ!」


「改めて私は朱瀞夢銃理軍曹! 貴様の担当教官だ! 強姦の被害にあったのには同じ女として同情する! 素人で女の身で死闘に掛ける思い! その根性は称賛に値する! その意気を買い徹底的に鍛え上げてやる!!」


「はいッ!」


「だが相手は成長期の男3人だ! 普通では勝ち目が無い! 例え銃を持っていても勝負にならん! その為にも貴様にはキリングマシーンになってもらう!! まずはランニング1Km!」


「はいッ! (キリングマシーン……?)」


「両手に1kgの重りと実銃を持ってな! 暴発しない様に弾は抜いておく!」


「はい……えっ……」


 手渡された重りの重量に、嫌な予感が増幅する。


「返事はハイだけだ! 何度も言わせるなクソッタレが!!」


「はいッ!!」


「理由を説明する! 貴様の扱う銃は約1kg! 武器は銃に限らず訓練では実物以上の重りを付ける! 例えばスポーツの野球でもマスコットバットという通常より重い訓練用のバットがある! 1kgの武器を使うのに、1kgの負荷では意味が無いのだ! 今は1kgだが、徐々に重くする! 左右1kgの重りに実銃を持ってランニングだ! まずは合計3kgもって走れ! 時間はかかっても良い! さぁ行け!」


「はい!」


 こうして金鉄銅の地獄の特訓が始まった。

 仇討ちなんてやめておけばよかったと何度も思う地獄の特訓が。


「……軍曹?」


「はッ!」


「一応聞くけど……私の訓練方法をマネしてる?」


「当然です!」


「口調も?」


「はい! それで私も戦士になれたのです! その御恩は忘れておりません!」


「……それは良かったわ(そんなに鬼教官だったかしら……? ちょっとショック……)」


 紫白眼も鬼教官に、朱瀞夢も紫白眼にしごかれて強さを身に着けた。

 持って生まれた才能もあったが、それを木っ端みじんに打ち砕く、アメリカ海軍式罵詈雑言の嵐で徹底的に新兵のプライドを壊す。

 マシーンにする為に。


 こうして、連日の訓練が行われた――


「こらぁッ! 5分も持たんとはどういうことだ! 金〇ついてんのか!?」


「ついてないであります!!」


 重りを付けた腕で銃を構えたままの姿勢で耐える。

 ただそれだけだが、コレが辛い。

 人間基本的にじっとしているのには不向きな生物だ。

 微妙に姿勢を変えて、体の疲れを逃がし、和らげるのだが、今は一切ソレが許されない訓練。


「口答えする元気があるなら構えんか!!」


 またある日――


「オラァッ!! 300mも走っておらんではないか!! 貴様、決闘で嬲り殺しに合いたいのか!?」


「嫌であります!!」


 手首の重り+ホルスター銃の重量+タクティカルベストには全てのポケットにマガジンが詰め込まれた上で、重量+10kgの土嚢を担いでのランニングだ。

 500m先に土嚢を持って走り、運んだ後に、別の土嚢をもってスタート地点に戻るだけの単純作業。

 単調で辛いので、とにかく苦しい。


(ナンデ、ワタシガ、コンンナニ、クルシマナケレバ、ナラナイ?)


 初日からずっと続く全身筋肉痛で地獄の痛みだが、決闘者に対する医療はVIP待遇なので、連日検査と治療とマッサージが受けられる。

 このマッサージは朱瀞夢軍曹が直々に行ってくれるのだが、憎い事に抜群に上手いのだ。

 この時だけは鬼教官ではなく、普通の女の子(?)として接してれる。


 このマッサージと世間話が楽しいのがまた悔しいが、この癒しのお陰で毎日の過酷な訓練にも頑張れた。

 だがどうしても理不尽な人生に戸惑い悩む。


(何デ私ガコンナニ苦シマナケレバナラナイ? 何デダ!?)


 その時、脳裏にふと顔が浮かんだ。


(丹羽、林、斎藤! コイツラカ!! コイツラ殺ガ苦シミノ原因カ! ……殺シテヤル!!)


「ウオォォォッ!!」


 もう根性も気力も通り越した憎悪の力だけが、地獄の訓練に耐えられた。


 3か月後――


「さて、そろそろ成果を見せてもらいましょうかねぇ」


「大統領」


「ようこそ大統領閣下!!」


 大統領の北南崎が視察にやってきて、紫白眼と朱瀞夢が迎えた。

 強姦の被害者なので、男の北南崎は今まで姿を現すのを遠慮したのだが、ハンデの見極めの為には、どうしても一度は見ないといけない。


「金鉄銅さン。私が近づいても大丈夫ですか?」


「ハッ! 問題ありません!!」


「!? お、おぉ!?」


 裁判の映像で見た金鉄銅とはあまりにも雰囲気が違い、北南崎は驚いた。


「ではテストしましょう。ルールはそうですね――」


 こうして、金鉄銅の実践テストが行われた――


「さて、テスト終了ですが……金鉄銅さン。決戦日は30日後とします。少し時間を下さい。今の実践テストの結果を考慮しなければなりませンのでね」


「わ、わかりました……。あの、何か問題がありましたか?」


 最初の気迫はどこに行ったのか、金鉄銅は不安な表情を隠しもしない。


「いえ、何も問題無いですよ。貴女の実力をみてハンデを調整するだけですから。君は、あとの30日間を好きに過ごして下さい。後は我々にお任せを」


「は、はい……」


 金鉄銅には笑顔で対応した北南崎だが、紫白眼と朱瀞夢の方を向くと目頭を押さえながら伝えた。


「紫白眼君に朱瀞夢軍曹。ハンデ決めの話がありますのでこちらへ」


「はい」


「はッ!!」


 こうして金鉄銅を残し大統領達は会議室に向かった。

 残された金鉄銅は猛烈な不安に精神が狂いそうになっていた。


「……あの程度じゃ勝てるか分からない。鍛えなきゃ……!!」


 金鉄銅は重りを背負うと、ランニングを始めるのであった。

 まるで不安を振り払い、置き去りにするが如く――


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