【大坂都/大統領官邸/地下射撃場】
紫白眼は、やや精度の甘い銃を置き、黒いベスト――と言うよりどう見ても戦闘向きとしか言い様の無いベストを渡した。
「これは所謂、タクティカルベスト、と呼ばれるモノだけど、前面にポケットが沢山あるでしょう? ここにルーレットで当たったマガジンが入れられるわ。さ、腕を通して」
紫白眼に言われるがまま金鉄銅はベストに腕を通した。
金鉄銅は『今日は動ける恰好で』とうい事だったのでジャージを用意したが、凄まじくアンマッチだ。
コーディネート勝負なら即敗退だが、命を賭けた決闘なのだから、とりあえず動ければいい。
迷彩を考慮すべきなら、やはり失格のコーディネートではあるが。
次に紫白眼が、別の銃とマガジンを渡し、そのまま後ろに回って背後から扱い方を教えた。
「いい? この銃は決闘でルーレットの選択に入る最高品質の銃。つまり命中精度最高の銃よ」
そう言われて見ると、紫白眼の所有していた銃同様、使い込まれた感じのある銃であった。
「決闘では、弾と銃は別々に分けて渡されるわ。銃は空、マガジンはこのベストに入った状態ね。さっきも言ったけど、命中率や弾数はルーレットの結果次第。どんな銃であれ貴方はまずこの状態から準備を整えなければならない。決闘場所によっては、ここでもたついたら致命傷よ。だから手順を説明するわ」
紫白眼が金鉄銅の手を取り、まさに手取り足取りの如く教える。
「まず、マガジンをグリップの下部から装填して上部のスライドを引く。この時、指で摘まんで引くのではなく、右手で鷲掴みにして引きなさい。指だけではスライドの力に負けて手が滑るかもしれない。しかも本番は命懸けの場なのだから確実に鷲掴みにして引きなさい。これで初弾がチャンバーに装填される」
金鉄銅が恐る恐るスライドを掴み手前に引いた。
「次に安全装置を解除して、引き金を引く。当たれば相手は最低でも重症よ。これだけよ。引き金を引く毎に連続で7発発射される。弾が尽きたらこのボタンを押して空マガジンを輩出し、新しいマガジンを入れてスライドを引く。基本的にはこの繰り返しよ」
「わ、わかりました……!」
紫白眼が銃を操作し、マガジンを輩出し、初弾も排莢して弾をマガジンに詰めなおす。
その状態の銃を金鉄銅に渡した。
「じゃあとりあえず、貴方の思う理想の形で狙って撃ってみなさい。そうねとりあえず10mの距離としておきましょうか。あの的は地上から173㎝に設定してある。今回の仇である3人の平均身長ね。ど真ん中を鼻と想定すれば間違い無いわ」
「は、はい」
「狙い方だけど、大雑把に言えば銃身を相手に向ければ済むのだけど、一応正確な狙いとしては、まず手前にあるリアサイト、銃の先端にあるフロントサイト、そして標的。この3点が一直線に並べは当たるのが理屈よ。銃の命中率次第だけどね」
紫白眼が一歩背後に下がり、解説を続ける。
「的は頭と胴体があるけど、まずは頭を狙いなさい。それじゃ発射準備をして」
金鉄銅は意外と落ち着いた手つきで、マガジンを挿入し、スライドを引いて初弾を装填した。
頭の中で紫白眼の構えを思い出し、足を前後に開き、銃を握る右手を伸ばし、左手を添えた。
「いきます! (丹羽! 林! 斎藤 ! 必ず殺してやる!)」
引き金を一回引く轟音と共に腕が跳ね上がる。
そうならない様に力を込めていたつもりだが、想定を上回る衝撃だった。
「キャッ! あ、あれ? 弾は?」
激しい憎悪の言葉とは裏腹に、銃の衝撃で、可愛い悲鳴と共に尻もちを突いてしまった。
「天井ね。最初だから力を入れ過ぎてしまうのは仕方ないけど、目一杯力を入れれば良い、と言う訳でも無いわ。必要な力加減はこれから体で学びなさい」
「わ、わかりました。(……さっきは憎悪が余計な力を生んだんだわ。無心にならなきゃ!)」
金鉄銅は先程の感触を思い出しつつ、適度に力を抜いて引き金を引く。
今度は的の先の壁に命中した。
的に穴は開いていないので、横をすり抜けたのだ。
「いいわよ。その調子。どんどん撃ってみなさい」
最初から命中させられる人間はそうはいない。
「はい!」
断続的に弾が発射されるが、6発目だった。
ガキンと鈍い音と共に、銃が動作不良に陥ったのだ。
「あ、あれ?」
「ぞれはジャム、つまり弾詰まりね」
そう言われて金鉄銅が銃を見ると、オートマティック拳銃の排莢部分に空薬莢が詰まっている。
こうなるとスライドが作動せず、薬莢を取り除かない限り銃は使い物にならない。
「こうなったら貴女は終わりよ。いい経験をしたわね」
本当は排莢不良が起きる様にワザと大事な説明をしなかったのだが、紫白眼の思惑通りとなった形だ。
経験こそが勉強なのだ。
「ジャムには色んな種類があるけど、大抵の場合は銃身をスライドさせて空薬莢を強制排出させる。やってみなさい」
金鉄銅が改めてスライドさせると、引っかかりが解除され空薬莢が地面に落ちた。
「こうなる原因は色々あるけど、この銃は弾も含めて私が整備した銃だから作動不良はまず起きない。それでもこうなる原因は、貴方は銃の威力に腕や体が負けているからよ。撃つと発射の衝撃で肘が曲がったり腕が上に跳ね上がる。オートマティック銃は火薬の反動で、銃をスライドさせるのだけど、その威力を肘や体が吸収して逃がしては、スライドが不十分になって、こうなってしまう」
紫白眼が新しいマガジンを装填し、わざと腕を跳ね上げて銃を撃つと、3発目でジャムが発生した。
紫白眼が銃をスライドさせ空薬莢を輩出すると、今度は完璧な姿勢で残り4発を撃ち尽くした。
衝撃で、体に振動が走るが、決して肘を曲げて衝撃を吸収させない基本に忠実な構えだった。
「貴方が銃を扱うには様々な問題点が山積みだけど、勝率90%までは鍛えてあげるわ。その為にも、決戦当日までSPの訓練にまざりつつ、ここで射撃を覚えなさい。体力づくりや銃の保持力、命中率にトラブルの対処法。それらを叩きこんであげるわ。死刑のままにしておけば良かったと思うぐらいね」
紫白眼が銃と新しいマガジンを金鉄銅に渡した。
「は、はい……! よろしくお願い……ッ!?」
その銃を受け取った金鉄銅は、そのままマガジンを装填し―――宙を舞った。
「おっと!!」
紫白眼が慌てて金鉄銅の足を掴み、一回転した体を足から着地させた。
紫白眼が金鉄銅銃を持つ手を掴んで体幹を崩し金鉄銅を投げたのだ。
「言い忘れていたけど、銃を持って私の方を向いたら投げ飛ばすわよ。或いは撃つ可能性もある」
「えっ」
「ごめんなさいね。そう鍛えられているのよ。銃に限らず危険物を持った相手には、問答無用で反応してしまうのよ……」
紫白眼が悲しい目をして語る。
何か事情があるのは明らかだが、興味本位で聞いて良さそうな話ではなく、金鉄銅はカクカクと頷くしか無かった。
「ただ、それが理由で向いてはダメなのではなく、この射撃場では、いかなる理由であっても、的以外に銃を向けてはダメよ? 振り向く時は、銃は手前の台に起きなさい」
「き、気を付けます……!」
こうして金鉄銅の射撃訓練が始まるのであった――