【某所/死刑囚収容所】
2人の男が歩いている。
制服姿の刑務官と、囚人服の死刑囚、斎藤
刑務官が扉の前に立つと、ノックの後、怒りを我慢するかの様な震えた声をあげた。
「大統領閣下ッ! 失礼いたしますッ! ほら入れッ!!」
「うるせえなぁ。刑務官如きが汚ねぇ手で触んなよ。入ればいいんだろ」
丹羽、林とはまた違う、クセの強そうな男が入ってきた。
中学生とは思えない貫禄で、嫌悪感しか読み取れない表情をしている。
「これはこれは聞きしに勝る……勝る? 違いますね。これは近年稀に見る自己中心の塊、と言うべきですかねぇ?」
斎藤はまるで『生理的に無理』を体現したかの様な男だった。
大統領の言葉は聞こえただろうが斎藤は無視して語りかけた。
「なぁ、大統領。何とかしてくれよ。無罪にしてくれとは言わないからさ。ホラ、死んだ事にしてさ? 証人保護プログラム的なヤツがあるじゃんか? アレで俺だけ逃してくれない?」
「とんでもない提案をしますねぇ? 確かに中学生とはいえ大人と定めましたからねぇ。大人相手に、大統領相手であろうとも交渉するのは権利です。まぁ話を聞くだけ聞きましょう。ソレ次第です。まず、何故強姦を?」
「14で童貞なんて恥ずかしいじゃん?」
斎藤は、何も悪びれず言い放った。
とても中学生が醸し出す胆力ではない。
世が世なら、正しい道を歩んでいたら大物になっていただろう迫力だ。
その迫力で『脱童貞』を掲げるのは中学生らしいのか何なのか。
「成程。何を恥じるかは人それぞれです。そこは否定しません。では何故、あの被害者を襲ったのです?」
「顔が好みだったからさ」
斎藤はにべもなく言った。
「誰でも構わなかったと。簡潔でよろしい。分かりやすい。丹羽君や林君とは大違いですねぇ。手間が省けて助かります」
「あいつら何か言ってたんか? と言うより、これアンタがやったの? だとしたら凄ぇな」
斎藤は机に肘を乗せ、頭上の抉れたアクリル板を見ながら答えた。
「言っていた内容は言えませんが、丹羽君は怒り、林君は後悔の念が強かったですね。私の感想ですが。あとアクリル板は事故ですね」
「事故ねぇ? ふーん。まあ良いよ。それにしても、あいつらも馬鹿だな。底辺国民なんかに何を気遣っているのやら」
斎藤は鼻をほじって指で弾いた。
大統領の顔――の前のアクリル板に鼻クソが張り付いた。
「君、裁判記録とは大分印象が違いますね? 品行方正と記録にはあるんですが、今の姿の君と丹羽君、林君の関係は友達なんですか? 正直、君達が仲良く談笑している姿を想像できないんですが?」
「そりゃそうだ。丹羽の暴力性、林の柔和性をオレがコントロールしてきたんだから」
「ほう? 処世術に長けているようですな? そんな年で見事な手腕ですねぇ。今は正体を現していると?」
「そりゃそうさ。俺は
「南蛮武先生の!?」
大統領は、驚愕で立ち上がり固まった。
とんでもない名前が飛び出したのだから当然だ。
南蛮武葬兵は、この異常な時代を作った元凶である。
北南崎が狼狽するもの仕方ない話。
「そう。だからオレを上手く逃がしてくれれば南蛮武一族の力で、アンタをバックアップしてやるよ。苦労して大統領になったんだ。強力なバックアップが欲しいだろ?」
「そう言う事でしたか。やっと納得しました。南蛮武先生。貴方が同行を申し出た理由が分かりましたよ」
「……えっ?」
今まで尊大な態度を貫いていた斎藤が、初めて動揺した。
「入って頂きなさい」
大統領が背後に呼びかけると、SPの菅愚漣が一人の老人の車椅子を押して入室した。
「おじいちゃん!!」
斎藤が叫んだ。
現れたのは第45代大統領、南蛮武葬兵その人だった。
「詐利や。可哀想に。今そこから出してやろう」
葬兵は涙を流しながら杖を頼りに車椅子から立ち上がると、アクリル板越しに斎藤に近寄り――グシャァッ!!
葬兵の杖はアクリル板を貫き斎藤の鼻先で止まっていた。
「チッ! ……はぁ。情けない。若い頃なら確実に殺していただろうに。歳は取りたくないのう北南崎君」
「お戯れを。御年80歳でその
北南崎は40歳になったばかりの若手大統領。
アクリル板を貫く拳も理解できる(?)。
だが、80歳の車椅子の老人が、杖という武器があったとは言え、アクリル板を貫く膂力を有するのは驚愕の光景だ。
北南崎は知っていた様だが、斎藤や菅愚漣は目をひん剥いて驚いている。
マンガだったら菅愚漣のサングラスは割れていただろう。
「じ、じ、じいちゃん……な、何を!?」
南蛮武は車椅子に座り直し、極寒の眼差しで曽孫の詐利を射抜く。
「言ったじゃろう。そこから出してやると。その犬畜生にも劣る肉体から魂を出してやろうと思ったのじゃがなぁ」
「なっ……」
南蛮武は杖を引き抜くと、抜いた刀を納刀する如く、堂に入った動きで杖を地面に突き車椅子に座った。
かもしだすオーラは老人のそれではない。
「斎藤君。君は何か勘違いしている様ですから言っておきます。私が大統領になれたのは、この南蛮武先生の力添えがあったからこそ。先生は御自分の発言を心底後悔していたのですよ。教科書にも載っていたでしょう? 『あの戦争に従事し、勝利を勝ち取った者達の苦労は、こんなモノではないぞ』と」
「……!!」
「ワシはあの発言の責任を取らねばならん。まさか、こんな国になってしまうなど言語道断の過ちであった。しかし、こうも老いた身では全国各地を飛び回っての活動はできん」
(ギャグかな?)
菅愚漣は、先ほどの南蛮武の動きを見てそう思ったが、口には出さなかった。
「そう決心したからこそ北南崎君を援助したのじゃ。南蛮武の総力を使ってな。それに彼にはこの国を変える資格がある」
「し、資格……?」
「まぁこの先見世物になって死ぬ詐利には関係ない話。さてと、菅愚漣君。済まんが
「は、はい! 承知しました」
菅愚漣はスマートフォンを操作し机に立てかけた。
『詐利! お前とんでもない事をしてくれたな……!』
画面には怒りに震える父母の姿が映っていた。
「ぱ、パパ!!」
『我々は……こんな言葉を言いたく無いが所謂上級国民に属する。だからこそ人の上に立ち役に立たねばならん。常々そう教えてきたハズ。お前もそれを理解していた……と思っていたし、そう見えていたが、全部嘘だったとはな! まさか権力に胡坐をかいて悪用するとは!』
『詐利! 力を持つ者には力の使い方に責任があると、中学に上がる時に散々教えたでしょう!? 一体どんな勘違いをしたら今回の犯罪に繋がるの!?』
父母の罵倒に斎藤は面食らう。
曾祖父の南蛮武にしても、父母にしても、何かしら根回ししてくれると期待していただけに、ショックが大きい様であった。
「ち、違うんだ!」
『黙れ!! 強姦に何が違うというのだ! しかも友達を
「そ、そんな……」
斎藤は究極の猫かぶりを演じてきたのだろう。
南蛮武一族の目を搔い潜った演技は大したものなのかもしれない。
将来政治家以外にも、役者の道などあったかもしれない。
だが今、将来の全てを絶たれた。
果たして斎藤は、失禁しているのに気が付いているだろうか?
それぐらい、茫然自失としていた。
だが、その後悔は犯罪に対してでなく、一族に見捨てられた絶望。
最後までその魂は腐りきっていた。
『北南崎大統領閣下、それにお爺様』
「はい。聞こえておりますよ」
『被害者の方が死刑に異議を申し立ててくれたのは不幸中の幸い。可能な限り惨たらしく殺してくれるのを望むばかりです!』
「これ。無茶を言うでない。10%の保証は権利じゃからな。こんなクソの如き奴でもな。まぁ仮に生き残ったとしても、ワシの権力全て使ってでも、最低最悪の刑務所で生かさず殺さず飼い殺しにしてやるわい。安心せい」
「ありがとうございます!」
その御礼の言葉と共に、無情にもスマホから『ブツリ』という音が聞こえた。
斎藤には、縁の音が切れる、まさに絶縁の音に聞こえた。
「さて北南崎君、後を頼む。決して容赦せぬ様にな」
「はい。お任せください」
南蛮武は菅愚漣に椅子を押されながら退出していった。
北南崎はその退出を見届けてから口を開いた。
「君は清々しいまでに悪党ですねぇ。これが酸いも甘いも経験しつくした大人や老人だったら理解できますが、中学生でそのザマとは……って聞いてます?」
「……」
「精神崩壊でもしましたか? まぁ、それならそれで、そのまま決闘場に連れ出すまでです。刑務官!」
「はッ……!?」
刑務官は、穴の増えたアクリル板に驚き、また、斎藤の態度の変化にも驚きながら、斎藤を引きずって退出した。
「上には上がいる様に、下には下がいるものですねぇ……。これでもまだマシな部類と言うのが何とも言えませんがねぇ……」
誰も居ない部屋で、北南崎は呟いた――