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第18話 大統領謁見 北南崎 桜太郎と林 世死飽

【某所/死刑囚収容所】


 2人の男が歩いている。

 制服姿の刑務官と、囚人服の死刑囚、林世死飽よしあきだ。

 刑務官が扉の前に立つと、ノックの後、選手宣誓の様に声をあげた。


「大統領閣下ッ! 失礼いたしますッ! ほら入……れ……!?」


 刑務官が何故か動揺して入り口で立ち止まり、林は仕方なく脇を潜り抜けようとして同じく立ち止まった。

 2人とも異変を察知したのだ。


「だ、大統領閣下……その……アクリル板に何かありましたか……?」


 アクリル板が刑務官側に向かって突き破られている。

 状況からみて、北南崎側から何らかの方法で突き破ったとしか思えないが、そんな事が可能な材質なはずが無い。


「あぁ。気にしなくて良いですよ。もう修理の手配は済んでいますから。それより林君をこちらに」


「は、はい……。で、では……」


 刑務官も本来は『では……』などと言っている場合では無い。

 穴の開いたアクリル板越しに北南崎大統領と死刑囚を合わせて、何かあったら大問題だが、あまりの現実離れした光景に、対処を忘れてしまった。

 また、どう考えてもアクリル板破壊の犯人が大統領しかありえないのに、大統領の迫力がそんな思考を許さず、穴の開いたアクリル板の部屋へ林を通した。

 あと、何の根拠もないが、こんな状況でも大統領は安全だと判断してしまった。


「どうもこンにちは。大統領の北南崎桜太郎です」


「は、林です……こんにちは……」


「うむ。素直で宜しい。やはり挨拶はコミュニケーションの基本ですねぇ。じゃあお座りください」


「は、はぁ……(やはり?)」


 先の丹羽との面談が荒れたのを知らないので仕方ない。

 林は不振に思いながらも、手と足を同時に出しながら部屋の椅子へ向かう。

 緊張の余り共同不振にも程があるが、法的には大人でも、やはり未熟であった――という理由もあるかも知れないが、死刑確定から覆った決闘者である。

 心構えとして、どうして良いのか分からないのが正直な所なのだろう。


「さて……貴方は品行方正ですねぇ。学校での評価も悪くない。何故強姦などしたんです?」


「ッ! そ、それは……」


 いきなりの踏み込み的尋問に、林は戸惑った。


「主犯は丹羽君でしたね。君は付き従ったに過ぎない。まぁ被害者から君のDNAが検出されたので実行犯でもありますが。愚かな事をしましたねぇ」


「そ、それは……」


 林は何か言いにくいのか口ごもる。


「それは? 何です?」


 北南崎が優しく声をかける――様で、脅迫の如く迫力で尋ねた。


「と、斗刺嫌とは小さい頃から友達で……」


「ふむ。君の家庭は……こんな言い方をしたくはありませんが、いわゆる上級国民の類です。会社経営者の父親、大女優の母親、有名進学高校へ通う姉。君も成績優秀。姉も君も、両親の方針か、名門中学ではなく普通の中学校に通わせた。世間を勉強させる為らしいですね。素晴らしいと思いますよ? 格差の是正を目指す私の理想に沿う教育です」


「……」


 北南崎は本気でそう思っているのだろう。

 この超格差社会で、その垣根を無視する家庭は重要だ。

 しかも上級国民側から歩み寄っているのだから、本当に歓迎すべき一家だ。


「その結果がコレです。君は友達を見捨てられないのか? 虎の威を借る狐なのか? 或いはその両方か? 自分ではどちらだと思います?」


「わ、わかりません……」


 北南崎の尋問に答えられない林。

 優柔不断なのか、本当に分からないのか判断が難しい態度だ。


「ほう。自己の把握もできない状況ですか。仮に裁判で『丹羽君に強要されていた』とでも言えば死刑は無かった。しかし、貴方は否定しなかった。罪悪感故の証言ですか?」


「うぅ……あぁぁぁ……!」


 図星なのか後悔なのか、林は泣き始めてしまった。


「これこれ。泣きたいのは被害者ですよ?」


 北南崎は冷たく言い放った。


「泣くなとは言いませんが、そんな涙を流す程に後悔する前に、なぜ思いとどまらなかったのか? なぜ丹羽君、斎藤君を引き留めなかったのか? 世の中、底辺と差別される人々を見下し、人間扱いしない愚か者が大多数。そんな中、君は底辺の人とも友達になった。そこまでは称賛しましょう。なぜ、友達が悪の道へ進むのを止めなかったのです?」


「だ、だって……そんな事したら、斗刺嫌君や詐利君が孤立して……」


 林は混乱しているのか、犯罪と友情の優先順位が出来ていない様子だった。


「孤立が可哀想とでも? だから犯罪を一緒に? 何を馬鹿な事を」


 北南崎は無慈悲に突っ込んだ。


「この犯罪は計画的です。貴方は止められる立場にあった。己で無理なら先生でも警察にでも頼れば良かったのに。未遂と実行には天地の差があります。未遂だったら最悪でも凶器準備集合罪で済んだ。真の友達なら止めてあげなければ」


「せ、先生や警察に相談したら、2人を裏切ってしまう……」


 その言葉に、北南崎は全てを察した。


「成程。チクったと思われるのが嫌だったのですね。分かりました。君はこの世に不要な人間です」


「ッ!!」


「ならば、最後ぐらいは見せしめになって死になさい。それが君の役目であり、唯一の存在価値です」


「あぁッ!!」


 林は絶望で泣き崩れる。


「ただし、慈悲の心で10%の勝ち目は保証しましょう」


「うわぁぁぁッ!」


「君の友達思いは立派な心掛け。しかし、長いものに巻かれる性根は、働く様になった後も必ず君の足を引っ張る。いや? 働いた場合は周囲の同僚や会社も巻き込むでしょう。そう思えば、被害がで済んだのは幸いなのかもしれません」


「うっ……うっ……? さ、最小限? 被害者の方が死ななかったという意味ですか?」


 北南崎の妙な言い回しに林は泣きながらも確認した。


「これが君の招いた結果です。覚悟して聞きなさい。両親とお姉さんが一家心中しました」


「……えっ?」


「昨日の事です。遺書には『世死飽の非道を詫びる』とだけ書かれていました。お母様の林世離子さんは個人的にもファンだったんですがねぇ。残念です」


「…………えっ?」


「もう行って宜しいですよ」


「……えっ?……えっ?」


 言葉が理解できないのか林は茫然としている。


「刑務官!」


 後も詰まっているので、北南崎は廊下に待機しているであろう刑務官を呼んだ。


「はッ!」


 即座に、刑務官が入出した。


「林君を丁重に収容部屋に戻してください。あと自殺の可能性がありますので、厳重に監視をしなさい」


「り、了解いたしました!!」


「ウワァァァァァッ!!」


 絶叫の林は、刑務官2人に羽交い絞めにされたまま引きずり出された。


「本来は気高い清廉な性格だったのでしょうに。誰でも悪事が頭によぎる事はあるでしょう。しかし極刑と定めている悪事に流される様では遅かれ早かれでしょうねぇ……」


 誰も居ない部屋で、北南崎は呟いた――


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