【某所/死刑囚収容所】
「どうもこンにちは。大統領の北南崎桜太郎です」
「……」
大統領の挨拶に、無言で視線も合わさない死刑囚。
これから殺し合いでも始まりそうな殺気を隠しもしない死刑囚。
罪の自覚が無いのかと疑う態度だ。
「おや? ダンマリですか? 挨拶は人間の大事なコミュニケーションですよ?」
そんな死刑囚に対し、聞く人にとっては苛立ちを覚える声で普段通りに呼びかける北南崎。
「……死刑囚に人間性を求めてんのか? あ? 何をコミュニケーションしてぇんだよッ!」
苛立たし気に死刑囚が机を叩いた。
大統領の声が、特に『ン』のクセが余程癇に障るらしい。
「そりゃ勿論、貴方の運命を決めるコミュニケーションですよ」
「ッ!!」
ここは死刑囚専用の収容所面会室。
強化アクリル板で仕切られた質素な部屋で、死刑囚は当然、大統領の北南崎も質素なパイプ椅子に座って対面している。
一方名乗らない死刑囚の中学生は、苛立ちを隠さず、顔に憎悪の表情を浮かべていた。
「このコミュニケーションで死に様が決まるのか、余生になるかは貴方次第ですけどね。で? 丹羽
「……」
「えっ、モテない!?」
「うるせぇッ! その情報が決闘に関係あるのよ!?」
丹羽はアクリル板を殴って怒鳴った。
振動が部屋全体に響き渡るが、大統領は意に介さない。
「良いツッコミですねぇ。ま、確かに関係ありませンよ。こンなのは本題に入る前の世間話です。言ったでしょう? コミュニケーションだと。いくら中学生を大人と定めても、まだまだ子供ですからねぇ」
「このッ……!」
丹羽は再度アクリル板を殴るが、ビクともしない。
本来なら刑務官が止めに入る場面でもあるが、この面談は大統領と死刑囚が2人きりが原則なので丹羽の狼藉を止める者はいない。
「フフフ。私が憎いですか? それとも世間が憎いのですか? 或いはこの法案に憎悪を?」
「……」
「またダンマリですか。困りましたねぇ。そンな事では10%の命の保証が出来ませンよ?」
「知るか! どうせ勝っても一生塀の中なんだろ!? 俺はまだ14だぞ!? 死ぬまで何年あんだよ!!」
「さぁ? 塀の中での生活次第ですねぇ。勝者には医療も充実ですから、長生きはできるでしょう」
この決闘で死刑囚が勝った場合、一般囚人より手厚い医療が保証される。
これが、死刑囚に対する人権なのか、延命による地獄なのかは意見が割れている。
「それが嫌なら決闘で死ねば良いのですよ? そンな理屈も分かりませンか?」
「うるせぇッ!」
丹羽は座っていたパイプ椅子で再度アクリル板を殴るが、やはり振動こそすれ板は割れない。
そもそも強化アクリル板を、人の力や多少の凶器などで殴り割るなど不可能――バギャァッ!!
そんな音と同時に北南崎の拳が不可能を可能にした。
北南崎の拳が強化アクリル板を貫き、丹羽の首根っこを捕まえたのだ。
片腕一本で丹羽を持ち上げる北南崎は、眼鏡の位置を元に戻しながら言った。
「力任せでこのアクリル板を貫けませンよ?」
「げぐッ……!!」
首を捕まれ宙吊りになった丹羽は、北南崎の指を引き剥がそうとするが、万力の如くビクともしない。
「只のパンチとて高等技術なンです。パンチとは、つま先から足首、膝、股関節、腰、背骨、肩、肘、手首と順に力を籠め加速させれば……おっと失礼」
丹羽が酸欠で顔を青ざめているのに気が付き、北南崎は手を離した、と同時に、丹羽は床に倒れこんだ。
北南崎はアクリル板から腕を抜き、また椅子に座りなおす。
ワイシャツの袖がアクリル板で切り裂かれているが、その筋肉には傷一つ無かった。
「さてと。君の強姦罪ですが、なンとまぁ念入りでしたねぇ。スタンガンにナイフ、ロープ、カメラに手錠。他にも色々。睡眠薬なンてどこで手に入れたのやら」
北南崎がファイルを捲りながら、犯行に使われた資料を確認する。
「まぁそれは警察に自供してもらうとしてです。最初に戻りますが、貴方は顔だちも悪くない。彼女ができるのも時間の問題だったでしょう。品行方正に暮らしていれば」
「がぐッ……! ひ、品行方正!? 底辺家庭に何を要求してんだ!? アイドル並みの顔立ちならともかく、オレみたいな特徴もない普通の顔で何の未来が残せるんだ!!」
丹羽が息も絶え絶えに、よろめきながら椅子に座った。
「そうです。その意気です。ドンドン喋って下さいな」
丹羽は怒るが、今度はアクリル板を殴らない。
これ以上、北南崎に破壊されると自分の身が危ないと察したのだ。
怒りは精一杯の抵抗であり虚勢であったが、それを見抜けぬ北南崎ではないが、それを突っ込むほど意地悪でもない。
喋ってくれれば良い訳であって、辱めたい訳では無いのだ。
「このッ……!?」
「それで? まさか貴方は、家庭環境が理由なら強姦は許されると勘違いしたのですか?」
「ッ!」
「小学校で学ンだでしょう? 『人様には迷惑をかけてはならない』と」
この法案を通す前の事前政策として、また、中学生を大人と定める為に、小学校では『道徳』の授業が国語や算数を上回る最上位科目として制定されていた。
その上での『仇討ち法』である。
絶対に『知らない』とは言わせない為の根回しだ。
「それとも、他人が迷惑を掛けているから自分もOKだとでも?」
「……」
「もしそうなら、この法律を定めた甲斐があると言うもの。中学生にもなってそンな事も理解できない思考であれば、義務教育を終える資格は無いですねぇ。こンなザマでは大人になっても碌な人間にはならないでしょう。ならば潔く死になさい」
「ッ!?」
裁判所で受けた死刑宣告など比較にならない、極寒の死刑宣告に丹羽は恐れ慄いた。
先ほどのパンチも、片手で持ち上げる腕力にも戦慄したが、国家元首直々の死刑宣告は、本当に魂を切断されたと錯覚した。
「それなのに良かったですねぇ。被害者に感謝しなさい。10%は生き残るチャンスがあるのですから」
「……何が聞きてぇんだ?」
丹羽は精一杯虚勢を張りながら、初めて自主的な応答の態度となった。
大統領の圧力に負けたのだが、ここまで抵抗したのが大したモノなのかは分からない。
「何って強姦の理由ですよ? 裁判で貴方が主犯なのは判明しています。動機も性欲と結論づけられた。まぁそれも間違いでは無いのでしょうが、芯を捉えた結論とも思えない。このまま黙っていても良いンですが、貴方は90%の確率で死ぬ。言いたい事があるなら、国家元首たる私に直接言う機会などそうそうありませンよ?」
「……高校に進学する金も無い。親も酒浸り。義務教育が終わった瞬間、俺らは地獄行きの進路しかねぇんだよッ!」
「ネグレクトの情報は裁判でもありましたねぇ。貴方の生い立ちには同情しますし、未来に希望を持てないのは大統領として申し訳ない。しかし、その希望を見出せない世界を是正する法律に貴方が引っかかっては意味が無い。残念です」
「……その法律で俺は選別されたんだ。ちゃんと法が機能してたんだろ」
「確かに。上手い事を仰る。しかし、中学生で捨て鉢になる程だとは政治家として恥じるばかりです」
「ケッ! もういいだろ!」
丹羽はそれだけ言って立ち去った。
「だからと言って、強姦を正当化してしまう思考ではねぇ……」
誰も居ない部屋で、北南崎は呟いた――