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第15話 大統領定例報告会

【大統領官邸】


 北南崎と別れ、大統領官邸に戻った目冥木霊重が、さっそくマスコミ対応に追われていた。

 とは言え、決闘の結果を報告するしかないし、それ以上の事は荷が重すぎた。

 眩暈がするマスコミの数々に、頭が痛くなるフラッシュの明滅。

 特にフラッシュは、光過敏性発作を起こしそうであった。


「はい質問を受け付けます」


 その言葉と同時に、一斉にレポーターの手が上がった。

 今までも何度も対応して来た光景だが、今までよりも明らかにマスコミの発する圧と熱意が違う。

 予想通りとは言え、目冥木は逃げようかと思った。

 ――思っただけだが。


「はい。そちらの貴方。どうぞ」


「読買新聞の井沢です。今日の決闘についての話を聞かせてください」


「……見ての通り、聞いた通りです」


「いや、あの……感想であったり、法の意義であったり何か無いのですか?」


「もちろんあります。私個人の意見や考えはありますが、それを聞いても意味は無いでしょう。この法律は、国民が考えるからこそ意義があるのです。私の意見に左右されては意味がない。マスコミの皆さんがこの結果をどの様に記事にしようと自由です」


 目冥木は、キッパリと答えた。

 まるで、それ以上の質問は許さんとばかりに。


「あっ! 自由と言っても偏向報道や、恣意的な表現は控えて頂きたい。事実を事実のまま報じてください。編集者の意見を述べるのは構いません。ただし加藤家、山下家の関係者への取材は禁止です。それは法で禁じていますので、不服なら裁判を起こし提訴してください。知っての通り違法取材は最低でも上司含めて懲役刑となりますので気を付けてください」


 この仇討ち法制定に辺り、関連法案も多数決まったのだが、その内の一つが、関係者への取材禁止。

 プライバシーもあるが、生き残った方は殺人をクリアした身なのだ。

 興味本位で殺人の感想を聞かれてはたまったものでは無い。


「本日の決闘に関しての質問はこれ以上受け付けません。何を聞いても『みたまま聞いたまま』と答えます。後日大統領から記者会見の場が設けられますので、詳しく聞きたければその時にどうぞ。ではそれ以外の質問があれば挙手をお願いします」


 目冥木は北南崎に言われた通り丸投げした。

 その言葉の後、幾人かのマスコミは官邸から退出した。

 今日の決闘について聞けなければ意味がないのだ。


(楽になったのは喜ばしいが、他に聞くべき事が無いのはマスコミとしてどうなんだ?)


 目冥木は嬉しさ半分、失望半分でマスコミに対し質疑応答をするのであった。



【一週間後】


 決闘からの1週間後。

 北南崎大統領と紫白眼副大統領が揃ってマスコミの前に姿を現した。


「やぁやぁ皆さンお揃いで。この一週間、待ちくたびれた様ですねぇ?」


 マスコミはその言葉にムッとするも、実際その通りで、ずっとお預けを食らった犬の様にこの一週間を耐えて来た。


「では質問を受け付け――」


 その言葉を言い切る前に一斉にマスコミからの挙手が殺到する。


「はい。では其方の青いネクタイの方」


「帝国新聞の青木です。さっそくですが、先週の決闘について聞かせてください」


「見ての通り、聞いての通りです」


「ッ!?」


 北南崎のその言葉に、馬鹿にされていると感じたマスコミが殺気立つ。


「あ、あの、そうでは無くて、大統領それに副大統領の見解は無いのですか!?」


 青木は血管を浮き上がらせながら、丁寧に聞き返した。

 素晴らしい理性であった。

 その理性に免じて北南崎は答える事にした。


「そりゃあります。ありますよ。でも目冥木官房長官が先週仰ったでしょう? 『この法は国民が考えてこそ意味がある』と。ここで政府関係者が意見を言って世間がそれに流されては意味がないのです。故に逆に聴きたい。貴方達の意見をイチ国民として聞かせて下さい」


「……」


 そう問われ、マスコミは黙ってしまった。

 彼らも意見が無い訳では無いが、各局や報道機関が大挙しているこの場で、実名をさらして意見を述べるのは覚悟が必要だった。


「しかたありませンねぇ。匿名でないと喋れませんか?」


「大統領。それはやむを得ないかと。まだ世間はどうして良いか分からないのです。それなのに今ここで個人の意見を述べるのは、SNSの格好の的となるでしょう」


 北南崎の言葉に紫白眼がやんわりと窘めた。

 実際その通りで、今日までに至る一週間で、著名人がSNS上で賛成派、否定派に散々絡まれ疲れ果てていた。

 北南崎は勿論承知していたが、敢えてすっとぼけて聞いて、紫白眼にカバーさせたのである。

 要するにマスコミ対応をさっさと済ませる演出だ。


「仕方ない。マスコミの皆さンも手ぶらでは帰れないでしょう。なのでこの一週間での世間の変化を公表します。まず、ハッキリと表れたのが110番の電話件数。先週の30%減と出ています」


 紫白眼がフリップを出して説明した。


「えっ!?」


「また、凶悪犯罪については1件も起きていません。まぁこれは発覚していないだけで潜んでいる可能性はありますが、この犯罪大国でこの数字は奇跡ですね」


 この国は先進国最悪の殺人、誘拐、強盗、暴行、略奪を誇っており、110番は全国平均3秒に1回が現状だった。

 特定の地域の特定の期間に絞れば、1秒に2回以上の地域もある。

 それが30%減である。

 その原因として何があるか考えれば、あの決闘くらいしか無いのだ。

 偶然とは考えにくい。

 確かに発覚していない凶悪犯罪はあるかもしれないが、1件も発覚していないのは奇跡である。


「他にも、ハラスメント系の相談やサービス残業が減ったデータがありますね」


「そ、それがあの決闘の成果だと仰るのですか?」


「それはまだ分かりませン。偶然かも知れませンからねぇ」


「……」


 この期に及んで偶然の可能性も残す北南崎。

 その挑発的口調には腹立たしさを感じるマスコミだったが、こうも数字が表れると、少なくとも否定的な質問は出来なかった。

 テレビ中継もされているのだから、下手な質問をしたら致命傷だ。

 そんな空気を察して紫白眼がため息をつくと共に口を開いた。


「ひとつ確定しているのは、今までの政治の失敗からの脱却の可能性が生まれた事。この芽は絶対に枯らさずに育てねばなりません。マスコミの皆様には、この芽が上手く育つように誠実に報道して頂く事を願うばかりです」


 紫白眼が女性らしく優しく諭した。

 その言葉にマスコミは安堵するが、これが北南崎と紫白眼の飴と鞭作戦だと見抜くマスコミはいなかった。


「それでは皆さン。今日の報道、明日の新聞、楽しみにしていますよ」


 そう言って北南崎と紫白眼は官邸内に去って行った。

 いつもは去り際に限って追加の質問をするマスコミも、今日は黙って見送るしか無かった――

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