瀬津羅の悲痛な叫びが特別個室で乱反射する。
聞くに堪えない調査報告に怒ったのかと思ったが違う。
瀬津羅は涙を流し、まるで観念した犯人の様に自供した。
「多分、その日記は偽造です……! あの子が泰痔君を殺してしまったあと、正当性を演出する為に一気に書き上げたのでしょう! だから文字の劣化も無く、簡潔で恨み辛みもなく、曜日の確認をする余裕も無かったんでしょう!」
「お、お前……! 我が子の正義を信じないのか!?」
「大統領!」
瀬津羅が刑素毛の訴えを無視して北南崎に話しかけた。
「はい。何でしょう?」
「あの子が一度、私に相談したのです。5年生に上がった頃でした。『なんで僕は名門校に居ないの』と」
「ほ、本当か!?」
刑素毛も知らなかった相談だった。
「我々夫婦は、人間に上も下も無いと考えています。ならば名門校に通うより、普通の学校に行かせ平等を学ばせたいと思っていました」
瀬津羅が加藤家の教育方針を語る。
ごく普通の考え方であった。
「名門校がダメとは言いません。ただ、子供の頃から勉強漬けよりも、子供の頃は伸び伸びと育って欲しい。そう願っていました。勉強はいつでもできます」
加藤家の2人は、同じ様な考えの両親に育てられたのだろう。
子供を名門校に通わせる選択は、夫婦の間で最初からなかった。
「しかしあの子は賢く育ち世の中の風潮を感じ取ってしまった。この加藤家に生まれて勉強も運動もできて普通の学校に居るのは変だと。その末の犯行だったのでしょう……ッ!」
瀬津羅の吐き出すが如く、悔恨の情だった。
「成程。子の為の考えが裏目に出てしまったと。それが良い悪いは言いませンし関係ありませン。あくまで泰痔君の死の真実を追った結果、我々が報告し、奥さンが心当たりを述べたに過ぎません」
北南崎が瀬津羅の感情を真正面から受けてなお、冷徹に答えた。
「我々としては確定情報をお伝え出来なかったのは残念ですが、仮に泰痔君の死がどうであろうと、あの決闘はあくまで山下氏の犯罪に関しての決闘。仮に泰痔君が殺されていたとしても、山下氏が報復して良い理由にはなりませン。ここは法治国家なのですから。処罰は国が行わなければなりませン」
「……!」
加藤家夫妻は絶句したのか言葉が出ない。
「一応、あくまで推測ですが、私も限りなく黒いと思います。しかしそれは感想に過ぎませン。繰り返しますが、事実があるとすれば、加藤さンは猟奇殺人犯である山下氏に法に則り決闘を挑み勝った。それだけです。そこに間違いはありませン。法律で認められた殺人の権利なのですから」
「……」
「さて、報告は以上になります。……ここからは大統領ではなく、北南崎一個人として話します。何か思う所があるのならば、世の中の為に尽くして下さい。『人間に上も下も無い』。文句の付け様が無い言葉です。加藤家の教育は何も間違っていません。それは断言しましょう。……最後に、何か聞きたい事はありますか?」
「……一つ、教えてください。山下家のお墓の場所を」
「そこは私から」
SPの菅愚漣が答えた。
「申し訳ありませんが、山下家の墓は撤去されています。事件後に墓が特定され、悪戯の被害に合い破壊され、寺の判断で共同墓地へと遺骨は移動されました。今日倒された山下頌痔氏もそこに納骨される予定です」
菅愚漣は機械的に言った。
感情は出してはならない場だと判断しているからだ。
「そうですか。ではその共同墓地に行く事にします……!」
瀬津羅は涙ながらに答え、刑素毛は無言で同意した。
「その行動を止める権利はありません。自由になさってください」
紫白眼が優しく同意した。
「所で先生。この病院には精神科もありますね?」
北南崎が、ややショックを受けている担当医に聞いた。
「は、はい。分かっております。お2人には必要な処置を致します」
「よろしくお願いします」
当然だが、精神的ケアの要請である。
刑素毛は殺人犯を自ら望んで処刑したとはいえ、その動揺が無いはずが無い。
仮に、同情の余地が全く無かったとしてもだ。
そそれなのに、ほぼ間違いないであろう事実が明らかになったのだ。
精神的不調をきたしても何ら不思議ではない。
「今回の一件で、何か我々に意見なり考えがお有りでしたら、遠慮なく伝えてください。この仇討ち法は今後も継続されます。その戦いの一つ一つが世の中を正していくのです。経験者の意見は何よりも大事です」
こうして北南崎一行は特別個室を退出する、直前に扉の前で立ち止まった。
「おっと、一つ約束しますが、日記帳についての推測はマスコミにも漏らしませン。小学生のプライバシー、しかも不確定要素なのですから名誉は守らねばなりませンからね。マスコミは当然、誰だろうと加藤家への取材を法で禁じていますが、何かあれば遠慮なく警察へ。必ず相応の報いを受けさせますので」
そう言い残して、一行は大統領官邸へ帰還するのであった――
【2023年9月8日(金)】
『外野ー! パスするぞー!』
ドッヂボールのコートで、内野に居た少年が大きな声でパスを予告した。
その宣言通り、大きく上空を通過したボールは、外野の後方花壇に向かって飛んでいく。
そのボールに2人の少年が反応し手を伸ばす。
飛んでくるボールは、明らかに頭上を通過しそうな勢いだったので、2人の少年はジャンプしてボールのキャッチを試みた。
その時、一人の少年が不意にある考えが過った。
(こいつ……オレのボール
少年の1人は5年生になり、ずっと内心憤りを感じていた。
裕福な家庭で勉強も運動もトップ。
なのに、クラスでの人気は1番ではない。
一緒に手を伸ばすもう1人の少年は、自分より能力が何もかも劣るのに、人気だけは抜群だ。
そう思った時、天に伸ばした片方の手が、自然と横方向に突き出され、強い感触が手に残る。
一方、突き出された手に驚いた、もう一人の少年は驚愕の顔でバランスを崩した。
ここは校庭の隅。
自分たちの背後に別の児童はいない。
突き飛ばした少年の体に隠れていたもう一人の少年は、誰にも見えない位置で転んだ。
(えっ、ヒロ――なんで――)
突き飛ばされた少年は、訳が分からず倒れ、鈍い音と共に意識が途絶えた。
『……え? あっ!? タイちゃんッ!? ――ッ!!』
突き飛ばした少年にしか聞こえない、聞いた事も無い鈍い音と、確実な手応えと嫌な感触に恐怖し、少年は絶叫した――