紫白眼の言葉が続く。
「よくよく聞いてみると『冷たくなった』と言うよりは『距離を取られた』と表現するのが適切な態度だったようです」
「……そ、それで?」
刑素毛は、今寝ているベッドが崩壊しそうな感覚に襲われながらも聞き返した。
北南崎が瀬津羅に意識を向けつつ答えた。
「そンな中、最後まで仲が良かったのか泰痔君です。その最後まで『仲が良いな』と皆が思っていた日が、あの事故の日です。これは我々も今日知ったのですが、給食後の休憩時間、ドッヂボールで遊ンでいた最中の事故だった。これはご存じだと思います」
「はい……」
北南崎の言葉に、刑素毛は固定されて動かない首で頷いた。
やっと、自分が知る事実が出てきて、幾分心が落ち着いた様だ。
「あの事故は、事件か事故かは決定的な証拠がありませン。泰痔君の遺言だけが異議を唱えているだけです。友人知人関係での調査はここが限界でした。そこでこの日記帳です。ここに答えに繋がる可能性のある情報が多数見つかりました」
紫白眼が刑素毛に見える様に日記帳を掲げた。
「この日記帳の内容を述べる前に確認です。加藤家に泰痔君が遊びに来た事はありますか? 特に奥様はどうです? 覚えはありますか?」
突然名前を呼ばれた瀬津羅が再度体を反応させる。
明らかに動揺している雰囲気だった。
「……4年生の頃までは一緒に遊んでいました。我が家にも上がった事はあります。でも5年生になってからは一度も来ていないと思います」
瀬津羅が消え入りそうな声で答えた。
専業主婦なので、子供がいる時間は家にいる事が殆どだ。
その発言に間違いは無いだろう。
ただ、刑素毛は初耳だった様で、眼を見開いて驚く。
「そうですか。そうなると妙な点が浮かび上がります。ご覧ください」
紫白眼が日記を開いて見せて説明する。
「例えば最初、この『4月3日、山下に消しゴムを捨てられる』ですが、この日はまだ始業式前の春休み。ちなみに始業式は4月7日でした。ならば、泰痔君が消しゴムを捨てるには、加藤家に来るしか無いのです」
「えっ……?」
刑素毛が、決闘で虚を突かれた時の様に驚いた。
「他にも4月16日は日曜日、6月9日は泰痔君が欠席した日、8月18日は夏休み、9月9日はそもそも泰痔君が事故死した日ではありません。この日は土曜日なので半日授業。給食後の休憩時間など無いのです。泰痔君は9月8日の給食後の休憩時間に亡くなったのです」
紫白眼が日記の違和感に気づき、スマートフォンで調べていたのは、2023年のカレンダーだった。
まず、始業式前に消しゴムが捨てられる違和感が切っ掛け。
そこでカレンダーを調べると、学校での虐めが不可能な日があった。
その後。学校での調査で、泰痔が欠席した日に虐めの記録があった。
そうなると、この虐め日記の信頼性が無くなって来る。
「これは虐めの証拠記録です。それなのに、こンなに間違いがあるのは不可解ですねぇ。それにもっと恨み辛みが書かれても良かったハズなのに、実に簡潔です」
「ひ、日付は間違いかも知れませんし、別に簡潔に記録したって良いでしょう!?」
この日記帳から恨みを蓄え決闘に臨んだのだ。
刑素毛の眼には、憎悪の呪物にしか見えていない。
それが『間違いだった』など、あってはならない事実だ。
「間違いの可能性を否定はしませン。簡潔に書いても『変』と断定するのは他者の勝手な感想です。だから全否定はしませン。ただそれでも『変』と感じただけです」
「ッ!!」
刑素毛は決闘中にも見せなかった驚愕と困惑の顔を晒した。
息子を信じたい気持ちと、証拠が示す可能性が自信を奪う。
「もう一つ見て頂きたいのが、こちらの日記帳です。これは児童の一人から借りた物ですが、内容は関係ありませんのでザッとご覧ください。」
紫白眼が刑素毛に日記を手渡す。
刑素毛は寝ながら受け取り、パラパラとめくった後、妻の瀬津羅に渡した。
「別に何の変哲もない日記帳だと思いますが……?」
瀬津羅はまだ読んでいるが、刑素毛には何も違和感を感じない。
「そう。本当に何の変哲も無いのですよ。私もそう思いますよ?」
北南崎は淡々と言った。
「なら――」
「だからこそ、こちらの虐め告発日記の異常性が浮かび上がります」
「えっ」
「4月から9月までの虐め記録と、普通の日記帳を比べてください。虐め日記帳は異常なまでに奇麗なのです」
紫白眼が説明する。
「き、綺麗なのが不審なのですか!?」
「極めて不審です。これは断言します。借りた児童の日記帳は毎日書かれている訳では無いですが、4月頃と9月頃の日記を見てください」
「……? 別に何も……?」
「良く見てください。4月に書かれた日記より、9月の日記の方が、文字が綺麗じゃないですか?」
「綺麗? 文字を上手に書けているかの確認ですか?」
「違います。文字の劣化です」
「劣化?」
「4月に書いた日記は、鉛筆で書いた文字が掠れ汚れ、滲みが全体的にあり、9月に比べれば日数の経過が比較できるのです。しかし虐め日記には文字の劣化がみられない。同じ鉛筆で書かれているのに。まるで、1日で全部書き上げたかの様に見えませんか?」
「ッ!? そ、そうだとしても!? まさかこの虐め記録は偽造だと!?」
紫白眼の言葉に、刑素毛が驚く。
「偽造は断定はしません。ただ、余りにも使い込まれた形跡が無い日記帳なのは断定します」
「で、でも――」
「もう結構です!」
突然、瀬津羅が刑素毛の抗議を遮って叫んだ。