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第12話 大統領報告①

【滋賀県/今龍いまたつ市総合病院 特別有料個室】


 仇討ちに勝利した加藤刑素毛は、今龍市内の総合病院に搬送されていた。


 この仇討ち法は、決闘の勝者を死なせない為に、決闘場に一番近い総合病院の手術室が確保されている。

 同時に特別有料個室も政府負担で保障されている。

 仮に無傷で勝ったとしても、最低1日は検査入院が受けられ、負傷しても完全完治まで入院可能である。

 勝っても意識不明の重体となれば、回復するか、死亡するまで入院は保証される。


 そんな特別個室に加藤は入院していた。



【特別有料個室/加藤家】


 北南崎、紫白眼、菅愚漣ら政府一行と、今回の治療を担当した医師が加藤の部屋の前に到着し、北南崎がドアをノックした。


「はい」


 女性の声がドア越しに聞こえ、扉が開かれた。


「あッ! だ、大統領……」


「お気になさらずに」


 女性が慌てて居住まいを正そうとするのを、北南崎が手で制した。


「奥様ですね?」


 紫白眼が尋ねた。

 加藤の経歴や家族構成は調査済みだが、一応の確認を取る。

 今、大統領と応対しているのは加藤の妻、瀬津羅せつらであった。


「はい。加藤の家内です」


「ご主人は起きていますか?」


「は、はい。全身麻酔でしたが、短時間での縫合処置で済みました……」


 青い顔で瀬津羅が答えた。

 夫か勝って安心したのか、夫が命を賭けて戦った姿に信じられないのか、罪人とはいえ人を殺した一面に驚いたのか、あるいは、全てに現実感が感じれれないのか――


「それは良かった」


 北南崎は、瀬津羅の困惑に何の配慮もせず答えた。

 今回の法を利用したのは、あくまで刑素毛である。

 政府は道を用意しただけであって、選択したのは遺族である。

 それに下手に同情するのは命を賭けた両者に失礼と思っていた。


「早速ですが、調査結果が纏まりました」


「調査……あの試合前の件ですか。は、早かったですね……」


「えぇ。もしご主人の体調が悪いなら後日でも構いませンが?」


「入って頂きなさい」


 奥の方から刑素毛の声が聞こえた。


「貴方……」


「では、失礼します」


 北南崎一行は、奥のベッドまで歩みを進めた。


「怪我の具合は如何ですか? あぁ、そのままで良いですよ」


 加藤はベッドに横たわっていた。

 体を起こそうと試み、北南崎が手で制した。


「まぁ……見ての通りですが、命に別状はありません。息子の仇を討ち、私も生き残った。これ以上を望んでは贅沢でしょう」


 刑素毛は固定器具で保護された首に手を当てて答えた。

 他にも点滴が腕に入っており、見た目は完全に重傷患者だ。


「先生、加藤さンの怪我はどの程度で、どンな治療を?」


「はい。首の切傷は重傷で、首の後ろから手前に掛けて約10cm程の大きな傷でした。しかし、絶妙に頸動脈からは外れており命に別状はありませんが、皮膚は当然、首筋肉の幾つかが断裂していましたので、その全てを縫合し、動かない様に固定しています。点滴は痛み止めと抗生物質です」


 医者がカルテを見ながら答えた。


「また、フライ返しという刃物ではない凶器で斬られたので、傷口の痕はどうしても残ります。可能な限り整復致しましたが……」


 刃物であれば綺麗に斬れた傷口だが、コンクリートブロックで研いだ鈍らで抉り斬られただけに、傷口の見た目は酷かった。


「命懸けの決闘をしたのです。この程度で済んだのなら幸運としなければ贅沢です」


 刑素毛は生還を果たした結果なのか、別人の様に達観していた。


「それで大統領。ここに来て頂いた、と言う事は、もう調査が終わったので?」


「はい」


 北南崎は簡潔に断言した。


「どうします? 聞く気分に無いのであれば、後日でも構いませンよ?」


 北南崎は念押しする様に尋ねた。


「……いえ、ご足労頂いたのですから今聞きます。聞いて今日までの悪夢の終止符とします」


「分かりました。覚悟して聞いてくださいね」


「えっ。覚悟?」


 息子の仇をこの手で討ち、真実が明らかになる。

 息子の正しさが証明されるなら、覚悟を強いるのは妙な話だ。

 この時、妻の瀬津羅が顔を曇らせたのには誰も気が付かなかった。


 北南崎と紫白眼が、見舞い者用の椅子に座り、菅愚漣がその背後に立った。

 菅愚漣だけが、何か躊躇する雰囲気を出したが、出しただけで何も行動は起こさなかった。


 そんな中、北南崎は全員が聞く態勢になったのを確認して話始めた。


「決闘後、子供たちが通っていた小学校に行ってきました。そこで色々確認したのですが、様々な事が判明しました」


 今龍中央小学校。

 今はこの世にいない2人が通っていた一般の学校だ。


「今からの言葉は子供たちの証言です。何人かは両者共に仲が良く、その中の更に何人かは1年生から5年生まで一緒だった子もいました。そンな彼らも含め全員一致の言葉が聞けました。『2人はとても仲が良かった』と」


「……え?」


 想定外すぎる言葉に刑素毛は言葉に詰まる。

 紫白眼が後を継いで話す。


「虐めについても確認しました。それを尋ねても子供たちは『え?』と答えました。日記帳に書かれた数々の虐めに対し、誰一人知らないとの事でした」


「な、ならあの日記は!?」


 到底受け入れられない証言に刑素毛は驚く。


「日記については後で話します。子供の証言に戻りますが、一つ興味深い証言がありました。『加藤君が5年生になってから、急に冷たくなった』と」


 紫白眼の言葉を聞いて、妻の瀬津羅の体が反応した。

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