【滋賀県/
仇討ちに勝利した加藤刑素毛は、今龍市内の総合病院に搬送されていた。
この仇討ち法は、決闘の勝者を死なせない為に、決闘場に一番近い総合病院の手術室が確保されている。
同時に特別有料個室も政府負担で保障されている。
仮に無傷で勝ったとしても、最低1日は検査入院が受けられ、負傷しても完全完治まで入院可能である。
勝っても意識不明の重体となれば、回復するか、死亡するまで入院は保証される。
そんな特別個室に加藤は入院していた。
【特別有料個室/加藤家】
北南崎、紫白眼、菅愚漣ら政府一行と、今回の治療を担当した医師が加藤の部屋の前に到着し、北南崎がドアをノックした。
「はい」
女性の声がドア越しに聞こえ、扉が開かれた。
「あッ! だ、大統領……」
「お気になさらずに」
女性が慌てて居住まいを正そうとするのを、北南崎が手で制した。
「奥様ですね?」
紫白眼が尋ねた。
加藤の経歴や家族構成は調査済みだが、一応の確認を取る。
今、大統領と応対しているのは加藤の妻、
「はい。加藤の家内です」
「ご主人は起きていますか?」
「は、はい。全身麻酔でしたが、短時間での縫合処置で済みました……」
青い顔で瀬津羅が答えた。
夫か勝って安心したのか、夫が命を賭けて戦った姿に信じられないのか、罪人とはいえ人を殺した一面に驚いたのか、あるいは、全てに現実感が感じれれないのか――
「それは良かった」
北南崎は、瀬津羅の困惑に何の配慮もせず答えた。
今回の法を利用したのは、あくまで刑素毛である。
政府は道を用意しただけであって、選択したのは遺族である。
それに下手に同情するのは命を賭けた両者に失礼と思っていた。
「早速ですが、調査結果が纏まりました」
「調査……あの試合前の件ですか。は、早かったですね……」
「えぇ。もしご主人の体調が悪いなら後日でも構いませンが?」
「入って頂きなさい」
奥の方から刑素毛の声が聞こえた。
「貴方……」
「では、失礼します」
北南崎一行は、奥のベッドまで歩みを進めた。
「怪我の具合は如何ですか? あぁ、そのままで良いですよ」
加藤はベッドに横たわっていた。
体を起こそうと試み、北南崎が手で制した。
「まぁ……見ての通りですが、命に別状はありません。息子の仇を討ち、私も生き残った。これ以上を望んでは贅沢でしょう」
刑素毛は固定器具で保護された首に手を当てて答えた。
他にも点滴が腕に入っており、見た目は完全に重傷患者だ。
「先生、加藤さンの怪我はどの程度で、どンな治療を?」
「はい。首の切傷は重傷で、首の後ろから手前に掛けて約10cm程の大きな傷でした。しかし、絶妙に頸動脈からは外れており命に別状はありませんが、皮膚は当然、首筋肉の幾つかが断裂していましたので、その全てを縫合し、動かない様に固定しています。点滴は痛み止めと抗生物質です」
医者がカルテを見ながら答えた。
「また、フライ返しという刃物ではない凶器で斬られたので、傷口の痕はどうしても残ります。可能な限り整復致しましたが……」
刃物であれば綺麗に斬れた傷口だが、コンクリートブロックで研いだ鈍らで抉り斬られただけに、傷口の見た目は酷かった。
「命懸けの決闘をしたのです。この程度で済んだのなら幸運としなければ贅沢です」
刑素毛は生還を果たした結果なのか、別人の様に達観していた。
「それで大統領。ここに来て頂いた、と言う事は、もう調査が終わったので?」
「はい」
北南崎は簡潔に断言した。
「どうします? 聞く気分に無いのであれば、後日でも構いませンよ?」
北南崎は念押しする様に尋ねた。
「……いえ、ご足労頂いたのですから今聞きます。聞いて今日までの悪夢の終止符とします」
「分かりました。覚悟して聞いてくださいね」
「えっ。覚悟?」
息子の仇をこの手で討ち、真実が明らかになる。
息子の正しさが証明されるなら、覚悟を強いるのは妙な話だ。
この時、妻の瀬津羅が顔を曇らせたのには誰も気が付かなかった。
北南崎と紫白眼が、見舞い者用の椅子に座り、菅愚漣がその背後に立った。
菅愚漣だけが、何か躊躇する雰囲気を出したが、出しただけで何も行動は起こさなかった。
そんな中、北南崎は全員が聞く態勢になったのを確認して話始めた。
「決闘後、子供たちが通っていた小学校に行ってきました。そこで色々確認したのですが、様々な事が判明しました」
今龍中央小学校。
今はこの世にいない2人が通っていた一般の学校だ。
「今からの言葉は子供たちの証言です。何人かは両者共に仲が良く、その中の更に何人かは1年生から5年生まで一緒だった子もいました。そンな彼らも含め全員一致の言葉が聞けました。『2人はとても仲が良かった』と」
「……え?」
想定外すぎる言葉に刑素毛は言葉に詰まる。
紫白眼が後を継いで話す。
「虐めについても確認しました。それを尋ねても子供たちは『え?』と答えました。日記帳に書かれた数々の虐めに対し、誰一人知らないとの事でした」
「な、ならあの日記は!?」
到底受け入れられない証言に刑素毛は驚く。
「日記については後で話します。子供の証言に戻りますが、一つ興味深い証言がありました。『加藤君が5年生になってから、急に冷たくなった』と」
紫白眼の言葉を聞いて、妻の瀬津羅の体が反応した。