【滋賀県/今龍市 今龍中央小学校校長室 北南崎桜太郎大統領】
「すみませン校長先生、教頭先生、稲葉委員長。少々伺いたいことがあるンですが、よろしいですか?」
北南崎がにこやかに尋ねた。
「は、はいッ!」
「何でも聞いてください!」
校長の氏家縛判と、教頭の安藤柴蝋、教育委員長の稲葉魂剛が兵士の様に背筋を伸ばし返事をする。
校長が緊張しない様に配慮した北南崎の問いかけは無駄に終わった。
「あー……。まぁ良いでしょう。実は、この日記帳なんですが、ちょっと見てもらえますか?」
北南崎は日記帳を校長室の応接テーブルに置いた。
「拝見します。これは……決闘の際に加藤さんが仰っていた物ですね……」
「……えっ? 校長、教頭、これなんですが……」
稲葉が何か気が付いたのか、ある部分を指し示した。
「え……あっ!?」
「これは!?」
日記帳のある部分に気が付いた3人は、内容に驚き、戸惑いを隠せなかった。
「やはりですか。実は――」
北南崎は、紫白眼と共に気が付いた点を話した。
「――これは……どういう事でしょう……!?」
校長、教頭、委員長は戸惑いの上乗せに動揺が激しくなる。
「まだ現時点では予測ですが――」
「――成程。今の所、そう考えるのが妥当と判断します」
稲葉委員長の言葉に、校長、教頭も同意した。
「さて、後は児童との面談次第ですねぇ。HRまで御厄介になるとしますか。先生方、何かご要望があるなら聞きますよ? 2度と無いかも知れない機会なので、率直な意見を聞かせてください」
北南崎はHRまでの時間を使って、今後の為の話し合いを始めた。
他愛のない事から、教育、政治の在り方まで。
そして、今回の決闘の是非について――
現場の貴重な意見なのだから、この際にしっかり吸収するつもりであった。
【今龍中央小学校/6年3組】
「HRの時間ですが、今日は少し内容を変更します。……では全員起立ッ! 礼ッ! 大統領閣下、どうぞッ!」
担任の不破紙魚彦の号令で、児童が一斉に立ち上がった気配を察した北南崎と紫白眼は、困った顔で入室した。
「……あー。皆さン。そして先生。立場上仕方ないですが、この様な最敬礼は無用ですよ」
「そうですね。先生の気持ちは理解できますが、これは、その、ちょっと、何と言いましょう……?」
今の挨拶の為に、短時間で懸命に最敬礼を練習させたのだろう。
全員、不気味な程、完璧な45度の姿勢であった。
必要以上に緊張したり警戒されては、本来聞けた事も聞けなくなる。
ここまで事実が判明して、それは困るのだ。
「し、失礼しましたッ! 全員着席ッ!」
北南崎と紫白眼は『その気迫が余計』と言いかけたが、先生の面子を潰すのも本意ではないので、これ以上は言わなかった。
(小学校の教育改革は必要になりそうですね)
(えぇ。学校は学びの場であって軍隊ではありませンからねぇ)
2人は過去を懐かしむと共に、異常性も再認識した。
国の大統領、副大統領が来たとは言え、子供は子供らしくが好ましいのが2人の共通認識だ。
「皆さン、こンにちは。大統領の北南崎です」
「こんにちは。副大統領の紫白眼です」
2人は精一杯にこやかに語りかけたが、児童は金縛りに掛かったかの如くであった。
ぎこちない顔にも程がある、を通り越して、もう可哀想でもあった。
「……ま、まぁ、仕方ないのかもしれませンねぇ」
可哀想な程に緊張して、中には気絶しそうな子も居て、北南崎としても不本意ながら諦めざるを得なかった。
更に言えば、紫白眼はともかく北南崎は、筋骨隆々の羆みたいな男だ。
児童にとっては、怪物が笑顔で微笑んでいる状況だ。
また、担任の指導もさる事ながら、児童は中継を見ずとも、今日、最低でも知り合いの親同士が殺し合いをしたのは知っている。
その上で、大統領がここに来たからには、決闘が終わった後なのは児童でも理解できる理屈だ。
「先生、後ろの椅子だけの児童は、他のクラスの子ですね?」
紫白眼が一応の確認を取った。
別に聞く必要もなかったが、何とか緊張を和らげようと試みたのだ。
「は、はい。御申しつけ通り、御仲の良かった御子を御集めましたッ!」
その試みは失敗に終わった様だった。
児童以上に緊張している不破は、もう死にそうだった。
自分が今、何を喋って居るのか、どんな文法で母国語を喋っているか理解していないだろう。
恐らく今、ロボットダンスをしたら、ある意味世界一になるだろう。
(暇を見つけて保育士の勉強でもしましょうかねぇ)
(特に大統領は、そうした方が良いでしょう)
「(えっ?)おほン! では始めましょうか。迎えの親御さンも心配でしょうからねぇ」
今日の事を見越して、迎えが可能な親には来てもらい、仕事で来られない家の子には、政府の送迎バスが用意されている。
「そうですね。では先生、一旦退出を。先生には児童を帰した後に確認します」
「あっ、えっ? ……しょ、御承知しましたッ!」
不破にとっては意外だったが、これは『目を閉じて机に伏して、給食費を盗った人は手を挙げろ』の理論である。
今回であれば、先生の目が届かない方が都合が良いのだ。
不破の退室を見届けて紫白眼が声を掛けた。
「怖がらせてごめんなさいね? でもこれはとても大切な事なの。君達の友達が2人亡くなり、今日、当事者の親が息子の名誉を賭けて戦いました。君達には理解ができないかもしれない。でもこれだけは覚えてほしいの。善悪どうあれ人の死には悼む心を持って欲しい。皆さんにはそんな大人を目指して欲しいと我々は思っています」
まだ20代なのに、校長よりも威厳のある紫白眼の精一杯の慈愛の言葉で、児童に対する確認作業が始まるのであった――
【大統領専用車両/後部座席】
児童への質問を終えた北南崎と紫白眼は、専用車両に乗り込むと、加藤の入院先に向かった。
もっと掛かるかもしれないと思っていた調査は、予想に反して短時間で終わった。
決闘から調査、そして報告。
濃密すぎる一日だ。
「もうこれは99%間違いないでしょう」
「そうですねぇ。私も同じ意見です。コレは参りました……。加藤さンにも、山下君の墓前にも報告しにくいですねぇ」
「仕方ありません。改革は始まってしまったのです。もう理想に対し膝を折るのですか?」
「まさか! これは愚痴ですよ。織田信長公の掲げた理想を忘れた、愚かな先達の政治家先生達に対してのねぇッ!」
北南崎が右の拳を、左手のひらに叩きつけた。
その衝撃で、大統領専用車両が揺れた――
【大統領専用車両/運転席】
「おわッ!?」
不意の衝撃に、運転のSPが驚き周囲を警戒する。
「落ち着け。これは大統領閣下の癖みたいなモノだ」
運転席と北南崎達が乗る場所は防音壁で区切られている。
話す内容は聞こえないが、助手席に座る菅愚漣は何が起きたかすぐ理解した。
長年の付き合いだから仕方ないが、SPの心臓にも悪い悪癖なので何とかして欲しいのが正直な気持ちだが、大統領の激務を考えたら、これ位でストレス発散になるなら仕方ないとも思っている。
北南崎、紫白眼、目冥木、菅愚漣の他、大統領周りには昔馴染みが数人居る。
しかし、だからと言って『お友達政権』では無い。
皆、北南崎の理想に殉じる覚悟がある。
今日は忙しい一日であったが、その理想の第一歩が始まったのだ。
菅愚漣は北南崎の心を思えば、密室のこの車両が安らぎとストレス発散になればと願うのであった――