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第10話 大統領現場検証

【今龍小学校/北南崎大統領一行】


「こちらです」


 随伴するSP責任者の菅愚漣熊亥かんぐれんゆうがいが事故現場、又は、殺害現場へ案内する。


「……ン? こちらは校庭ですよね?」


 広い校庭に案内された北南崎一行。

 事故死はともかく殺害の場合、人が殺された場所にしては開けすぎている。

 一行は当然、校舎裏や人目の少ない場所に案内されると思っていたのに、こんな場所に案内されるとは予想外だった。


「はい大統領閣下。事件、或いは事故ですが、昼食後の昼休憩時間に発生しています」


 菅愚漣がタブレットを操作しながら、当時の調書を読んだ。


「え? ならば多数の児童が校庭で遊んでいる中、加藤君が山下君を殺したのか、山下君が転倒死したというのですか?」


 紫白眼がその光景を思い浮かべるが、どうにも納得できない光景が浮かび上がる。

 それが事実なら、目撃者大多数のはずなのだ。

 今更、事故だの殺しただの議論の余地は無いはずだ。


「そうなります。副大統領閣下」


 菅愚漣も思うところはある様だが『YES』と答えるしかない。

 そう書いてあるのだから。

 それに己の余計な意見は、崇拝する北南崎と紫白眼の邪魔になる。

 求められれば答えるが、聞かれるまで控えるのが菅愚漣の良い所だ


「う~ン? そうなると、1人もその現場を目撃していないなンて事は考えにくいですよねぇ?」


 事故現場は、児童が作った花壇だった。

 校庭の端に、石を並べ手作り感満載の可愛らしい花壇。

 季節の花が咲き誇り、とても人が死んだ場所とは思えないが、その思いを打ち砕く様に、花壇周辺には支柱が突き刺され、ブルーシートで保護され、Keep outテープで侵入禁止となっている。

 つまり、この場は間違いなく事件現場であり、現場保存として、当時のままで血痕も残っていた。

 テープの外側には多数の花束とドリンクが供えられており、改めて人が死んだ場所だと実感させられる。


 なお、他の花壇は囲いの石を撤去され、事故が無い様に、盛り土のみで花壇の体裁をたもっていた。


「……痛々しい。この花束の数や弔いの品々。手紙もありますねぇ。『寂しいよ。遠い将来、あの世で遊ぼうね!』ですか……ッ!」


 北南崎は滂沱の涙を流して、花壇に向かい手を合わせた。


「とても虐めをしていた人間に対する言葉とは思えませんね。……こちらの手紙も似た様な感じですね」


 紫白眼が別の手紙を見たが、書かれている内容は山下の死を悼むものだった。


「涙で手紙が濡れた跡が見受けられます。泣いたから本心だとは言いませんが、子供の涙は正直だと思います」


 紫白眼も北南崎に倣い手を合わせた。


「そこですね。私も同じ意見なンです。これだけを見ると、とても虐めがあったとは思えませン。そうなると気になりますね」


「泰痔君の普段の生活ですか?」


「そうです。彼はクラスの人気者だったのか、それとも、嫌われ者だったのか? 死ンで当然と考える児童は1人も居なかったのか? 聞き込みをしたい所ですねぇ」


 北南崎は、しゃがみこんで地面を観察する。

 足跡を調べようと思ったのだが、流石に風化してしまって良く分からない状況になっている。

 一応、当時の足跡の幾つかを目立つ形でシリコンで固め保存してあるが、死んだ泰痔の足跡しか判明していない。


「山下君が言っていましたねぇ。『警察も取り合ってくれない』と」


 決闘開始前の山下の言葉だ。

 底辺だから相手にもされない、との言葉だった。


「そうですね。警察が国民を上級下級と区別するなど無いと信じたい所ですが、我々がこの国に立つ以前は、そうとしか思えない捜査や判決があったのも事実です。加藤氏は確かに滋賀県有数の納税者。山下氏とは資産が天地の差です」


 紫白眼が自分たち以前の統治時代を思い出した。

 酷い時代を思い出し、苦渋の表情だ。


「そう。しかし、別に加藤さンが子供を名門学校に入れる動きはしていないのですよね? 普通……何をもって普通とは断定できませンが名門学校に通わせても良かったはず。それに泰痔君の事故に対し介入した形跡は無いのですよね?」


 北南崎が菅愚漣に尋ねた。

 加藤に選民意識が無い事の確認だ。


「はッ! 仰る通りで、誹露貴君が小学校受験を失敗したとの形跡はありません。最初からこの学校に通わせるつもりだったようです。加藤氏が事件を事故へと隠蔽した形跡もありません。警察は証言を元に事故と断定した様です。山下氏が聞いた泰痔君の遺言を取り合わなかったのも事実との事です」


 菅愚漣は無線機を聞きながら報告する。

 別のSPが滋賀市警に行っており、随時情報を聞き出して報告しているからこその断定口調だ。


「その当時、休憩中にドッチボールをしていて誹露貴君と泰痔君は、事故の際には外野、つまりこの場所に居て、回ってきたボールを取ろうとした際、泰痔君が誤って花壇に頭をぶつけた、と記録に残っています」


「ふむ。ドッチボールですか。懐かしい。では泰痔君が突き飛ばされたとは、誹露貴君がボールを取ろうと泰痔君を突き飛ばした可能性もありますね? 故意偶然に限らず。それに手に限らず体当たりでも」


 突き飛ばし、との表現で『手』を思い浮かべていたが、球技中では話が違う。

 つい衝突したり、絡まりあって大ケガするのは、プロスポーツでもある事だ。


「警察もその可能性は考えた様ですが、当の誹露貴君は否定し、クラスメイトも突き飛ばしたとの証言はありませんでした。結局、接触したかもしれないが、これは事故だと判断した様です」


「成程。どちらとも判断できてしまう突発的な瞬間だったようですねぇ。では加藤君から預かった、虐めの日記を見せてもらえますか?」


「はい。こちらになります」


 菅愚漣が加藤から預かった日記帳を渡した。

 何の変哲もない、自由帳、漢字書き取り帳と同じシリーズの日記帳だ。

 北南崎が2023年と書かれた昨年の日記帳を開く。

 5年生の頃の日記だ。


・4月3日、山下に消しゴムを捨てられる。

・4月16日、山下に鉛筆を折られた。

・5月10日、山下に教科書を落書きされた。

・5月26日、山下に体育で足を引っかけられた。

・6月9日、山下がイスに画鋲を仕掛けた。

・6月22日、山下が椅子を引いて尻もちをついた。

・7月11日、山下にバイキン扱いされみんなに笑われた。

・7月14日、山下に殴られ蹴られた。

・7月19日、山下にお小遣いを取られた。

・8月18日、山下に宿題を押し付けられた。

・9月6日、山下にまた殴られた。

・9月7日、山下に親の金を持って来いと言われた。

・9月8日、山下にお金を渡さなかったので、何度も殴られた。

・9月9日、山下が死んだ。天罰だ。


 事細かくは書かれていないが、日記帳に箇条書きの様に書かれた恨み言は、スペースが大量に余っており、静かな怒りが感じられた。

 なお、誹露貴が誘拐され殺されたのは10月9日。

 泰痔が亡くなった一か月後である。


「丁寧な字ですね。育ちが良いのは間違い無さそうです。それに賢い。5年生が習う漢字じゃない字もありますね」


「そうですねぇ。ただ、私としては拍子抜けしてしまいました。もっとこう、恨みつらみが書き殴られている呪物の様なノートを想像してたンですがねぇ」


「それは確かに。……うん? 大統領、これは……?」


 紫白眼がスマートフォンを取り出し、何かを調べ始めた。


「気が付きましたか? 私も色々気になっていました。今、紫白眼君が気になっている件も含め、これはHRで確認した方が良さそうですねぇ」


 2人は加藤誹露貴の残した証拠品にして遺品のノートをペラペラと捲る。


「山下君が事故死まで続いた恨み。ソレは良いとしてコレは……」


「このノートは重大な証拠で間違いなさそうですね」


 北南崎と紫白眼は一つの可能性に気が付いた。


「えぇ。菅愚漣君は市警に連絡して、もうこの花壇の証拠保全は必要無い事を伝えてください」


 北南崎が菅愚漣に命じた。

 もう花壇に見るべき所は無く、このノートこそが真実を語っていると断定した。

 ならばもう、この痛ましい事件の証拠は消し去ってしまった方が児童の精神には良いだろう。


「では確認の為、校長室に行きましょうかねぇ。面白い話が聞ける可能性が極めて高そうです」


「はい。行きましょう」


 こうして北南崎一行は、校長室に取って返すのであった――

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