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第8話 加藤刑素毛vs山下頌痔③

【山下家敷地内/焼け跡闘技場 山下頌痔】


 ギャガギンッ!!


「おぉッ!」


 見届け人が声を上げた。

 彼らの視線は山下と加藤ではなく、宙に舞った日本刀。


 正確には、中程で折れ飛んだ刃先。

 加藤の斬撃は距離を誤り、山下が伏せたのもあって背後のブロック塀に叩きつけられた。


 これが山下の狙い。


 山下はブロック塀に背を預け、斬撃をギリギリまで引き付けた。

 元々この場所は山下から見て右側と背後にブロック塀がある。

 瓦礫との隙間も狭く、頭上か左側からの斬撃にさえ注意すればいい。

 ならば伏せれば、どんな攻撃でも回避可能だ。

 但し、タイミングを誤れば頭蓋骨を陥没させる一撃だったが、冷静さを失った加藤の斬撃は『斬る』ではなく『叩きつけ』だ。


『刃物は刃をスライドさせて初めて斬れるのだ!』


 などと技術を語る次元ではない稚拙な一撃。

 加藤はせっかく覚えた日本刀の使い方を、山下の挑発のお陰で完全に頭から抜け落ち、走る勢いのままブロックに叩きつけてしまった。

 そのお陰で、加藤の日本刀は中ほどから折れた。


 ただし、幾ら塀への叩きつけとは言え、一撃で折ってしまう加藤の攻撃は、ある意味凄いのか?

 いずれにしろ、怒りと力任せの振り下ろしは、それなりの攻撃力はあっただろうが、そんな精神状態で斬れるはずがない。

 仮に頭部に当たれば皮膚は抉れるだろうし、大ダメージにはなっただろうが、頭蓋骨を割るには精神が未熟だった。

 しかし、それも当然であろう。

 例え巻き藁を斬れたとて、加藤は少し前に初めて刀を触った程度の素人なのだ。

 精神が揺さぶられれば、容易に腕は落ちる。


 それを逆手に取った山下の頭脳プレーだった。


『戦場では冷静さを失えば死ぬ』


 フライ返しを研ぎ、瓦礫から鍋蓋を見つけて防御装備を整え、止めに挑発&加藤の抗議に対する罵倒。


 軍事、格闘の教科書にしたい程の、完璧な作戦であった。

 そして作戦であるからには続きがある。

 加藤が折れ飛んでしまった刃先に目を奪われた瞬間、山下はフライ返しを加藤の首めがけて突き出した。

 狙いは首の動脈である。

 その為に、開始直後と2/4周掛けて研いだフライ返しだ。


 だがその必殺の突きが外れた――のは計算である。

 下手に突いて金属の細い柄がヒン曲がっても困るからだ。


 調理用フライ返し――

 持ち手は木製、先端は鉄製で縦8cm横5の長方形で、持ち手と先端を繋げる柄は厚さ1mm、幅10mm程度の、100円ショップで買ったのか武器として極めて頼りない。

 だが先端がほぼ長方形なのを、山下は見逃さなかった。


 返しの先端部分が持ち手に向かい、角度の浅い台形か、長方形である事がこの作戦を成立させた。

 但し、台形や長方形とは言っても四角の角が鋭角に尖っていない。

 調理器具を傷つけたり、怪我しない様に丸く加工されているが、丸い部分も含めて首に引っ掛けられるのが重要で、その部位は念入りに研いだ。


 故に本当の狙い――突きではなく――フライ返しの角――後ろ首に引っ掛け――手前に引いて――角で抉り斬る――


「グッ!?」


 鋭く短い呻き声が決闘場に響いた。


「おぉ!」


 見届け人から視聴者まで、一斉に驚いた。

 北南崎大統領も驚き感心していた。


(よくぞフライ返しでそこまで考えたモノですねぇ。人間とは何と可能性のある生き物なのか! それ故に惜しい! 惜し過ぎる! 犯罪者であるのが本当に惜しい!)


 北南崎は山下の経歴が真っ白なら、直属のSPセキュリティポリスに抜擢したいと思う程の対応力だった。


(勝った!)


 山下はスローで飛び散る、加藤の血を見て勝利を確信した。



【加藤刑素毛】


 飛んだ刃先――何が起きたのか――思わず我を失う――右手に残った刃の断面――フライ返し―――首を狙って襲い――血が飛び散った――


「ギャアァァッ!? こ、この……ぐがッ!?」


 山下の悲鳴が響き渡った――


 一体、何が起きたのか?


 首の出血を無視――日本刀を左手に持ち替え――跳躍――中空を舞う刃――右手で掴む――


 着地する勢いのまま、折れた刃先を山下の左鎖骨近辺に突き刺した。

 本当は脳天を狙ったが、山下の鍋蓋に弾かれ軌道を逸らされて、咄嗟に狙いをスライドし鎖骨を狙った。

 一瞬の忙しい攻防だったが、思った以上に加藤は冷静だった。

 山下の一撃が目を覚まさせたのか?

 首を抉り斬られたが、その後の流れは異常なスローに感じる程に、宙に飛んだ日本刀の先端を捉えていた。


 軍手をしていても血がにじむ。

 刃を握るのだから、滑り止め軍手でも繊維は切れる。

 握力も突き刺す力も全力なのだから当然のケガだが、そんな事を気にしている場合ではない。


「グッ!? な、なんで……!?」


 山下が加藤の首を見て呻く。

 実は加藤の首の傷は動脈に達しておらず、見た目は酷いケガだが、流れる血は大した事はない。

 山下がスローモーションで見えた血は、集中力の賜物ではなく、狙った出血量では無かったからだ。

 勿論『大した事ない』とは、『死なない』であって、縫合が必要なレベルのケガではあった。


「うおぉぉッ!」


 一方、加藤の持つ折れた刃がズブズブと沈んでいく。

 鎖骨も肋骨も運良く避けた刃は、抵抗感薄く突き刺さり埋まっていく。

 気持ちの悪い感触が、刃を伝わって手に残るが、そんなのは関係ないし余裕もない。

 山下も抵抗し刃を掴んで手を切ってしまい、慌てて加藤の腕を掴むも後の祭り。


「死ねぇぇぇッ!」


 加藤が左手に持った刀を柄頭で握り、右手で掴んでいる刃の断面を思いっきり叩いた。

 金槌で釘を打つ様に、子供が受けた拷問を再現する様に――

 いわゆる『鉄槌』の一撃で、30cmはあった折れた刃は完全に山下の体に埋まった。


「ガッ……!? カハッ……」


 それと同時に、山下の全身から力が抜け地面に倒れ伏した。

 勝負ありであった――と、試合なら決着だが、ここは試し合いではなく命を懸けた本番。


 誰が見ても明らかな死が確認出来なければ、決着ではない。

 つまり、裁定人たる大統領が動かない以上、続行だ。


 加藤は勝利を確信したが、油断せずフライ返しを後方へ投げ捨て、うつ伏せに倒れた山下を仰向けにし、胸倉を掴んで起こした。


「最後だ! 何故俺の子を殺した!? あんな残虐な方法で!」


 加藤は今一度、殺害の真の動機を聞いた。

 その言葉を聞いて山下は、口から血を流し異音の混じる声で反応した。

 肺の片方が潰れ血が体内で溢れているのだろう。


「言っただろ……。俺の子……死の真実……知りたかっ……。あの子は……優しい……虐めなんか絶対しな……。虐めたと……しても……行き違いが……あった……ハズだ……ッ!」


 息も絶え絶え、やっとの事で山下は喋った。

 突き刺さった場所が場所だけに、刃は心臓にも達しているかもしれない。


「行き違いッ!? あの子は立派に育った俺の自慢の子だった! 虐められる理由は無い!」


 加藤は左手で逆手に持った刀を山下の右肩に振り下ろす。

 切っ先が無いので刺さらないが、死の間際の山下は更なる苦痛に顔を歪める。


「グッ! クッ! フフフ……あぁ……今わかったぞ……。お前の眼……お前の子供とそっくり……。確信した……。人を収入や生まれ……表面でしか見て……人を差別し区別し犯罪を生み出す眼……元凶だ……ッ!」


 山下は最後の力を振り絞って、呪詛の如き言葉を吐き出す。


「クックック! 俺のこの……姿は未来の貴様だ……。ようこそ殺人者ッ! ようこそ底辺へ……ッ!」


 そう言い残し山下は首を後ろに傾けた。

 力尽きたのだ。

 全身から力が抜け落ち、加藤は胸倉を掴んだ右手だけでは支えきれず、山下の体を地面に落とした。


「大統領」


「はい、なンですか?」


「この決闘はどうすれば終了しますか?」


 加藤が尋ねた。

 どう考えても勝負ありだが、誰も何も告げないので仕方なく聞いた。

 その声は決闘当初からは考えられない程に、冷たく悍ましい声であった。


「そうですねぇ。この場合、動脈を掻っ切るのが一番でしょう。見た目では生死は判断できませンが、出血量が明らかな致死量と確認出来たら終了とします」


 この決闘は死刑判決を覆してまで設えた場だ。

 引き分けは無いし、ポイント判定も無い。

 決着は死しかないのだ。

 一応、刃が30cmも体内に入ったなら、ほっといても死ぬ。


 だが、この決闘の性質を考えたら、止めを刺してこそ。

 本来は死刑なのだ。


「わかりました」


 その言葉を聞いた加藤は、刀を右手で持ち直し、山下の髪を掴み首の動脈を一気に切り裂いた――と同時に血が勢い良く噴き出した。


 加藤は己が受けた傷と全く同じ場所を切り裂いた。

 北側のブロック塀と地面が血に染まる。

 動脈を斬るとは、こう言う事であり、山下は意識を失い倒れはしても心臓は動いていたのだ。

 それが、動脈を切った事で体内の圧力から解放された血が一気に噴き出し、一定量噴出した所で止まった。


「何が『底辺にようこそ』だ……!」


 加藤は山下の体を乱暴に地面に叩きつけた。

 恨みを晴らしてなお、憎しみが晴れぬ感情がありありと見て取れる。

 だが、北南崎は冷徹に判断し認めた。


「よろしいでしょう。勝負あり!」



【北南崎桜太郎大統領】


 こうして歴史に残るであろう、近代国家ではありえない『仇討ち法』の第一回が無事終了した。

 90%の勝利を約束された被害者遺族が、己が手で無念を晴らす理想の展開。

 大統領の思惑通りでもある、文句の付け様が無い決着。


 だが、満足そうなのは北南崎だけ。

 未届け人は一言も声を発しないし、全員まだ観戦中かの様に、加藤と山下をじっと見続けた。

 加藤が応急処置を受け救急車に乗っても、山下の遺体が運び出されても、ずっと闘技場を見続けていた。


 パンッ!


「ッ!?」


 大統領が手を叩いた音が響き渡り、催眠術から目が覚めたかの様に見届け人は我に返った。


「さぁさぁ。早く移動しないと、機動隊員の皆さンの撤収作業が始められませンよ?」


 未届け人は一斉に立ち上がると頼りない足取りで、機動隊の大型装甲車に乗り込んだ。


「ふぅむ? 良薬口に苦しとの言葉がありますが、コレは何と言うべきですかねぇ? ……良薬口で暴れる、でしょうか? どう思います?」


 大統領は、己の背後に背後霊の如く立っていた目冥木に聞いた。


「……。劇薬口から飛び出る、じゃないですかね……?」


「フフフ。薬が意思を持ったかの様な言い回しですねぇ。否定はしませンよ。それも一つの正解でしょう。SNSの方はどうですか?」


「反応は凄まじいですね。勝負の要因を語る者、意見を語る者、大統領への賛否など様々です。ちょっと集計するには時間が必要です」


「まぁそうでしょう。時間が経つと意見が固まるでしょう。ただ、どうせ今回の対決の趣旨と意味はそっちのけで、言い争いになって訳が分からない状態になるのは目に見えてますねぇ。今この瞬間の意見が一番新鮮で有意義なのでしょうねぇ」


「……そうでしょうね」


「今日のニュース、明日の新聞、世界の反応が楽しみですねぇ」


 北南崎にはニュースや世界の反応は、100%予想が付いている。

 予想通りの批判と非難と、少数の肯定意見が取り上げられるだろう。

 そこまで理解していて、全く構わないと北南崎は思っている。


「……そうですね」


 官房長官目冥木として、明日の対応が、いや、今以降の対応が死ぬ程大変になるだろうと理解し気が滅入る。


「さて。我々も行きますか」


「大統領官邸ですね?」


「いえ、大統領官邸に行くのは目冥木さンだけです。マスコミに説明してください。何なら私に丸投げで結果だけ伝え『後日大統領から発表がある』と言っても構いませンよ」


 独裁国家ではあるが、マスコミのコントロールはそこまで行っていない。

 独裁国家にあるまじき、ある程度自由な報道が許されている。

 故に、答え難い事も問われるが、第一回故に、大統領に任せた方がスンナリ行くだろう事は容易に想像がつく。


「……お言葉に甘えます。それで、大統領は官邸に行かずどちらへ?」


 目冥木は安堵しつつ大統領の行動を確認する。


「私と副大統領は、加藤さンと山下君の子供が通っていた小学校にいきます。勝者には真相の調査と報告を約束しましたからね。聞くなら今が一番でしょう。幸い今日は平日。学校の校長や教頭、担任の教師に同級生。話は沢山聞けるでしょうねぇ」


 そう言うと北南崎は副大統領を伴い、颯爽と大統領特別専用車に乗り込んだ。

 それを見届けた目冥木は、ヨロヨロと防弾ガラスに手を付きながら、大統領官邸に向かう。


 大統領が現場を離れると、特設会場は素早く撤去され、後に残ったのは、ブロック塀と焼け残った瓦礫、それに北西の大量の血痕だけであった。

 これで血痕がなければ、単なる火災現場。

 火事がなければただの民家だが、撤去作業が終わっても、決闘の余韻がいつまでも現場に漂うのは気のせいでは無いだろう――

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