目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第7話 加藤誹露史vs山下頌痔 決着

【旧山下家敷地内/焼け跡闘技場 山下頌痔】


 ギャガギンッ!!


「おぉッ!!」


 見届け人達が一斉に声を上げた。

 彼らのその視線は、山下と加藤ではなく、宙に舞った日本刀であった。


 正確には、中程で折れ飛んだ刀である。

 加藤の斬撃は距離を誤り、山下が伏せたのもあってブロック塀に当たってしまった。


 これが山下の狙いだった。


 山下はコンクリートブロックに背を預け、斬撃をギリギリまで引き付けた。

 元々この場所は山下から見て右側と背後にブロック塀がある。

 瓦礫との隙間も広くないので、頭上か、左側からの斬撃にさえ注意すればいい。

 ならば、伏せてしまえば、どんな攻撃でも回避可能だ。

 但し、一歩間違えば頭蓋骨を陥没させる可能性もある一撃だったが、冷静さを失った加藤の斬撃は『斬る』ではなく『叩きつけ』だった。


 刃物は刃をスライドさせて初めて斬れるのだ! ――などと技術を語る次元ではない稚拙な一撃。


 加藤はせっかくレクチャーを受けた日本刀の使い方を、山下の挑発のお陰で完全に頭から抜け落ちてしまい、右手の腕力と走る勢いのままコンクリートブロックに叩きつけてしまった。

 そのお陰で、加藤の日本刀は中ほどから折れてしまったのだ。


 むしろ、いくらブロック塀に叩きつけたとは言え、一撃で折ってしまう加藤の攻撃は、ある意味凄かったのか?


 いずれにしろ右手一本だけとは言え、怒りと力任せに振り下ろしたのだから、それなりの攻撃力はあっただろうが、そんな精神状態で斬れるはずがない。

 仮に頭部に当たれば皮膚は抉れるだろうし、大ダメージにはなっただろうが、頭蓋骨を割るには精神が未熟だった。

 しかし、それも当然であろう。

 例え巻き藁を斬れたとて、加藤は少し事前に初めて日本刀を触った程度の素人なのだ。

 精神が揺さぶられれば、容易に腕は落ちる。


 それを逆手に取った山下の頭脳プレーだった。


『戦場では冷静さを失えば死ぬ』


 フライ返しを研ぎ、一目散に逃げ、そのついでに更に研ぎ、瓦礫から鍋蓋と衣類を見つけて防御装備を整え、止めに『来い!』と威嚇&加藤の温い抗議に対する嘲笑。


 軍事、格闘の教科書にしたい程の、完璧な流れと素晴らしい作戦であった。


 そして作戦であるからには続きがある。

 加藤が折れ飛んでしまった刃に目を奪われている瞬間、山下は調理用フライ返しを加藤の首めがけて突き出した。

 狙いは首の動脈である。

 その為に、開始直後と2/4周掛けて研いだフライ返しだ。


 だがその必殺の突きが外れた――のは計算である。

 下手に突いて金属の細い柄がヒン曲がっても困るからだ。


 調理用フライ返し――

 持ち手は木製、先端は縦8cm横5の長方形で、持ち手と先端を繋げる部分は厚さ2mm程度の鉄製の、100円ショップで買った様な、安っぽくて武器としては何とも頼りないが、フライ返しがほぼ完全な長方形であるのは山下にとって僥倖であった。

 返しの先端部分が取っ手に向かって、なだらかな台形になっていないのがポイントだ。

 なだらかな台形では、今回の作戦は実行できない。

 角度の浅い台形か、長方形である事が絶対条件なのだ。

 但し、台形や長方形とは言っても四角の角が鋭角には尖っていない。

 フライパンを傷つけたり、怪我しない様に丸く加工されているが、丸い部分も含めて首に引っ掛ける予定の部位は、念入りに研いだ。


 本当の狙いは――突きではなく――フライ返しの角を――後ろ首に引っ掛け――思いっきり手前に引いて――フライ返しの角で抉り斬る――


「あがァッ!?」


 鋭く短い呻き声が決闘場に響いた。


「おぉ!!」


 見届け人から視聴者まで、一斉に驚いた。

 もちろん、北南崎大統領も驚き感心していた。


(よくぞフライ返しでそこまでの作戦を思いついたモノですねぇ。人間とは何と可能性のある生き物なのか! それ故に惜しい! 惜し過ぎる! 犯罪者であるのが本当に惜しい!)


 北南崎は山下の経歴が真っ白なら、直属のSP(セキリュリティポリス)に抜擢したいと感嘆する程の対応力だった。

 未届け人の各々も様々に思いを馳せていた。


(勝った!!)


 山下はスローモーションで飛び散る、加藤の血を見て勝利を確信した。


【加藤誹露史】


 上空に飛んだ刃先――何が起きたのか理解できず――思わず我を失う――右手に残った刃の断面が――老眼でピントが合わない――目から遠ざけて調節する――山下のフライ返しが首の動脈を狙って襲い掛かる――血が飛び散った――


「ギャアァァァッ!? こ、この……ぐがッ!?」


 山下の悲鳴が響き渡った――


 一体、何が起きたのか?

 加藤は首からの出血を物ともせず――日本刀を左手に持ち替え――全力でジャンプ――中空を舞う刃を右手でキャッチ――

 そのまま落下する勢いを利用し、折れた刃を山下の左鎖骨近辺に突き刺した。

 本当は脳天を狙ったが、山下の鍋蓋に弾かれ軌道を逸らされて、咄嗟に狙いをスライドし鎖骨を狙った。

 一瞬の忙しい攻防だったが、思った以上に加藤は冷静になっていた。

 山下の一撃が目を覚まさせたのか?

 首を抉り斬られたが、その後の流れは異常にスローモーションに感じる程に、宙に飛んだ日本刀の先端を捉えていた。


 軍手をしていても血がにじむ。

 直に刃を握っているのだから、いかに滑り止め軍手といえど、刃部分を握って突き刺せば、繊維は切れる。

 握力も突き刺す力も全力なのだから当然のケガだが、そんな事を気にしている場合ではないは百も承知、と言うより気が付いていない。

 なお加藤の首の傷は動脈に達しておらず、見た目は酷いケガだが、流れる血は大した事はない。

 山下がスローモーションで見えた血は、集中力の賜物ではなく、狙った出血量では無かったからに過ぎない。

 勿論『大した事無いとは』この場においては『死にはしない』『動脈を斬られていない』であって、治療するなら縫合が必要なレベルのケガではあった。


「うおぉぉぉッ!!」


 一方、加藤の持つ折れた刃がズブズブと沈んでいく。

 鎖骨も肋骨も運良く避けた刃は、抵抗感薄く突き刺さり埋まっていく。

 こうなると、鍋蓋で弾かれたのが功を奏している。

 えも言われぬ気持ちの悪い感触が、刃を伝わって手に残るが、そんなのは関係ない。

 気にしている余裕もない。

 山下も、そうはさせじと刃を掴んで手を切ってしまい、慌てて加藤の腕を掴むも後の祭り。


「死ねぇぇぇぇッ!!」


 加藤が左手に持った刀を柄頭で握り、右手で掴んでいる刃の断面を思いっきり叩いた。

 まるで怒りに任せて机を叩く様に、釘を金槌で打つ様に、己の子供が受けた拷問を再現する様に――

 いわゆる『鉄槌』と称されるその一撃で、30cmはあったであろう折れた刃は完全に山下の体に埋まった。


「ガッ……!? カハッ……!!」


 それと同時に、山下の全身から力が抜け地面に倒れ伏した。

 勝負ありであった。


 ――と、普通の格闘技の試合なら、そうなる前に審判が割って入るが、ここは命を懸けた決闘場。


 誰が見ても明らかな死が確認出来なければ、割って入る事は出来ない。

 最も、防弾ガラスで囲われた決闘場なので、割って入るには大統領正面のガラスの扉を開けねばならない。

 つまり、大統領が決着の判定人でもあり、まだ動いていない以上、決着ではない。


 一方、加藤も半ば勝利を確信したが、油断せずフライ返しを取り上げ後方へ投げ捨てると、うつ伏せに倒れた山下を仰向けにして、胸倉を掴んで起こした。


「最後だ! 何故俺の子を殺した!? あんな残虐な方法で!!」


 裁判で明かされなかった殺害の真の動機を聞いた。

 その言葉を聞いて山下は、口から血を流しながら、ゴボゴボと異音の混じる声で反応した。

 肺の片方が潰れ血が体内で溢れているのだろう。


「言っただろ……。俺の子……死の真実……知りたかっ……。あの子は……優しい……虐めなんか絶対しな……。虐めたと……しても何か……とんでもな……行き違いか……何かがあった……ハズだ……ッ!!」


 息も絶え絶え、やっとの事で山下は喋った。

 突き刺さった場所が場所だけに、刃は心臓にも達しているかもしれない。


「行き違いッ!? あの子は立派に育った私の自慢の子だったのだ! 虐められる理由は無い!」


 加藤は左手に持つ折れた日本刀を山下の右肩に振り下ろす。

 切っ先を失っているので突き刺さる事は無かったが、死の間際の山下は更なる苦痛に顔を歪める。


「グッ!! クッ! フフフ……あぁ……今わかったぞ……。お前の眼……お前の子供とそっくり……。確信した……。人を収入や生まれた家柄……表面でしか見ていない……。人を差別し区別し犯罪を生み出す眼……元凶だ……ッ!!」


 山下は最後の力を振り絞って、呪詛の如き言葉を吐き出す。


「クックック! 俺のこの……姿は未来の貴様だ……。ようこそ殺人者ッ! ようこそ底辺へ……ッ!!」


 そういって山下は首を後ろに傾けた。

 力尽きたのだ。

 全身から力が抜け落ち、胸倉を掴んだ右手だけでは支えきれず、加藤は山下の体を地面に落とした。


「大統領」


「はい、なンですか?」


「この決闘はどうすれば終了しますか?」


 加藤が尋ねた。

 もうどう考えても勝負ありだが、誰も何も告げないので仕方なく聞いた。

 その声は決闘当初からは考えられない程に、冷たく悍ましい声であった。


「そうですねぇ。この場合、動脈を掻っ切るのが一番でしょう。見た目では生死は判断できませンが、出血量が明らかな致死量と確認出来たら終了とします」


 この決闘は死刑判決を覆してまで設えた場だ。

 引き分けは無いし、判定決着も無い。

 決着はどちらかの死しかないのだ。

 一応、刃が30cmも体内に入ったなら、即座に緊急治療しなければならないレベルの怪我なので、ほっといても死ぬ。

 だが、この決闘の性質を考えたら、止めを刺してこそだ。

 本来は死刑判決なのだから。


「わかりました」


 その言葉を聞いた加藤は、おもむろにしゃがむと、折れた日本刀を右手で持ち直し、改めて持ち上げた山下の首の動脈を一気に切り裂いた――と同時に血が勢い良く噴き出した。

 加藤は己が受けた傷と全く同じ場所を切り裂いたのだ。

 北側のブロック塀と地面が血に染まる。

 動脈を斬るとは、こう言う事であり、山下は意識を失い倒れはしても心臓は動いていたのだ。

 それが、動脈を切った事で体内の圧力から解放された血が一気に噴き出し、一定量噴出した所で止まった。


「何が『底辺にようこそ』だ……ッ!!」


 加藤は山下の体を乱暴に地面に叩きつけた。

 恨みを晴らしてなお、憎しみが晴れぬ感情がありありと見て取れる。

 だが、北南崎は冷徹にジャッジを下した。


「よろしいでしょう。勝負あり!」


【北南崎桜太郎大統領】


 こうして歴史に残るであろう、近代国家ではありえない『仇討ち法』の第一回が無事終了した。

 90%の勝利を約束された被害者遺族が、己が手で無念を晴らす理想の展開である。

 大統領の思惑通りでもある、文句の付け様が無い決着だ。


 だが、満足そうにしているのは北南崎だけ。

 未届け人は一言も声を発しないし、今の戦いの感想を語り合う姿も無い。

 全員、まだ観戦中かの様に、加藤と山下をじっと見続けていた。

 加藤が機動隊の応急処置を受け退場し救急車に乗っても、山下の遺体が運び出されても、ずっと闘技場を見続けていた。


 パンッ!


「ッ!?」


 大統領が手を叩いた音が響き渡り、催眠術から目が覚めたかの様に見届け人は我に返った。


「さぁさぁ。早く移動しないと、機動隊員の皆さンの撤収作業が始められませンよ?」


 未届け人の閣僚は、一斉に慌てて立ち上がると、操り人形の様な頼りない足取りで、機動隊の大型装甲車に乗り込んだ。


「ふぅむ? 良薬口に苦しとの言葉がありますが、ならばコレは何と言うべきですかねぇ? ……劇薬口で暴れる、とでも言いましょうかねぇ? どう思います官房長官?」


 大統領は、己の背後に、背後霊の如く立っていた目黒木に聞いた。


「……。劇薬口から飛び出る、じゃないですかね……?」


「フフフ。薬が意思を持ったかの様な言い回しですねぇ。否定はしませンよ。それも一つの正解でしょう。SNSの方はどうですか?」


「反応は凄まじいですね。良い悪いを語る者も居れば、勝負の要因を語る者、自分の意見を語る者、大統領への賛否など様々です。ちょっと集計するには時間が必要です」


「まぁそうでしょう。時間が経つと、意見が固まるでしょうね。ただ、どうせ今回の対決の趣旨と意味はそっちのけで、言い争いになって訳が分からない状態になるのは目に見えてますねぇ。今この瞬間の意見が一番新鮮で有意義なのでしょうね」


「……そうでしょうね」


「今日のニュース、明日の新聞、世界の反応が楽しみですねぇ」


 北南崎にはニュースや世界の反応は、100%予想が付いている。

 予想通りの批判と非難と、少数の肯定意見が取り上げられるだろう。

 そこまで理解していて、全く構わないと北南崎は思っている。


「……そうですね」


 官房長官目黒木として、明日の対応が、いや、今以降の対応が死ぬほど大変になるだろうと理解し、気が滅入る。


「さて。我々も行きますか」


「大統領官邸ですね?」


「いえ、大統領官邸に行くのは目黒木さンだけです。マスコミに説明してください。説明出来ない事は私に丸投げして結構ですよ。何なら、結果だけ伝え『後日大統領から発表がある』と言っても構いませンよ」


 独裁国家ではあるが、マスコミのコントロールは行っていない。

 独裁国家にあるまじき、ある程度自由な報道が許されている。

 故に、答えにくい事もズバズバ問われるだろうが、第一回故に、大統領に任せた方がスンナリ行くだろう事は容易に想像がつく。


「……そうさせてもらいます。少々荷が重すぎます。それで、大統領官邸には行かずどこに行くので?」


 目黒木は安堵しつつ大統領の行動を確認する。


「私と副大統領は、加藤さンと山下君の子供が通っていた小学校にいきます。勝者には真相の調査と報告を約束しましたからね。聞くなら今が一番でしょう。幸い今日は平日。学校の校長や教頭、担任の教師に同級生。話は沢山聞けるでしょうねぇ」


 そう言うと北南崎は副大統領を伴い、威風堂々、颯爽と大統領特別専用車に乗り込んだ。

 それを見届けた目黒木は、ヨロヨロと防弾ガラスに手を付きながら、大統領官邸に向かう。


 大統領や未届け人が現場を離れると、特設会場は素早く撤去され、後に残ったのは、コンクリートブロックと焼け残った瓦礫、それに北西の大量の血痕だけであった。

 これで血痕がなければ、単なる火災現場。

 火事がなければただの民家だっただろうが、撤去作業が終わっても決闘の余韻がいつまでも現場に漂うのは決して気のせいでは無いだろう――

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?