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第7話 加藤刑素毛vs山下頌痔②

【山下頌痔】


(来たッ!)


 山下は加藤の動きを見て、再度対角線上になる様に一目散に逃げだした。

 南のカメラ視点では、西へ逃げ、に再度逃げた形となる。


 相手の武器が武器だけに、逃げるのは理解できる行動。

 だが山下は、ただ逃げを打った訳では無かった。

 フライ返しを壁に当て、ガリガリと1/2周分の距離でフライ返しを再度研いだ。

 だが、それだけでは無かった。


(ココこそ俺が来たかった場所!!)


 北西に辿り着き、研ぎを終えると瓦礫に飛び込み、目当ての物を探して左手に持った。

 山下の言う『ココ』とは台所――の焼け跡。

 ココに目当てのモノが焼け残っていれば、あるはずなのだ。


(幸運だ! 鍋蓋が焼け残っていた! 泰痔が『勝って!』と応援している!)


 山下はガラス製の鍋蓋の取っ手を、左手の人差し指と中指で挟んだ。


(包丁でも残っていれば儲けモノだったが探している暇はない! ……よし!)


 鍋蓋は防御の為の道具である。

 奇跡的に原型を留めていた鍋蓋。

 防御兵装としては最低ランクの品だが、命懸けの戦いで防具の有り無しは全然違う。


 何せ山下の服装は、捕まった時のまま。

 上下トレーナーに普通の運動靴。

 相手が準備万端で臨むのに対し、自分は今日戦う事を知ったばかり。

 準備期間の有無もアドバンテージと気が付いたが故の行動だ。


(左手一本はくれてやる! その代わり俺が勝つ!)


 山下は左手の鍋蓋をバックラーの様に構え、右手のフライ返しの柄を顔付近の高さで構える。

 バックラーとは西洋盾の一種で、その構えは利き手と反対の手で持ち突き出して構える。

 これで相手を牽制し、攻撃を受け止め流し、また鈍器シールドバッシュとしても良い。


 空手でも、ボクシングの試合でも、左手を突き出して構える選手がいる。

 これが結構厄介で、相手のスペースに入り難いのでやり辛いのだ。

 無論、手段が無い訳では無いが加藤は格闘技未経験。

 きっと、効果はあるだろう。


 なお、山下も格闘技の経験は無いが、殺人の経験と絶体絶命の危機が、この戦法を本能的に選ばせた。

 何の訓練もせずに辿り着いたこの境地は、時代が時代なら高名な武道家になれたかもしれない。


(加藤は……! よし!)


 山下は瓦礫の跡から最初に加藤の居た北西の角に戻り、南西の真南に位置まで来た加藤に正対して構え裂帛の声で叫んだ。


「来いッ!!」


 そんな山下の戦略を見ていた北南崎は素直に感心した。


(これは20%ぐらいは勝ち目が出ましたかねぇ? 拷問による一方的な殺害とは言え、やはり人1人殺した経験は、経験の無い者と天地の差ですねぇ)


 北南崎は、絶体絶命の中にあって機転を利かせた行動を褒めた。


(私でもそうしますねぇ。ここは自宅なのだから、焼け跡のお宝を活用しない手はない。さて加藤さン、どうしますか?)


 北南崎は、驚愕と失態で顔を歪ませている加藤を見て、心中で声援を送った。



【加藤刑素毛】


 加藤は山下の逃げを、呆気に取られて見てしまった。

 逃げるのはともかく、焼け跡に入り込む理由が皆目見当がつかない。

 足場の悪い場所に逃げ込んで何の有利があるのかと思ったのだ。

 山下を追いかけ、壁沿いを3/4周した頃には、己の大失態に気が付くも後の祭り。


 まさか防御の為の道具を最初から狙っていたとは思わなかったのだ。

 自分の日本刀から逃げるだけかと侮った、と言う程に侮った訳でもないが、心のどこかで『一方的な有利は変わらない』と思っていたのも事実。


 それが覆されそうになっている。

 一方的な殺害を目指していたのに、これは困る。

 今や加藤の目算でも勝率は80%ぐらいだ。

 これはマズイ。


「だ、大統領! これは反則では!?」


 加藤は山下に対し視線を切らさず北南崎に確認を取った。


「気持ちは理解できますが武器を与えて戦う場所を指定した以外、なにもルールを定めていませン。地形や残骸を利用しようとそれは自由。それも踏まえて貴方には90%の勝ちを得られるアドバンテージを与えたつもりです」


「ッ!!」


 半ば分かっていた答えが返ってきたが、やはり明言されるとショックは大きい。


「加藤! 真剣勝負の場で一体何を聞いている!?」


「ッ!?」


「貴様の愚かさを棚に上げて大統領に泣きついてどうする!? お茶の間にお笑いを届けたいのか? なら笑ってやるぞ!?」


 山下の明らかな挑発が飛んでくる。

 だが実際その通りで、真剣勝負に卑怯もクソも無い。

 卑怯だと感じる手段があるなら、容赦なく選択すべきなのが真剣勝負。

 しかも、この場は己が死刑判決を覆して設営された場。

 何なら山下は、留置場から出られないし、武器も大幅に有利不利が定められた場で、事前準備も出来なかったのに、そして、死刑囚なのに今更卑怯だ何だと言われた所で痛くも痒くも無い。


 卑怯な発想こそ強者の証。

 やはり殺人の経験と、犯罪の経験の差は大きい様であった。

 そこに被せられた山下の挑発。


 その言葉に、加藤は全国のお茶の間の失望と、嘲笑の声を聞いた気がした。

 全国生中継の公開決闘の場で覚悟の足りなさの指摘は、被害者として恥の上塗りだ。


「クソッ! そこを動くな山下ァッ!!」


 加藤は山下の挑発に掛かってしまった。

 怒髪天の形相で山下に向かって走り、右手に刀を持ち担いで走り出した。



【山下頌痔】


(来た! 掛かった! ここ一番でいい。左手を失っても胴体を切られてもいい!! 泰痔! 父さんに力を貸してくれ!!)


 山下は猛然と駆け寄る加藤に対し一歩も動かず壁際で突っ立っていた。


(4m――3m――2m――ッ!!)


「ウオォォォッ!!」


 加藤が走った勢いのまま刀を振り下ろす。

 山下は限界ギリギリまでその刃を引き付けた。

 早くては見抜かれる――遅ければ死ぬ――相手が引き返せないギリギリを狙って――山下は鍋蓋で頭部を守り――地面に伏せた――


 ギャガギンッ!!


 音響機器としてカメラとは別に音声マイクが用意されているが、その音はエコーでも掛かっているかの様な音を拾った――

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