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第6話 加藤刑素毛vs山下頌痔①

【山下家敷地内/焼け跡闘技場】


 大統領の号令と共に、両者は即座に動き始めた。

 この期に及んで怖気づく両者ではなかった。


 ただ、その動きは対照的だった。



【加藤刑素毛】


 日本刀を握った加藤は、改めて扱い方を確かめ眼前の焼け残った何か、恐らく建築材らしき棒を切った。

 事前にアドバンテージとして習ったとは言え、上段から袈裟斬りに糸を引く様に残像を残した刃は、建築材を時間差で切り飛ばした。

 2ヵ月の猶予期間での日本刀の訓練で、青竹に巻いた巻き藁の一刀両断には成功していた。

 この巻き藁斬りは、成功すれば人間の腕や足を骨ごと両断できる目安とされる。


 それを今一度思い出す様に斬った。


(よし! いける!)


 刃が通り抜けてから、明らかな間を空けて建築材が倒れる様は、才能と、この一戦に賭ける想いがそうさせるのか?

 まるで時代劇の役者の様に堂に入っていた。



【山下頌痔】


(急げッ!)


 一方、山下は調理用フライ返しを確認すると、即座にブロック塀にもたれ掛り、後ろ手にガリガリと壁を擦った。

 視線は加藤に向けたままだ。

 未届け人達はその行動の意図を図りかねていたが、北南崎大統領だけは即座に理解した。


「……ほう。勝率が10%には戻りましたかね?」


 山下が何をしているのか?

 簡潔に言うなら『研ぎ』である。

 鉄製のフライ返しだが、あくまでもフライ返しであり刃物ではない。

 そこで山下はコンクリートブロックにフライ返しの先端を擦り付ける事で、少しでも殺傷能力を付与しようと試みた。


 先程、己の子供が加藤の子に殺されたと主張し、しかし、己の子が加藤の子を虐めていた受け入れ難い事実が判明し、明らかに怒りと殺気が失せていた。

 しかしこの冷静な行動から、己の子の無実と正義を信じた様子である。


(子供の証言があてになるか! 俺の子が虐め!? 仮に何かあったとしても加藤のガキの勘違いだ! 俺の拷問に何も口を割らなかった! あれは子供が耐えられる拷問じゃ無い!)


 山下が加藤の子を誘拐したのは、己の子の死の真実を知りたかっただけだ。

 仮に本当に虐められていたなら、そう言えば良いのに、死ぬまで何一つ喋らなかった。

 余りにも何もしゃべらないので、ついに山下も激高し、取り返しのつかない拷問行為に手を出した。

 爪を全て剝がしても、指を全て叩き潰しても、泣き喚くだけで聞きたい事に何一つ答えない。

 山下自身もグロテスクな形となった子供の手足に、吐き気を催しながら必死に拷問を繰り返した。


(子供がこんなに我慢強いのか!? まさか本当に何も知らないのか!?)


 もし自分が拷問を受けるなら、爪一枚剝がされる前に喋るだろう。

 相手が聞きたい望み通りの事を喋る自信がある。

 助かる為には、生きて帰る為には何でも喋る。


 もはや山下は後に引けなくなっていた。


 とどめの一撃となった原因は、子供の目だった。

 手足を潰されても、涙で泣き腫らした眼でも、子供とは思えぬ侮蔑の眼光が、金槌を脳天に振り下ろさせた。


 殺すつもりは無かった一撃が致命傷となった。


 結局、加藤の子は何も喋らず息絶えた。

 根性や精神力でどうにかなる拷問では無いはずなのに、子供が到底耐えられぬ痛みに耐えて死んだ。


『ついカッとなって』


 とは、こう言う事を言うのだろう。

 加藤の子は金槌の一撃で、頭蓋骨が破壊され脳が飛び散り、両目が眼窩から飛び出して、椅子に縛られたまま床に倒れた。

 何の偶然がそうさせたのか、侮蔑の眼のまま眼球が飛び出し、山下を光なき眼で捉える。

 どこに移動しても、視線がついて回るのは気のせいだったのか?

 それとも、狂気に冒された精神が、山下にその光景を見せたのか?


 その惨状に驚愕した山下は、慣れない手つきで加藤の子を吐きながら解体し、調理して加藤家に送った。

 怒りよりも、恐怖による錯乱行動だが、これは裁判では言わなかった。

 言っても信じてもらえないし、どうせ心象最悪なのだから死刑は確定だ。

 最後まで秘密にする事が、殺した子に対する嫌がらせなのだ。


 それなのに、今になって虐めの真実が見つかるなんて、都合が良いにも程がある。

 虐められていたなら、そう言えばいいのに。

 出鱈目であったとしても、助かる為に何か喋っても良いはずなのに。


 だから山下は結論付けた。


(コレは加藤の作戦だ! 俺を怯ませる為に、出鱈目を言っているんだ!!)


 ならば、絶対に生き残らなければならない。

 大統領が調査を約束してくれたのだ。

 ならば生きて結果を聞かなくてはならない。


 そう思ったら、先の加藤の言葉は自分の怒りで曇った眼を覚ますには丁度良かった。

 怒りのままだったり、意気消沈していては、フライ返しの武器化は思いつかない。

 別に刃物の切れ味じゃなくても良いのだ。

 少しでも皮膚を切り裂き、痛みを与えられるならなまくらでも構わない。

 少なくとも、怪我をしない様に配慮されたフライ返しでは、到底勝ち目など無い。

 日本刀に勝つにはそれなりの工夫が必要だ。


(あと、もう一つ! アレさえ……!)


 山下はフライ返しを研ぎながら、次の狙いと行動を決めた。

 だが、それには加藤が邪魔だ。

 その期を待つ山下であった。



【加藤刑素毛】


(しまった!)


 自分が試し切りしている間に、山下は既に動いていた。

 北南崎が気が付いた様に、加藤も山下の異変に気が付いた。

 普段なら気付けないだろうが、生死を賭けた闘いに身を投じた以上、違和感には敏感になる。

 山下の壁を削る行為が、この期に及んで勝負に関係ない行為のはずが無い。

 必ず勝つ為の何かなのだ。


 では何なのか――


 そう考え、山下の武器がフライ返しだと思い出した。

 精々、ビンタ程度の攻撃しか出来ないフライ返し。

 当たればそりゃ痛いだろうが、どう工夫しても致命傷の一撃は繰り出せない。


 この決闘においては生き残ればOKなのだ。

 当然、判定など無いが、引き分けはあり得る。


 即ち相討ちは困るが、山下側のルーレットを見る限り、仮にフライ返し以外の武器でも相討ちはあり得ない。


 金砕棒だけは危険だが、50㎏の鉄の塊など一回振り下ろせれば上出来の武器。

 仮に金砕棒が相手なら、相手が疲れるまで逃げる。

 故にどんな武器でも相討ちはあり得ないと思っていた。


 結局フライ返しに決まった訳だが、日本刀の一撃を仮に防御に使えば、両断は出来ずとも、最低でもし曲げる事は可能だろう。

 そうすれば、フライ返しなど只の鉄クズだ。

 武器を失った山下は、己に惨殺される運命が確定する。


(勝った!)


 ――などと安堵していたら、急に凶器が出現したのだから驚く他は無い。


 正直、自分が立会人なら感心してしまう機転の良さだ。

 武器の改造など、自分だったら思いつかない。

 しかも、この決闘は歴史に残る第一回目。

 そんな工夫を思い付くなど、冷静沈着にも程がある。

 自分が反対の立場だったら、玉砕するしかないと思っていた。

 唯一気を付けるべき玉砕戦法を選ばなかった山下に、感心するやら憎いやら腹立たしいやら――


 とにかく、絶対に避けねばならない、相討ちの可能性が生まれてしまい加藤は面食らう。

 10%の可能性が、ここまで重いとは予想外だった。

 それが11%以上の勝率になろうとしている。

 即ち、自分の勝率は90%切ったのだ。


(これが命のやりとりか!? あの研ぎで殺傷力が得られるかは分からんが、仮に動脈を狙われて切れたら?)


 加藤は厚手のツナギを着込み、滑り止め付き軍手と、登山シューズを履いている。

 今日の決戦の為に選んだ戦闘服だ。

 本当ならヘルメットも欲しかったが、明らかな防護服は認められていない。

 ヘルメットの他に安全靴、特殊防刃防弾服の類は認められない。(防具はハンデ次第で許可される場合もあるが今回は無し)


 そうなると、手持ちのファッション重視の服やジャージでは心許ない。

 機動性と、柔軟性と、防御性を2月考え抜いて選んだ服がこのツナギと登山シューズだ。

 ホームセンターに売っているのを見かけた時は、運命の出会いと感じた。

 足から胴体、腕から手首まで保護されている。

 フライ返しでビンタされても、痛いだけで済む。


 だが今、フライ返しは明らかな凶器へと変貌した。


(あのフライ返しで首が切り裂かれる可能性はあるのか?)


 無いとは断言できない。

 包丁やナイフ程の切れ味は無いだろうが『絶対に無い』と言えない。

 万が一にも負けられない勝負で、万一の可能性を考慮しない訳にはいかない。


(コイツ! 間違いなく勝つつもりだ! 自分の犯罪が勘違いと知ってなお、この冷徹な判断! サイコパスにも程がある! 奴にとって俺は獲物なのだ! 自分の殺人衝動を満たす最後の機会を逃すハズがない!)


「ふぅぅぅッ! クソッ!!」


 加藤は己の甘さと驕りを認め、猛然と走り出した。

 ただし、中央は焼けた家が瓦礫で塞がっている。

 ここに入り込んでは素早い動きが出来ない上に、足を取られスキを見せる可能性が高い。


 そんな事が原因で負けたら、全国のお茶の間に大失態を届けてしまう。

 加藤家末代までの恥となる。

 加藤の現在地は北西の角。

 山下の現在地は南東の角。


 加藤は壁沿いを走った。


 この動きを南のカメラが捉えており、加藤はカメラ視点でに走り、次はに走った。


(これ以上、フライ返しの凶器化を許すな! 相手は殺人をクリアしたんだぞ!?)


 相手はサイコパス。

 最早、殺人のプロだ。

 弱者たる子供を、無抵抗の子供を殺したとは言え、殺人経験の有無は絶対の壁がある。


 武道では『人を殺して一人前』と言われる事もある。

 どんなに美辞麗句、綺麗事を並べても、武道は極めれば殺人技術。

 その最後の関門は殺人である。

 本当に殺せるかが重要なのだ。


 とは言え、そんな事が許されたのは、が天下統一するまでの戦国時代までだけだ。

 信長によって法治国家となって以来、罪人であっても殺すのは国家の仕事であり、殺人技術の完成を目指しての殺人は出来なくなって久しい。


 だから、殺人犯はそう言う意味でも強い。

 正に『一線を越える』とはこの事で、加藤の唯一の懸念が殺人経験の有無だった。

 これだけは、どんなに武器が有利でも分厚い壁だ。


 故に時間を掛ければ、それだけ消耗するのは自分。

 相手は虎視眈々とこちらの消耗を狙うはず。

 ならば時間を掛けず一刀両断のつもりじゃなければ負ける。


 加藤は山下の居る場所へ駆けるのであった。

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