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第5話 仇討ち法施行第一号 試合前

【滋賀県決闘会場/面談から2か月後】


 春の日差しが心地よく、冬の寒さの名残を吹き流す。

 そんな爽やかな日に、明らかに澱んだ空気感を漂わせる、とある区画。

 そこに大統領の北南崎が居た。

 腕を組んで威風堂々仁王立ちである。


 北南崎が官房長官の目冥木霊重めぐらぎれいじゅうに視線を送ると、目冥木が恭しくマイクを手渡した。


「あーあーマイクテスト、マイクテスト。うむ。感度良好ですね。さて、長らくお待たせしました。何せ、法を施行して初めての決闘です。場所、ハンデバランスの選定を悩ンだ結果、この様な形になりました」


 大統領が直々に司会進行をする。

 他に司会者が居ても良さそうだが、これはバラエティ番組では無いので、大統領、副大統領、官房長官の何れかが務める事が決まっている。

 今日は第一回なので、大統領、副大統領、官房長官と全員揃っているが、二回目以降の開催がある場合は、何れか1名が立ち会うのが規則となる。


 また他には初回故に見届け人も多数いる。

 但し、誰でも参加できる訳ではなく厳格に決められている。

 参加資格は閣僚全員と、『仇討ち法』の適用を認めた最高裁裁判官、そして周囲を固める機動隊、中継カメラを操作する機動隊だけだ。


 皆、未届け人に徹して動こうとしない。

 見届け人約20m四方のコンクリートブロックで囲われた上部の、防弾ガラス越しに設けられた特設席で神妙に座っていた。

 仮に無関係の国民を入れたとて、囃し立てたり拍手など起きないだろう。

 今から武士の時代以降、数百年ぶりに公的機関公認の殺し合いが行われるのだから。


 マンガや映画でそんな場面を見ても、今の状況があまりに現実感が無さ過ぎて、どこか落ち着かない。

 それが原因なのだろう。

 まだ始まってもいないの、当事者ではない閣僚ら見届け人が強く緊張感を発している。


 では、今回の決闘当事者はどうか?

 2人はボクシングの試合の様に敷地の対角線上で睨みあい、プロ格闘技の試合でも見られない、画面越しにも伝わる、本当におぞましい殺気を放出していた。

 こんな殺気は、不良少年の喧嘩やヤクザの抗争でもそうそう拝めない。


 それを、たった2人の男が発している。


 人間の可能性が凄いのか、あるいは、覚悟がそうさせるのか?

 あるいはこの決闘会場が原因なのか?


 その全てが正解だ。


 何せ決闘場所は、加藤家の長男が殺害された山下家の敷地だ。

 被害者遺族にとっては、まさに因縁の地。

 怒りと悲しみと憎悪が生み出す殺意は『これが殺気だ』と嫌でも分からせられる。


 一方、加害者側であるはずの山下も、激烈な殺意を放つ。

 手錠に足枷の状態だが、意に介さない殺意。

 罪の反省が無いのは明白だが、更なる殺意を抱くのは少々解せない感覚だ。


 生き残りに必死ならば理解できる。

 遺族の殺意を跳ね返し勝つには、相応の覚悟が必要だ。


 だが山下の感情は、見届け人達に『何か違う?』と違和感を抱かせる。


 大切な家が何者かの放火によって灰燼かいじんと帰したのが原因とも思われたが、勝ったとしても終身刑。


 仮に火事になっておらずとも、相続者も居らず、処分確定の物件だ。

 そんな家に執着するのか?

 見届け人には理解できないが、次第に皆この事件の異質さに気が付き思い至った。


『コレがサイコパスか』と――


 だが『サイコパスは異常殺人者』と言うと語弊がある。

 サイコパスと言っても、その独特の感性から、社会的地位の高い者、経営者、芸術家など害の無いサイコパスもいる。


 一方、害のあるサイコパスは、殺せるなら殺す。

 敵だから殺す訳ではない、憎いから殺す訳でもない。

 他人は獲物。

 殺人に興味があるから、苦しむ様を見てみたいから殺す。


 それだけだ。


 ただ、山下もサイコパスとして生きて来た訳では無い。

 知人、近隣の住人によれば、普通の隣人だった。


『こんな残虐な事をするとは思えない。何かの間違いじゃ無いか』


 皆が皆、口を揃え困惑を隠せない。

 また、この超絶格差社会で、小さくとも土地と家を所持したのは努力の証。

 サイコパス自覚の有無はともかく、事件を起こすまでは善良な国民だった。


 そんな山下家敷地が今回の決闘場である。

 火事の後、今回の裁判を見越し大統領が土地の厳重管理を命じたので、残骸が土地の中央にそのまま山となっている。


 火災から月日が経つのに、まだ焦げ臭い。

 殺された子の怒りがこの場で燻っているかの様だ。


 その会場に、唯一政府が持ち込んだ物が両陣営に置かれている。


「では布を取ってください」


 北南崎が命じた。


 両者の傍に控えていた機動隊員が、物体に被せてある布を取り払った。

 表れたのは等身大で様々な項目が表記された、人生を決めるゲームの様な手回しルーレットだ。


「それぞれの背後のルーレット。その意味する所は理解できますね?」


 加藤のルーレットには、以下の表記がされていた。


『警察拳銃:弾5発』

『日本刀1振り』

『槍1本』

『チェーンソー』

『マシンガン:弾10発』

『クロスボウ:矢20本』

『スタンロッド』

『コンバットナイフ2本』

『包丁5本』

『火炎放射器:燃料30秒』


 以上、10種類の項目が均等に並んでいる。


 一方、山下のルーレットは以下の表記がされていた。


『調理用お玉』

『ステーキ用ナイフとフォーク』

『けん玉』

『調理用フライ返し』

『ボクシンググローブ』

『エアーガン:20発』

『木製ブーメラン』

『投げ縄:5m』

『毒霧:プロレス用500ml』

『金砕棒:重さ50㎏』


 以上、10種類が同じ様に並んでいる。


「ご覧の通りですが改めて尋ねます。意味する所は理解できますね?」


 大統領の言葉とこのルーレットで、意味を理解できない者は居ない。

 ルーレットでそれぞれ武器を決めろと言う事だ。


 北南崎は両者との面談を経て、この様にバランスを取った。

 その上で加藤には全ての武器を、一通り使い方を教えてある。

 初めて触る武器では戦えないし、銃器など素人が扱える物でも無い。

 これで恐らく、加藤の勝率90%、山下の勝率10%ぐらいと見積もったのだ。


「我々も武器選択に干渉できません。不正防止の為に機械の類は一切使っておらず、全て只の木の板です。何が選ばれるかは本当に運次第です」


 加藤の武器は決まれば必殺級の武器ばかりだが、チェーンソーなどは取り回しが難しそうである。

 一方、山下の方は相当工夫して立ち回らないと勝てない武器ばかりが並んでいる、と言うより、明らかに武器じゃ無い道具の方が多い。

 金砕棒などは超強力だが、重量50㎏は持ち上げるのも大変なハズレ武器だが、他の武器も五十歩百歩だ。


「さて、始める前に言い残す事はありますか? 今からの発言は何か新事実があったとしても決闘に影響はしませン。特に山下君は裁判で言わなかった事があるのでしょう?」


 北南崎は山下に促した。

 ここで死んでは真相も闇の中だが、どうも山下は、この決闘に辿り着く為に黙秘を貫いた節がある。

 それを聞く機会は今しかない。


「ではお言葉に甘えて。……私には息子がいました。そこの加藤の子と同級生の。妻と死別した私には息子は残された希望! なのにッ! 私の子は加藤のガキに殺されたッ!」


「なっ……」


 山下の驚愕の告発に、加藤は絶句する。


「加藤のガキに突き飛ばされ打ち所が悪くてなぁ! 死に際に教えてくれた! 『突き飛ば……誹露貴ひろたかに……』ってなぁッ! これが10歳の子供の遺言か!? 遺言を聞いたのは俺だけだったから警察も取り合ってくれない! 転んで頭を打ったと処理された! 底辺国民の扱いはこれで十分ってか!?」


 まさに火を吐き出すが如くの憎悪の言葉。

 この言葉だけで人を殺せそうな、憎悪の言霊の如く。


「世間様も色々言ってくれたな! 『底辺が勝手に転んで死んだw』『親がサイコパスだから子も間抜けなのだろうw』ってな! 俺がサイコパス!? バカ言うなッ! 確かに殺してバラした! でも誰が好んで人なんか食うか! ケツにも興味無ぇよ! サイコパスに見せかけただけだ! ゲロ吐きながら必死になッ! 俺がサイコパスに見えた!? なら、そう見えた奴らこそがサイコパスだッ!」


 大粒の涙を流す山下。

 加害者とは思えない殺意を放出するのは、息子の敵討ちが理由だったのだ。


「成程。だそうです。加藤さン、何か反論は?」


「あります。山下! ウチの子はな! 貴様の子に虐められていたんだよ!」


「なっ……」


 今度は山下が絶句した。

 初めて知った事実だった。


「心優しいあの子はずっと耐えて来た! 陰湿な虐めを散々耐え抜いてきた先に天罰が下った! 貴様の子は死んで当然自業自得の底辺クズ野郎だッ!」


 まさに血を吐くような言葉。

 新事実を知ってなお、それを言葉で叩きのめす呪いの言霊だ。


「成程。しかし加藤さン。裁判でそれを証言しなかったのは何故です?」


 北南崎は疑問に思った事を聞いた。

 今の証言は、裁判で出なければおかしい。


「今日、決闘に臨むにあたり子供の部屋に行きました。『パパは必ず勝つからな!』と。そして、改めて殺意を得る為に! その時偶然見つけたんです。あの子の受けて来た虐めの日記が! 今日この日にあの日記を見つけたは、あの子が『パパ、絶対勝ってね』と悲痛な叫びで応援しているんだッ!」


 加藤は喋りながら怒りを蓄積するタイプなのか、尋常じゃない殺気を放出させる。

 見届け人達は、あまりの殺意に飲み込まれ恐怖し、あるいは人の可能性に感心してしまった。


「分かりました。双方、この決闘に至る理由があって安心しました。しかし、今の言葉はルーレットの内容変更や決闘中止に該当する理由になりませン。あくまでも山下君が犯した殺人事件に対する今回の決闘なのですから。今の証言は、この勝負の決着後に調査し勝利者に報告する事にします」


 北南崎の言葉に両者は頷いた。


「それではルーレットを回してください。最低3回転はさせて下さいね?」


 山下は茫然自失のまま、力なくルーレットを回す。

 加藤の言葉が、余程ショックだったのだろう。

 眼の光さえ失せた状態で回したルーレットは、ギリギリ3回転して『調理用フライ返し』で止まった。

 当然ながらハズレ武器だが、引っ叩けば只のビンタより何倍もの強烈な一撃にはなるだろう。

 人が死ぬかは別問題だが。


 一方、怒りの加藤は勢いよくルーレットを回し、10回転以上回った末に『日本刀』で止まった。

 日本人ならお馴染みの日本刀。

 だが、戦国時代の覇者が行った刀狩りのお陰で、本物の刀を所持出来るのは、今の世では限られている。

 故に、殆どの人が触った事が無いのに、馴染みある不思議な武器の日本刀。

 技術必須で使えるかは別問題だが。


 調理用フライ返しで勝率10%を掴めるのか?

 日本刀で勝率90%を落とす事が起きないか?

 北南崎の狙い通りになるかは決着後に分かる事。

 だが、見届け人や中継を見ている国民は、狙い通りの勝率になると推察した。


 どう考えても、フライ返しで日本刀に勝つビジョンが思い浮かばないのだ。

 ただし、奇跡が起きれば、フライ返しで勝つかもしれない可能性は感じる。


 問題は人だ。


 加藤の証言が効いたのか、山下の殺気が明らかにしぼんでいる。

 画面越しにもその狼狽を感じる、最初の殺意全開の頃からの落差が酷過ぎる有様だ。


 こんな状態では、10%の勝率は下がる一方だ。

 皆そう思ったが、大統領は意に介さず進行を続けた。


「宜しいでしょう。ではまず山下君の拘束を外して下さい」


 その命令に従い機動隊員が山下の拘束具を外す。

 ガシャンと地面に落ちる拘束具。

 山下は体の動きを確認しながら軽くジャンプした。

 それと同時に、心の動揺を鎮めにかかる。

 このままでは負けると気づいての行動だ。


「では両者に武器を渡して、機動隊員はルーレットを持って場外へ。……それでは加藤対山下、日本刀対調理用フライ返しで決闘を行います。……始めぃッ!」


 こうして『仇討ち法』適用第一号者による戦いが始まるのであった――

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