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第4話 被害者家族代表 加藤 刑素毛

【滋賀県 加藤家/仏間】


「大統領の北南崎です。この度は法治が至らず申し訳ありませンでした」


 大統領は、仏壇に手を合わせた後、加藤家の面々に向かって頭を下げた。


「……いえ。この世に人と人が居れば何らかの争いが起きるもの。その延長線上に犯罪があるのでしょう」


「何か心変わりがありましたか?」


 とても自らの手で始末する事を選んだ家族のセリフとは思えず、北南崎は聞き返した。


「……あの子を失って、そんな風に思う様になりました」


 加藤刑素毛けいすけは悟りでも開いたかの様な顔で答えた。

 自らの手で仇を討つ――

 その選択をした家族にしては、殺意も怨嗟も感じない。

 何なら、仇討ちを果たした後と言っても信じられる雰囲気だ。


「ほう? 仕方ないと思い至ったので?」


「まさか。仕方ない訳はありません。ただ……」


「ただ?」


「あの判決に至って一つの目標が達成できてしまった。まだ奴を殺す大仕事が残っているのにこの安堵感。自分でも少々驚いています」


 加藤は本気で戸惑っているのだろう。

 己の手を開いて閉じてを繰り返し、動きを確認しながら答えた。


「成程。しかし判決はもう覆りませンよ? あなた方家族は戦うしか無いのです。大丈夫ですか? これはご存じだと思いますが、一応、最低でも90%の勝ち目を保証します。しかし相手は殺人鬼です。心の隙を見せたらあっという間に殺されますよ?」


 大統領は何か経験があるのか、アドバイスを送った。


「いえ、別に怖気づいた訳ではありません。あの男は必ず私が殺します。ただ、時間が経つと色々考えてしまうのです。あの男にも何か違う道があったかもしれないと」


 加藤家の長男は、それはもう惨たらしい方法で惨殺された。

 しかも遺体を加藤家に送り付ける始末。


 例えば、身代金の支払いに応じ人質は返したが、死亡している状態であった場合、何らかの拍子に犯人の顔を見てしまって、犯人が口を封じるのは理解できる行動。

 だが、凌辱してバラバラにして、調理した状態で送り付けるのは異常極まりない。


 こうなると身代金目的より、子供が目的だったと思うのが普通で、取り調べでも裁判でもその点が追求されたが、山下は誘拐した理由、つまり身代金目的だけは喋り、他の惨状は完全黙秘した。


 結局、理由が分からないまま死刑となった訳である。


 遺族としては、理由を知りたいが、聞いた所で理解できる答えが返って来るとも思えないし、聞いたら聞いたで、聞くに堪えない下らない理由かも知れない。

 故にサイコパス殺人者の行動に納得できる理由など無いと結論付け、また、裁判の長期化も精神的に疲れるし、何度も長男の死について掘り返されるのも苦痛であり、動機不明のまま死刑宣告が下されるのに納得した。


 だが、その代わり『仇討ち法』を利用する。

 それがせめてもの弔いだと、考えを改めたのだ。


「……そうですね。今は異常な犯罪時代。山下も時代の被害者と言えなくもありませンねぇ。だからと言って、犯罪を許す訳にはいきませン。これを是正する為の法が、いわゆる『仇討ち法』。人を殺せば『こうなる』と見せしめ、抑止力とします。それを中継する事で悪事を考えている国民に二の足を踏ませるのが当面の目標です」


「私たちは、その法の適用第一号として、何の躊躇いもありません。山下を徹底的に痛めつけ、生まれた事を後悔させてやりますよ」


 悟ったままの表情で加藤は答えた。

 冷酷、冷徹とはこんな表情なのだろう。

 悟った雰囲気も合わせ、異様な殺意が沸きあがる。


「分かりました。怖気づいた訳では無い様で安心しました。先も申した通り、遺族側が90%は勝つであろうバランス調整をします」


「はい。犯罪抑止の為にも負ける訳には行きません」


「良い決意です。では決戦日時と場所は一か月前に通知します。一方山下には日時は知らせていませン。これだけでもアドバンテージは大きいでしょう」


「ありがとうございます」


 死刑囚の一番恐れるのは、いつ死刑執行なのか分からない事だと言う。

 故に死刑囚は『この時間までに刑務官が来なければ今日はセーフ』と当たりを付けるが、現実世界の執行システムでは、当日の1~2時間前に死刑囚に伝える事が習慣となっている。

 但し、あくまで習慣であり規則では無い。

 何なら、未通達で刑場に連行しても問題ない。

 従って死刑囚の『当たり付け』は気休めに過ぎない。


 この世界でも、その辺は法務省に任せている。

 しかし『仇討ち法』に関しては、該当者に対し『今から決闘場に連行する』と当日通達し連行する決まりとなっている。


「では、最短でも今から一か月後です。体力作りだけは万全にしておいて下さい。これは私が遺族に対しできる精一杯のアドバイスです」


 幾ら怒り心頭であっても、怒りでは長期戦は戦えない。

 短期戦なら大丈夫、などと命を賭ける場で言う馬鹿も居ない。


「そうですね……。鈍った体を絞らないといけませんね……ハハハ……」


 加藤は腹の肉を摘まんで答えた。

 まるで『ダイエットの良い理由が出来た』と感じる返答だったが、悲しみと怒りと殺意を抑えた不気味な笑いにも見える。


「では、当日会場で会いましょう。法を作り上げた私には見届け人としての義務がありますのでね」


「はい!」


 大統領はもう一度、仏壇に手を合わせて立ち上がった。


「おっと。……一応、公平で中立の立場を取らなければならない身で、こンな事を言うのはアレですが、法執行第一号で、いきなり死刑囚が勝ってしまうと都合……いや、体裁が……いや、何と言いましょうか……そう! 正義が勝って欲しい。そう願っております」


「はい。非公式の応援と受け取らせて頂きます」


 加藤は大統領としての苦労の一端を感じ取ったのか、この法案を作り上げ仇討ちの場を設けてくれた大統領に心中で精一杯感謝を述べた。

 それは加藤家の家族も同じ思いであった。


「それでは、お邪魔しました」


 大統領は加藤家を後にすると、テロ対策大統領特別仕様の車に乗り込み、大統領府に戻るのであった。


 これで北南崎の加害者と被害者の面談が終わった。

 後は闘技場を設営し、対決のバランスを決めるだけである。


「ある程度の想定は必要そうですねぇ。両者とも殺意は十分。私も全力でバランスを考えねば」


 普段の生活では銃や刃物の不法所持は認められないが、この法律に、つまり闘技場に限りこの条件が撤廃される。

 仮に加害者側が元軍人だったら、被害者側には大幅なアドバンテージを付けなければならない。

 その見極めも兼ねた面談だった訳であるが、北南崎にはある程度のバランスが頭に浮かんでいた――

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