【最高裁判所】
「主文 被告人 山下
その瞬間、被告の山下は苦い顔をして項垂れるも、まだ希望を持っていた。
一方、被害者遺族は一定の安堵の表情を見せるも、更なる憎悪に瞳を燃やしていた。
「被告の事情は汲むべきではあるが、本件の誘拐、暴行、殺人、遺体損壊と残虐非道な犯行と、身勝手な動機に事情を汲んでも酌量の余地は無く、一審からの判決を支持し死刑を止むを得ないと判断する」
山下は被害者家族の子供を誘拐し、身代金を要求した。
借金苦による止むを得ない行動であった。
これが汲むべき事情。
しかし山下は、誘拐した子供を凌辱し、殺害し、食した。
身代金誘拐で金銭獲得の成否はともかく、子供が無事なら適当な懲役刑で済んだ。
たが、事件の途中で身代金の引き換えに送り付けられた、バラバラの上に、凌辱と調理した形跡の見られる遺体。
両親兄弟の精神は普通の苦しみを、軽く凌駕する苦痛を味わった。
被告が何処かで狂ってしまったのか、最初からサイコパス気質だったのかは弁護側も検察側も争ったが、そんな結果など『どうでもいい』と言わんばかりの残虐非道な行為だった。
死刑も当然で、どんなに精神異常を考慮しても、
結局は世間の予想通り、と言うか、至極当然の判決が出た訳であるが、裁判官が言葉を続けた。
「以上の様に、裁判として死刑を決定しましたが、
死刑に対して、遺族に異論の確認を取る裁判官。
傍聴席から遺族に一斉に視線を向けられ、遺族代表で父親の加藤
「……異論はあります!」
傍聴席からざわめきが起こる。
究極の刑罰である死刑に対して異論を唱える遺族。
奇妙なやり取りがあったが、ここは、最高裁の判決に異論を唱える事が出来る国。
この裁判は、極めて異常で残虐な内容もさる事ながら、現大統領が肝入りで決めた政策が、初めて適用される可能性がある裁判として注目を集めていた。
遺族の異論は、その注目と期待に応えた形でもあった。
「それは権利を行使する、と言う意味でよろしいですか?」
「はい!」
父の加藤は改めて断言した。
「分かりました。遺族により異論が出ましたので死刑を棄却し、新法『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』の適用を認めます!」
『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』
通称、『ハンムラビ法典法』或いは『仇討ち法』と呼ばれるこの法は、犯罪の種類と故意偶然を問わず『死刑』にのみ適用される法律。
被害者感情に配慮し、刑罰を遺族の手で執行させる法である。
ただし、あくまで仇討ちであって、死刑執行を遺族の手で執り行う法ではない。
この法が適用されると、仇討ち法に則り、決闘場が設けられ遺族は犯罪者と戦う場が与えられる。
つまり、直接恨みを晴らせるのだ。
しかし、この『戦う場』と言うのがまた肝で、犯罪者も応戦して戦う事が可能となり、もし犯罪者側が勝った場合は、命を懸けた対価として罪一等減免され、死刑が終身刑へと切り替わる。
ただし、戦う条件は同条件ではない。
極めて遺族に有利な条件で戦いが行われる。
その方法は、被害者の数や仇討ちに参加する人数によって様々だが、圧倒的に被害者側有利、かつ、犯罪者側にも勝つ可能性は残される形で執行される。
遺族は恨みを自ら晴らし、犯罪者は一縷の望みを掛けて戦う。
そんな法律の初の執行が決められたのであった――