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殺人の権利
松岡良佑
現実世界現代ドラマ
2024年07月28日
公開日
89,576文字
連載中
地球の極東に位置する、とある島国に誕生した新独裁大統領。
しかし民衆に対する慈愛は本物で、大統領は経済が失速し、犯罪が蔓延り、民衆が希望を失い、例え様の無い不安感を一掃する為に、新法律を大統領権限で施行した。
それが『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』通称、『ハンムラビ法典法』或いは『仇討ち法』と呼ばれる法である。

第1話 猟奇殺人鬼 山下 頌痔

【最高裁判所】


「主文 被告人 山下頌痔しょうじを死刑とする」


 その瞬間、被告の山下は苦い顔をして項垂れるも、まだ希望を持っていた。

 一方、被害者遺族は一定の安堵の表情を見せるも、更なる憎悪に瞳を燃やしていた。


「被告の事情は汲むべきではあるが、本件の誘拐、暴行、殺人、遺体損壊と残虐非道な犯行と、身勝手な動機に事情を汲んでも酌量の余地は無く、一審からの判決を支持し死刑を止むを得ないと判断する」


 山下は被害者家族の子供を誘拐し、身代金を要求した。

 借金苦による止むを得ない行動であった。

 これが汲むべき事情。


 しかし山下は、誘拐した子供を凌辱し、殺害し、食した。

 身代金誘拐で金銭獲得の成否はともかく、子供が無事なら適当な懲役刑で済んだ。

 たが、事件の途中で身代金の引き換えに送り付けられた、バラバラの上に、凌辱と調理した形跡の見られる遺体。


 両親兄弟の精神は普通の苦しみを、軽く凌駕する苦痛を味わった。


 被告が何処かで狂ってしまったのか、最初からサイコパス気質だったのかは弁護側も検察側も争ったが、そんな結果など『どうでもいい』と言わんばかりの残虐非道な行為だった。


 死刑も当然で、どんなに精神異常を考慮しても、しかないと連日ニュースでも言われており、世間も同じ感情を持っていた。

 結局は世間の予想通り、と言うか、至極当然の判決が出た訳であるが、裁判官が言葉を続けた。


「以上の様に、裁判として死刑を決定しましたが、?」


 死刑に対して、遺族に異論の確認を取る裁判官。

 傍聴席から遺族に一斉に視線を向けられ、遺族代表で父親の加藤刑素毛けいすけは答えた。


「……異論はあります!」


 傍聴席からざわめきが起こる。

 究極の刑罰である死刑に対して異論を唱える遺族。

 奇妙なやり取りがあったが、ここは、最高裁の判決に異論を唱える事が出来る国。


 この裁判は、極めて異常で残虐な内容もさる事ながら、現大統領が肝入りで決めた政策が、初めて適用される可能性がある裁判として注目を集めていた。

 遺族の異論は、その注目と期待に応えた形でもあった。


「それは権利を行使する、と言う意味でよろしいですか?」


「はい!」


 父の加藤は改めて断言した。


「分かりました。遺族により異論が出ましたので死刑を棄却し、新法『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』の適用を認めます!」


『被害者ニヨル加害者ヲ裁ク権利』


 通称、『ハンムラビ法典法』或いは『仇討ち法』と呼ばれるこの法は、犯罪の種類と故意偶然を問わず『死刑』にのみ適用される法律。

 被害者感情に配慮し、刑罰を遺族の手で執行させる法である。


 ただし、あくまで仇討ちであって、死刑執行を遺族の手で執り行う法ではない。


 この法が適用されると、仇討ち法に則り、決闘場が設けられ遺族は犯罪者と戦う場が与えられる。


 つまり、直接恨みを晴らせるのだ。


 しかし、この『戦う場』と言うのがまた肝で、犯罪者も応戦して戦う事が可能となり、もし犯罪者側が勝った場合は、命を懸けた対価として罪一等減免され、死刑が終身刑へと切り替わる。


 ただし、戦う条件は同条件ではない。


 極めて遺族に有利な条件で戦いが行われる。

 その方法は、被害者の数や仇討ちに参加する人数によって様々だが、圧倒的に被害者側有利、かつ、犯罪者側にも勝つ可能性は残される形で執行される。


 遺族は恨みを自ら晴らし、犯罪者は一縷の望みを掛けて戦う。

 そんな法律の初の執行が決められたのであった――

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