【第一章:鏡世界クリフォトにて】
「………っ!!!」
目を覚ます。狭い視界に映るのは遠い空。周囲を見回し、自分が谷底で倒れていることを理解する。何が起きた……?俺は確かに死んだはずだ……。そんな疑念が頭をよぎりながらも、痛む身体を奮い立たせて起き上がる。
体中に走る鈍い痛みを感じつつ、ふと自分の手を見つめる。そこにあるのは、かつての老人特有の皺だらけの手ではなく、若々しい肉体の手だった。驚愕と困惑が入り混じる中、周囲の状況をさらに観察する。自分の体は見違えるほど若返り、力がみなぎっているのを感じる。まるで過去に戻ったかのようなこの感覚は、現実なのか夢なのか。
谷底の静寂を破るように、俺の思考は次々と巡る。なぜ、どうして、何が起こったのか。徐々に意識が鮮明になり、過去の記憶が蘇る。とにかく状況を把握せねばと加護「追跡」を使ってみる。加護、それは特別な人間にのみ与えられる特殊能力。その中でもこの「追跡」は自分の意識外であろうと、過去に何があったかを追跡して一瞬で把握することができる力だ。それを使い自分に起こったことを整理し、現状を把握する。
「裏……鏡世界クリフォト……別世界か……?どうやら本当の自分はちゃんと死んでいるらしいな……。しかし……不死鳥の心があんな発動の仕方をするなんて……」
思考を整理するためにぶつぶつと流れ込む情報を呟きながら考える。こちらの自分はどうやら英雄などではなく普通の人間で、荷物運びの仕事している途中で事故にあい、山から転落して死んだらしい。それならばこんなところで倒れていたこと、この体の痛みも理解できる。……そこまで考えてその痛みがもうとっくに無くなっている事に気が付く。たしかに「不壊」の加護で元から傷の治りは早いが、セフィロトにいたころよりも倍以上も早いのだ。ふと、試しに思い切り腕を近くの岩に叩きつけてみる。一瞬痛みが走るが、どうってことは無い。確かにダメージを軽減する加護ももっているが、セフィロトにいた頃はこれほどではなかった。どうやらこの世界に転生した自分はなにかしらの原因で力が教化されているらしい。
「は……ははは……っ!そうか……なるほど……!」
思わず、乾いた笑いが口から溢れ出る。死を受け入れたはずだった。もう満足したと死ぬ間際に思ったはずだった。……しかし、また力を手に入れ……しかもこれほどまでに強化されているこの状況にまた、ワクワクしている自分もいる。もしかするとこの世界にも助けを求める誰かがいるのかもしれない。そのために自分は生き返ったのかもしれないとそう思ってしまう。自分の力が完全に回復し、さらに強化されたことを確認した俺は、この見慣れたが未知の世界に向けて最初の一歩を踏み出した。
まずは情報収集だ。この世界は元居たセフィロトと物凄く……それこそ鏡合わせのように似ているが、様々な所が違った。どうやらクリフォトではではダアトと呼ばれる魔法の鉱石が重要な資源になっているらしい。もちろん、ダアトはセフィロトにもあったのだが、向こうの世界だと魔族がそれらを独占しその膨大な力を使って軍の強化をしていた。だが、この世界ではドワーフ族が最初に発見したらしい。そして、その膨大な魔力を求めて様々な種族や国が争っているらしく、戦争が絶えないのだそうだ。それが原因でクリフォトの歴史は大きく変わっていた。かつてセフィロトを支配していた魔族はダアト不足により衰え、衰退しつつあるようで、人々の奴隷になっている姿も確認出来た。そんな世界を見て俺は一つ考える。この世界も自らの手で救おうと。かつての英雄としての誇りと責任感が再び燃え上がり、この新しい世界でも人々を助けようと決意を固めたのだ。元の世界の俺は死んでしまっている。きっとこれが自分に与えらえた新たな役目なのだろう。力があるのにじっとしていることなど出来ない。少しでもこの世界の不条理に泣く人が減るように、出来る限り動こうと、俺は決意した。
【第二章:新しい力】
俺は最初の一歩として近くの村に立ち寄る。「追跡」を使い、周囲の情報を読み取った結果、この村から何やら不穏な空気を感じたのだ。俺の予想は当たっているようで、小さい村というわけでもないのに、人々の表情には活気が無く、畑や家が所々壊れているのが確認できた。
「初めまして、俺の名前はアドリアンです。冒険者をしているのですが……何かあったのでしょうか?」
せっせと畑仕事をしている人に話しかける。彼はなんだか慣れた様子で状況を話してくれた。
「あぁ……冒険者さんですか……それがですね……」
話を聞けば、村の近くに住むドラゴンが暴れ始め、村人たちの生活を脅かしているらしいのだ。
「なるほど……今まで誰か助けてくれなかったのですか?」
「……元々、この村は地形的によく冒険者さんが立ち寄る場所なんです。なのでいろんな方にお願いしましたが……誰も戻ってきませんでした……」
そう話す村人の表情は半ば諦めているかのような色をしていた。ドラゴンの話が広まり、この地域に近付く冒険者もいなくなってしまったようだ。
「では、そのドラゴンは俺が倒しましょう。いつまでも怯えているのはかわいそうだ。ドラゴンの居場所はどこですか?」
「そう……ですか。今までもそう、いってくれましたが……いや、もう希望も無い状態か……このまま死ぬくらいなら……。本当に危険ですからね?」
人々が恐怖に震える姿を放っておけるわけがない。期待されていなかろうが、俺には関係のないこと。もう少し詳しく話を聞けばドラゴンの住処の周りは他にも強力な魔物が棲むことで知られており、クリフォトの冒険者たちにとってはどうやらものすごく難所らしい。それならば今の力を試すための腕試しにも丁度いいだろう。
「これ以上誰かに死なれてしまっては夢見が悪い。危険だと判断したらすぐに戻ってきてくださいね?それであなたを攻める人はいませんから」
「大丈夫ですよ。明日にはきっと安心して眠れる日々が来るでしょうから」
親切な村人に送り出されて俺は歩き出した。
ドラゴンの住処があるという場所に向かえば、魔物の量もさることながらその地形も歩みを進めるには厳しいものだった。しかし、今の俺にとってはただの散歩に過ぎない。加護「風踏み」によって、山岳地帯の険しい地形もまるで平地を歩くように軽やかに進む事が出来るのだ。もちろん道中で出てくる魔物も俺にとっては全くの敵ではなかった。強化された加護と強力な魔法が俺を護り、道を切り開いていく。剣を振るえば、その一撃は光の如く速く、敵の体を一瞬で真っ二つにする。まるで風に舞う木の葉のように、敵は無力に倒れていく。魔法を放てば、強大なエネルギーが周囲を焼き尽くし、魔物たちは塵のように消え去る。彼らの叫び声が空気に溶け込む間もなく、俺の前にはただ静寂が残るのみだ。この程度の敵の攻撃であれば、加護「拒絶者」がすべてを無効にしてくれる。その加護の力は絶対的であり、どんなに強力な攻撃であっても俺に届くことはない。魔物たちの爪や牙が俺に触れる前に、透明なバリアがすべてを弾き返し、敵の攻撃を無意味なものに変えてしまう。俺はただ前進するだけで、道を阻むものは何一つない。まるで運命に導かれるかのように、俺の歩みは揺るぎなく続いていく。
俺は加護「危険感知」を頼りに、ドラゴンの巣へと向かった。ドラゴンがいるという洞穴の入り口に立つと、内部から強力な魔力を感じ取った。これはただのドラゴンではなく、魔法の力を持つ強大な存在だ。俺は深呼吸をし、自分の持つ全ての加護と魔法をフルに活用する準備を整えた。
巣の中は暗く、湿気が漂っていた。俺は加護「魔力炉心」を使って、小さな光の球を作り出し、周囲を照らしながら進んだ。本来ならこの範囲を照らし続けるには魔力を連続的に消費する必要があるが、加護の力のおかげで小さな出力の光でも広範囲を照らせるのだ。ドラゴンの爪痕や焼けた岩、今までここで破れた冒険者の装備品が散らばっているのを見つけ、敵が近いことを悟った。自分の力が強化されているとはいえ、慢心は禁物だ。あらゆる攻撃を想定しながら、俺は慎重に奥へと進んでいった。指を鳴らし、決意を新たにして前進を続ける。
洞穴内の広間に足を踏み入れた俺は、その壮大な光景に一瞬息を飲んだ。広間の天井は高く、まるで大聖堂のように音が反響する。中央には巨大なドラゴンが横たわり、その目がゆっくりと開かれると、燃えるような赤い瞳が俺を見据えた。ドラゴンは重々しい咆哮を上げ、洞穴全体が震えた。その咆哮により、周囲の岩が崩れ落ち、俺は即座に「風踏み」を発動して空中に跳び、落石を回避する。
「お前がこの村を脅かすドラゴンか……。お前の命もここまでだ」
俺は冷静に言い放ち、ドラゴンの巨大な身体に向かって剣を構える。ドラゴンはそれに応えるように再び咆哮し、強烈な炎を吐き出してきた。その炎はまるで洪水のように押し寄せ、洞窟内の温度が急激に上昇する。俺は「不壊」と「拒絶者」を発動し、炎の中に飛び込んだ。加護のおかげで俺の肉体には驚異的な再生能力とダメージ軽減が付与され、ほとんど火傷を負うことなくドラゴンに接近することができた。しかし、ドラゴンの炎に含まれる魔力は予想を遥かに上回る強力さで、その業火に晒されるたびに少しずつ体が焼け焦げていくのを感じた。
「なるほど……それならば……!」
俺は元素魔法を使って水の壁を作り出し、炎を一時的に遮断した。じゅうじゅうと強力な炎によって水が蒸発する音がする。しかし、元素魔法の扱いはこちらの方が上手だ。ドラゴンの炎程度ではその壁を突破することは不可能だった。その間、俺はドラゴンの弱点を探るために「追跡」を発動した。瞬時にドラゴンの動きと攻撃パターンを解析し、その情報を元に次の一手を練る。敵の隙を見逃さず、反撃の機会を虎視眈々と狙う。
ドラゴンが再び炎を吐き出そうとした瞬間、俺は迷わず雷の元素魔法と加護「広域殲滅」を発動する。
「天の怒りを我が手に集め、雷の槍となりて敵を貫け!雷神の槍!」
呪文を唱えれば、空間が歪み、雷のエネルギーが渦巻く。次の瞬間、巨大な雷の槍が現れる。その無数の槍は、まるで天の怒りそのもののようにドラゴンへと降り注ぎ、その硬い皮膚を容易く突き破った。雷槍が突き刺さるたびに、無数の電流がドラゴンの体内を駆け巡り、激しい電撃がドラゴンを包み込む。ドラゴンは驚愕に目を見開き、その巨体が電撃に震え上がる。まるで天そのものがドラゴンに裁きを下すかの如く、壮絶な光景が広がっていた。
「これで終わりだ……!」
俺は「魔力炉心」を最大限に活用し、全ての魔力を一つの強力な魔法に集中させる。
「聖なる光よ、我が手に集まり、邪悪を討つ刃となれ!光の剣!」
瞬間、手に現れたのは、まばゆい光を放つ巨大な光の剣だった。その光はまるで太陽のように辺りを照らす。その剣を振り下ろせば、ドラゴンの硬い鱗を容易く貫き、その命を断ち切った。ドラゴンは驚愕の表情を浮かべ、苦痛の咆哮を上げた。しかし、最期の瞬間、ドラゴンはその強靭な力を振り絞り、尾を振り上げて強烈な一撃を繰り出してきた。その尾撃は地面を震わせ、周囲の岩を粉々に砕くほどの威力だった。しかし俺は加護「絶対真実」を発動する事でフェイントを見破り回避に成功する。俺は素早く後ろに跳び、ドラゴンの尾撃を避けると同時に、最後の一撃を加えるために飛び上がった。俺の剣がドラゴンの心臓に突き刺さり、その巨大な身体が崩れ落ちた。
ドラゴンが最後の息を吐き出すと、その体は光の粒となり、消えていく。俺は深い呼吸をし、戦いの終わりを感じ取った。洞窟の静寂が戻り、俺はその場に立ち尽くしていた。
ドラゴンを倒した俺は、その証拠としてドラゴンが隠し持っていた財宝を持ち帰り、村に戻った。
「ほ、本当に倒してくれたのですか……!?あんな態度を……申し訳ない……本当にありがとうございます……!!」
村人たちは俺を英雄として迎え、笑顔で感謝の意を示してくれた。俺は、彼らのその顔を見て、自分が再び英雄としての役割を果たしたことを実感する。
「本当にありがとうございます……。これで毎晩怯える必要はなくなります……!なんとお礼を言えば……よければ感謝の気持ちを込めて盛大な祭りを開きたいのですが、どうでしょうか?」
「いえいえ、当然の事をしたまでですよ。それに、俺は注目されるのが苦手なものでね、気持ちだけ受け取っておくよ」
村人達の嬉しい申し出を俺は丁寧に断る。人を助けるのはいいが、目立つのはあまり好きではない。俺は財宝を村に渡し、皆の未来が少しでも明るくなるようにと伝えた。
村人たちはその決断を理解し、感謝の気持ちを込めて俺を送り出してくれた。俺はその村を去り、次の冒険へと旅立つ。振り返ると、村の人々が手を振って見送ってくれていた。その姿を目に焼き付けながら、俺はこれから始まる新たな旅路に思いを馳せる。
「そうか……これがクリフォトの力か。面白いな」
さらに先へと進み、山を越えた先に広がるクリフォトの大地を見渡す。そこにはかつてのセフィロトにはなかった新たな風景が広がっていた。心が、気持ちが高ぶっているのを感じる。肉体と共に精神も若返ったのだろうか。俺は次に何をするべきか考えながら、足を進めた。
俺はこの世界でも、再び人々を助け、平和をもたらすために旅を続けることを決意したのだ。俺の心には新たな使命感が宿り、どんな困難にも立ち向かう覚悟ができていた。
「この世界でも、俺はやるべきことをやる」
二度目の旅立ち。この見慣れたが未知の世界で始まる新たな冒険。俺の力と知恵を駆使し、多くの人々を助け、困難を乗り越える姿が、再び人々の心に希望を灯すことになるだろう。
これから俺の新たな物語が始まる。俺の冒険は終わることなく続き、この世界に新たな伝説を刻むことになるだろう。