その日の夜。
僕は自室でデスクライトだけをつけ、机に向かって教科書を開いていた。
開いたものの、全く手は動かないし、文字も全く入ってこない。
悪魔だとか天使機関だとかの存在を知り、命を狙われたりしても、日常は変わらない。
学校はあるし、テストもある。
そして誕生日もやってくる。今日が一日だから、明日が誕生日なんだよな……
そう思うと不思議な気持ちだった。
日常は、何事もなく通り過ぎていくものだと思っていた。
けれど違うんだな。
もし、このままこの日常が崩れてしまったら僕には何ができるんだろうか?
でもスカイさんは、時が来たら僕が戦えるようになる、みたいなこと言っていたな。
そんなことあるだろうか?
僕にできることなんて何にも思いつかないのに。
僕は、勉強机の上で充電されているスマートフォンを手に取った。
天使機関。
ヤタガラス。
スサノオ。
調べたら出てくるかなあ。
期待せず、僕はそれぞれのワードを検索してみた。
ヤタガラスとスサノオについて、真っ先に出てきたのは神話に関する話ばかりだった。
そりゃあそうだよねえ。秘密組織の事は全然でてこない。
天使機関はさすがに有名だけあり、色んな怪しい雰囲気のサイトがヒットした。
そのひとつを適当にタッチして、僕は思わず声を上げた。
「うわっ」
天使は実在していた!
黒背景に赤い文字でそんなトップ画面が現れて、思わず苦笑する。
そのホームページでは天使機関のテロ行為を時系列別にまとめていて、さらに色んな噂をまとめていた。
すごいなあ。この情熱。
天使機関のテロは三十年前突如として始まったらしい。
最初に狙われたのは都内の大きな神社。
境内近くで爆発が起こり、日曜日だったため、多くの犠牲が出たという。
死者十人。負傷者多数。
犯行声明が出された為、天使機関の仕業であることが分かったそうだ。
そこから不定期にテロは起き、大小問わず、神社が狙われた。
天使なんて誰も真に受けていなかったらしいけれど、どんなに捜査しても手がかりがつかめなかったと。
増える犠牲者に、国民の怒りは政府や警察にむいたとか。
きっと、国だって手をこまねいていたわけじゃないんだろうけれど。テロは二十五年前をピークに減り始めているそうだし。
そして五年前、突如としてテロ行為は行われなくなったらしい。
「五年前……」
僕のお父さんが殺されたのも、五年前。
なんだろう。引っかかる。
お父さんは大蔵省の官僚だったらしい。
そこでどんな仕事をしていたのか詳しくは知らない。
お父さんは死んだ。
遺品は、スカイさんに頼んでどこかにしまってもらっている。
今はまだ遺品を見る心の準備ができていないから。
僕は、サイト内にある考察をいろいろと読み漁った。
天使機関の活動が突如として終わった理由については色んな噂がある。
首謀者が死亡して権力争いが行われたからとか、目的を果たしたからとか。
天使機関の目的がなんだったのか?
その謎は未だに解けていない。
僕は腕を上にあげて大きく伸びをし、天井を見つめた。
スカイさんが暗殺者だった。
そして今日僕らの前に現れたあの、ヒジリという少年も暗殺者。そんなの漫画の中だけだと思っていたのに、現実にいるんだ。
しかもなんで僕が狙われたんだろう。全然心当たりがない。
僕に何かあると思えないんだけどなぁ……でもスカイさん、狙われるなら自分だ、とか言っていたっけ。そうなると尚更なんで僕が狙われたのかわからない。
「僕がスカイさんと一緒にいるから、とか?」
そう呟いて僕は正面を見る。
そんなわけないか。
僕を殺したからってスカイさんが暗殺者に戻るなんてないだろうし。そんなの短絡的すぎるから何か理由があるのかなぁ。
でも考えても全然わかんない。
だから僕は、現実を思い出して数学をやることにした。
翌朝、六月二日の朝がやってきた。
今日は僕の誕生日だ。
昨日のこともあって僕はあんまり寝つきがよくなくて夜中に何度も目が覚めた。
それでも朝七時には起きて、着替えてキッチンに向かう。
朝ごはん、作らないと。
そう思ってまず洗面台に向かい、顔を洗って口を漱ぐ。
その時僕は、食べ物の匂いがすることに気が付いた。
まさか、スカイさんが料理してる?
朝弱いのに、起きてるの?
驚いて僕はバタバタと足音を響かせてキッチンに向かうと、スカイさんが黒いエプロンをつけて立っていた。
そして、僕の方を見て微笑み言った。
「おはよう、怜君」
「え、あ、お、おはよう、ございます」
そして彼はこちらに近づき、僕の頭に手を当てて言った。
「誕生日おめでとう」
「あ、あ、ありがとう、ございます」
面と向かって言われると嬉しいけど恥ずかしい。
僕は食卓の上に視線を向けて言った。
「朝ごはん、作ってくれたんですか?」
「あぁ、うん。誕生日くらいはね、と思って」
卵焼きにサラダ、ウィンナー炒め。そして味噌汁とご飯、かな。
「うわぁ、ありがとうございます!」
「そんな喜んでもらえるとは思わなかったよ」
そう言って、スカイさんは恥ずかしげに笑う。
「じゃあ僕、飲み物用意しますね! スカイさんはコーヒーで大丈夫ですか?」
「あぁ、うん。お願いするよ」
「わかりました!」
僕はキッチンに向かい、冷蔵庫からコーヒーの粉が入った袋を取り出した。