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第12話 夕食をいっしょに

 スカイさんと夕飯を作った。

 豚肉の生姜焼き、大根と竹輪の煮物、豆腐の味噌汁。

 その間、僕はスカイさんに何も聞くことができなかった。

 聞きたいことはたくさんある。けれど何を聞いたらいいかわからなかった。

 スカイさんは、というと、テレビの話だとか本の話だとか、ひっきりなしに喋っていた。


「スカイさん」


「何?」


 ダイニングテーブルにお皿を置いて、向かい合って座りながら僕はスカイさんにやっと声をかけられた。

 スカイさんはいつもと同じ優しい笑顔だった。

 何を聞こう。

 どれを聞こう。

 頭の中を思考がぐるぐると駆け巡る。


「スカイさんて、何歳ですか?」


 やっとでた言葉に、スカイさんは目を大きく見開き、


「え?」


 と、間抜けな声を出す。

 あ、なんか間違えた?


「あ、あの、だって、昔がどうのってい言っていたじゃないですか? でもスカイさん、二十代だったと思うし、いったい何歳なんだろうって思って」


 早口で僕が言うと、スカイさんは頬杖をつき、声をあげて笑った。


「ははは。面白いねえ、怜君は」


「え? な、な、何かおかしかったですか?」


「いいや。そう言えばちゃんと言ったことなかったっけ。僕は二十五だよ。十月で二十六なはず」


 今年で二十六ということは、僕と十歳違うだけなのか。

 やっぱり若い。


「そんなに若いのに、なんで僕を引き取ろうなんて思ったんですか?」


「約束したからだよ」


 約束。


「誰と約束したんですか?」


 その問いに対する答えは、無言の笑顔だった。

 スカイさんはただ笑って、僕を見つめているだけだ。

 なんだろう。

 約束……何か引っかかるような。


「僕の年齢を聞くだけでいいのかい?」


「え、えーと……」


 あとは何を聞こう? いや、聞きたいことはたくさんあると言えばあるけれど。


「君を引き取るとなった時は苦労したよ。僕は若すぎたからね」


 スカイさんの来訪は突然だった。

 孤児院にいた僕を名指しして、引き取ると言いだして。

 そこからちょっとした騒ぎになったっけ。


「僕と会ったのっていつの話ですか?」


「ずっと、昔の話だよ」


 スカイさんの年齢でずっと昔っていつの事ですか。


「スカイさんは、暗殺者だったっていうのは本当なんですか? 僕と会ったのって……」


「本当だよ。僕は嘘を言わない」


 暗殺者。

 という響きがもう現実味を感じない。

 そもそもスカイさん自身、どこかふわふわした人に思えるけれど。

 僕は、箸をぐっと、握りしめ、湯気を上げるご飯を見つめる。


「そんなの信じられないです。だって、暗殺って人を殺してきたってことですよね」


 口に出して初めて、僕ははっとする。

 そうだ。

 暗殺ってことは人を殺してきたってことだ。

 僕はばっと、顔を上げてスカイさんを見る。

 彼はお茶碗を手に持ち、煮物の器に手を伸ばす。


「そうだよ」


 それだけ呟き、スカイさんは箸で大根を摘まむ。

 スカイさん、所作が綺麗なんだよなあ……

 育ちよさそうに見えるのに、何で暗殺なんて……

 これは夢だろうか?

 いいや、夢じゃない。


「なんでそんなことをしていたんですか?」


「そうするしかなかったから」


 暗殺者になるしかなかった状況、というのはどういうことなんだろうか?

 そんな状況ってある?

 この国はどう見たって平和……だと思う。

 そりゃ、昔はテロ事件だってあったけれど。表面上は平和だとおもう。


「あの、ヤタガラスとかなんとか言ってましたけど、それってどういう組織なんですか? スカイさんはそこで暗殺者をしていたって事なんですよね? それで、あの、今日のあの人……ヒジリ、っていう人はスカイさんが暗殺者にしたって事なんですか? なんでそんな人が僕を狙うんですか」


 考えるよりも先に、次々と言葉があふれ出る。


「怜君」


「はい」


「せっかく作ったご飯、食べないと冷めてしまうよ」


 言われて始めて、僕は慌てて茶碗を持ち、ご飯を口に運んだ。

 生姜焼きに、煮物。

 慌てて食べて、味はよくわからなかった。


「ヤタガラスは、政府の組織だったんだよ」


 僕がご飯を食べている間に、スカイさんは語りだす。


「悪魔を使役して、この国で暴れる天使たちと戦ってきた。時には人を殺すこともあったよ。天使は手段を選ばないからね。目的の為に人を操ることもあるんだよ」


 操るって。

 すごいことを言っている。

 って、ちょっと待って。


「天使って実在するんですか?」


「悪魔がいるんだから、天使だっているよ」


「あ、そうか……え、じゃあ、あの、天使機関っていうのは」


「本物の天使だよ」


 てことは、天使がテロを起こしてしかも人を殺してたって事?


「天使って神様の使い、ですよね?」


「そうだよ。神の御心の為に動く奴らだよ。目的のためなら何でもする。聖書に出てくる神なんて、どれだけ人を殺していると思う? それを考えたら、天使が人を殺すのなんて普通の事だよ」


 確かに、聖書に出てくる神様は、洪水を起こしたりして世界を滅ぼしているけれど。

 いやでも、天使が何でテロなんて起こすのさ……訳が分からないよ。

 でもそれよりも、僕が狙われる理由を知りたい。


「あの、ヒジリって人は、なんで僕たちの前に現れたんでしょうか?」


「あの化け物に襲われた後調べたんだけれど、ヤタガラスは僕を連れ戻したいらしいんだよねえ。これでも三年潜伏して大人しくしていたんだけれど。僕の事なんて構ってないで、スサノオや天使たちと三つ巴をしていればいいのに」


 また耳慣れない言葉が出てきた。

 スカイさんのこと、知らないことがたくさんあるんだ。


「連れ戻すのに、僕が邪魔なのでしょうか?」


 口にして、思わず身体が震える。


「ヒジリは僕を殺せない。だから、君も殺せるわけがないんだよ」


 大丈夫、なのだろうか。

 いいや、きっと、大丈夫だろう。

 スカイさんは強い。

 たぶん、僕が思うよりもずっと強いだろう。

 でも待てよ。僕がいなければ、スカイさんは僕に気を取られず戦えるんじゃないだろうか?


「馬鹿なことは考えなくていいんだよ、怜」


 僕の考えを見透かしたかのような言葉に、僕は思わずびくり、と震える。


「え?」


「僕は君の為に命をかける。大丈夫、僕は死なないよ。だから君も死にはしない」 


「そうですね、スカイさんが死ぬわけないですもんね」


 自分に言い聞かせるように、僕は言う。

 大丈夫だろうか。

 いや、大丈夫だろう。


「でも、守られてばかりは嫌です。僕だって戦えたらいいのに」


 戦う方法なんて知らないけれどでも、僕は、自分の身くらい守りたいと思う。


「大丈夫だよ、怜君。その時が来たら君は、自分の力で戦えるようになるから」


「え、それってどういう……」


 僕は戦う方法なんて知らない。

 体育は人並みだし、格闘技はやったことない。

 なのに。

 なんでスカイさんはこんなこと言うんだろうか?


「だから、怜」


「はい」


「今を、大事にしようね。何気ない日常こそ貴重で、何気ない日々こそ大切なものだから」


 そう言ったスカイさんの表情は至ってまじめなものだった。

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