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第10話 エンカウント

 年齢は多分、僕よりも少し上だろう。ハタチを越えているか、いないか。

 百七十センチの僕と同じくらいかな。ロング丈のパーカーに、黒いパンツ。ヒールの高い黒いブーツ。

 ヒジリ、とスカイさんは言った。

 こちらを見つめる彼の目は、感情を感じない。

 何だろう、この人。スカイさんの知り合いなのは確かなんだろうな。

 怖い。

 彼は僕なんて見えていないかのように、じっと、スカイさんだけを見ている。


「ご無沙汰ですね」


 抑揚のない声で彼は言った。


「あぁ、この間はずいぶんと乱暴な挨拶をしてきたね。窓をぶち破って」


 反面、スカイさんの声はいつもと変わらない、楽しそうな声だった。

 て、窓をぶち破って?

 それは水曜日の、得体のしれない化け物の事だろうか?

 え、あの化け物とこの人、何か関係あるって事?


「特務機関に聞いたら、君たちが活発に動き出しているって言ってて。まさか僕の事、諦めていないとは思わなかったよ」


「貴方が我々を裏切り、刀を隠していると言う噂があります。本当に隠しているのなら、あの刀を使うかと思ったのですが」


「へえ。そんな話があるんだ。あんな弱い使い魔を送り込まれるなんて、僕も舐められたものだなあ」


 特務機関て何?

 アニメか何かの話?

 使い魔ってことは、この間、窓を壊したあの化け物はこの人の仕業って事?

 なんで? どうして?


「ヒジリ。怜を狙うのはちょっとフェアじゃないなあ」


 スカイさんの言葉に、ヒジリと言う青年は、一気に険しい表情になる。

 何だろう。

 肌がひりひりする。もしかしてこれって、憎悪?


「スカイ……さん?」


 僕の声はわずかに震えていた。

 すると、スカイさんは僕の方を見て、にこっと笑って見せた。


「大丈夫だよ、怜」


 いつもと違う呼び方に、大丈夫な感じがしないんですが。


「でも……僕が狙われるってどういう……」


 僕には何も心当たりがない。

 両親も身寄りもない僕が、なぜ彼に狙われる?


「ヒジリの目的は僕……のはずなんだけどねえ」


 スカイさんが何で狙われるの?

 僕はスカイさんと一年暮らしてきた。

 なのに、何も知らない。


「でも彼は君を狙っているようだ。それはちょっと予定外だった」


 こんなやりとりをしていても、まるで僕らが存在しないかのように人々は通り過ぎていく。


「僕がどうして」


 僕はヒジリと言う青年をもう一度見た。

 彼はやはり、スカイさんだけを見ている。

 なんなんだこの人……


「それには、何も教えていないんですか」


 抑揚のない声で彼が言う。

 それって……僕の事? いや、なんで知りもしないやつに、「それ」なんて呼ばれる?


「この子は僕の息子だよ、ヒジリ。僕は命を賭してこの子を守るつもりだよ。その子を君は殺そうとした。君は、死にたいのかい?」


 スカイさんの放った最後の言葉を聞いて、僕の背筋に悪寒が走る。

 何考えているのかよくわかんないけど、優しくて穏やかに見えるスカイさんからこんな声が出るなんて。

 いや、それよりも僕が殺されそうになったと言う事実を知り、僕はさらに混乱する。

 このトウキョウの、シンジュク駅前で、堂々と?

 でも彼は何も持っていない。少なくとも僕にはそう見える。


「ヒジリ。早く消えてくれないか? 僕は今、とても機嫌が悪い」


 低く響く、スカイさんの声。

 たくさんの人々が僕らの周りを行き交う。その人ごみの中に、ヒジリは消えてしまった。

 って、え?

 消えた? 

 僕はぐるぐると辺りを見回すけれど、彼の姿は見えなかった。

 まるで幻でも見たような気持ちだった。

 何だったんだいったい。


「スカイさん……」


 僕は不安な気持ちでスカイさんを見る。

 彼は、穏やかに笑い、僕の腕を掴む。


「驚かせたね。ほら行こうか」


「いや今のこの状況で買い物なんて行けますか?」


 裏返った声で言うと、スカイさんは目を瞬かせた後上へと視線を向ける。

 しばらく考えた後、スカイさんは人差し指を立ててにっこりと笑う。


「大丈夫だよ、怜君。今はほら、日常だから」


 何が言いたいのかはさっぱりわからないけれど、スカイさんはいつもの声といつもの表情で、僕は少しほっとした。

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