年齢は多分、僕よりも少し上だろう。ハタチを越えているか、いないか。
百七十センチの僕と同じくらいかな。ロング丈のパーカーに、黒いパンツ。ヒールの高い黒いブーツ。
ヒジリ、とスカイさんは言った。
こちらを見つめる彼の目は、感情を感じない。
何だろう、この人。スカイさんの知り合いなのは確かなんだろうな。
怖い。
彼は僕なんて見えていないかのように、じっと、スカイさんだけを見ている。
「ご無沙汰ですね」
抑揚のない声で彼は言った。
「あぁ、この間はずいぶんと乱暴な挨拶をしてきたね。窓をぶち破って」
反面、スカイさんの声はいつもと変わらない、楽しそうな声だった。
て、窓をぶち破って?
それは水曜日の、得体のしれない化け物の事だろうか?
え、あの化け物とこの人、何か関係あるって事?
「特務機関に聞いたら、君たちが活発に動き出しているって言ってて。まさか僕の事、諦めていないとは思わなかったよ」
「貴方が我々を裏切り、刀を隠していると言う噂があります。本当に隠しているのなら、あの刀を使うかと思ったのですが」
「へえ。そんな話があるんだ。あんな弱い使い魔を送り込まれるなんて、僕も舐められたものだなあ」
特務機関て何?
アニメか何かの話?
使い魔ってことは、この間、窓を壊したあの化け物はこの人の仕業って事?
なんで? どうして?
「ヒジリ。怜を狙うのはちょっとフェアじゃないなあ」
スカイさんの言葉に、ヒジリと言う青年は、一気に険しい表情になる。
何だろう。
肌がひりひりする。もしかしてこれって、憎悪?
「スカイ……さん?」
僕の声はわずかに震えていた。
すると、スカイさんは僕の方を見て、にこっと笑って見せた。
「大丈夫だよ、怜」
いつもと違う呼び方に、大丈夫な感じがしないんですが。
「でも……僕が狙われるってどういう……」
僕には何も心当たりがない。
両親も身寄りもない僕が、なぜ彼に狙われる?
「ヒジリの目的は僕……のはずなんだけどねえ」
スカイさんが何で狙われるの?
僕はスカイさんと一年暮らしてきた。
なのに、何も知らない。
「でも彼は君を狙っているようだ。それはちょっと予定外だった」
こんなやりとりをしていても、まるで僕らが存在しないかのように人々は通り過ぎていく。
「僕がどうして」
僕はヒジリと言う青年をもう一度見た。
彼はやはり、スカイさんだけを見ている。
なんなんだこの人……
「それには、何も教えていないんですか」
抑揚のない声で彼が言う。
それって……僕の事? いや、なんで知りもしないやつに、「それ」なんて呼ばれる?
「この子は僕の息子だよ、ヒジリ。僕は命を賭してこの子を守るつもりだよ。その子を君は殺そうとした。君は、死にたいのかい?」
スカイさんの放った最後の言葉を聞いて、僕の背筋に悪寒が走る。
何考えているのかよくわかんないけど、優しくて穏やかに見えるスカイさんからこんな声が出るなんて。
いや、それよりも僕が殺されそうになったと言う事実を知り、僕はさらに混乱する。
このトウキョウの、シンジュク駅前で、堂々と?
でも彼は何も持っていない。少なくとも僕にはそう見える。
「ヒジリ。早く消えてくれないか? 僕は今、とても機嫌が悪い」
低く響く、スカイさんの声。
たくさんの人々が僕らの周りを行き交う。その人ごみの中に、ヒジリは消えてしまった。
って、え?
消えた?
僕はぐるぐると辺りを見回すけれど、彼の姿は見えなかった。
まるで幻でも見たような気持ちだった。
何だったんだいったい。
「スカイさん……」
僕は不安な気持ちでスカイさんを見る。
彼は、穏やかに笑い、僕の腕を掴む。
「驚かせたね。ほら行こうか」
「いや今のこの状況で買い物なんて行けますか?」
裏返った声で言うと、スカイさんは目を瞬かせた後上へと視線を向ける。
しばらく考えた後、スカイさんは人差し指を立ててにっこりと笑う。
「大丈夫だよ、怜君。今はほら、日常だから」
何が言いたいのかはさっぱりわからないけれど、スカイさんはいつもの声といつもの表情で、僕は少しほっとした。