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第9話 待ち合わせ

 土曜日。

 午前中、三時間だけ授業がある。

 授業が終わった後、十二時前にシンジュク駅近くの百貨店前で、スカイさんと待ち合わせることになった。

 シンジュク駅周辺にはいろんなお店がある。

 僕が買う様なファストファッションのお店や、スカイさんが着るようなブランドのお店もあるので、一緒に買い物に行くときはいつもシンジュクだ。

 初めて買い物に行ったのもシンジュクだったな。

 ベッドや布団、カバーリングなど、全部僕の趣味で選ばせてくれて。

 普通の事なのだろうけれど、それが嬉しかったな。

 そのあと服を買うって言うから嬉しくてついて行ったら百貨店で、戸惑う値段の服ばかりが並んでいてどうしようかと思ったっけ。

 季節の変わり目のたびに服を買ってくれて。

 これで買い物は何回目だっけ……

 そう思うほど、スカイさんと僕は長い時間を共に過ごしている。

 朝から僕は、気持ちが落ち着かなかった。

 前に買い物に行ったのは確か三月だったっけ。

 スカイさん、入学祝いにと、やたら服を買ってくれようとするから止めたっけな……

 三時間の授業はあっという間に終わり、僕は友達との挨拶もそこそこに、ホームルームの後、そそくさと教室を出た。

 途中、榛名さんに声をかけられたけれど、用があると答え、笑顔でまたね、と挨拶をして、小走りに玄関へと向かう。

 周りを歩く生徒たちは皆、おしゃべりをしながら、帰りにどうするか話したり、昨日みた動画の話をしたりしている。

 僕はそんな何気ない日常を横目に見ながら、玄関で靴に履き替えて外に出た。

 夏を迎えようとする五月の末。

 気温が三十度近くになる日もあり、早すぎる夏の訪れを感じることが多かった。

 外に出ると熱気を感じ、じわり、と汗が出てくる。

 こんな陽気だから、僕はこのところ半袖で通学していた。

 空で輝く太陽が、忌々しくも感じる。

 小さい頃は、晴れって嬉しかったのになあ。

 今はちょっと、微妙な気持ち。

 校門を出て、僕はいつものように、小さな社の前で立ち止まり手を合わせる。

 そんな僕の後ろを、人々が通り過ぎていく。

 何かを願うわけでもない。

 ただお社にいる神様にご挨拶をして、僕は社に頭を下げて道を急ごうとした。


『テン……シ……キヲツケテ……』


 天使。

 そんな言葉が聞こえた気がして、僕はばっと、社を振り返る。

 その時、狐のような白い影が、社のそばにいたような気がした。

 けれどそれは一瞬のことで、今は何も見えない。

 気のせい? 違う?

 僕は妖怪とか、幽霊の類をはっきりと見ることはできない。

 この間、スカイさんを襲った化け物がはっきり見えたのは、相当強い力を持つ物だったからだと思う。

 ……たぶん。

 僕には何が見えて何が見えないのかっていうのは、よくわかっていないんだけど。

 でもなんで、狐が天使に気をつけろって言うんだろうか?

 僕の周りに、なにか危ないことが起きるって事かな?

 危ないこと……スカイさんの仕事がらみ以外ではないしなあ……

 何なんだろ……

 不思議に思いながら、僕は社から離れて行った。

 都内はどこも人が多い。

 特に土日にもなると、人通りは一気に増える。

 人の波に乗り、僕は駅近くにある百貨店へと向かう。

 スカイさんに会ったら、さっきの狐の事、聞いてみようかな。

 そう思いながら僕はスカイさんとの待ち合わせ場所に急いだ。



 シンジュク駅近くの大きな百貨店の入り口近くには、待ち合わせらしい人の姿が目立った。

 大きな紙袋を持った女性たちが、幸せそうな顔で出入り口から出てくる。

 半袖の白いワイシャツ、紺のスラックス、ショルダーバッグの僕の姿はちょっと目立つ。

 人の波の向こうにスカイさんの姿を見つけ、僕は小走りに近づいて行く。

 スカイさんは電話をしているようだった。表情はかなり硬い。

 仕事の電話かな?

 あんまり真面目な顔って見せないもんな……

 そう思いながら、僕は百貨店に出入りする人々の隙間を通っていく。

 その時、スカイさんがばっと、こちらに走って来たかと思うと僕の腕を掴んで引き寄せた。

 何が起きたのか理解できずにいると、スカイさんはにこっと笑って、僕の身体を抱き留める。


「よかった、無事で」


 意味が分からず僕は何度も瞬きをして、スカイさんを見上げる。

 そんな僕らの事なんてまるで見えないかのように、人々は僕たちを避け、目的の場所へと向かって行く。


「久しぶりだねえ、ヒジリ」


 僕の後ろに視線を向け、低い声でスカイさんは言った。

 ヒジリ。

 聞いたことのない名前だ。

 って、僕の後ろに誰かいる?

 いや、誰がいてもおかしくないんだけど。だってここは駅近くの百貨店前。

 たくさんの人が通っていく場所だし、シンジュク駅の乗降者数は世界一。

 だから知り合いに会ってもたぶんおかしくないとは思う。けれどなにかこう、不穏な感じがするのは気のせいだろうか。

 暑いのに、なぜか僕の腕には鳥肌が立っている。僕はゆっくりと振り返り、スカイさんの視線の先を見る。

 そこにいたのは、グレーの半袖パーカーを着た、黒髪の青年だった。

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