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第7話 お父さんのこと

「スカイさんて、お腹、空かないんですか?」


 リビングに向かいながらそう尋ねると、スカイさんは視線を上に向けてうーん、と呻る。


「そうだなあ。空かないわけじゃないけれど、空くわけじゃないなあ。僕は、生きることにあまり興味がないのかもしれない」


「そんなことありますか?」


 生きるなんて当たり前なことに興味がないっていうのは、面白い発想だな、と思う。


「で、怜君、今日はその買ってきた揚げ物と何にするんだい?」


「あぁ、コンソメ野菜スープと、あとレタスとポテトのサラダにしようと思います」


「じゃあ手伝うよ」


 そしてスカイさんは、キッチンの棚にしまってある黒いエプロンを取り出した。



 ふたりでこうしてご飯を作ることは稀だった。

 思い出すなあ。

 お父さんとふたりでご飯を作ったこと。

 お父さんが死んだのは、僕が十二歳になる年だった。

 何ものかに殺されたらしい。部屋はずいぶんと荒れていたとか。

 僕はその場にいたみたいなんだけれど、でも覚えていることはあまりなかった。

 確かに誰か見た気がするし、話をした気がする。

 でも、詳しい内容は思い出せない。

 黒い、人影。

 あれは誰だったんだろうか?

 天使機関の暗殺者じゃないか? と、のちのマスコミ報道で見かけた。

 お父さんは大蔵省の官僚だった。

 激務だったろうに、僕との時間を大事にしてくれていたっけ。


「スカイさん」


 テーブルに並ぶお惣菜。

 スカイさんが盛り付けたサラダに、ふたりで作ったコンソメスープ。

 それらを目の前に、僕はスカイさんに尋ねた。


「なんだい」


「スカイさんのご両親はご健在なんですか?」


 すると、スカイさんは笑って首を横に振る。


「いいや。僕には両親も親戚もいないよ」


 あ、僕と一緒なんだ。

 そう思うと親近感が増す。


「僕の事は、どこで知ったんですか?」


 これは、最初の頃にも聞いたことがある。

 その時ははぐらかされちゃったけど、今はどうだろうか?


「僕は、君のお父さんを知っているからね。だから君の事は知っていて当然だよ」


 お父さんこと、知っている……?


「ほんとですか?」


「知っているのは本当だよ。会ったこともあるしね」


 会ったことあるんだ……

 僕の手は止まったまま、動かなくなってしまう。

 お父さんが死んだあと、お父さんの同僚を名乗る人には会った記憶がある。

 少しだけ会話をして、そのあと会った記憶はない。

 すごく若い人だったけれど、スカイさんではないはずだ。


「怜君は、お父さんが亡くなった時の事、覚えていないんだろう?」


「……はい。覚えていたらよかったんですけど。そうしたら、お父さん殺した犯人、捕まえられたかもしれないのに」


 そう思うと悔しい。

 お父さんが何で殺されたのかいまだにわからない。


「……そうだね。ところで怜君」


「はい」


「デートは、どうだったの?」


 突然話題が変わり、僕は思わず箸を落っことしそうになる。

 やばい、今僕、顔が真っ赤だろう。

 ダイニングの照明はオレンジ色だ。だからそこまで目立たないと思うけれど……


「あぁ、やはり女の子なんだ。いいねえ。若さって」


 そして、スカイさんはポテトサラダを取り皿に盛る。

 あぁ、バレバレだ。

 でも誤魔化しても仕方ないしな。


「デートなんかじゃないですよ。ちょっと一緒に、お店行っただけでそんなんじゃあ」


 と言い、僕はテーブルに視線を向ける。

 そうだ、ちょっと一緒にお店に行っただけだ。

 それでデートと呼べるだろうか?

 たぶん違うと思う。


「あはは。そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろうに。ねえ、怜君」


「はい」


「君が今を楽しめているのなら、僕はとても幸せだよ」


「し、幸せに決まってるじゃないですか! 変ですよ、スカイさん。変なことばっかり言ってませんか?」


 スカイさんの様子から、何か嫌なことが怒るんじゃないかと思う。

 ……そんなことないよね。

 スカイさんは、箸で、ポテトサラダをレタスでくるみ、口に運ぶ。


「……君との時間は僕にとって幸せなものだよ、本当に」


「たくさん想い出作りましょうよ。時間はたくさんあるんですから」


 そうだ、時間はたくさんある。


「あぁ、そうだね。明日は土曜日か。学校、早く終わるだろう? 夏物の服、一緒に買いに行くのはどうかな?」


 その言葉に、僕は激しく頷いた。

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