「スカイさんて、お腹、空かないんですか?」
リビングに向かいながらそう尋ねると、スカイさんは視線を上に向けてうーん、と呻る。
「そうだなあ。空かないわけじゃないけれど、空くわけじゃないなあ。僕は、生きることにあまり興味がないのかもしれない」
「そんなことありますか?」
生きるなんて当たり前なことに興味がないっていうのは、面白い発想だな、と思う。
「で、怜君、今日はその買ってきた揚げ物と何にするんだい?」
「あぁ、コンソメ野菜スープと、あとレタスとポテトのサラダにしようと思います」
「じゃあ手伝うよ」
そしてスカイさんは、キッチンの棚にしまってある黒いエプロンを取り出した。
ふたりでこうしてご飯を作ることは稀だった。
思い出すなあ。
お父さんとふたりでご飯を作ったこと。
お父さんが死んだのは、僕が十二歳になる年だった。
何ものかに殺されたらしい。部屋はずいぶんと荒れていたとか。
僕はその場にいたみたいなんだけれど、でも覚えていることはあまりなかった。
確かに誰か見た気がするし、話をした気がする。
でも、詳しい内容は思い出せない。
黒い、人影。
あれは誰だったんだろうか?
天使機関の暗殺者じゃないか? と、のちのマスコミ報道で見かけた。
お父さんは大蔵省の官僚だった。
激務だったろうに、僕との時間を大事にしてくれていたっけ。
「スカイさん」
テーブルに並ぶお惣菜。
スカイさんが盛り付けたサラダに、ふたりで作ったコンソメスープ。
それらを目の前に、僕はスカイさんに尋ねた。
「なんだい」
「スカイさんのご両親はご健在なんですか?」
すると、スカイさんは笑って首を横に振る。
「いいや。僕には両親も親戚もいないよ」
あ、僕と一緒なんだ。
そう思うと親近感が増す。
「僕の事は、どこで知ったんですか?」
これは、最初の頃にも聞いたことがある。
その時ははぐらかされちゃったけど、今はどうだろうか?
「僕は、君のお父さんを知っているからね。だから君の事は知っていて当然だよ」
お父さんこと、知っている……?
「ほんとですか?」
「知っているのは本当だよ。会ったこともあるしね」
会ったことあるんだ……
僕の手は止まったまま、動かなくなってしまう。
お父さんが死んだあと、お父さんの同僚を名乗る人には会った記憶がある。
少しだけ会話をして、そのあと会った記憶はない。
すごく若い人だったけれど、スカイさんではないはずだ。
「怜君は、お父さんが亡くなった時の事、覚えていないんだろう?」
「……はい。覚えていたらよかったんですけど。そうしたら、お父さん殺した犯人、捕まえられたかもしれないのに」
そう思うと悔しい。
お父さんが何で殺されたのかいまだにわからない。
「……そうだね。ところで怜君」
「はい」
「デートは、どうだったの?」
突然話題が変わり、僕は思わず箸を落っことしそうになる。
やばい、今僕、顔が真っ赤だろう。
ダイニングの照明はオレンジ色だ。だからそこまで目立たないと思うけれど……
「あぁ、やはり女の子なんだ。いいねえ。若さって」
そして、スカイさんはポテトサラダを取り皿に盛る。
あぁ、バレバレだ。
でも誤魔化しても仕方ないしな。
「デートなんかじゃないですよ。ちょっと一緒に、お店行っただけでそんなんじゃあ」
と言い、僕はテーブルに視線を向ける。
そうだ、ちょっと一緒にお店に行っただけだ。
それでデートと呼べるだろうか?
たぶん違うと思う。
「あはは。そんなに恥ずかしがらなくてもいいだろうに。ねえ、怜君」
「はい」
「君が今を楽しめているのなら、僕はとても幸せだよ」
「し、幸せに決まってるじゃないですか! 変ですよ、スカイさん。変なことばっかり言ってませんか?」
スカイさんの様子から、何か嫌なことが怒るんじゃないかと思う。
……そんなことないよね。
スカイさんは、箸で、ポテトサラダをレタスでくるみ、口に運ぶ。
「……君との時間は僕にとって幸せなものだよ、本当に」
「たくさん想い出作りましょうよ。時間はたくさんあるんですから」
そうだ、時間はたくさんある。
「あぁ、そうだね。明日は土曜日か。学校、早く終わるだろう? 夏物の服、一緒に買いに行くのはどうかな?」
その言葉に、僕は激しく頷いた。