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第6話 買い物

 今から三十年ほど前、天使機関と名乗る組織がトウキョウ区内で「浄化」という名のテロ行為を行っていて、何十人と言う死者を出したらしい。

 狙われた場所は、神社仏閣が中心だったと言う。

 学校から駅に至る途中にある小さな神社には、その痕跡が残っている。

 神社は綺麗に再建されたそうだけれど、その片隅にある慰霊碑が、被害があったことを示している。

 天使機関によるテロ行為は突如として終わったらしい。

 彼らの目的がなんだったのか、なぜテロがなくなったのかいまだにわからない。

 けれどテロがあったのは事実だし、組織は今でも存在している、と言われている。

 学校からの帰り道、僕は神社の前で足をとめ、手を合わせると榛名さんもそれに倣う。


「ここで人が死んだって、信じられないね」


「うん」


 ここは学校からすぐそばで、シンジュクの町中で、今も僕らの後ろをたくさんの人々が行き交う場所で。

 テロで人が死んだ。

 その事実は確かに信じられなかった。


「天使って、神様の御使いよね? なんで天使の名前名乗って人殺しなんてしたのかな」


 その理由は未だにわからない。

 天使なんているわけ……なくはないか。

 悪魔も妖怪もいるんだもの。

 天使もいるのかもしれない。

 そう思うと、もしかしたら天使機関は本物の天使たちなんじゃあ、という考えがよぎる。

 ……まさか、ねえ?


「穂高君、いつも神社の前で手を合わせるの?」


「え? うん。子供のころからの習慣で」


 散歩に行くと、お父さんはいつも小さな社や神社を見つけると手を合わせていた。

 だから僕も、道祖神やお稲荷様、神社などを見つけると今でも手を合わせる。

 僕にとって、それは当たり前のことで、習慣だった。


「そうなんだ。あまり気にしたことないけれど、神社とかお社ってけっこういろんなところにあるよね。田舎のおばあしゃんちいくと、お稲荷さんの小さなお社あったな」


「商店街とか、デパートにもお稲荷さんていたりするね」


 そんなことを話しながら、僕たちは歩き出す。


『……テンシ……キヲツケ……』


 囁くような少年の声が聞こえ、僕は思わず神社の方を振り返る。

 そこには小さな社と、お狐様がいるだけだ。

 何だったんだろう、今の声。


「どうしたの、穂高君」


 榛名さんの声に、僕は我に返る。

 僕は首を横に振り、彼女の方を向いて微笑みかける。


「ううん、なんでもない。じゃあ行こう」


 そして、僕たちは通りを歩きだした。



 駅近くのお店をいくつか回って、色んな香水を見た。

 甘い匂い、爽やかな匂い、ちょっと苦手な匂い。いろんな匂いがあった。

 値段もピンきりで、なんとなく聞いたことあるブランドでも高いものと安いものとあって、違いがよくわからなかった。

 一時間ちょっと一緒に店を見た後、僕たちは帰路についた。


「一緒に見られて楽しかった! 穂高君、プレゼント、楽しみにしててね」


 彼女の笑顔を見て、僕は思わず顔を背けた。

 やばい、顔が熱い。

 特別どうこう思っていなかったはずなのにな。


 電車で別れ、僕はキチジョウジの駅まで行く。

 寄り道して少し遅くなったので、今日の夕飯は簡単に済ませようとお惣菜を買うことにした。

 唐揚げと、コロッケと、ポテトサラダにレタス。

 コンソメスープだけは作ろうかな。

 エコバッグをぶら下げて、僕は人の多い通りを歩く。

 キチジョウジは大学が多いので、この時間は学生の姿が多くみられる。

 僕は人の波に乗り、家まで十五分ほどの道のりを歩く。

 徐々に人影が少なくなり、犬の散歩をする人の姿が目立ち始める。

 家に着くと、スカイさんが僕を出迎えてくれた。


「あぁ、お帰り、怜君」


 黒と灰色のチャックのズボン、それに黒のカットソーを着たスカイさんは、片手にマグカップを持ってリビングから現れた。


「買い物、どうだった?」


 そう問われ、僕は顔が真っ赤になっていくのを感じた。


「え? あ……あの、見ただけで、買いはしなかったんですが、行ったことのないお店に行けて楽しかったです」


 顔を見ない様にそう答えながら、僕はエコバッグを置いて靴を脱ぎ、靴箱にしまう。

 そして、エコバッグを抱えていると、にやにやと笑うスカイさんの顔が目に入る。


「もしかして、怜君……デートだったのかい?」


 そう言われ、僕は首を横に振り、震えた声で答えた。


「そ、そ、そ、そんなんじゃないです!」


 この答え方は、イエス、と言っているようなものだ。

 嘘をつくのが苦手ってわけじゃないけれどでも、スカイさんに嘘をつける自信はない。

 そもそも嘘をついたとしてもすぐにばれるだろう、と思う。


「そっかー……まあ、夕飯の時に、ゆっくりと話そうか。あぁ、揚げ物の匂いを嗅いだら食べたい気持ちになるねえ」


 そう言われるとちょっと嬉しくなる。

 スカイさんは放っておくとご飯を食べようとしない。

 ここに引き取られて一週間の時、毎日外食と惣菜、簡単に作れる料理ばかりだった。

 その理由が、


「食べることに興味がなくて、何作ったらいいかよくわからなかった」


 かららしい。

 それなら僕が作ると言いだして、もうすぐ一年たつ。

 とはいえ、僕も手作りにこだわるわけではなく、こうして惣菜で済ませたり、月に一回は外に食べ行ったりもしていた。

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