壊れた窓を急きょ買ってきた青いシートで塞ぎ、そんなことをしていたら夕飯を作る暇などなくなってしまった。
せっかくオムライスを作ろうと思っていたのに。
近所の洋食店。
賑わう店内で僕はひとりしょげながら、とろり、とした卵がのったオムライスをスプーンでつついていた。
「いやあ、良かったよ。原稿を編集に送った後で」
デミグラスソースがのったオムライスをスプーンですくい、口の中に入れた後スカイさんは言った。
「もうすぐ誕生日だねえ、怜君」
その言葉に、僕は思わず手を止めた。
誕生日。
スカイさんと過ごす最初の誕生日。それは、僕にとって大きな意味を持つものだ。
「え、あ、はい。でもふたりだから、ホールケーキはさすがにって思っていて。だからショートケーキを……」
僕が早口で言うとスカイさんの手が伸び、僕の頭に触れる。
そして手がすっと、頭を撫でていく。
「ホールケーキって魅力的だよね。見たよ? 君がホールケーキのこと、スマホで検索しているの」
それを聞いて、僕はつま先から頭の先まで真っ赤になるのを感じた。
確かにホールケーキのお店を調べていた。
駅前のショッピングモール、町のケーキ屋さん。
色んな店の色んなケーキを調べていた。
でも僕は、それを一度も口にしたことはない。
いつ見られたんだろうか?
「スカイさん」
「大丈夫だよ、怜君。何ケーキがいい? 苺? モンブラン? チョコレートもいいよね」
スカイさんの言葉と共に、僕の脳にホールケーキの画像が浮かんでは消えていく。
「で、でも、あの、いいんですか?」
「何が?」
「その……ケーキ、頼んで……」
ドキドキしながら尋ねると、スカイさんは、
「当たり前じゃない」
と言ってくれた。
十二歳の時、父親が死んで母親がいなかった僕は孤児院に入ることになった。
孤児院での時間はいいものでも、悪いものでもなかった。
誕生日のお祝いは月に一度、その月に生まれた子供のお祝いを一緒にする。
小さなショートケーキに、ちょっとした文房具。
親類がいる子には、別にプレゼントが届いて羨ましかったな。
十五歳の誕生日にスカイさんはやってきた。
スカイさんがなぜ、僕を引き取ったのか知らない。
聞いたら、
「約束だから」
と言って、笑っていた。
いったい誰と約束したんだろう?
そのへんは謎のままだ。
洋食店からの帰り道ケーキ屋さんで誕生日ケーキを予約して、家に帰った。
チョコレートに苺ののったホールケーキ。
チョコレートプレートに名前をいれて。
子供っぽいかな、と思ったけど、スカイさんが薦めてくれた。
楽しみだなあ、誕生日。
十二歳まで、お父さんとふたりでお祝いしていた。
お父さんとふたりきりでも僕は嬉しかったし、楽しかったな。
その時の気持ちを思い出し僕はクッションを抱きしめ、テレビを見ながらにやけていた。
「どうしたんだい、怜」
僕の隣に座るまあごさんが、不思議そうな目を向けてくる。
「えーと、ほら、もうすぐ誕生日だからさー」
うきうきとしながら、僕は答える。
ケーキを予約した後、スカイさんは僕に誕生日プレゼントは何がいいのか聞かれた。
それも僕は嬉しかった。
「一緒に、過ごせたら嬉しいです」
何が欲しいのかと言われても何も思い浮かばず、僕はそう答えた。
スカイさんは驚いた顔をしていたけれど、
「じゃあ、今ある仕事を片づけないとね」
と言ってくれた。
スカイさんがどれくらい仕事を抱えているのかは知らない。
いい加減な人なので、ほいほい仕事いれちゃうんだよね、スカイさん。
「大丈夫かな、スカイさん」
家に戻るや否や、スカイさんは他の仕事を片づける、と言って、部屋に引きこもってしまった。
仕事って何が残っているんだろう?
ご飯食べているとき、原稿は送ったって言っていたけれど。
いったい何が残っているんだろう?