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第3話 夕食

 壊れた窓を急きょ買ってきた青いシートで塞ぎ、そんなことをしていたら夕飯を作る暇などなくなってしまった。

 せっかくオムライスを作ろうと思っていたのに。

 近所の洋食店。

 賑わう店内で僕はひとりしょげながら、とろり、とした卵がのったオムライスをスプーンでつついていた。


「いやあ、良かったよ。原稿を編集に送った後で」


 デミグラスソースがのったオムライスをスプーンですくい、口の中に入れた後スカイさんは言った。


「もうすぐ誕生日だねえ、怜君」


 その言葉に、僕は思わず手を止めた。

 誕生日。

 スカイさんと過ごす最初の誕生日。それは、僕にとって大きな意味を持つものだ。


「え、あ、はい。でもふたりだから、ホールケーキはさすがにって思っていて。だからショートケーキを……」


 僕が早口で言うとスカイさんの手が伸び、僕の頭に触れる。

 そして手がすっと、頭を撫でていく。


「ホールケーキって魅力的だよね。見たよ? 君がホールケーキのこと、スマホで検索しているの」


 それを聞いて、僕はつま先から頭の先まで真っ赤になるのを感じた。

 確かにホールケーキのお店を調べていた。

 駅前のショッピングモール、町のケーキ屋さん。

 色んな店の色んなケーキを調べていた。

 でも僕は、それを一度も口にしたことはない。

 いつ見られたんだろうか?


「スカイさん」


「大丈夫だよ、怜君。何ケーキがいい? 苺? モンブラン? チョコレートもいいよね」


 スカイさんの言葉と共に、僕の脳にホールケーキの画像が浮かんでは消えていく。


「で、でも、あの、いいんですか?」


「何が?」


「その……ケーキ、頼んで……」


 ドキドキしながら尋ねると、スカイさんは、


「当たり前じゃない」


 と言ってくれた。




 十二歳の時、父親が死んで母親がいなかった僕は孤児院に入ることになった。

 孤児院での時間はいいものでも、悪いものでもなかった。

 誕生日のお祝いは月に一度、その月に生まれた子供のお祝いを一緒にする。

 小さなショートケーキに、ちょっとした文房具。

 親類がいる子には、別にプレゼントが届いて羨ましかったな。

 十五歳の誕生日にスカイさんはやってきた。

 スカイさんがなぜ、僕を引き取ったのか知らない。

 聞いたら、


「約束だから」


 と言って、笑っていた。

 いったい誰と約束したんだろう?

 そのへんは謎のままだ。

 洋食店からの帰り道ケーキ屋さんで誕生日ケーキを予約して、家に帰った。

 チョコレートに苺ののったホールケーキ。

 チョコレートプレートに名前をいれて。

 子供っぽいかな、と思ったけど、スカイさんが薦めてくれた。

 楽しみだなあ、誕生日。

 十二歳まで、お父さんとふたりでお祝いしていた。

 お父さんとふたりきりでも僕は嬉しかったし、楽しかったな。

 その時の気持ちを思い出し僕はクッションを抱きしめ、テレビを見ながらにやけていた。


「どうしたんだい、怜」


 僕の隣に座るまあごさんが、不思議そうな目を向けてくる。


「えーと、ほら、もうすぐ誕生日だからさー」


 うきうきとしながら、僕は答える。

 ケーキを予約した後、スカイさんは僕に誕生日プレゼントは何がいいのか聞かれた。

 それも僕は嬉しかった。


「一緒に、過ごせたら嬉しいです」


 何が欲しいのかと言われても何も思い浮かばず、僕はそう答えた。

 スカイさんは驚いた顔をしていたけれど、


「じゃあ、今ある仕事を片づけないとね」


 と言ってくれた。

 スカイさんがどれくらい仕事を抱えているのかは知らない。

 いい加減な人なので、ほいほい仕事いれちゃうんだよね、スカイさん。


「大丈夫かな、スカイさん」


 家に戻るや否や、スカイさんは他の仕事を片づける、と言って、部屋に引きこもってしまった。

 仕事って何が残っているんだろう?

 ご飯食べているとき、原稿は送ったって言っていたけれど。

 いったい何が残っているんだろう?

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