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第3話 プレゼント

 金曜日。

 学校での休み時間、僕はぼんやりと窓の外を見つめながら昨日の出来事を考えていた。

『君は僕を恨むだろうか?』

 耳の奥でこだまする、スカイさんの声。

 僕がスカイさんを恨むわけないのに。

 なんであんなこと言ったんだろうか?

「穂高君」

 不意に聞こえた声に、僕ははっとして正面を向く。

 僕の前の席は、榛名さんだ。

 彼女はこちらを振り返り、笑みを浮かべて言った。

「誕生日、何か欲しいものってある?」

 想像していなかった言葉に、僕は目を見開いた。

 そんなこと聞かれるとは思わなかった。

「欲しいもの……」

 スカイさんに聞かれた時も、何にも思い浮かばなかった。

 今も何も出てこない。

「うーん……」

 腕を組んで悩んでいると、榛名さんは慌てた様子で言った。

「あ、そんなに悩むと思わなかった……そ、そんなに高いものは無理だけど、えーと……そうだ、靴下とか、ハンカチとか、香水とかもありかな?」

 榛名さんは早口で言った後、なぜか顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 ……うーん、これはあれだろうか?

 僕だって馬鹿じゃない。

 彼女の言動から、ひとつの答えが出そうになる。

 けれど何も言われてないしな……

 僕自身、榛名さんについてどうか、と言われたら……どうだろう?

 好きとか嫌いとかの範疇にいるかと言われたら、よくわからない。

 肩口で切りそろえられた黒い髪。二重の、ぱっちりとした瞳が印象的な、ちょっと可愛い女の子。

 それにたぶん、中身は普通の子だ。

 誰かに好意を持たれるのは初めてじゃないけれど……なんだか不思議な気持ちになる。

 僕は誰かに告白したことないし、好きになったことは……なくはないけれど、淡い恋心で終わってる。

 告白する勇気はない。

 好意を抱かれるのは嫌じゃない。

 だけど、正直どんな顔をしていいのかよくわからなかった。

 とりあえず、今の問題は誕生日に何が欲しいのか、ちゃんと答えることだ。

 何がいいだろう……

 今言われた中で気になった物が、正直ある。

「香水かあ……養父のスカイさんは外に出ないのに、いつも香水の匂いがするんだよね……」

 スカイさんが纏う匂い。

 日によってつける香水を変えるらしく、毎日違う匂いがする。

 誰に会うわけでもないのに。

 女性の影なんて微塵もない。

 そういえばスカイさんて、女性の影がほとんどないな。

 編集者の霧島さん以外に、うちに来る女性はいない。

 まあごさんは女性だけど……猫だしなあ。

 僕がいるから、女性を近づけないとかあるのかな。

 そう思うと心が痛む。

「へえ。穂高君のお養父さん、おしゃれさんなんだね」

 おしゃれ。

 そうかもしれない。

 着る服はハイブランドの物が多い。

 反面、僕と一緒にファストファッションのお店で買い物をすることがある。

 まあ、スカイさん、まだ二十五歳くらいなはずだし、背が高くてスタイルいいから、何着ても似合いそうだけど。

「うん。デパートに行って服を買うし。僕には怖くて手が出せない服ばかり」

「デパートかあ……セールの時しか買えないなあ」

「だよね。うーん……香水ってちょっと大人のイメージだけど、ちょっと興味あるかも」

 この年で香水はちょっと大人びているように見えて、なんだか心がざわめきだす。

 大人と子供の境界線。

 僕は早く大人になりたいなあ。

 スカイさんに世話にならなくても済むように。

 でも自立するって大変だよなあ……

 そう思うと、思わずため息が出てしまう。

「どうしたの? 穂高君、大丈夫?」

「え、あ、うん。大丈夫。でもなんで、何が欲しいのかって僕に聞くの?」

 答えは想像できるけれど、僕は問わずにいられなかった。

 すると、榛名さんは顔を真っ赤にして両手を胸の前に出し、手のひらを左右に振りながら言った。

「え、いや、だって、誕生日を知ったからほら、プレゼントどうかなと思って。それに、貰うなら欲しいものがいいじゃない? それに……」

 榛名さんは下を俯いた後、呟く。

「私、穂高君の事、ほら、よく知らないし」

 それはそうだ。

 席の前と後ろ。

 時々話をするだけで、そこまでの接点はない……と思う。

 正直なんでこんな風に好意を抱かれているのか不思議だ。

 不思議だけれど……でも恋心に理由なんていらないか。

「あはは。そうだね。僕も、榛名さんのことよく知らないや」

「うん、そうだよね」

「そんなの当たり前だよね。ねえ、榛名さんは誕生日、いつなの?」

 ずい、と上半身を前に出して言うと、榛名さんは顔を真っ赤にして、身体を後ろに引く。

「え? えーと……く、九月……一日……」

 消え入るような声で言い、そして俯いてしまう。

 九月かあ……

「ちょっと先だね」

 しかもたぶん、始業式当日だろうな。

 そうしたら、僕は何をあげたらいいだろうか?

 ……女の子にプレゼントをあげたことないしな。

 あ。どうしよう。

 いや、今悩んでも仕方ないか。

 まだ三か月以上あるしな。

「え、うん……そうだけど……いや、それより! 穂高君の誕生日プレゼントは何がいいかだよ」

「うん、香水に心惹かれるから、香水がいいかなあ」

 机の上に腕を組んで笑顔でそう答えると、榛名さんはぱっと明るい表情になり、頷きながら言った。

「うん、わかった! 帰りに見に行こうかな……」

 最後は呟くように言い、榛名さんは指を折りながら、駅近くのショッピングモールやお店の名前を上げていく。

 香水かあ。どういうのがあるのかなあ。俄然、興味がわいてきた。

「ねえ、それって、一緒に行ったら迷惑?」

 深く考えず僕が言うと、榛名さんは目を大きく見開いて声を上げた。

「え?!」

 ざわつく教室内に、チャイムの音が鳴り響く。

 その音と共に、先生が教室に入ってきた。

 榛名さんは、先生と僕を首を回してきょろきょろと見て、戸惑いの様子を見せている。

「迷惑じゃなければ」

 とだけ僕は言い、榛名さんに笑いかけた。

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