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トウキョウエンジェルスカイ
あさじなぎ
現代ファンタジー異能バトル
2024年07月28日
公開日
10,488文字
連載中
三十年前、天使機関と呼ばれるテロ組織が、トウキョウでテロ行為を繰り返した。
けれどそれは突如終わりをつげ、表面上は平和な世界が続いていた。
僕、穂高怜(ほだか れい)は、十二歳の時に唯一の肉親である父を殺され、それから三年間、孤児院で過ごした。
十五歳の誕生日、天皇海(あま すかい)と名乗る青年が、僕を引き取ると言って孤児院を訪れた。
スカイさんは小説を書く傍ら、悪魔や妖怪を退治する仕事をしていた。
それでも僕の日常は平穏そのものだったけれど、スカイさんが化け物に襲われてから、少しずつ日常が壊れだす。
なんの力も持たないけれど、僕もスカイさんのように強くなれたら…
壊れゆく日常の中で、僕は僕の正体を知ることとなる

第1話 僕とスカイさん

 暗闇に溶けるような、真っ黒なジャケットに真っ黒なパンツを着たその人は、僕を見下ろして言った。


「三年、待っていろ」


 三年。

 それがどんな意味を持つのか、僕にはわからなかった。

 三年。

 十五歳まで、いったいどこで何をして待てばいいんだろうか?


「だからそれまで」


 彼の手が、僕の額に触れる。


「眠っていろ」


「あ……」


 そこで僕の意識は途切れた。




 それから四年が過ぎた。

 学校そばの小さな神社の前で手を合わせてから、僕は駅に向かって歩き出す。

 ビル群の隙間にある通りを歩きながら、僕は空を見上げた。

 トウキョウの空は、青いはずなのになぜか灰色がかって見える。

 それは、高層ビル群の存在のせいだろうか。

 空を見上げても、白や灰色の巨人が僕の視界を遮ってくる。

 僕がこの町にある高校に入学して、二か月が経とうとしていた。

 それはつまり、スカイさんに出会って一年が経つってことだ。

 ということは、六月二日がもうすぐやってくるそれは、僕の誕生日。

 一年前、十五歳の誕生日にスカイさんは孤児院に僕を迎えに来てくれた。

 だから僕は初めて、スカイさんといっしょに誕生日を迎える。

 そう思うと僕の心は跳ね上がる。

 高校での授業が終わり、僕はこれから電車に揺られてキチジョウジの駅まで行く。

 そして、途中の商店街で夕食の買い物をして、家に帰る予定だ。


「穂高君」


 名前を呼ばれ振り返ると、そこには同じクラスの女子生徒が立っていた。

 肩口で切りそろえられた黒髪。二重の大きな瞳。

 榛名セシル。僕の前の席の子だ。


「榛名さん」


「穂高君の家って、キチジョウジのほう?」


 言いながら、彼女は僕の隣に並ぶ。

 不思議に思いながら僕は頷いた。


「うん、そうだよ。でもなんで?」


「同じ電車で見かけることが多いから、そうなのかな、と思って」


「あ、じゃあ、榛名さんも?」


「私はナカノなの。ねえ、よかったら一緒に帰らない?」


 こちらの様子をうかがう様な目をして彼女は言った。

 女の子に誘われて断るわけはなく。

 僕は頷いた。


「いいよ」


 僕の答えを聞いて榛名さんの顔がぱっと、明るくなる。


「よかったー。断られたらどうしようかと思ったの。友達は先に帰ったし」


「え? そうなの?」


 それってどういうことだろう?

 不思議に思いつつ、僕達は連れ立って駅に向かって歩いていった。


「穂高君は部活入ってないの?」


「うん……入りたい部活ないし、家事もやらないとだから」


「家事って……穂高君がしてるの?」


 榛名さんは驚きの声をあげる。

 確かにこれは驚かれることが多い。


「うん。養父も家事はできるんだけど、食べることへの興味が薄くて。だから僕が作らないと食べようとしないんだよねー」


「……養父って……穂高君ち、複雑なんだね」


 想像通りの反応が返ってきて、僕は内心苦笑いする。

 まあ、そうなるよね。


「僕、去年まで孤児院にいたから」


「孤児院……そうなんだ。穂高君、すごいね。ご飯も作って、勉強もして」


 すごい、と言われて悪い気はしない。

 僕はちょっと照れて、頬を人差し指で掻いた。


「家事は嫌じゃないしね。養父は無理に家事をやらなくていいって言ってくれてるんだけど。でも、僕、スカイさんに何にもできないからさ」


「スカイさん……養父さんの名前?」


「うん。帰りに夕食の買い物していかないと」


「何作るの?」


 何作るかは正直考えていない。いつも買い物行ってから考えてるからなあ。

 今日は水曜日。

 卵の特売日だ。


「卵料理かなあ……」


「オムライスとか?」


 オムライスかあ。

 とろり、とした卵ってどうやってやるんだろう? やってみたいな、あれ。

 僕は榛名さんの方を向き、笑って言った。


「オムライスいいかも。冷ごはんがあるはずだから、そうしようかな」


「いいなあ。いつか一緒に作ってみたいな」


 榛名さんはそう言った後、顔を真っ赤にして、下を俯く。

 一緒に作ってみたいって、どういう意味だろう。

 まさか……ね?

 疑問を抱きつつ、僕たちは駅にたどり着いた。

 シンジュクの駅はいつも人であふれてる。

 都会ってすごい。

 電車が次から次へとくるし、車両も多いし、路線もたくさんある。

 スカイさんのおかげで僕はいきたい高校に行けているし、生活できている。

 どうしたら恩返しできるだろうか? って最近よく考える。

 スカイさん、欲しいものは自分で買えるだろうし……そう思うとあげられるものってないんだよなあ。

 来週、僕の誕生日がある。

 スカイさんとはまだ、その話はしていない。

 自分から言い出すのはなんか嫌で言い出せないでいる。

 ホールケーキ……あこがれるけどふたりだけだし、きっと食べきれないよね。

 ハッピーバースデーと書かれたチョコレートプレート。

「16」の数字ろうそく。

 想像しただけで幸せな気持ちになれる。


「穂高君、さっきから表情がころころと変わっているけどどうしたの?」


 榛名さんの笑いを含んだ声が聞こえてきて、僕ははっとする。


「え? そんなに顔、変わってた?」


「うん。何か楽しみなことがあるの?」


「来週、誕生日だから……」


 一瞬悩んだものの、素直にそう答えると榛名さんはばっと、こちらを向いた。

 目を大きく見ひらき、


「え、そうなの?」


 と、驚きの声を上げる。

 そんなに驚くことかな?


「う、うん、そうだけど……」


「え、いつなの?」


「六月二日だよ」


 僕がそう答えた時、電車がすぐにやってくる。

 電車は人々を吐きだした後、すぐに多くの人間を飲み込み動き出す。


「そっか……二日が誕生日か……」


 榛名さんは顎に手を当ててそう呟く。

 僕の誕生日がどうしたんだろう?

 何かそんなに気になるだろうか?


「誕生日って、今でもなんだかドキドキしちゃうんだよね。さすがにホールケーキはお願いしなくなったけど」


 榛名さんの言葉が、ぐさり、と僕の心に突き刺さる。

 ホールケーキはやっぱりなしかなあ……

 途中で榛名さんが降り、僕はひとり窓の外の景色を見ながら考えた。

 スマホで調べたホールケーキの画像が次々と脳裏に浮かんでいく。

 すぐにキチジョウジの駅に着き、僕はもやもやしながら歩き、スーパーへと立ち寄った。

 買い物をして帰りながら、僕はまた空を見上げる。

 学校がある町とは違いこの辺りはビルが少ない。そのせいか、空はちゃんと青く見えた。


「怜」


 足もとで凛とした声が聞こえ、僕は視線をさげる。

 僕の足もとにいたのは大きな三毛猫だった。

 長い二又の尻尾が特徴的なその猫は、フードのついた黒いベストを着ている。


「まあごさん」


 猫は尻尾を振りながら大きく欠伸をした。


「おかえり、怜。迎えに来たよ。スカイが待っている」


「うん。わかってる」


 僕はショルダーバッグの紐をぎゅっと、握りしめた。




 ヤマノテ線の外。シンジュクから電車で二〇分ほど離れたこの一帯は、高級住宅街となっている。

 その一角に建つ洋館が、僕の住む家だ。

 主の名前は、天皇海あますかい

 父親を失い、孤児院に預けられた僕、穂高怜を引き取った人だ。

 鍵のかかっていない重い玄関扉を開くと同時に、二階から足音が響く。

 階段を下りてきたのは、黒のパンツに黒のカットソーを着た虚ろな顔をした青年。

 癖のある黒髪に、生気のない黒い瞳。

 年齢は確か、二十代半ばくらい。

 この館の主で、僕の養父であるスカイさんだ。


「ただいま、スカイさん」


「やあ、お帰り、怜君」


 小走りに階段を下りてくると、スカイさんはぱっと、明るい顔をして僕の手をぎゅっと握りしめた。


「今日の夕飯はなんだい?」


「今日はオムライスです!」


 言いながら、僕は手に下げた買い物袋に視線を向けた。


「あぁ、楽しみだなあ、ねえ、まあごさん」


 声をかけられた三毛猫は、大きな欠伸をして顔を洗う。


「じゃあ、僕はご飯作りますから待っていてくださいね」


「それじゃあ僕も、あと少し頑張ってくるかなあ」


 言いながら、スカイさんは腕を上げて大きく伸びをした。


「自分の小説読むの、ほんと、苦手なんだよねえ……」


「その小説を楽しみにしてらっしゃるファンの方がいるんだから、ほら、続き、頑張ってください!」


 僕はスカイさんの背中を押し、階段へと追いやった。

 スカイさんは小説家だ。

 だけど、校正が大嫌いらしい。

 一度書いたらそれで完成なのだから、もう読みたくないのだとかなんとか。

 正直意味は分からない。


「わかってるよ、怜君」


 スカイさんは、僕を振り返る。


「その前に、紅茶、淹れてくれるかな?」


「わかりました」


 スカイさんを二階に追いやり、僕はキッチンへと向かった。

 一年前、十五歳になった六月の誕生日。

 孤児院から僕を引き取ったスカイさんは、少しおかしな人だった。

 小説家で、まあごさんという猫の妖怪と共に暮らし、厄介ごとに自ら首を突っ込んでいく。


「いい人、何だけどねー」


「ただの変な奴だよ、あいつは」


 茶葉をポットに入れていると、食堂の椅子に座り尻尾をぱたぱたと振りながら、まあごさんが言う。


「変な奴。ははは、確かにねー。まあごさんていつからスカイさんと一緒にいるの?」


 そう問いかけると、まあごさんはぺろぺろと手を舐めて、視線をきょろきょろと動かす。


「あれは二年……いや、五年前だったっけ……? あれ?」


 二年と五年て大違いな気がするけれど。

 まあごさんは人じゃないからか、時間感覚が僕たちとは違うらしい。


「まあ、いつでもいいよ。結構たつねえ」


「僕が引き取られた時にはここにいたんだもんね。いいなあ、僕ももっと早く、スカイさんに出会いたかったな」


「お前……」


 と呟き、まあごさんは首を振る。

 あれ? なんだろう、この間は。

 不思議に思いながら、僕はお茶の用意をすすめた。


「まあいい。お前が覚えていないなら、それを私が伝える義理はないからな」


「まあごさん?」


 話をしながら、僕はスカイさんの為に紅茶を用意すした

 青い陶磁器のカップにお茶を注ぎ、僕はトレイと共にカップを運ぶ。

 窓の外は日が暮れはじめ、廊下を夕暮れ色に染めている。

 赤い血のような色。そう思い、僕は一瞬、足を止める。

 血。赤い血。

 脳裏をよぎる、視界を染める真っ赤な血。


「怜」


 声がかかり、僕ははっとして足元を見た。

 僕の足にまとわりついてくる、三毛猫の姿が視界に入る。


「あ……」


「ほら、スカイが待ってる」


「あ、うん、ありがとう」


 何かが見えた気がしたけれど、僕は首を振り、階段を行く。

 二階にある、スカイさんの部屋。

 茶色の扉をノックしようとしたとき、空気がぴーん、と張りつめた気がした。

 何だろう。この感じ。

 この扉の向こうに何か……いる?


「スカイさん!」


 僕はトレイを捨て、勢いよく扉を開く。

 そこで目に映ったのは、窓を破り、椅子に座るスカイさんにとびかからんとする黒い獣の姿だった。

 瞬間、スカイさんはすっとその場を離れ、手を振るう。

 彼の手から伸びた糸は、窓から入ってきた獣に絡みつく。

 黒い大きな犬のような姿の獣は糸に縛られ、ばたばたと足をばたつかせている。


「スカイさん?!」


 僕の声にスカイさんはにっこりと微笑み、


「やあ、怜君。窓、割れちゃったよ」


 と言い、手をぐい、と引き寄せた。

 すると、糸に巻きつけられた獣の身体はばらばらになり、ふう、と消えてしまった。

 スカイさんは小説家でありながら、悪魔を狩る仕事をする。

 だから僕が悪魔を見たのは初めてではないし、スカイさんがその悪魔を倒すのを見たのも初めてではない。

 けれどここに悪魔が現れることなんて初めてだ。


「スカイさん、大丈夫ですか?」


 僕が声をかけると、スカイさんは手をひらひらと振りながらへらへらと笑う。


「大丈夫だよー。いやあ、僕が襲われる日が来るなんて思わなかったよ」


「何か心当たりは」


 僕の言葉に、スカイさんは右手の人差し指を顎にあてて天井に視線を向ける。


「うーん……ない!」


 襲われた割には明るくて、危機感ひとつ感じない。


「困ったものだねえ、怜君」


 そして、スカイさんは廊下の方へと視線を向ける。


「あぁカップ、割れちゃったね」


 言われて始めて、僕ははっとして記憶をたどる。

 僕はここのドアを開く前に、トレイを捨てた。

 そして、同時に聞こえた陶器の割れる音。

 冷たい汗が背筋を流れていく。


「ご、ごめんなさい、スカイさん! 思わずポイ捨てしちゃって」


「あぁ別に大丈夫だよ。カップはたくさんあるし。怜君」


 スカイさんは僕の手を掴むと、ぎゅっと握った。


「君に怪我がなくてよかったよ」


「大丈夫ですがでも……雨降ったら、大変ですよね」


 僕が言うと、スカイさんは固まった。



 壊れた窓を急きょ買ってきた青いシートで塞ぎ、そんなことをしていたら夕飯を作る暇などなくなってしまった。

 せっかくオムライスを作ろうと思っていたのに。

 近所の洋食店。

 賑わう店内で僕はひとりしょげながら、とろり、とした卵がのったオムライスをスプーンでつついていた。


「いやあ、良かったよ。原稿を編集に送った後で」


 デミグラスソースがのったオムライスをスプーンですくい、口の中に入れた後スカイさんは言った。


「もうすぐ誕生日だねえ、怜君」


 その言葉に、僕は思わず手を止めた。

 誕生日。

 スカイさんと過ごす最初の誕生日。それは、僕にとって大きな意味を持つものだ。


「え、あ、はい。でもふたりだから、ホールケーキはさすがにって思っていて。だからショートケーキを……」


 僕が早口で言うとスカイさんの手が伸び、僕の頭に触れる。

 そして手がすっと、頭を撫でていく。


「ホールケーキって魅力的だよね。見たよ? 君がホールケーキのこと、スマホで検索しているの」


 それを聞いて、僕はつま先から頭の先まで真っ赤になるのを感じた。

 確かにホールケーキのお店を調べていた。

 駅前のショッピングモール、町のケーキ屋さん。

 色んな店の色んなケーキを調べていた。

 でも僕は、それを一度も口にしたことはない。

 いつ見られたんだろうか?


「スカイさん」


「大丈夫だよ、怜君。何ケーキがいい? 苺? モンブラン? チョコレートもいいよね」


 スカイさんの言葉と共に、僕の脳にホールケーキの画像が浮かんでは消えていく。


「で、でも、あの、いいんですか?」


「何が?」


「その……ケーキ、頼んで……」


 ドキドキしながら尋ねると、スカイさんは、


「当たり前じゃない」


 と言ってくれた。




 十二歳の時、父親が死んで母親がいなかった僕は孤児院に入ることになった。

 孤児院での時間はいいものでも、悪いものでもなかった。

 誕生日のお祝いは月に一度、その月に生まれた子供のお祝いを一緒にする。

 小さなショートケーキに、ちょっとした文房具。

 親類がいる子には、別にプレゼントが届いて羨ましかったな。

 十五歳の誕生日にスカイさんはやってきた。

 スカイさんがなぜ、僕を引き取ったのか知らない。

 聞いたら、


「約束だから」


 と言って、笑っていた。

 いったい誰と約束したんだろう?

 そのへんは謎のままだ。

 洋食店からの帰り道ケーキ屋さんで誕生日ケーキを予約して、家に帰った。

 チョコレートに苺ののったホールケーキ。

 チョコレートプレートに名前をいれて。

 子供っぽいかな、と思ったけど、スカイさんが薦めてくれた。

 楽しみだなあ、誕生日。

 十二歳まで、お父さんとふたりでお祝いしていた。

 お父さんとふたりきりでも僕は嬉しかったし、楽しかったな。

 その時の気持ちを思い出し僕はクッションを抱きしめ、テレビを見ながらにやけていた。


「どうしたんだい、怜」


 僕の隣に座るまあごさんが、不思議そうな目を向けてくる。


「えーと、ほら、もうすぐ誕生日だからさー」


 うきうきとしながら、僕は答える。

 ケーキを予約した後、スカイさんは僕に誕生日プレゼントは何がいいのか聞かれた。

 それも僕は嬉しかった。


「一緒に、過ごせたら嬉しいです」


 何が欲しいのかと言われても何も思い浮かばず、僕はそう答えた。

 スカイさんは驚いた顔をしていたけれど、


「じゃあ、今ある仕事を片づけないとね」


 と言ってくれた。

 スカイさんがどれくらい仕事を抱えているのかは知らない。

 いい加減な人なので、ほいほい仕事いれちゃうんだよね、スカイさん。


「大丈夫かな、スカイさん」


 家に戻るや否や、スカイさんは他の仕事を片づける、と言って、部屋に引きこもってしまった。

 仕事って何が残っているんだろう?

 ご飯食べているとき、原稿は送ったって言っていたけれど。

 いったい何が残っているんだろう?

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