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第12話 訪問

 某日13時、東京都庁。白いコートに身を包んだ人物が、警護役であろう屈強そうな職員のエスコートを受けて、都庁最深部の知事執務室に通される。フードを目深まぶかに被った顔は、依然としてよく見えない。


「時間ピッタリですね… 都庁へようこそ。直接お会いするのは初めてですね」


猛追する江島めぐみ候補を振り切り二期目への当選を果たした尾池百合絵おいけゆりえ都知事が、執務室最奥のデスクから形ばかりの歓迎の挨拶をする。


「アルテミスさん、とお呼びしていいのかしら?なんだか中学生が考えた名前みたいね」


書類仕事をつづけながら、目も来訪者の方を向けようとしない。


「…」


白コートの来訪者は無言のままである。尾池は続ける。


から成功率100%の腕前だって聞いていたから、安心してお任せしたのですけど。私の聞き間違いだったのかしら」


「…」


「新宿駅の演説の後でも、いくらでも仕留めるチャンスはあったはずでしょ?あの女が世界の調和にとって邪魔になることは分かっているはず… 組織票で勝てたからよかったものの、とっても肝が冷えましたわ」


「…」


「だんまりですか。あまりおしゃべりはお好きでないようね。いいわ。

どうせ約束は成功報酬のはずです。お支払いするお金はありませんので。お引き取り下さい」


『アルテミス』と呼ばれた白コートの人物は、ついに一言も発しないまま執務室を後にした。


♦ ♦ ♦


同じ日の正午。


「…と、いうわけで、今回は心臓の病気と闘う、同じ孤児院の後輩・ひかる君との、2回目の動画でした~。またね!

…はい、カット!ありがと、光君!」


新宿総合病院の阿賀川光あかがわひかるの病室で、18歳くらいの白人の女の子が美しい金髪をなびかせながら、自分で構えたスマホカメラに向かって手を振る。ネットで人気上昇中の歌い手・レミが、光への2回目の見舞いに訪れていたのだ。病室で動画撮影とは怪しからん、との声もあろうが、担当医の乗本のりもとが理解があり、「拡張型心筋症と闘う子どもたちの情報拡散になりますし、光君の気晴らしにもなるでしょうから」とのことで、短時間の動画撮影はOKが出ている。それにしても、光とレミは随分と仲良く話すようになった。恐るべきは光の人たらしの力である。


「こっちこそありがとう。えへへ、なんか夢みたいだなー。もし心臓が治らなくても、思い残すことはないや」


「なに言ってんの。治るよ、きっと」


「うん、僕もそう思うよ… なんかねー。いろいろ、大丈夫な気がしてきたんだ」


「よかった、ポジティブで。先輩は安心したぞ」


「最近、七海お姉ちゃんに彼氏ができてね。クズ兄ちゃんっていうんだ。お姉ちゃんはかたくなに彼氏だって認めないんだけど…」


「く、クズ?」


「うん!葛原さんだから、クズ兄ちゃん。最近はクズ兄ちゃんがいるから、何も心配いらないような気がするんだ」


「なぁにそれ。不思議な人なのね」


「うん。面白いんだよ!たまにしゃべり方がおじいちゃんみたいになるの。なな姉ちゃんより年下なのに」


「へー…」


「そうだ、今日この後、七姉ちゃんたち来るんだって。昨日突然RINEが来たんだよ。レミさん、よかったらもう少しゆっくりしてってよ」


「そうなんだ… ゴメンね。今日この後行かないといけない所があって」


「そっかぁ、残念。また今度だね」


「うん。また来るね」


レミは荷物をまとめて、少し慌てたように光の病室から出る。背中には、大きなギターケースを背負っている。


「おや。おぬしがレミとやらか?」


「!」


光の部屋を出て、病棟の通路を歩き出すや否やのところで急に声を掛けられ、レミは驚きを隠すことができなかった。


「はじめましてじゃの。梅ケ谷から話は聞いておる」


声の主は、女性のような小柄な体に似合わない老人のような口調の若い男だった。隣には、その男よりも背の高いモデルか女優のような美人を連れている。


「光の姉の阿賀川七海です。光と仲良くしてくださってるそうで…きちんとお礼を言わなきゃと思ってたんですが、お会いできてよかった」


「えっと… ごめんなさい。私、これから急ぎの用事があって。また今度ゆっくりお話しできますか?ホント、すみません!」


「ふーん、残念じゃの。いろいろと聞きたいことがあったのじゃが、仕方ない」


(ホッ…)


レミは内心、安堵した。この2人と、いつか会うことになるのは分かり切っていた。しかし、まだ心の準備ができていない。


「ときにレミよ。その背中にからっておるものは、ギターというやつかの?儂は実物を見たことかなくての。よかったら、見せてはくれぬか」


「ちょっと、急いでるって言ってるじゃない」


七海と名乗った横の美女がたしなめる。


「おう、そうか。すまなんだな。ギター以外のものが入ってたら、見られると不味いしのぅ」


「?」


(…)

不思議そうな顔の七海の横で、レミは冷や汗を流す。


「例えば… 、とかの」


「‼」


「悪い悪い、冗談じゃ。冗談ついでにもう一つだけ。

じつはのう、おぬしと光が出た孤児院、買い取ろうかと思っての。この後現地に商談に行くんじゃ。光に伝えに来たんじゃが、ぬしにも直接伝えられて良かったわい」


「す、すみません。とにかく急いでますので。また今度… 失礼します」


レミは2人から逃げるように足早に離れると、そのまま病院を出た。腕時計を見ると、時刻は12時15分を過ぎていた。都庁へは、タクシーを使わなくても徒歩で約束の時間に十分間に合いそうだ――レミは思った。


(つづく)

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